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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 杜若 : 音信 』

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『 風からの紹介 』

* ノリス視点

* エリー(ノリスの妻)

 店が休みという事もあり、何時もよりは遅い時間に仕事を始める。

店は休みでも、花の世話は休めない。

今日も1日頑張ろうと、エリーと一緒に家から出ると

家の前に、セツナさんと知らない女性が立っていた……。


僕もエリーも、驚きすぎて声も出せずセツナさんを凝視する。

だって、彼は南の大陸に居ると手紙が届いたばかりだったから。


「お久しぶりですね、ノリスさん、エリーさん」


以前はかけていなかった眼鏡をかけ、僕達を見て柔らかく笑い

そして、聞き覚えのある声でそう言った。


「セツナ君?」


「セツナさん?」


「はい」


「どうしてここにいるの?」


エリーが、パタパタと音を立ててセツナさんへと近づいて

セツナさんを見上げ首を傾げながら聞く。


「少しお願いがありまして、ハルから来ました」


「えー……どうやって? アルト君は?」


「転移魔法で、アルトはハルでまだ寝てると思います」


「転移魔法で、こんなところまで来れるの!?」


「今回は特別ですね。僕の精霊に力を借りてきましたから」


「よくわからないけど、そうなんだ……」


エリーはスッと、セツナさんの傍に居る女性へと視線を向けた。


「彼女は、トゥーリさん?」


セツナさんの後ろにいる女性は、少し緊張した面持ちで

僕達の事を見ていた。


「いえ、彼女は僕の友人でシエルさんと言います」


セツナさんが、女性の名前を告げると彼女が僕達に向かって

綺麗なお辞儀をした。その振舞いから、彼女が上流階級の人間だという事がわかる。


「シエルさん、ノリスさんとエリーさんです。

 僕の友人です」


「初めまして、シエルと言います」


「こちらこそ、初めまして僕はノリスです。

 彼女は、僕の妻のエリーです」


僕とエリーも、慌ててお辞儀をする。


「ノリスさん、エリーさんそんなに緊張しなくても

 大丈夫ですよ」


「だって、シエルさんは上流階級の人間でしょう?」


「育った環境はそうですが、今は違いますね」


セツナさんの言葉に、どう返事をしていいのかが分からず黙り込む。


「あまり時間がないので、単刀直入に言ってしまいますが

 彼女を、ノリスさんとエリーさんのお店で雇ってもらえませんか?」


「え?」


「え?」


2人同時に言葉を返す。


「理由があって、彼女はしばらくリペイドで生活することになりました。

 だけど、働く場所がなくて……。ノリスさん達の手紙に

 人を雇えなくて困っていると、書かれていたので……」


「待って、待って、待って!」


エリーが、セツナさんの言葉を遮る。


「セツナ君、花屋だよ!?

 上流階級のお嬢様が働くところじゃないよ!!」


「関係ないですよ。シエルさんも雇って貰えるようなら

 働きたいと言っていますし」


セツナさんの言葉に、シエルさんが頷く。

僕とエリーは、シエルさんを見て暫く言葉が出なかった。


彼女はとても綺麗な人で、正直お嬢様というよりは

お姫様と言ったほうがいいぐらい纏っている空気が、僕達とは違った。

そんな彼女が、僕達の店で働いている姿が想像できない。


「僕も、もっといい仕事があると思います。

 ギルドに行けば、いろいろ紹介してもらえるんじゃないかな?

 貴族の子供の家庭教師とか……」


僕の言葉に、セツナさんは苦笑しシエルさんは俯いた。


「ギルドには頼れない、理由があるんです」


「……ギルドを、敵に回したの?」


エリーの問いに


「いえ、簡単に言えば家出をしてきたんです。

 ギルドを頼れない理由は、彼女の両親や親族が

 ギルド幹部なので、ギルドを頼ると彼女の居場所がわかってしまいます」


「どうして、家出なんてしたの?」


「理由は話せません」


セツナさんの言葉に、エリーはセツナさんとシエルさんを

交互に見て、眉間にしわを寄せながら断りの言葉を口にする。


「そう。セツナ君、悪いけどお断りするわ。

 私達は、ギルドを敵に回すことはできないもの」


「エリー」


僕の呼びかけに、エリーは返事をしない。

僕は内心ため息をつき、セツナさんを見た。


確かに僕達は、ギルドの保護を受けている立場だ。

ギルドを敵に回すと、色々と困ることが多い。

だけど、エリーが断ったのは別の理由からだろう。


「そうですか」


セツナさんは少し困ったように笑った。


「それに、両親が居るならちゃんと話し合って解決するべきよ」


セツナさんは、エリーの言葉に何も言わなかった。


「セツナ。ご迷惑をかけるわけにはいかないわ」


シエルさんが、ここではじめて僕達の会話に口を挟む。


「そうですね、違うところを探しましょうか」


「うん」


シエルさんは、素直に頷く。

その様子に、エリーは更に眉間にしわを増やし

セツナさんを見て、言葉を放つ。


「ねえ、セツナ君。彼女はセツナ君の何?」


エリーが、彼女を受け入れるのを断った理由。


友達だというには、少し彼女に心を傾けすぎているような気が僕もした。

普通の友達なら、そこまでしない気がする。


セツナさんは、考え込むように口を閉じる。


「言えないような関係なの?」


「いえ、そういうわけではありません」


「……」


真直ぐセツナさんを見るエリーに、セツナさんもエリーを見て

淡々と、語っていく。


「僕にとっては友人です。だけど、僕の恩人にとっては

 彼女はとても、大切な女性だった」


「恩人?」


「ええ、僕がギルドに登録する前、僕の命を助けてくれた人が居るんです。

 その人が居なければ僕は死んでいた」


「……」


「だけど、僕を助けた事でその人は命を落としました」


僕とエリーが息をのんで、セツナさんを見つめる。


「彼女は、その人が大切に想ってきた女性です。

 そして、彼女もその人を大切に想っていた」


「セツナ……」


シエルさんがセツナさんを呼ぶ。


「僕ではなく、その人が生きていれば……」


「セツナ!」


シエルさんが、セツナさんの腕をとり首を横に振る。

エリーは顔を白くして、2人を見つめていた。


セツナさんが語る内容は、僕達が軽々しく

踏み込んでいいものではない事に気が付く。


シエルさんの家出に何らかの形で

セツナさんも関係しているという事だろう。

もしかすると、家出とはいっているけれど

もっと深刻な問題を抱えているんじゃないだろうか。


僕達でも、ハルの街のうわさは聞いたことがある。

そんなところから、こんな遠くまで来るのだから……。


セツナさんは、苦笑しただけで何も言わなかった。

彼は、特に気にした様子を見せず

僕とエリーを見て、頭を下げた。


「ノリスさん、エリーさん。朝早くにすいませんでした。

 時間がないので、今日のところはこれで失礼します。

 彼女の事は、忘れてください」


セツナさんが、シエルさんを連れて魔法を発動させようとした時

エリーが、叫ぶように声をかける。


「待って! ごめん、ごめんなさい。ごめん……」


ぽろぽろと涙を落としながら、謝るエリーに

2人は、驚いたように目を開きエリーを見た。


「どうしたんですか?

 エリーさんが謝る必要はどこにもないですよ」


シエルさんは、エリーを見ておろおろとしている。


「わた、し、シエルさんは、セツナ君の愛人かと……おもって」


「……」


「……」


「奥さんが居るのに、2人で、駆け落ちし、て

 ここで……匿えって、いってるのかと」


「違いますから……」


「違います……」


2人が同時に否定する。


「セツナ君、に、そんな、悲しい言葉を

 言わせる、つもりじゃなか……」


すんすんとなくエリーに、セツナさんはため息をついた。

シエルさんは、エリーにハンカチを渡している。

優しい女性のようだ。


「どうして、そんな誤解を」


「だって、シエルさん、私が見た事がないぐらい

 綺麗な人なんだ、もの。男の人は、綺麗な人が好きでしょう?

 それに、シエルさんの胸大きいし……。

 サイラス様が、持っていた本に、胸が大きい人の話が……」


サイラス様の名前が出た瞬間、セツナさんのこめかみに

青筋が見えたような気がした。シエルさんは、なぜか顔を青くしている。


「僕が誤解されたのは、サイラスが悪いという事ですね」


いや、違うと思う。違うと思うけど否定することができない。

セツナさんの、迫力が否定することを妨げていた。

エリーも、勢いに飲まれて頷いている。


「せ、セツナ。ご迷惑をかけないうちにお暇しましょう?」


シエルさんが、空気を変えるようにセツナさんに声をかける。

セツナさんは、チラリとシエルさんを見て頷く。


「ノリスさん、エリーさん。

 ご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありません」


シエルさんが、綺麗に深々と僕達に頭を下げた。


「待って、待って」


エリーが僕を見る。僕はエリーに頷いた。

エリーが、シエルさんの手を握る。


「ごめんね。ギルドの事はあまり関係ないの。

 確かに、ギルドに睨まれるのは怖いけど」


「いえ、詳しい事情を話すことができない

 私が悪いので、気になさらないでください」


「でも……大丈夫なんでしょう?」


最後の言葉は、セツナさんを見て聞いている。


「はい」


セツナさんの返事に頷き、エリーはシエルさんを見る。


「普通の花屋さんだけど。

 朝は早いし、手は荒れるし、体力勝負だし。

 お給料も、そんなに多く出せないし。

 シエルさんみたいな、綺麗な人が働く職場じゃない

 ような気もするけど。それでもいいの?」


エリーが、シエルさんの手を握りながら

一気に話す。


「……ご迷惑じゃないですか?

 私は、販売経験がありません」


「少しずつ覚えてくれたらいいよ」


シエルさんは、セツナさんをじっと見る。


「シエルさんの、好きにすればいいと思います」


シエルさんは、セツナさんに頷いてエリーを見た。


「こんな私でも、雇っていただけるなら

 お願いいたします」


「うん、こちらこそよろしくね」


エリーは、ホッとしたような顔をして笑った。


「シエルさんは、どこに住む予定なんですか?」


僕がシエルさんに尋ねる。

この近くならば、僕達と一緒に馬車に乗せていける。


「とりあえず、暫くはラギさんの家にでも住んでもらおうかと」


「セツナ君も一緒に住むの?」


エリーが首を傾げて聞く。


「いえ、僕はハルに戻ります」


「駄目! あんな寂しいところに女の子独りで

 住ませようなんて、何を考えているのよ!

 夫婦2人で住むならともかく、家も広いし……。

 独りぼっちだと、寂しいでしょう!」


セツナさんに噛みつくように、エリーが反対した。

確かに、あの家の周りにはほかに家がない。

女性1人で住むには、不向きな場所だ。


エリーがぷりぷりと怒りながら

セツナさんを責めている。シエルさんはそんなエリーを見て

驚いていた。


「住むところがまだ決まっていないなら

 ここに住んだらどう? 部屋はいっぱいあるし。

 ちょっと古い家だけど……」


「それは……」


シエルさんが、戸惑ったように首を振る。


「花屋から近い場所は、大体埋まっているから

 部屋を借りようとすれば、場所が遠くなるし

 それにやっぱり、女の子1人で暮らすのは危ないよ」


エリーの言葉に、困ったようにシエルさんは眉根を下げている。


「なら、あいている場所に家を建ててもいいですか?」


セツナさんの言葉に、全員がセツナさんを凝視した。


「四六時中一緒だと、いろいろ気を使うと思います。

 だけど、僕もノリスさんとエリーさんが彼女の傍に居てくれると

 とても心強いです」


「建ててもいいけど……。

 家を建てるだけのお金はないよ?」


「ノリスさんと、エリーさんに負担をかけるようなことはしません」


「セツナ君が出すの?」


「セツナ……。私は、どこかで家を借りるから」


「家なら沢山あるので、好きなのを選べばいいかと」


沢山ある? 選ぶ? どうやって?

頭の中に疑問が浮かぶ。


セツナさんは、不思議な鞄から机を取り出し

その上に。小さい模型のような家を並べ始める。


その家はどれも形が違っていて、可愛いのやら豪華なのやら

様々な形のものがそろっていた。エリーとシエルさんは可愛いといいながら

家を手に取ってみている。


シエルさんはほとんど、エリーに頷いているだけだけど。


1つ1つ手に取り眺め、これはここがいいとか

これは、ここが気に入らないとかエリーが真剣に話し

シエルさんは、相槌を打ちながら楽しそうに小さな家を見つめている。

最終的に、エリーもシエルさんも同じ家が気に入ったらしい。

その模型を、シエルさんが掌にのせていた。


セツナさんは、その模型をシエルさんの手から取り

僕達の家から少し離れた場所へ移動し、魔法を詠唱し始める。


何がはじまるのかと、興味津々で眺めていると

大きな魔法陣が浮かび上がり、セツナさんが、魔法陣の中心にその模型を置く。

そして、魔法陣の外へとセツナさんが出た瞬間

まばゆいほどの光があふれ、思わず目を閉じそして開くと

今まで見ていた模型と同じ形の家が建っていた……。


「……」


「……」


「……」


僕とエリーは、口を開けたまま家を眺める。

シエルさんは、どこか遠くを眺めるように家を見ていた。


「この家なら、いつでも撤去できます」


いや、そういう問題じゃなく

何がどうなれば、こうなるのか説明してほしい。


「とりあえず、家の中を確認して

 気に入らないようなら、違う家に変更してもいいですよ?」


セツナさんのこの一言に、エリーがハッとしてシエルさんの手を掴み

家の中へと入っていく。家の中に足を踏み入れた瞬間、エリーの悲鳴のような

「可愛い~」といった声が届いた。


「もっと、驚いてくれるかと思ったのに」


セツナさんが残念そうにそう告げる。


「僕は驚きました。エリーは驚きよりも

 家の中のほうが気になったんでしょうね」


僕の言葉に、セツナさんが笑い。

そして、まじめな表情で僕を見た。


「ノリスさん。彼女をお願いします。

 無理を言って申し訳ありません」


セツナさんは、そう言って深く僕に頭を下げる。


「セツナさん! 頭をあげてください。

 彼女が、セツナさんの大切な人だという事はわかりました。

 なぜ、セツナさんがそこまで気にかけているのかも……。


 だけど、僕もエリーもセツナさんに頼まれたから

 彼女を雇用したわけじゃない。僕達はシエルさんの

 僕達に対する態度に、一緒に働いていけると感じたから

 雇用したんです。僕達も必死に生きています。

 その辺りを妥協することはありません。


 セツナさんには、返しても返しきれないほどの恩がありますが

 僕は、セツナさんとこれからもいい関係でありたい。

 だからこそ、僕達は協力できることと、できないことの区別は

 はっきりとつけていきます」


僕の言葉に、セツナさんは安心したように笑う。


「はい。そうしてもらえると僕も嬉しい」


「ノリス! セツナ君、何をしてるの!

 部屋を見ないと!!」


エリーが大きな声で僕達を呼ぶ。

シエルさんは、まだエリーにひっぱりまわされているようだ。

少し困った顔をしながらも、嫌がっている様子はない。


「今行くよ」


僕が返事をして歩き出すと、セツナさんもその後ろをついて歩いた。


「可愛らしい家ですね……」


僕は、ぼそっと感想を呟く。できれば僕は住みたくない。


「女性はこういう感じの家が、好きですよね」


セツナさんも、僕と似た感じの意見のようだ。

物語の挿絵のような、女性や子供が好きそうな家。


扉の前まで行くと、エリーが「靴は脱ぐんだって」と言った。

玄関の辺りに段差があり、部屋に入る時はここで靴を脱ぐようだ。


家の中は、玄関を入ってすぐ水回りがそろっていて

その奥に調理場と居間がある。そしてその奥が寝室だった。


調理場も女性が好みそうな可愛らしい感じだ。

エリーが楽しそうに、あちらこちらをシエルさんを引っ張りながら見ている。

エリーが話すことに相槌を打ちながら、シエルさんは魔道具の説明をしたり

時折自分の意見を言ったりしていた。


居間は、机や椅子はなく磨き上げられた板張りの上に

丸い、これも可愛いとしかいえない絨毯がひかれている。

その上に、丸い形の座卓が置かれていた。

ちゃんと暖炉もあり、その前には座り心地のよさそうなソファーもある。


1人で生活するには、十分すぎるほどの広さだ。


「ハルの家は、こんな感じなんだって」


今まで見た事がない、部屋の様子に驚いていると

エリーが教えてくれる。


「寝室のベッドもすごく可愛かったの!

 箪笥とかも可愛いんだよ! お風呂もすごく可愛いし。

 お風呂いいなぁ……」


「あれ? エリーさんの家はお風呂場がないんですか?」


最後のエリーのつぶやきに、セツナさんが首をかしげる。


「あるよー。あるけど壊れちゃって。

 直せないって。直すなら、壁をぶち破って新しくするしかないって。

 でもね、あの家は私達の宝物だから傷つけたくないの。

 思い出の傷とか、一緒に選んだ壁紙とか……大切なものがいっぱいあるの」


僕達が、大切な恩人から貰った大切な家。

古い家だから、あちらこちら痛んできている。

建て直したほうがいいのはわかっているけど、どうしても決心がつかない。


「なら、僕が直しましょうか?」


「セツナ君でも、それは無理だよ」


エリーが苦笑して、セツナさんを見た。

セツナさんは、そんなエリーを優しく見つめて笑った。


「やれるだけやってみましょう」


そう言って、セツナさんは外へと出ていく。

僕とエリーは顔を見合わせて、セツナさんの後をついていくように

外にでた。シエルさんはまだ、エリーに捕まったままだ。


そろそろ、手を離してあげればいいのにと思いながらも

口には出さなかった。


「外観は……あまり変えないほうがいいですね。

 いきなり変わったら驚かれるだろうし……」


何かを纏めるように、セツナさんが真剣な顔をして考え込んでいる。

そして纏め終わったのか、魔法を詠唱しはじめると

先ほど、家を大きくした魔法陣よりもさらに大きな魔法陣が

僕達の家の周りに現れた。


今度は目が痛いほどの光をはなつことはなく

淡い光が浮かんだだけで、消えてしまう。


「ノリスさん、エリーさん。

 家の中を確認してみてください。修理が必要なところがあれば

 教えてください」


僕とエリーは、セツナさんに頷き家の扉の前まで行き

恐る恐る扉を開ける。シエルさんはエリーに引っ張られている。


セツナさんは、そんな2人を見て小さく笑っていた。


「……」


「……」


扉を開けると、朝家を出た時とは全く異なっていた……。

僕達が、初めてここに来た日を思い出す。


向こうの部屋から、今にもシンディさんとラグルートさんが

出てくるんじゃないかと……そんな気持ちになった。

時間が巻き戻ったかのように感じた。


時間が巻き戻った? ここで、セツナさんが何をしたのか気が付いた。

時の魔法を使って、この家の時間を巻き戻したんだ!


あちらこちらを見て回ると、気が付いたことがあった。

柱に故意につけた傷だとか、何かしら思い出があるものだとか

そういったものは、全て残っていた。


「すごい……」


シエルさんも、柱の傷を見てぽつりと言葉を落とす。


「やっぱり、すごいことだよね?」


エリーが、シエルさんに聞く。


「はい。普通時を戻すと傷も全部消えるはずですから。

 多分、魔法を編むときに条件を付けて巻き戻したのだと思います。

 だけど……それができる魔導師は、あまりいません。

 条件を付ければつけるほど、魔法構築は複雑になっていきますから。

 私は巻き戻る前の状態を知りませんが、綺麗になっていることはわかります」


誰が見てもわかると思う。

古い家だという感じは残っている。

だけど、先ほどまでは古いというよりガタがきているという状態だったのだ。


「……」


「……」


ここまですごい魔法を、かけてもらってもよかったんだろうか?

時の魔法は、とても貴重な魔法だとジョルジュ様が言っていた。


「セツナ君に、お金を渡したほうがいいかな?」


エリーが僕に尋ねる。


「渡すって、相場がわからないよ」


そんな事を話しながら、一部屋一部屋確認していく。

ギシギシなっていた廊下も、壁紙が色あせていた部屋も

壊れていたお風呂も、全部が綺麗になっていた。


僕もそして、エリーも難しい顔をしながら

家の外へと出ると、セツナさんが机の上に所狭しとさまざまな種類の

カトラリーやら、ティーカップやらお皿やらを並べている。


机も3つになっていて、そのほかにはクッションやらひざ掛けやら

生活必需品? というものがお店のようにわんさか積まれていた。


「家の中はどうでした?

 元に戻すこともできますが?」


エリーは、チラチラと机の上の物をながめている。


「セツナさん……僕達はお金を払えない」


「え?」


「普通、魔導師に魔法を使ってもらうのはお金がいるでしょう?」


エリーがセツナさんを見て答える。


「ああ……。気になるようでしたら

 僕があの土地を借りていることにしておいてください。

 その代金を一括して払ったという事に……。3年分ぐらい?」


そんなに安くないだろう。

何も言えない僕達に、シエルさんがセツナさんを見て告げる。


「なら、私はセツナに家賃としていくらか払う事にするわ」


セツナさんは、シエルさんを見て苦く笑いながら頷いた。


「そうですね。なら、給料の1/5を僕に支払ってください。

 ギルドを通すことはできませんから、これに貯めてくれますか?」


そう言って、セツナさんは鞄から何かを取り出しシエルさんへ渡す。

シエルさんは片手でそれを受け取り微妙な表情を浮かべていた。


「シエルちゃん、それはなに?」


エリーのシエルさんの呼び方がいつの間にか

さんからちゃんになっている……。

まぁ、どう見ても僕達よりも年下だろうからおかしくはないだろうけど。


シエルさんは、少し驚いたようにエリーを見て

エリーが首を傾げてシエルさんを見る。エリーは無意識で呼んだようだ。

どうやら、相当彼女が気に入ったらしい。


失礼なことを言ったにも係らず、一言も僕達を責めなかった。

大切な人を亡くしたとという事で、彼女を慰める気持ちもあるのかもしれない。

元々彼女は面倒見がいいほうだから。シエルさんの気持ちは、わからない。

雇用主だから、従っているだけかもしれないけれど。


「これは、豚の貯金箱です」


「これが貯金箱? 不思議な形だね」


「ハルでは、人気があるものですよ」


「そうなんだー」


「エリーさんも欲しいですか?」


セツナさんがエリーを見て、尋ねる。


「うーん」


きっと欲しいはずだ。ピンク色でなかなか愛嬌のある顔をしている。

悩んでいるエリーを見て、セツナさんは鞄の中から同じものを取り出し

エリーへと差し出した。エリーはここでやっとシエルさんから手を離す。


エリーがシエルさんから手を離したとき、シエルさんは少し寂しそうに瞳を揺らして

握られていた手を胸の傍へと持っていき、かすかに微笑んだ。


その様子に僕はホッと胸をなでおろす。

どうやら、2人はうまくやっていけそうだ。


「間抜けな顔をしているのね」


エリーの感想に、シエルさんがクスリと笑う。

初めてのシエルさんの笑顔に、エリーも楽しそうに笑った。


「シエルちゃんは、絶対笑っていたほうがいいよ!

 なんか笑ってくれているのを見たら、幸せな気分になる!」


エリーの言葉に、シエルさんは目を大きく開いてエリーを凝視して

そして、綺麗な涙を落とした。


「え!? え! え! なんで!?」


シエルさんが涙を落としたことで、エリーがうろたえる。


「いえ……。いえ、何でもありません。

 ありがとうございます。エリーさんの言葉が嬉しかったから……」


そう言って涙を落としながら、笑うシエルさんを見て

エリーもつられたのか、涙を見せた。


シエルさんは、ソフィアさんとも仲良くなりそうだという

予感は、外れなかった。3人でお茶をする姿をよく見ることになる。


シエルさんは、どちらかというと

エリーとソフィアさんの話を、聞いているほうが多かった。


笑いながら泣いている2人に、セツナさんが声をかける。


「シエルさんも、エリーさんも泣いていないで

 生活必需品を適当に選んで行ってください」


「そういえば、この机の上の物は何?」


エリーが、目元をこすりながらセツナさんに尋ねる。


「シエルさんの、生活必需品です」


「こんなにいるの?」


エリーが、机の上の物に手を伸ばす。


「好みがわからないから、とりあえずあるものを出しました」


「セツナ君の鞄は、不思議だよね」


「……」


「……」


セツナさんはどこか疲れたように

そして、シエルさんは微妙な表情を浮かべてセツナさんの鞄を見ていた。


「シエルさん、好きなのを選んでください。

 遠慮はいりません、鞄の中身を整理すると思って……。

 どんどん選んでください。全部持って行ってもかまいません」


セツナさんの言葉に、シエルさんはやっぱり微妙な表情を作っている。

遠慮しているのか、机の上の物に手を伸ばそうとしないシエルさんに


「シエルさん……選ばないなら全部部屋に運びますよ」とシエルさんを脅していた。

その目は本気だ……。シエルさんは少し体を揺らしている。


「そうだ、エリーさんもノリスさんも好きなものを好きなだけ

 持って行っていいですよ」


「えー、これ以上貰えないよ」


「いや、本当に遠慮しなくていいですから。

 鞄にしまうのも面倒ですから、ここに置いていっていいですか?」


それはやめてほしいと、エリーと僕が同時に叫ぶ。

やっぱり、セツナさんの目は本気だった。


僕達が居ない間に、いったい何があったんだろう?


エリーとシエルさんが、机の上の物を手に取り

あの部屋にはこれがあうとか、この置物はあそこに置けばいいとか

このお皿が可愛いとか、このお鍋は使いやすそうだとか


真剣に吟味して、自分の好きなものを選んでいく。

セツナさんが、大きめの木の箱を2人に渡しそこに詰めていくといいですよと言った。


お揃いのティーカップにしようだとか

これは何だろうとか、このクッションはふかふかだとか……。

このスプーンは猫の形だとか、僕にとっては正直どうでもいい会話が続いている。


セツナさんもあまり興味がないのか、2人が楽しそうに選ぶ様子を眺めていた。

シエルさんは、少しずつ笑顔が増えていっている。


木の箱がある程度埋まると、セツナさんは新しい木の箱を出して傍に置き

いろいろ詰まった箱を、部屋へと運ぶ。僕もエリーが選んだものを

家へと運んだ。


シエルさんは自分で運ぶと言っていたが、セツナさんがそれを許さなかった。

エリーはそんなセツナさんを見て「トゥーリさんには、もっと甘いのかな」と

シエルさんと話していた。シエルさんも、トゥーリさんとは会ったことがないらしい。


大方、必需品を選び終わると2人は少し疲れたような表情を見せていた。

可愛いものばかりで、悩みに悩んで気力を使い果たしたらしい。

エリーがそんな言葉を口にすると、悩む必要なく全部持っていけばいいのにと

セツナさんが告げるが、エリーは聞かなかったことにしていた。


セツナさんが渋々、残ったものを鞄にしまい込んでいる。

全て片付けた後、深く溜息をついてからシエルさんを見る。


「さて……部屋の片づけは、1人で大丈夫ですよね?」


セツナさんが、シエルさんに尋ねる。


「はい」


「私も手伝うから、大丈夫だよ」


エリーが、口を挟む。セツナさんはエリーに頷き

「お願いします」と言った。


「僕は、そろそろ戻ります」


「……うん」


セツナさんの戻るという言葉に、シエルさんが不安げに瞳を揺らす。

セツナさんは、鞄から何か取り出してシエルさんに渡した。


2人の会話は聞こえなかったけど、シエルさんが涙ぐんでいる。

何度もセツナさんに頷き、貰ったものを大切そうに両手で包み込んでいた。


「伝言があるなら伝えます」


セツナさんの言葉に、シエルさんは少し待っていて欲しいと告げ

新しい家に入っていく。シエルさんを待っている間

エリーは、連絡が取れなかったことを怒ったり

アルト君の事を聞いたり、お茶会の事を話したりしていた。


僕もお酒のお礼を言ったり、花の種のお礼を言ったり

種から芽が出て順調に育っていることを伝えた。


少し時間が経ったあと、シエルさんが少し目を赤くして

手紙をセツナさんへと渡す。セツナさんはそれを受け取り鞄へとしまった。


「父達は、あの人形を知っているから

 もし、人形だと父達が気がついたらこの手紙を渡してください」


「わかりました」


「私からは……暫く連絡は入れません。

 私の居場所も」


「僕からは何も話しません」


「うん……お願いします」


セツナさんは一度頷き、シエルさんと真直ぐ視線を合わせた。


「シエルさん。僕との約束を忘れないでください」


「うん。絶対に忘れない」


シエルさんが頷いたのを確認すると、僕達に視線を向けて


「ノリスさん、エリーさん

 シエルさんの事をよろしくお願いします」


「うん。いっぱい働いてもらうから大丈夫だよ」


「エリー」


「セツナ君、色々とありがとう。

 なんか……貰いすぎた気がするけど」


「セツナさん、家の事本当にありがとうございます」


「どういたしまして。家のお金はシエルさんから

 取り立てますから、気にしないでください」


セツナさんの軽口に、全員が軽く笑う。


「それでは、暫くは会う事もないと思います。

 ノリスさんもエリーさんも……シエルさんも

 お元気で。何かあれば、僕に連絡ください」


「うんわかった」


「セツナさんも、元気で」


「はい」


「……」


セツナさんが、別れの挨拶を口にした後

シエルさんは俯いたまま、顔をあげることができないでいた。


「シエルさん。【桜】はいつもあなたの胸の中にある」


セツナさんの言葉で、シエルさんは顔をあげてセツナさんを見る。

その瞳からは、涙がハラハラと落ちていて見ているこちらも辛い。


「ごめんなさい。ごめんなさい……」


シエルさんが、何をセツナさんに謝っているのかはわからないけど

その瞳はとても暗く、そして哀しみに満ちていた。


「シエルさん、笑ってください。

 それが、僕達の願いです」


セツナさんはその言葉を最後に、僕達の前から姿を消した。

歯を食いしばって泣くシエルさんに、エリーが背中を優しくなでる。


「大丈夫だよ。私もノリスもいるから」


エリーの言葉に、シエルさんがエリーを見て頷いた。


「はい、ご迷惑をおかけすると思いますが

 よろしくお願い、いたします」


「うん。でも、できればもっと気軽に話してくれると

 嬉しいな。雇用主だけど、シエルちゃんがよければ

 私と友達になってくれると嬉しいし、私の友達も紹介するから

 この国にいる間は、楽しめばいいと思うよ」


「はい」


「上流階級の事は、ほとんど知らないから

 教えてくれると嬉しいし……。そういうお客さんの相手を

 してくれるともっと嬉しいな……」


エリーの本音が出ている。

貴族からの注文が増えて、正直困っていたから

色々と教えてもらえると助かるのは確かだ。


「それに、もうすぐソフィアさんていう貴族のお友達が

 結婚するんだけど、その服の見立てを一緒にしてくれないかな。

 結婚式の後の、晩餐会に招待されているの」


「え……?」


ここで、シエルさんが涙が止まる。


「その結婚式は、いつですか?」


「えっと、ウィルキス3の月?」


「え? え!?」


「え?」


「貴族の方が集まるんですよね?」


「うん、立食だから気楽に参加してねって」


「衣装は、注文してあるんですよね?」


「え? 注文?」


「え……」


エリーとの会話で、だんだんと青くなっていくシエルさん。

その涙は完全に止まっている。


エリーも僕も、なにか重大な失敗をした事だけはわかる。

結婚式の花の事や、店の事で忙しく参加するつもりはなかったのだが


ジョルジュさんとソフィアさんに

花屋として、名前を売る機会だからと招待されたのだ。


その時に、後ろ盾をしているからと衣装代を頂いた。

その金額に驚きながらも、ソフィアさんにこのお店に行くといいと

言われたお店の確認だけして、まだ一度も店内に入ったことがない。


敷居が高くて、なかなか勇気が出なかったという事もある。

でも……言われた時に、すぐにいかなかったことを僕達は酷く後悔する。


王妃様のお茶会に呼ばれても、僕達の事を気遣ってくださり

王妃様から、頂いた服を着て参加していた。


僕達は、服を仕立ててもらったことなどなかったから。

だから、晩餐会の衣装ともなると自分の寸法に合わせて作るのだと

知らなかったのだ。孤児院出の僕達は、上流階級の生活などほとんど知らない。


最近は少しずつ勉強してはいるが、理解できないことも多かった。


「……」


シエルさんが黙り込み、エリーの顔色が白くなり

僕の顔色も多分悪いだろう。暫くその場から動くこともできず

3人で立ち尽くしていたのだった。




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