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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 杜若 : 音信 』
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『 風が告げる終わり 』

* ヤト視点

 サクラが身を投げた光景が目に焼き付いて離れない。

彼女が座っていたと思われる、手すりの前に立ち海を眺める。


私の覚悟の横をすり抜け、サクラを救ったのは

サクラに傷つけられていながら

その手を離そうとしなかった、私の弟弟子だった。


自分が追放されたとしても、サクラを守るつもりだったのに

ハルを出ていったのは、サクラだった。


結局私は、何も守ることができなかったのだ。

ただ、サクラが苦しんでいる姿を見ているだけだった。


『主の大切なものを守るのは不服か?

 守ってくれないか? 俺の娘達を』


主の最後の願いの片方を、私はもう守れない。


憂鬱な気分を胸に留めたまま、そろそろ戻ろうかと

手すりから離れ、海を背に一歩踏み出した時

少し離れた場所に、魔法陣が浮かび上がり1人の男が姿を見せたのだった。


「……」


「……」


私が居た事に少し驚いた表情を作り、いぶかしげに私を見ている。

きっと、彼はサクラの事を思い出したのだろう。


そんな彼に、声をかける。


「散歩か?」


「はい」


「体調はもういいのか?」


サクラの為に何度も命を懸けていた。


「ええ。ヤトさんはここで何を?」


「……サクラの事を考えていた」


「そうですか」


聞きたいことは、腐るほどある。

カイルの事も、サクラの事も。


「少し話をしないか?」


セツナは少し考え、頷いた。


「向こうに、東屋があるようです。

 そこまで行きませんか?」


「ああ」


セツナが歩き出し、少し距離を開けてついていく。

東屋に入ると、彼が結界を張った。冷たい風が遮断され

居心地のいい空間が出来上がる。


私は魔導師になれるほど、魔力があるわけではないが

剣士にしては魔力があるほうだ。簡単な魔法なら使うことができる。


そんな私でも彼の魔法構築が、どれほど繊細に作られているかがわかるのだから

サフィールやエリオが、彼の魔法を見るたびに顔色を変えていたのも

仕方がないことなんだろう。きっと、カイルを反面教師にしたに違いない。


セツナが備え付けの椅子に座り、私は簡素な机を挟み彼の正面に座る。

カイルが持っていた非常識な鞄から、ガラスの徳利と猪口そして酒の瓶を取り出す。

酒を徳利に移し終えると、魔道具を発動させていた。


私の前に、猪口を置きセツナが徳利を私に向ける。

私が猪口を持ち上げると、セツナが酒を注いでくれた。


注がれた酒が温かい。先ほどの魔道具は酒を温めるために発動させたのか。

彼が自分の猪口に酒を注ごうとするのを黙って止め、徳利を受け取り

彼の猪口へと注ぐ。


徳利を机の上に置き、特に何も言わず猪口をあわせる。

ガラス特有の音を奏でたのを耳にした後、酒を口にした。


「うまいな」


「サガーナのお酒です」


「そうか」


「寒い日は、熱燗がいいですね」


セツナは酒が好きらしい。バルタスの酒場で黒3人を沈めた話は

アラディスから聞いていた。その時飲んだ酒は、相当きつい酒だったらしい。

そういえば、カイルも酒が好きで気に入った酒は冬眠前の動物のように

買いあさっていたような気がする。そしてその酒が高騰するのを見て楽しんでいた。


酒がなくなると、どちらかが徳利を持ち注ぐ。


カイルの事を知りたいが

彼の孤独と絶望……そして罪悪感を抱く目を思い出し

口を開く気にはならない。


注がれた酒を、一気に喉へと流し込み

聞きたいことを、胸へと押し込めた。


セツナは何も言わず、黙って酒を飲んでいる。

カイルなら、そろそろ不機嫌になっている頃だろう。

何か話せと。


「セツナは、サクラが知りたがっていた答えを知っていたか?」


私の言葉に、セツナは瞬刻考え首を横に振った。


「いえ、あの結界を壊す方法を僕は知りません」


「そうか」


サクラが、あの結界を壊そうとしていたのは知っていた。

壊したい理由も、気が付いていた。


それを知っていながら、私は誰にもその事を話さなかった。

サクラの気持ちが、痛いほどわかったから。


誰でも思う事だろう。

サクラが総帥でなければ

籠の鳥でなければ、誰にでも与えられるものだった。


だが、あの結界はそれを許さない。

私はサフィールが話していたのを、聞いたことがあった。

あの結界に手を入れるのは、この時代の魔導師には無理だと。


だから、その方法が見つかったとしても

サクラには何もできないだろうと思っていたのだ。


ならば、彼女の気が済むまで探せばいいと。

納得できるまで、足掻けばいいと。

その間、私はサクラを全力で支えようと……。


時が、サクラの心を癒してくれると考えていたから。

私の選択は、間違っていたのだろうか。

オウカさんに相談していれば、違った道があったのだろうか。

あの時、あの行動をとっていれば言葉にしていればと


後悔ばかりが、頭をよぎる。

ふっと、ため息を吐き前を見るとセツナは1人手酌で飲んでいた。

私の猪口が空になると、その度に注いでいてくれたらしい。


「すまない」


「いえ」


セツナは私の猪口に酒を注ぎ

そして自分の猪口を私の猪口へと当てる。


そして一言、一言だけ口にして自分の酒を飲みほした。


「お疲れ様でした」


セツナの一言に、私は絶句する。

ただ一言。その一言で、全ての出来事が終わったのだと気が付いた。

そう終わったのだ。今更、何を想っても時は戻らないのだと。


全てが蚊帳の外で進んだ出来事に、自分の存在の在り方に

主の願いをかなえることができなかった、不甲斐無さに。

サクラを助けることができなかった、虚しさに……。


私は納得していなかったのだろう。サクラはサクラで決着をつけ

セツナはサクラを助ける形で決着をつけた。


そこに私はなにも、関わることができなかった。


多分、それは私だけではないだろう。

セツナとサクラ以外の全員が、抱いている想いかも知れない。


口を出すことすらできなかった悔しさを、誰もが感じているかもしれない。


『前を向け前を!』


その時、カイルの声が頭に響く。

注いでくれた酒を一口飲み、苦笑交じりに言葉を吐く。


「セツナに、労ってもらうほどの事を私はしていないが」


「いえ、あの後エレノアさんに引きずられて

 どこかに行っていましたから……大変だったんじゃないかと」


セツナの言葉が、どこまで本気でどこまでが冗談なのか

2度3度しか話したことがない、私にはよくわからない。


「エレノアさんの気迫に、誰も口を出せませんでしたから」


セツナからサクラの話を聞いた後

エレノアに、ボロボロになるまで叩きのめされた。

理由は自分が一番わかっている。


彼女も、サクラを大切に想っていた1人だったのに

その感情を誰にも見せることはなかった。本当に強い人だと思う。


『……前に進め。過去に留まるな。

 手を伸ばさなければいけない時に、伸ばすことができる己になれ』


疲れ切って動けない私に、母が残した言葉だった。

「前に進め。過去に留まるな」母の口癖だったな……。

久しぶりに聞いた気がした。


前に進め……か。

セツナの労いの言葉の意味は考えず、受け取ることにする。


「そろそろ帰るか」


「そうですね」


カイルの事も、サクラの事も聞くのはやめた。

サクラは、自分で前に進み。カイルは、納得して彼を前に進めた。

それでいいような気がした。


私から、話そうと持ち掛けたのに何も話さず

弟弟子の酒を、ただ飲みしたような形になってしまったことに

内心舌打ちをするが、今更どうしようもない。


これでは、カイルの一番弟子と名乗れるはずがない。

苦笑した私を、セツナは不思議そうに見ている。


「次は、私に酒を奢らせてくれないか」


いつか、カイルの話を楽しく語り合いながら。

同じ師を持ったもの同士、酒を酌み交わそう。


セツナの、弟弟子の心の闇が晴れた時に。


「おいしいお酒を期待します」


セツナの返事に、一度頷き

私はゆっくりと、一歩を踏みだし来た道を歩いて戻った。



読んでいただきありがとうございました。

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