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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 弟切草 : 敵意 』
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『 僕と女性の幽霊 』

「やめたほうがいいですよ」


僕は、僕の首に指を置いている女性の幽霊の目を見ながら

そう警告する。


僕が口を開いた瞬間、彼女の指が止まり

その目は驚きに満ちていた。


「僕の体に入るのは、やめたほうがいいですよ」


動きが止まっているとはいえ、彼女の指は僕の首にまわされている。

僕はベッドに寝ている状態で、彼女は僕の上に馬乗りになっているような感じだ。

だけど、重さはぜんぜん感じなかった。彼女が動いてもベッドが軋む事もない。


幽霊でなければ、結構ドキドキする状態かもしれない。

まぁ……それが、色っぽい意味でなのか命の危機なのかはわからないけれど。


二度目の警告にも、彼女は僕の首から指を離そうとはしなかった。


「いつから気がついていたの?」


驚きに開かれていた瞳は、今は鋭く細められている。


「貴方が姿を現したときから」


「……寝たふりをしていたの……?」


「ええ、貴方の目的がわからなかったので」


「嫌な人ね……」


「寝込みを襲うような人に言われたくないですね」


僕が起き上がろうとすると、彼女が鋭い声で僕を止めた。


「じっとしてなさい。

 貴方は、私に触れることができないのだから抵抗しても無駄よ?」


「僕の体に入るのはやめたほうがいいですよ」


僕の言葉に、彼女の口元が歪み暗く笑う。


「まるで他人事のように警告するのね。

 今、体を乗っ取られる瞬間を目の当たりにしているのに」


「僕は貴方のために、忠告してさしあげているんですけどね?」


「私のため? ただの時間稼ぎじゃないの

 時間を稼いだとしても、この部屋には誰もこれないわよ」


「そうみたいですね……」


この部屋には何かしらの魔法……。いや……呪い?

みたいなものがかけられているらしい。


「大人しく、私のものになったほうが苦痛は少なくてすむかも?」


どうして、最後が疑問系なのかがわからないが……。

このままでは埒が明かないので、実力行使に移る。


パチッと指を鳴らし、光の魔法を発動させ彼女の指を僕の首から外す。

彼女には、電流が走ったように感じたんじゃないだろうか?


物に触れて、静電気を感じたような手の動きをしていたから。

僕がくらったわけではないので、定かではないけれど。


自分の指を見つめ、そしてすぐにわれに返り

僕を睨みつける彼女。僕は体を起こして片膝を立てヘッドボードにもたれる。


「貴方……風使いでしょう?

 今の魔法は、光……魔法……よね」


「風を使うから、光が使えないとは限りませんよね?」


「……」


悔しそうに唇をかむ幽霊に、人間らしさを感じる。


「……体に入ってしまえば……関係ないわよね……?」


ボソッと呟く彼女。


「僕がそれを許すとおもいますか?」


「貴方が駄目なら、あの子の体に入ってもいいのよ?」


アルトに入ると言う彼女に、僕は目を細め彼女を射るように見つめた。

僕の視線に彼女の体が少し揺れる。


「アルトに入れると思うなら、試してみるといい。

 その瞬間、僕は貴方を消していると思いますけどね」


ベッドの上で、ギュッと握りこぶしを作り俯いてしまったまま

顔を上げない幽霊の彼女を僕はただ見つめていた。


「……や……み……のに……」


小さな声で、僕には聞き取れない。


「じ……が……のに……」


そして顔を上げた彼女は、悲しそうな痛そうな

辛そうな……苦しそうな……表現しがたい表情をしていた。

昼間みた、おどけたような彼女からは間違っても想像できない。


次々とあふれては零れ落ちる涙の行方を、僕は静かに見ている。

彼女の涙は、掛け布団をぬらすことなく消えてしまう。

目の前の彼女は泣いていると言うのに……。


嗚咽をこらえるように、苦しそうに泣く彼女に何が彼女の心を

ここに留めているんだろうかと考える。幽霊になってまで……。


泣いている幽霊と、泣いた痕跡を残さない涙……。

まるで、立体映像を見ているような錯覚を覚える。


短剣を買ったのは、ちょっとした興味からだった。

彼女から敵意は感じなかったし、今も僕の体を乗っ取ろうとしていても

切羽詰ったものは感じるけれど、悪意というものは感じない。


アルトに抱きついていた時点で、消すこともできたのだけど

彼女が余りにも必死だったのが気になった。

彼女の話を聞いてみたいと思った……。


おどけた調子の会話の奥にある、秘められた意思というものが

見えたような気がしたから……。


幽霊になってまで……彼女は何をしようというのか……。

必死に僕を繋ぎとめて、僕に何をさせたいのかが気になった。


「僕の体に入った瞬間、貴方は消えていたと思います」


「っ……」


「僕の体の中にある魔力は、貴方をかき消してしまうぐらい強いから」


「……そうは……おもえないけど」


僕は、部屋に結界をはり押さえている魔力を開放する。

魔力の開放を見た彼女は、震えていた。


「これでもまだ、魔力を制御するための指輪を3個つけています」


最近また魔力が増えたのか、2個じゃ足りなくなって1つ増やしたのだ。


「貴方はそれでも、僕の中に入ろうと思いますか?」


僕の問いに、涙を散らしながらフルフルと首を振り

両手を顔に当てると、声を殺し本格的に泣き出してしまった。

時折もれる嗚咽に、居たたまれなくなる。


「……何がしたかったんですか?

 僕の体を使って、何かしたいことがあったんでしょう?」


「助け……たい人が……いるの」


呼吸を落ち着けようとしながら、必死に話そうとする彼女。


「助けたい?」


「時間がないの……。彼が狂っていくの……。

 体も、心も限界で……暗闇に沈もうとしている

 このままじゃ、彼は同族に処分されてしまう……。殺されてしまう!」


「……」


「私は、心は……精神はその短剣についている宝石の中にあるの

 この短剣を持った人を操って、彼の元まで行こうとしていたわ

 だけど……誰も彼の側には近づけない。私が持ち主に及ぼす魔法と

 彼に対する恐怖とでは、恐怖のほうが勝ってしまう……」


「だから、手っ取り早く体を奪おうと思ったんですか?」


「そうよ……。だけど、体を奪うには私と波長の合う人が必要だった。

 ずっと探していたけれど、見つからなかった。

 私の魔力もあと少し……そんなときに貴方と目が合ったの。

 きっとこれが最後の機会だと思った。だから強引に貴方に短剣を買わせたの」


「……」


「だけど……。あんな魔力は……反則だわ……」


「……どうして、彼が狂っていくとわかるんですか?」


僕の質問に、彼女は悲しそうに笑った。


「私の亡骸が、彼の側にあるからよ……」


彼女の告白に少し驚く。


「私の心は……ここに在るのに……。

 彼は、私の亡骸を抱いているわ……。

 死んだとはいえ、私の肉体から心が離れていても

 私の精神と肉体はまだ魔力でつながっている」


「そんなことがあるんですか」


「普通はないと思う。死んでしまったら体を灰に

 魂は、安らぎの水辺へと送られるはずだもの……」


「肉体が灰に返っていないから、水辺にいけないんですか?」


「……いいえ。行こうと思えば行けると思う」


「なぜ、いかなかったんです?」


「……最初は、最後に一目だけ逢いたいと思った。

 だけど、私を亡くして自分を失くしていく彼をそのままにしておけなかった。

 私を忘れて欲しいとは思わない……。だけど、思い出にかえて欲しかった」


「……」


「私は、彼に生きて欲しい……。生きて欲しいんだよ」


相手のことを想い、涙を浮かべながらも

優しく笑う彼女をとても綺麗だと思った。


「貴方みたいな人は、見えないだけで沢山居るんですか?」


「私みたいな?」


「所謂、幽霊と呼ばれる存在ですね」


「私は死んでから1200年~1300年ほどたつけれど

 自分以外の、幽霊とは逢ったことがないわよ?」


「……1300年?」


「ええ、私が死んだのはそれぐらいだと思うけど」


「1300年たって、まだ肉体が存在してるんですか?」


「……彼が魔法をかけたからね……」


「それでも……普通の人なら、1300年も生きられ……」


自分の言葉で、あることに思いあたる。


「貴方の恋人は、竜ですか……?」


コクンと彼女が頷いた。


「貴方と彼は、番っていたんですか?」


番っていて、伴侶を失い狂っているのなら殺すしかないかもしれない。

竜にとって番うということは、人間で言う結婚とは全く違う。

竜と竜が番う場合、魂と魂の契約になり伴侶になった時から

伴侶しか愛さないし、愛せない。生涯一度の婚姻ということになる。


しかし、竜と人の場合その契約は竜だけに適応されるらしい。

竜は人を裏切れないが、人は竜を裏切ることができる……。

そこから生じる問題も多々あるみたいだ。


竜と人が番になった場合の寿命は、竜の寿命を分かち合うことになる。

肉体も、その寿命に耐えられるぐらいのものになるらしいが

それでも、竜とは比べ物にならないほど弱いらしく

不慮の事故で亡くなってしまうこともあるようだ……。


竜同士ならば、長いほうの寿命で生きることになるらしい。

だから、どちらかが残されることは余りないようだけど……。

伴侶を失った竜は自我を保つことが難しいといわれている。


狂うか……。

自ら命を絶つか……の二択になるようだ。


狂って堕ちた場合……家族が堕ちた竜を殺す。

家族が居ない場合は、竜王が命じたものが殺しにいく……。


幽霊の彼女と竜の彼が番ならば、竜にとって契約がなされているはずだ……。

その場合、堕ちるのを止めるのは難しいかもしれない……。


だけど、まだ番でなかったならば助ける方法はあるかもしれない。

トゥーリの言葉が頭によみがえる……。


『人に惹かれた竜は

 その瞬間、瞬間に生きる命に魅せられてしまう。

 自分達よりも寿命の短い人間を深く深く慈しんでしまう』


それが、伴侶と認めた相手ならば……。

自分の寿命を削り、愛した相手に分け与える事を決めたのならば……。

狂ってしまうのも……わかるような気がする……。


しかし……竜の契約というのはどうしてこうも

融通の利かないものばかりなんだろうか……。


頭の中に入っている記憶をなぞりながら

僕は、自分の右腕の腕輪をそっとなでる。

僕と彼女の契約は仮契約……。リヴァイルの言う通り破棄することができる。

残念だという想いと、これで良かったんだという想いが胸の中で渦巻いた。


僕は1つため息をつき、彼女に視線を戻し返事を待った。

彼女は少し寂しそうに、静かな声でそっと呟いた。


「いいえ……。番う約束をしていただけ……」


「理由を聞いても?」


「ええ……。私は、トリアで生まれたのよ。

 ガーディルの隣、エラーナの下の国……知ってる?」


「知ってはいますが、行った事はありません」


「私はね、その国のある貴族の娘として生まれたの。

 だけど、私の母はその貴族の愛人でね。正妻もその子供も居たから

 私は母の故郷のレグリアで育ったのよ。私はその事に何の不満もなかったわ

 ガチガチの貴族主義の中で生きるよりも、自由に生きていたかった」


昔の記憶を辿るように、ゆっくりと話をしていく彼女。


「一応、それなりの貴族の教育というのは受けたけれど

 私はトリアで生活する気はなかったのよ。レグリアで母と一緒に

 生きていければそれでよかったからね。そんなときに1人の旅人と出逢ったの

 変な話し方で、調子がよくて……少し周りから浮いていたかな?」


幸せそうにクスリと笑う。


「最初は変な人だと、あまり関らないようにしようと思っていたのだけど……。

 彼、お腹をすかせて倒れていたのよ……。放置するわけにもいかないでしょう?

 しかたないから、ご飯を食べさせて面倒を見ているうちに……お互い想いあった……」


僕は、頷いて続きを促す。


「彼が竜だと教えてくれたときは驚いて。

 結婚を申し込まれたときは、とても悩んで……。

 それでも、彼と共に生きて生きたいって思ったから

 私は彼の求婚を受けたの……だけど……」


そこで一度区切り、小さなため息をはいた。


「父からトリアに来いと連絡が来たの。

 私も、彼との結婚を父に伝えなければいけないと思っていたから

 トリアには行くつもりでいたのよ。だから、トリアにいくと彼に告げたのね

 すると彼は、嫌な予感がするから先に婚姻を結ぼうと言ってきた。

 婚姻を結べば、私の居場所が常にわかるから心がつながるから

 彼の名前を呼べば、すぐに私の側に来ることができるからってね」


「……」


「だけど、そうすると母に迷惑をかけてしまう。

 相談することなく、無断で結婚したとなると……母が責められてしまう。

 だから、父に報告してからにして欲しいと頼んだの。彼は渋々だけど納得してくれて

 それなら、右腕に腕輪だけでもつけていって欲しいとお守りだからと

 高価な腕輪を買って、私の腕にはめてくれた……。絶対外すなと言われてね」


自分の右腕を指でなぞりながら、腕輪のことを思い出しているようだった。


「でもね……私は、父と会う前に腕輪を外し机の引き出しにしまった。

 右腕の腕輪は、結婚したと同義だから……。

 父からの話は、王の後宮に入れという事だった。

 私は嫌だと告げたの。好きな人がいるから、その人と約束したから。

 私はレグリアに戻ると言ったの。だけど、父は私の話を少しも聞いてくれなくて

 だから……私は家から逃げ出した……。彼の元に帰るために」


右腕から指を離し、両手を組み合わせながら続き話していく。


「すぐに捕まっちゃったけどね。私が逃げたことに逆上した父は

 自分の顔に泥を塗るつもりかと……。この家を潰す気かと……。

 それはもう、怒り狂ってね。自分の命令を聞けない役立たずは

 この家にはいらないと言い……私を剣で刺して殺した」


「……」


「確かに、貴族の娘として生まれたからには

 家の役に立ち、父の望む人のところに嫁ぐのが当たり前なのかもしれない。

 貴族の娘の役割に背いた私は、父に殺されて当然だったのかもしれない。

 だけどね……? 私は……彼と約束したの。彼の元へ帰るって……。

 彼の番になるって。彼と共に生きるって。約束したの」


淡く微笑みながら、ハラハラと涙がこぼれる。


「数回しかあったことない父の命令より。

 側にいて、私を大切に思ってくれる彼のほうが大切だったんだよ……」


涙が彼女の手の甲に落ちる……。だけど涙は手の甲を濡らすことなく消えた。


「彼はまだ待ってる。私の亡骸を抱えながら。独りで……。

 帰ることのない私を、待っているの……。心を肉体を削りながら待っているの」


止まることのない涙をこぼしながら、僕を真っ直ぐに見た。


「助けて……。お願い……彼を助けて……。

 私の大切な人を助けて……。お願い……。お願いします。

 私を彼の元に届けて……。独りで居る彼の元へ私を届けて……」


泣きながら何度も何度も、お願いしますと繰り返す。


1300年前の彼女の運命を変えることができるのならば

彼女は、自分の恋人が竜であることを父親に言えばよかったのだ……。

それだけで、彼女の家は大きくなったに違いない。


だけど……彼女は、竜を利用することなど考えたこともなかったんだろう。

ただ純粋に愛していたから……。自分の命を失うことになっても……。

もしかすると、あえて言わなかったのかもしれない。

彼女の視線を真っ直ぐに受けて、僕は今の状況を伝える。


「……今すぐというのは無理です。

 今からサガーナに向かい、バートルを通ってリシアに向かう予定です。

 僕にも、やらなければいけないことがある」


「……」


「率直に聞きますが、彼は後どれぐらい持ちそうですか?」


「……もって半年……。だけど私の魔力は半年も持たない……」


瞳に諦めを浮かべて、途切れ途切れに僕の質問に答えていく。


「だとしたら、半年以内に彼の元に貴方を届ければいいんですね?」


「……そうだけど、その前に私が消えてしまうわ……」


僕は、ベッドの横のサイドボードから短剣を取り

その短剣の宝石を外した。


「貴方が、彼からもらった腕輪を想像してください。

 想像できたら、この宝石に触れて……」


僕の言葉に、怪訝そうに眉を寄せていたけれど

彼女は僕の言うとおりに、宝石に指を置いた。


その瞬間、僕の手の中で彼女が想像した腕輪と同じデザインの

指輪が出来上がる。宝石はもちろん彼女がとりついているものだ。


「……これ……。彼がくれたものと同じ模様だわ……。

 勿忘草の模様が入っているわ……どうして……」


その指輪を、ドッグタグをつるしている鎖に通し

僕の首にかけなおした。


「短剣では効率が悪いので、指輪にしました。

 この指輪は、僕の魔力が蓄積されやすいようになっています。

 貴方の宝石にも少し細工しました。貴方は、指輪に蓄えられる魔力を

 自分の魔力に変えて、この宝石に蓄えてください」


「え……?」


「今のままでは、貴方の魔力は尽きて消えてしまう。

 だから、僕の魔力を取り入れて消えないようにしてください」


もう1つ、彼女には内緒で魔法をかけてある。

それを教えるのは、当分先になるだろうけど。


「いいの……? 私は貴方の体を乗っ取るつもりだったのよ?」


「そうですね……。厄介な短剣を買ってしまいました」


「……」


「だけど、買ってしまったからには

 最後まで、責任を持たないといけないですからね」


「助けてくれるの……?」


「僕ができる範囲でですけどね」


「彼と逢わせてくれるの……?」


「……彼が、貴方だと気がつくかどうかはわかりませんよ?」


「大丈夫……彼はきっと気がついてくれる」


「のろけですか……」


「ええ、のろけですよ!」


そういって彼女が笑う。


「笑えるなら大丈夫ですね。

 とりあえず、トリアに行くのは暫く先になりますから

 貴方は、せっせと僕の魔力を変換して蓄えてください」


安堵したような、希望を胸に宿したようなそんな感じの

微笑を僕に見せる。今日一番の笑顔かもしれない。


「はい……。ありがとう……。

 よろしくお願いします。えっと……師匠?」


「……」


そういえば、彼女の名前も知らないし

僕の名前も教えていなかった。


「僕の名前は、セツナといいます。

 向こうで寝ているのが、アルトです。

 指輪を捨てられたくなかったら、悪戯はやめてくださいね」


「わかってるわ! 呪うのも、祟るのも、とりつくのも暫くお休みね」


「いえ……暫くじゃなく、ずっと休んでてください」


「えー。幽霊のお仕事を何だと思ってるの!」


「そんな仕事は、ゴミ箱に捨ててください」


「酷い!」


「それで、貴方の名前は?」


透けている姿でも、目の下が赤くなっているのがわかる顔で

「私の名前は、セリアというの」と嬉しそうに教えてくれた。


「セリアさん、暫くは表に出ないで魔力を自分の物にしてくださいね」


僕がそう注意を促すと、一瞬泣きそうな顔になりそして笑った。

僕が、首をかしげると少し恥ずかしそうに名前を呼んでもらえたのが

嬉しいのだと僕に告げる。


ああ……彼女もまた……彼女の恋人と同じ時間孤独だったのだと

気がついた。独り……狂っていく彼を感じながら過ごす時間は

苦痛だったろうに……。


そんな彼女の感情に気がつかない振りをして、彼女に宝石に戻るように言い

僕は、彼女が消えたのを確認してから片膝に両手を乗せ額をつけた。


彼女が消える間際、「ごめんね……」と彼女の唇が動いていた。


-……。


僕は……トゥーリを失ったとき狂わずにいられるだろうか。

トゥーリが殺されたら……きっと僕も、セリアさんの恋人のように

その大地を灰にしてしまうかもしれない……。


そう……。

彼が居る場所は……。

セリアさんが死んだ場所は……。

彼の報復によって、人が立ち入ることができない場所になっている。


人が入ると、問答無用で殺される……彼に。

カイルは、彼を知っているらしく何度か説得に行ったようだけど

彼は、その場から動こうとはしなかったらしい。


このことを、セリアさんは知っているのだろうか……。

多分知っているんだろうと思う。


一通り、記憶をさらった後

夜明けまではまだ少し時間がありそうだったので、僕も眠りにつくことにした。





 


読んでいただきありがとうございます。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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