表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 杜若 : 音信 』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

109/117

『 風に託した想い 』

* アギト視点

 精霊に連れられて、サクラの部屋から消えたセツナを追いかけようとしたが

エレノアに止められる。


「……セツナを休ませることが先だ。

 今帰ったところで、お前がすべきことはないだろう?

 なら、今できることをやれ。お前は、セツナの行動を無にするつもりか?」


エレノアのいう事に、それもそうかと思い頷く。

ただ、セツナ達が私の家に帰っているのかだけは気になる。


「サーラ達だけ先に返す」


「……ああ」


サーラを資料室に送って、戻ってきたフィーを見るが

フィーは嫌そうに眉を寄せた。


「嫌なの」


何かを言う前に、フィーが答える。

それを見て、オウカがナンシーに連絡し

ナンシーからサーラに連絡するよう頼んでくれた。


オウカやオウル、エレノア達と軽く打ち合わせし

すべて片付いたのは、昼を過ぎていた。


黒の間に座り、【春】という文字を見

そして、その後ろに描かれている黄色の三日月を眺め目を細める。


黄色い月……。セツナの言葉を思い出しながら

フィーが私達に見せた、セツナの記憶の一部を思い出す。

ほとんど覚えてはいないが……。


「……アギト」


「……」


「殺気を抑えてほしいわけ」


「……」


そこにバルタスが、黒の間へと戻り私達に声をかけた。


「おー、ご苦労だったな。

 もう、今日は帰っていいそうだ」


バルタスの言葉に、私はすぐに席を立ち扉へと歩く。


「アギト」


サフィールの声に、立ち止まり肩越しにサフィールを見る。


「僕も行くわけ」


「……私も行くか」


「わしは、もう少しここにおる」


「……わかった」


サフィールとフィー、そしてエレノアを連れて

自分の家へと戻ると、サーラ達がセツナの部屋の前で何かを話していた。


「サーラ?」


「アギトちゃん……」


「どうした?」


「セツナ君の様子を見に来たんだけど

 扉のノブに触れないの」


サーラの言葉に、扉に手を伸ばしてみるが

薄い壁のようなものに阻まれて、触ることができなかった。


その時、隣の部屋の扉が開き

アルトが、眠そうに眼をこすりながら出てきた。


「うー……どうしたの?」


どうやら、私達の声でアルトを起こしてしまったようだ。

アルトは一度あくびをして、私達を見てサフィールを見てエレノアを見て

首を傾げた。フィーがサフィールの傍を離れアルトの傍へと行き手をあげる。


アルトは気軽にフィーを抱き上げた。


「セツナの部屋の扉が開かなくてね」


私が簡単に説明すると、アルトは首を傾げフィーを抱いたまま

セツナの扉の前に来て、扉のノブに手をかけ部屋へと入っていった。

少し驚きながら、私達も後に続こうとするが壁に阻まれ入ることはできなかった。


暫くして、アルトが戻ってきて部屋の扉を閉める。

その表情は少し硬い。


「アルト?」


「師匠は、また無理をしたの?」


アルトが私を真直ぐに見て問う。


「サクラという女性を助けてくれた」


「……」


「セツナは?」


「寝てる。多分暫く起きない」


「できれば、食事をとったほうがいいんだが」


「師匠を起こしちゃだめだ」


「どうしてだい?」


「師匠が、深く寝ている時は起こすなって言われたから」


「誰に?」


アルトが、口を開いて何かを話そうとするが音にならない。


「セツナに魔法をかけられているわけ?」


サフィールが口を挟む。


「あー……。そうだった。

 秘密にしなきゃいけないことは、話せないようになってる」


「僕が解除してやってもいいわけ」


「嫌だ。せっかく頼んでかけてもらったのに!」


「はぁ?」


「頼んで?」


サフィールが驚き。私が聞き返す。


「ナンシーさんが、俺から情報を引き出そうとするのが

 面倒になって、師匠に頼んだんだ。師匠は、自分で判断して

 答えるようにならないとって言われたけど、孤児院の友達と

 遊ぶ時につい話しそうになってしまうから、かけてほしいって頼んだ」


「……」


アルト……。

普通は、自分からそういう魔法をかけてくれとは言わない。


「考えて、話そうと思えば話せるようになっているけど

 俺は誰にも教える気はない」


ハッキリとした拒絶。こういうところはセツナに似ている。


「……では、その人から何と言われたかを

 教えてくれないか?」


エレノアがアルトに声をかけた。


「確か……。師匠が深い眠りにつくときは

 疲弊を、癒すために必要な眠りだって。

 その邪魔をしてはいけないって。暫く食べたりしなくても

 師匠の魔力が補うから大丈夫だって」


「……」


黙り込んだ私達に、アルトが心配そうに私を見上げる。


「師匠はまた、大きな魔法を使ったの?」


アルトは、セツナが眠りにつく理由を魔力を使って

疲れているからだと思っているようだ。アルトに起こしてはいけないと

教えた人物も、気が付くか付かないかあたりの言葉を選んでいるようだ。

今はまだ、セツナが深く眠る理由を気が付かなくてもいいと考えているのだろう。


多分、本来の意味はこうだ。

心身ともに疲れ切っているから、それを回復させるために

セツナは深い眠りを必要とするから、起こすな……。


食べ物を摂取することより、心の回復を先にという事か……。

深い眠りを必要とするほど、セツナの心の傷は深い。


「ああ、大きな魔法を使った」


「そう……」


少し沈んだ様子を見せるアルトに、ビートが口を出す。


「セツナは寝てるだけなんだろう?

 ならさ、アルトは昼飯を食って孤児院にでも行って来いよ」


アルトはビートを見て首を振る。


「師匠が起きるまで、俺はどこにもいかない。

 寝ている、師匠を守るのは俺だから」


「……」


真直ぐ意思を籠めた瞳をビートに向けた。

初めてできた友達という関係にはしゃぎ、今日も絶対に行くと

楽しそうに話していたのに。


自分の楽しみを蹴って、師を優先させるか。


「なら、先に飯を食うか。ここにいても

 セツナは、当分目を覚まさないんだろう?」


アルトが頷きそれぞれが、下に降りようと歩き始めるが

アルトは、ふと腕の中にいるフィーを見た。どうやら寝てしまったようだ。

フィーも今日は、色々と緊張しただろうし疲れていたのかもしれない。

アルトは少し考え、セツナの部屋に入り出てきた時にはフィーはいなかった。


「フィーはどこなわけ?」


「寝てたから、師匠の横に置いてきた」


「……」


サフィールは複雑な表情を作りながらも

アルトに何かを言う事はなかった。


そして2日経っても、セツナが起きる気配はなく

アルトは静かに、本を読んだり勉強をしたりして過ごす。

時折、セツナの様子を見に行っては私達に変わりはないことを

教えてくれていた。


3日目の朝、早い時間から家のドアを叩く音が響く。

この時間では、まだ執事たちも離れで過ごしている頃だ。

いったい、こんな朝早くに誰が……と思い出てみると


サフィールが、オウルとマリアを連れて

私の家の前に立っていた。


「セツナを起こしてほしいわけ……」


サフィールが暗い表情で私に告げる。

サクラに何かあったのか? 昨日、目が覚めたと聞いていたが


「とりあえず中に入れ」


3人を中に入れると、騒々しい音で起こされたのか全員が降りてきていた。

応接室に全員集まり、クリスがお茶を入れてきて配る。


「何があった?」


「サクラが、魔道具を起動させてしまったわけ」


「魔道具? なぜだ。命を絶とうとしたのか?」


私の言葉に、サーラが青くなりマリアを見た。

マリアは違うと、サーラに首を振る。


「どうやら、家を出ていこうとしていたわけ。

 荷物を詰めている時に、誤って魔道具を発動させたわけ」


「魔道具の解除なら、お前も得意だろう?」


「普通の魔道具なら、僕でも十分対処できるわけ。

 サクラが起動させたのは、アーティファクトなわけ」


全員が押し黙る。

アルトだけは、我関せずでクリスが出したクッキーを食べていた。


「なぜ、そんなものをサクラが?」


「ジャックがサクラに、わたした可能性が高いわけ」


サフィールがそう言ってため息をつく。

オウルが、サフィールの言葉を引き継いだ。


「ジャックは、サクラとリオウによく色々と渡していたんだ。

 サクラはそれを、箱の中にいれて大切にしていた。

 その一部を、鞄に詰めて持っていくつもりだったんだろう」


その時、来客を告げる呼び鈴が鳴る。

エリオが、対応に出て戻ってくると後ろにはエレノアとバルタス

ヤトとリオウそれにオウカが居た。


先日のメンバーが全員そろったことになる。


「ギルドを開けても大丈夫なのか?」


「何かあれば連絡が入る。

 その時はすぐに、転移で戻る」


オウカが、ため息をつきながらそう伝えた。


「それで、私に何か用か?」


エレノア達を見て、そう告げるとリオウが答える。


「叔父さん達が、サフィールと一緒に出ていくのが見えたから

 サクラに何かあったんじゃないかと思って」


「……私はヤトを締め直そうと、ギルドの訓練所へ連行している途中で

 リオウとオウカに会い、そのままここへ来た」


締め直す……。連行って……。

ヤトはどこか疲れたようにみえた。


「わしは、仕入れの帰りにこいつらと遭遇してな」


それで全員この家に集まることになったのか。

サフィールがため息をつきながら、もう一度同じ説明をする。


アルトは、クッキーを食べ終わったからかもう一度寝ると言って

部屋に戻ろうとするのを、クリス達が必死に止めている。


セツナを起こすことになった場合、あの部屋に入れるのは

アルトしかいない。


サフィールがアルトの様子を見ながら、少し早口で説明を終えた。


「アーティファクトの中には、命を削って

 効果を持続させるものもあるわけ。ジャックが、そんなものを

 サクラ達に渡すことはないと思うけど、僕には判断がつかないわけ」


ここで全員がアルトを見る。

アルトは、眉間にしわを寄せながらお菓子を食べている。

相当眠いらしい。そして、私達の話には関心がないらしい。


「アルト、セツナを起こしてほしいわけ」


サフィールがアルトに声をかける。


「師匠はいない。

 どこかに出かけたみたいで、部屋にいないから起こせない」


「どこにいったわけ!?」


サフィールが立ち上がり、アルトに問う。


アルト、そういう事はもっと早く教えてくれないだろうか?

それぞれが同じ感想を抱いているはずだ。


「知らない。机の上に少し出かけるって書いたメモがあった。

 いつ帰ってくるのかも知らない」


アルトの言葉に、頭を抱えて椅子に座るサフィール。

オウルやマリアも青い顔をして項垂れていた。


アルトが「師匠は、そのうち帰ってくると思う」と言い残し

自分の部屋へ戻ってしまった。アルトは私達には慣れてくれたようだが

サフィール達の事は、まだ警戒しているらしく

セツナが居ない時は、あまり傍に居たくないようだ。


今は、オウルやオウカ達もいることから余計警戒していたのかもしれない。

それぞれが、3杯目のお茶を飲み終え一度解散しようと席を立った時

サフィールとエリオが、表情をかえて上を見た。


「セツっちが、帰ってきた」


「あいつが戻ってきたわけ」


クリスがセツナを呼びに行き、しばらくしてから

セツナが応接間へと顔を出した。顔色はよさそうだ。

サーラも安堵したように息を吐き出していた。


「セツナ、体調はどうだ?」


「大丈夫です。ご心配をおかけしました。

 まだ少し眠いですが……」


「悪いな。もう少し休めと言いたいところだが

 問題が発生してね」


セツナに座るように促し、それぞれも今まで座っていた場所へと座り直す。

サフィールがセツナに、サクラの事を説明するために口を開きかけた時

エレノアが、先に口を開いた。


「……セツナ。貴殿は今までどこにいた?」


「目が覚めて暇だったので、散歩に行っていました」


「……サクラを連れてか?」


エレノアの言葉に、オウル達がセツナを凝視する。


「僕には意味が分かりませんが」


「……貴殿からは、サクラがいつも使っている

 香水の香りがする。その香りが移るほど近くにいたという事だろう?」


「……」


セツナは何も答えず、エレノアを見てる。


「エレノア、サクラは部屋で寝てるわけ」


エレノアは、セツナから視線を外さない。


「エレノア、私達もサクラは部屋で寝ていることを確認している」


「サクラの付けている香水も、簡単に手に入るものですわ……」


「……では彼が、起きてすぐ女遊びに行ったと?

 私には、その事のほうが信じられないな」


確かに……。

全員がセツナに視線を向けるが、セツナの表情は全く変わらなかった。


「僕がちゃんと、体温も呼吸も確認したわけ」


「……胸の魔法陣は?」


「ありましたわ」


マリアが答える。


「ちゃんとサクラだったわけ。

 全く同じ人間(・・・・・・)が、この世界に存在するはずがないわけ」


「全く同じ人間?」


オウカがぽつりとつぶやき。


「復讐のどっぺる……」


オウルが、何かを思い出したように呟き2人同時に

セツナに問うような視線を向けた。


「復讐のどっぺるってなんなわけ?」


サフィールが、オウルに問いオウルがセツナから視線を外さずに

その人形の特徴を話した。サフィールが驚きで声も出せないようだが

目を細めてセツナを見ている。


「そんな魔道具があるなんて、反則なわけ」


サフィールの言葉に、セツナは苦笑し

軽く俯きため息をついた。


「香りが移っているとは思わなかったな。

 普通、冒険者は香水をつけないのに……。

 何時もの癖で、無意識につけてしまったんでしょうか?

 失敗しましたね。せっかく、色々と細工したのに」


そう言って深く椅子にもたれかかる。

どうやら、まだ疲れは完全に抜けきっていないようだ。


「サクラはどこだ?」


オウカがセツナに問う。


「リシアにはいません」


「そんなはずがない……」


ここでセツナが魔法を使うと、セツナの声が私達には届かなくなる。

オウルやオウカ、マリアやリオウには聞こえているらしい。

4人は、唖然としたまま声を出せないような感じだ。何を話しているんだろうか?


そして音が戻る。リオウがセツナを問い詰めていた。


「じゃぁ、サクラは本当にもうリシアにいないの!?」


「いません」


「どこに、どこに行ったの!」


「教えません」


「どうして!」


「サクラさんが、そう望んだからです」


「……」


セツナがゆっくりと、サクラとセツナの間で何があったかを

話し始める。簡単にまとめると、サクラは自分がやろうとしていた事が

一族の守るべきことから反することだったため、この国に住む権利はないと

言って、他国で生活するために夜、家を抜け出したらしい。


罪の意識もあるだろうが、オウルやマリアの事を

考えたというのもあるだろう。

黒とギルドの関係を、現状のまま維持したかったというのも

あるのかもしれない。サクラは総帥だったのだから

ギルドにとって黒の役割がどういうものかを理解していた。


サクラが、何をするつもりだったのかは

セツナは何も言わなかった。話すつもりはないらしい。


サクラの今後を、決めたばかりだったのに

全てが、水の泡になってしまったが

サクラを責めるつもりはない。


この国を出ることができるのなら、出るという選択肢も悪くない。

そう思っているのは、私だけではないだろう。


だが、リオウは違ったようだ。


「どうして、サクラを連れ戻してくれなかったの!?」


リオウがセツナに、涙を見せながら抗議している。

黒は全員何も話していない。オウルとマリアは何も言わない。

ヤトは黙って、セツナの話を聞いていた。


「本人が、外に出たいと言っているのに

 どうして連れ戻す必要が?」


「サクラは、この街から出た事がないのよ!」


「知っています」


「1人でどうやって生きて行けというの!?」


「それは、本人の問題でしょう?

 その事も含め、僕はサクラさんに何度も聞きました。

 それでも、帰らないという選択をしたのはサクラさんだ」


「それでも! 本当は帰りたかったはずよ!」


「ええ、1人で外の世界に出るのは怖いと言って泣いていましたよ。

 サクラさんは、ハルで生活したかったはずです」


オウルとマリアの瞳が揺れる。


「ならなぜ!? 貴方が無理やりにでも連れ戻してくれたら

 私達が説得できたのに!」


「説得してどうするんですか?」


「え?」


「この街に閉じ込めるんですか?」


「なにを……」


「罪悪感を抱え、魔法が使えないことを隠すのに

 神経を張りつめながら生き、それが知られたら

 今度は、一族に冷たい目を向けられるのを耐えながら

 生きるのを見たかったですか?

 この街で、飼い殺したかったとでも?」


セツナの言葉に、リオウの表情がなくなっていく。

セツナの言葉は容赦がない……。どこか、苛立っているような

その理由を探し、彼が奴隷だったという事を思い出す。

自分自身が、生きたいように生きれなかったことを

サクラと重ねているのかもしれない。


「私達が、サクラを支えるわ」


「貴方では支えることができません」


リオウが歯を食いしばる音が聞こえる。


「貴方は総帥です。魔力をなくしたサクラさんと接点を持てない」


セツナの言葉に、はっとしたように目を見開く。

サーラ達は今の言葉はわからなかったようだ。


リオウが立ち上がり、扉へと歩き出す。


「何処へ行くんですか?」


「サクラを探すのよ!

 ギルドの力を使って!!」


「やめておいたほうがいいですよ」


「貴方の指図は受けないわ!」


「まぁ、サクラさんを殺したいのなら好きにすればいい」


「なにを……」


だが、誰もそれを否定しない。リオウは頭に血が上っているようだから

まだ、きちんと把握できていないのだろう。


セツナの代わりに、エレノアが説明を始める。

サクラを探していると、他国に協力を求めるもしくはギルドで探していることを

感づかれた場合、ハルの情報を手に入れるためにサクラを血眼になって探す

国が出てくること、そして捕まった場合拷問を受ける可能性があること。

サクラを人質に、ハルに対して何かしら要求を迫る可能性があることなどを話す。


動けなくなったリオウを、ヤトが席に戻した。


「サクラは……これから独りぼっちで生活するの?」


リオウのつぶやきに、自分の感情を制御するように

セツナが一度ため息をついて、リオウの呟きに答える。


「いえ、人員募集をしているところで職を見つけて

 そこの店長夫婦と親しくなり、楽しそうに話してましたよ」


「……」


「もう職を見つけた?」


オウルが驚いたように声に出す。


「ええ。夜の職ではないので大丈夫です。

 ちょっと……女性のほうに押され気味ではありましたが

 可愛らしい笑顔を見せて、一緒にあれこれ生活雑貨を選んでました」


「……笑っていた? 本当にサクラは笑っていた?」


「はい」


「そうか……。そうか」


「叔父様?」


「セツナ君、サクラは幸せになれるだろうか?」


「僕にはわかりませんが

 サクラさんは、僕に約束してくれましたから。

 幸せになる為に努力すると」


「……そうか。なら、私はサクラの選択を支持しよう」


「叔父様!!」


「リオウ。サクラは冒険者になりたかったんだよ」


「え……?」


「サクラの夢は、冒険者になってジャックと一緒に旅することだった。

 あの海の向こうを夢見て、瞳を輝かせていた……。

 冒険者にはなれないだろうが、サクラが決めた道を進むのなら

 サクラが幸せになる為に歩き出すのなら

 親として私達はサクラの幸せをただ願う」


オウルの言葉に、セツナが柔らかく笑った。

その顔を見て、オウルは申し訳なさそうにセツナを見る。

オウルが何かを言う前に、セツナが首を横に振った。

もうこれ以上は、引きずる必要はないと言っているのだろう。


オウルは、少し俯きそして小さな声で謝罪し

真直ぐセツナに視線を向ける。


「セツナ君、いつかサクラと連絡が取れるだろうか?」


「手紙ならいつでも僕があずかりますよ。

 僕から、彼女に届ける方法は確保していますから。

 僕がこの街から離れたとしても、ギルド経由で渡してくれれば届けます。

 ただ、いつ届くかは保証できませんが……」


「そうか……。なら、手紙を書くから届けてくれるかい?」


「はい。サクラさんからは当分手紙を出さないと聞いていますから

 返事が届くかはわかりませんが」


「……そうか」


オウルとマリアの胸中は複雑だろうと思う。

それをぐっと飲み込み、サクラの幸せを願い、そして応援しようとしている。

多分そこには、この街に居てもサクラらしく生きることができないことを

2人が一番理解しているからだろう。同じ苦労するなら、サクラがサクラらしく

笑い生きていける場所で、幸せになってほしいと……。

親が願うのは、いつも子供の幸せなのだから。


オウカとマリアが立ち上がり、セツナに深く頭を下げた。


「セツナ君、本当に何から何まで悪かったね……。

 申し訳ない。これからも、サクラの事を頼んでもいいだろうか?」


「僕ができるのは、手紙を送ることぐらいですけどね。

 あとは彼女の人生です。僕が干渉することはありません」


「それで十分だよ。でも、もし……もしサクラが……」


「サクラさんが、ハルに戻りたいと思った時は

 僕に連絡が入るようになっています。その時は

 オウルさんとマリアさんのもとに、送り届けます」


「……よろしく頼む」


「サクラさんは、芯の強い努力家ですから

 弱音を吐いて戻るというより、結婚したい人ができたから

 紹介しにオウルさん達のもとへ、戻ってくる可能性のほうが

 高いような気はしますけどね」


「……」


「まぁ……」


オウルが眉根にしわを作り、マリアが嬉しそうに笑う。

セツナが鞄から、一通の手紙をだし2人に渡す。


「サクラさんが、オウルさん達はあの人形の事を

 知っているから、もしかしたらわかるかもしれない。

 その事に気が付いたら、この手紙を渡して欲しいと頼まれました。

 この手紙以降は、生活に慣れるまで手紙は出さないそうです」


オウル達は、セツナから手紙を受け取り読み始める。

マリアの目に涙が滲み、オウルは真剣な顔で手紙を読んでいた。

そしてすべて読み終わると、手紙の一部を読み始める。


" 身勝手な私の行動を許してください。散々迷惑をかけておきながら

 謝罪も感謝の言葉を告げることもせずに、この街を出ることを許してください。

 父様、母様、伯父様、伯母様、リオウ、ヤト、そして黒の皆には本当に

 迷惑と心配をかけました。私は、どうしても自分がその国に守られることが

 許せません……。黒の皆が私を守ってくれるからと、父に聞きました。

 でも、私は守られるに値する人間ではないと自分で思った。


 だから、私は違う国で頑張ってみようと思います。何も持たない私だけど

 こんな私でも、雇ってもらえるところが見つかりました。私を雇ってくれた

 夫婦はとても優しい人たちで、私の事情を聞いたりせず

 優しく迎え入れてくれました。

 仕事の内容は話せませんが、とても楽しそうで楽しみです。


 初めての世界はとても広く、驚く事ばかりですが……。

 私は私なりに、幸せになる為に努力しようと思います。

 セツナが……セツナが私の背中を押してくれました。

 だから、私も頑張ろうと思います。

 いつか、会える日が来たら……1人1人に感謝と謝罪を伝えに行きたいと思います。

 ありがとうございます。そしてごめんなさい。


 追伸:


 リオウ

 リオウとジャックの事をセツナから聞きました。

 一方的に誤解していたとはいえ、リオウを傷つけた事に謝罪を……。

 ごめんなさい。どうか、ヤトと幸せに"


オウルが手紙をたたみ封筒へと戻す。

その手紙には、サクラの不安な気持ちは何も綴られておらず

オウル達、そして私達を心配させないように前向きな気持ちしか

書かれていない。サクラらしい手紙だ。


「セツナぁ……」


「……」


リオウの少し、怒りを込めた呼びかけを

セツナは聞こえなかったふりをして、そっぽを向いた。


「あれを見せたんじゃないでしょうね……」


「……」


セツナはリオウを見ない。


「セツナっ!!」


「えー……誤解が解けていいじゃないですか」


「乙女の思い出を何だと思っているの!!」


「ごみ箱に捨てたいって言っていたじゃないですか」


「それはそれよ!

 あんなの見られたら、恥ずかしいでしょう!」


「まぁ……サクラさんは、微妙な顔をしていましたよ」


「そりゃ、微妙な顔になるでしょうよ!

 私が、サクラだとしても微妙な顔になるわ!!」


そこまで言って、リオウが堪え切れずに泣き出した。


「うぅ……」


マリアが、リオウの傍まで行き肩を抱く。


「リオウさん。大丈夫ですよ。

 サクラさんの事を、信じてあげてください」


「うん……うん。

 セツナも……ごめんなさい」


「気にしてません。大切な従妹(姉妹)ですから

 一生懸命になるのは、当然ですよ。僕も言いすぎました」


「……そんなことないわ。

 私達にとっても、サクラにとっても

 これが一番いい方法だったとわかるもの。

 だけど、サクラの帰る場所はここだから……」


「それは、サクラさんもちゃんとわかっています」


「そう、それならいいの……」


「……」


「サクラに負けないように、私も頑張らないと」


「頑張ってください」


「うん」


その後は、セツナがサクラのかわりに寝ている人形の事を説明し

アーティファクトの説明もしていた。サフィールはいつものように

ノートを開き、何かを書き込んでいる。


オウルが、魔道具の解除の方法を聞く。


「間違って解除しないようにしたい」


「間違う事はないですから、大丈夫だと思いますよ」


「僕も解除の方法が知りたいわけ。

 それと、あのアーティファクトに名前はついているわけ?」


「名前は、茨の試し。

 解除の方法は、王子様からの口付け」


「はぁ?」


「王子様?」


王子様の言葉に反応したのは、女性陣だ。


「想いあう異性の口付けで、目を覚ますらしいですよ」


「想いあう異性が居ない時はどうなるわけ?」


「知りません」


「ずっと、解けないわけ?」


「知りません」


その辺りは多分嘘だろう。

口付けで、解けなかった場合の対処方法があるはずだ。

だが、セツナは教える気はないらしい。


「愛し合っていると思っていても

 本当は違ったら、最悪なわけ!!」


「知りません……」


「色々な意味で、修羅場になるわけ」


「……サフィール」


「サフィちゃん」


「サフィールさん」


「サフィール」


エレノア、サーラ、マリア、リオウの順で冷たい声と視線をもらっている。

女性陣の何かしらの夢を壊したらしい。


「ああ、だから茨の試しか……。

 茨とは、口付けを受けるほうか? するほうかどちらだ?」


「……」


セツナは何も答えない。


「最悪なアーティファクトなわけ!」


サフィール……。女性陣はサフィールとバルタスを見てため息をついていた。

その様子をオウルとオウカが見て笑っている。


ふとヤトを見るとヤトだけは、瞳を暗い色に染めながら

セツナを見ていた。


「ジャックはこれを、何に使ったわけ?」


サフィールの問いに、誰もが口を噤んだ。

どう想像しても、あまりいいように使われているとは思えない。


「あの人形と入れ替わっていたら……。

 口付けても、絶対に起きないわけ……」


「……」


セツナは一度ため息をつき、サフィールを見た。


「ジャックが何に使ったかは、考えないほうが

 幸せなような気がします。もしかしたら使っていないかもしれないし」


いや、それはないだろう。どこかで絶対に使ってるはずだ。


「とりあえず、解除はできませんから安心してください」


「僕は研究してもいいわけ?」


「オウルさん達の許可がとれるならどうぞ。

 人形といっても、体はサクラさんそのものですから」


「はぁぁぁ!!!??

 僕は、不埒なことはしないわけ!」


何を想像したのか

サフィールが少し赤くなりながら、セツナに噛みついていた。


「僕は、体が一緒だと言っただけです」


「ぐっ……」


セツナの攻撃に、サフィールが黙り込み

セツナへの質問攻めを止めた。


オウルは、スーと目を細めてサフィールを見て

サクラの部屋に入ることを許可しないと言った。


「僕は、サクラには触らないと誓うわけ!!」


本当は、人形の魔道具も研究したかったはずだが

ここでそれを言うと、出入りが禁止になることが決まっている。

頼み込んで、1人でははいらないと約束させられて許可を取っていた。

サフィールは恨めしそうに、セツナを見ていたがセツナは知らんぷりだ。


サクラが、家を出ようとした理由を考えるのが面倒なので

サクラは家を出ようとしたのではなく

ジャックとの思い出の品を触っているうちに、魔道具を間違って

発動させてしまったことになり、その魔道具の解除の方法を

一族とサフィールで研究することになった。


結局、セツナとサクラの問題は私達が動くことなく決着がついた。

あれだけ、傷つけていられながらセツナはサクラを許し

サクラが幸せに向って歩けるように、手まで貸していた。


人を頼ることをしないセツナに

干渉するのは、なかなかに大変そうだ。


私は人知れずため息をつき、自分の不甲斐無さを呪う。

もう少し、何かできたはずだ。


知らない間に、全てが終わりその報告を聞く。

それでは、私達は存在していないのと同じだ……。


視線を感じ、顔をあげるとサーラが私を見て

愁いを帯びた顔で笑った。


セツナの独白を、ほとんど覚えていないが

彼が、いつか闇に飲まれてしまいそうな感情がいつまでも消えない。

これは、私の気のせいではなくサーラも感じていることから

セツナの脆さを、私達は見たのだと思う。


ぐっとこぶしを握り、強くなることを誓う。

少しでも、彼の相談相手になれるように。

セツナの精霊クッカとの、約束を守るために。

血は繋がってはいないが、4男と5男の息子達を

これからも見守っていけるように。


オウルとセツナとサフィールの会話を

エレノア達は呆れながら聞いている。でもその表情は明るい。


とりあえず……。それぞれが複雑な思いを抱えながらも

笑うことができる今は、そう悪い終り方じゃないのかもしれない。


サクラも遠い空の下、笑っていることを心の中で願う。

いつか、サクラからオウル達へ手紙が届くといいと思う。


そしてその手紙には、喜びと幸せが詰まっている事を願った。




読んでいただきありがとうございました。

20:52:一部文章つけたし。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



html>

X(旧Twitter)にも、情報をUpしています。
『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ