『 僕とムイムイ祭り 』
【飴?】
【はい、姫さまがディ様にお礼をと】
【私は何も送ってはいないのだが?】
【今までで一番綺麗で、美味しい飴だったと喜ばれていましたが……】
【……】
【エルにも同じものが、こちらはアールからのようですが
アールがメイの為に購入するついでに、姫様とエルの分も一緒に送ったものかと】
【自分の名前で送ればよいものを】
【アールは、まめな男ですから。
恋人だけに贈るのは、気がひけたのでしょうね】
頭の中に入ってくる会話に、僕が送ったものが届いていることを知る。
仕込みはうまくいったようだと、僕は手に持っているお茶を口に含んだ。
僕の隣では、ションボリと耳を寝かせたアルトが座っていた……。
朝ごはんを食べた後、ムイムイと別れてから一言も話していない。
今日は、ムイムイ祭りで街は賑わっていた。昨日から人も増えている。
ルーハスさんは、夜勤明けで今日は休みのようだが僕とアルトと一緒に
お祭りを見て回るらしい。
コーネさんは、仕事が終わり次第合流する予定になっている。
今日は街のあらゆる場所で、ムイムイに関するイベントが行われており
僕達は、その中の1つを見に行く予定をしていた。
アルトが可愛がっていた、ムイムイが賞品になる競技で
この祭りの中で一番盛り上がるらしい。競技の内容は、大人のムイムイの上に
何秒乗っていられるかという競技らしく、簡単に言えばロデオっぽいみたいだ。
僕はロデオの詳しいルールは知らないので、それっぽいとしか言えないけれど。
気性が穏やかなのに、競技になるのかと聞くとたまに荒いものが生まれるらしく
それを育てて、競技ようにするのだとか。この競技用のムイムイを育てる人もいるらしい。
乗るムイムイは、くじ引きで決めるらしく運にも左右されることになるが
暴れるムイムイを乗りこなすほうが男としての格があがるのだそうだ。
ルーハスさんに、競技の話を聞きながら相打ちを打っていた僕は
隣に座るアルトの瞳に、1つの決意が宿っていることに気がつかなかった。
準備が終わり、のんびりと屋台や露店を冷かしながら3人で歩く。
時間は少し早いが、いい場所をとる為に早めにいくことになったのだ。
「ありゃなんだ?」
ルーハスさんが不快そうに、眉間にしわを寄せながら前方を見ていた。
ルーハスさんの見ている方向見ると、人間の男性が獣人の女性をナンパしているようだ。
『そこの可愛い、子豚ちゃん。僕と一緒にお祭りをまわらないかい?』
色々突っ込みどころが満載で、ナンパしているのかと疑いたくなる台詞を吐いている。
その後に続く言葉に、その女性もルーハスさんもそして僕も絶句した。
『わざわざ、獣人語を使って……馬鹿にしているのか?』
ルーハスさんが険悪な表情を浮かべながら、獣人語で呟いている。
「師匠、あの人は何ていってるの?」
獣人語に興味を持ち出したアルトは、聴いた言葉の意味を僕に質問することが多く
少しずつ知っている単語が増えてきていた。
「うーん。知らなくていいかな?」
「えー」
「アルト、セツナの言う通りだ。あんな言葉を覚える必要はない」
ぴしゃりと言い切った、ルーハスさんから何かを察知したのか
アルトはそれ以上僕達に、言葉の意味を聞くことはなかった。
そんなやり取りをしていると、女性の殺気が膨れ上がり
一生懸命口説いていたと思われる男性の腹に、女性が思いっきり拳を叩き込んでいた。
「ゴフ……」
妙な音と一緒にこちらに転がってくが、ルーハスさんを先頭に僕達は
関らないことに決める。女性が困っているようなら助けるつもりだったが……。
一撃を加えた後、振り向きもせずに立ち去っていく……強い女性だったようだ。
僕達が、その人間の横を通りすぎようとした瞬間
僕の服のすそをつかむ男性。
「助けてくれないかな~」
「……」
「……」
ルーハスさんが蹴飛ばせという表情をしているが……。
さて、どうするべきか……。
「足を捻挫したみたいなんだよね?
友人の家に世話になっているんだが、送ってもらえないかい?」
ルーハスさんは眉間に、濃いしわを刻みながら
変態を見るような目で、彼を見下ろしていた。
「セツナ、行くぞ」
彼の助けを無視して、ルーハスさんが僕を促すが……。
面倒なことは、早めに片付けておいたほうがお祭りを楽しめそうだと考える。
彼等の計画では、僕との接触はもう少し後のはずだったんだけど
倒れた場所に、丁度僕が通りかかったって所だろう。
「お祭りの邪魔になりますし、送ってきます」
「……」
「アルトを暫くお願いしていいですか?」
ルーハスさんは、苦々しい顔つきをしながらも渋々頷いてくれる。
「師匠、俺もいく」
すかさず、アルトが僕についてこようとするが僕は首を横に振り
アルトに、1つお願いをすることにした。
「僕もムイムイの競技が見たいから
アルトは僕の席も確保しておいてくれないかな?」
「だけど……」
「大丈夫だよ。すぐに合流するから」
アルトは少し悩んでから、ルーハスさんと一緒に行くことを決めたようだ。
「うん。ルーハスさんと待ってる」
僕がアルトに頷き、ルーハスさんに視線をあわすと
ルーハスさんがアルトを促して歩いていった。
「悪いね。助かるよ~」
「いえいえ。それじゃ行きましょうか」
怪我などしていないであろう男性に、肩を貸して歩き出す。
適当な会話をしつつ、彼の案内する家につく。
彼を運び、彼が怪我の手当てをする間
待ってて欲しいということで、応接室に通された。
そう広くない部屋で、1人待つ僕は窓を開け風を感じていた。
冬が近づいてきて、風も冷たくなってきている……。
僕は、頭の中に流れてくる情報に笑いがこみ上げる。
僕との接触が予定より早くなった為に、彼等は準備で忙しいらしい。
この家にいるのは4人、男性3人に女性1人。
どれほど、綿密な計画を立てようとも
それが筒抜けでは意味がない……。
暫くして、数回のノックがあり扉がひらいた。
包帯を巻いてきた彼を、1人が支えながらソファーへ座らせてから
僕に視線を向けて、この家の主と思われる人が僕に頭を下げた。
主といっても、ナンパをして殴られた彼と年齢はそう変わらない。
「お待たせして申し訳ありませんでした。
私の友人を助けていただいてありがとうございます」
彼の言葉が終わると同時に
女性ともう1人の男性が、お茶を運んできて扉を閉める。
僕はまだ窓際で立ったままだ。
「どうぞ、おかけください」
「ありがとうございます」
お茶が用意されたところで、僕は窓を閉めるために手をかける。
窓を閉めながら、魔法を発動させ部屋に風を運ぶ……毒入りの風を。
選んだのは遅効性の毒で、体に害はさほどないが効果は高い。
少しでも吸い込むと、10分~15分程度は動けなくなる毒だ。
もちろん僕に毒は効かない。
窓を閉めてから、勧められた場所へ座ると
それぞれの紹介が始まる……。中央に座っているのがディ
ディの右側がジェイで左側がエクという女性。
座る場所が足りないので、アールと紹介された人は窓際に立っている。
全員が本当の名前ではない、本当の名前はとっくに知っているが
深く付き合うつもりもないので、別に偽名でもかまわない。
でも、ディの本当の名前を彼に告げるのは面白そうだ……。
彼等が僕の名前を調べていたのは知っているから
偽名を使わずに、本名を名乗る。
「僕はセツナといいます」
「よろしく、セツナ君。
ささ、さめないうちにお茶でも飲んでくれたまえ」
ディが僕にお茶を勧め、自分もカップを持ちお茶に口をつけた。
それを皮切りに、嘘の設定が並べられていく。
お祭りが見たくて、友人同士で集まりジェイの伝を辿って
この家を借りたとか、この街に来るために獣人語を1年間習ったとか……。
嘘じゃないのは、友人同士って所ぐらいでその設定に思わず笑ってしまう。
獣人語を1年習っていて
あのナンパの台詞ならどれだけ物覚えが悪いのだろうか。
お茶を飲み、お菓子を食べ楽しく談笑しているように見えるが
彼等の腹の中は、僕にお茶を飲ませようと必死だ。
「お菓子もどうぞ召し上がってください」
ジェイがお菓子を僕の前に押しやる。
温和な表情を浮かべながら、内心はお茶に口をつけない僕に対して苛立っている。
本当に可笑しい……。
誰一人として、情報が僕にもれているとは思っていないし
自分たちの計画が、必ず成功すると確信を持っている……。
-……本当に可笑しい……。
暗い笑いがこみ上げそうになるのを押さえ込み
そんなに時間があるわけでもないので、彼等のシナリオを強制的に進めることにした。
「美味しそうなお茶に、美味しそうなお菓子ですね。
頂いてばかりでは申し訳ないので、僕もお菓子を提供しますね」
「いやいや! これは僕を助けてくれたお礼なのだから
遠慮せずに、飲んでくれたまえ!」
僕は、ディに笑いかけながら鞄から丁寧に包装されたお菓子を取り出す。
そのお菓子を取り出した瞬間、ディ以外の顔つきが変わる。
僕は彼等の様子に気がつかない振りをし、包装紙を外し箱を開け
ディに差し出した。ディは、ノリスさん達に送られたお菓子を知らない。
ディ以外の3人が用意したものだから。
「これも中々美味しいお菓子なんですよ。
ディさんもおひとつどうぞ」
僕が箱を差し出すと、ディが箱の中のお菓子を1つつまんだ。
箱を差し出した瞬間、ディも警戒していたが
僕に警戒心を抱かせない為に手に取った。
それを口に入れるかどうか一瞬迷うが
僕の事を、騙しやすい薬草に詳しい冒険者として認識している
彼は、手に取ったものを口に運ぶことに決めたようだ。
絶対の自信からくる慢心……。
格下だと思っていることからの油断……。
「ほぅ、これは美味しそうなお菓子だね!」
そういって食べようとした瞬間。
エクが【ディ様! 口になさってはいけません】とディを止めた。
僕には分からないだろうと思われている言葉で。
ディが、エクを目だけで咎める。
邪魔をするなと……。
ジェイが、ディに真相を告げようとし
アールは、僕を警戒するように睨んでいる。
そんな空気の中僕は、彼等の言葉でお菓子の出所をディに明かした。
【そのお菓子は、貴方が用意させたものですよ。ディさん……。
いえ、ディートベルト・ガイロンド様とお呼びしたほうがよろしいでしょうか?】
帝国の言葉で、彼の本当の名前を口にした僕に彼等は言葉を失った。
ディートベルト・ガイロンド……帝国ガイロンドの第三皇子。
竜を騙し、竜の肉を喰らいし王の一族……。
トゥーリが罪を犯す元凶となった国の皇子……。
この毒の部屋で、毒のお菓子を食べ、毒のお茶を飲みながら
知りたくもないが話を聞こうじゃないか……。
僕は足を組み、ソファーにもたれ
いまだ固まったままのディートベルトを見据えた。
読んでいただきありがとうございます。





