『 支える手 』
* セツナ視点
* 「新しい世界への助走」を読んでからお読みください。
先日、話をした時よりもオウカさんは少し痩せたような気がする。
僕と視線が重なると、オウカさんは僕に深々と頭を下げた。
「申し訳ない」
頭をあげることなく、オウカさんが話していく。
「サクラがセツナさんにしたことは、許される事ではない。
なのに、君はサクラの命を何度も救ってくれたのを
私達は彼女達の魔法で知った。真実を知るまでは君を疑っていた。
この部屋には、許可したものしか入れないと知っていながら
サクラのこの状態を見た時、君は弟子を連れて逃げたのだと
そう考えてしまった。私達は、君に何と言って
謝罪をしていいのかわからない」
オウカさんは、まだ頭をあげようとしない。
そして、サクラさんの傍で座り込んでいた男性は土下座に近い形で
僕に頭を下げていた。
「サクラの傍にいるのは、サクラの父親のオウルだ。
私の弟でもある」
「オウカさん、オウルさん。顔をあげてくださいませんか。
サクラさんのこの状態を見て、どう思われるかというのは想像していました。
しかし、夜中に騒いでしまうとこのことが外部に漏れてしまう可能性があった。
なので、僕と僕の精霊のクッカ、アルトと……セリアさんで行動することにしました。
サクラさんを想う気持ちは、当然の感情だと僕は思います。
立場上……色々と決断を下さなければいけないことが、出てくるとは思いますが
僕に対する気遣いは不要です。このことは、この部屋にいる人間だけが知ることとして
対処していただければと思います」
「……セツナさん……」
「申し訳ない。申し訳ない。申し訳ない……」
オウカさんは顔をあげ、オウルさんは未だ顔をあげずに僕に謝り続ける。
僕の言葉に、クッカとフィーは面白くなさそうな表情を作っていたが
僕が軽く視線を向けると、諦めたようにため息をついた。
サクラさんの為という訳だけではない。
それに、サクラさんは一生背負わなければいけない事が出来た。
それが一番の罰になるだろう。なら、もうこれ以上は必要ない。
僕は視線を倒れている女性と、リオウさんへと向ける。
「リオウさん達は、どうされたのですか?」
「リオウとオウルの妻マリア。サクラの母親だが
サクラのこの状態を見て、気を失った」
「なるほど」
「ああ、だから気にしてくれなくても大丈夫」
2人とも大丈夫というには、ほど遠い顔色をしていたが
大丈夫というからには、大丈夫なんだろうと思うことにした。
リオウさんの手を見ると、サクラの紋様が刻まれている。
リオウさんが総帥を継いだようだ。
顔をあげようとしないオウルさんに、僕はこれからの事を話す。
正直、あまり話したくない内容だけど話さないわけにはいかない。
オウルさんに選択してもらわないと……。
「オウルさん」
僕の呼びかけに、オウルさんがゆっくりと顔をあげる。
その顔は憔悴しきっていた。
「サクラさんの保護者として、僕は貴方に決断して頂きたいことがあります」
「決断?」
「はい。今、サクラさんがどういう状況にあるかは説明しなくても大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「サクラさんの、魔力の器の事は解決しています。
器が壊れたせいで、サクラさんの魔力が枯渇することはないと思います。
絶対とは言い切れませんが、現段階では今の状態が最善になると思います。」
「ありがとうございます」
オウカさんは、安堵したような表情を見せるが
ここからが問題なのだ。
「しかし、サクラさんの能力が暴走したままの状態です。
本来なら、サクラさんが意識を取り戻し
自分で能力を制御すれば、解決できることなのですが
サクラさんは、何らかの形で意識が戻らない状態になっています」
「サクラは、自分で意識を取り戻すことができるんでしょうか?」
「多分……無理だと思います。
能力に飲み込まれている状態なので、サクラさん自身ではどうにもできない」
「……」
「意識が戻るまで待ってみるというのは、無理だと考えてください。
能力が暴走しているせいで、体に相当な負担がかかっています。
時の魔法を解除すると、サクラさんの体力は半日持てばいいほうかもしれません」
オウルさんが歯を食いしばる。
「僕が無理やり断ち切るという方法もありますが
サクラさんの意識が戻らず、緩やかな死をむかえる可能性のほうが高いです」
「そんな……」
オウカさんは、黙って僕とオウルさんの会話を聞いている。
「サクラさんの、能力を止める方法は
まず、能力に使用する魔力の供給を止めるしかありません」
サクラさんの能力は、僕と違って魔力だけしか使わないようだ。
「それは可能なんですか!?」
「可能と言えば可能です。しかし……」
僕はここで一度息を吐き、オウルさんを真直ぐに見る。
「僕は、アルト達に協力をしてもらいながら
薬の材料を集めに行っていたんです。その薬は、一時的に
魔力を使えなくするものです。魔力を失わせるものではありません。
この薬を飲むと、1日魔力が使えなくなります。
体に副作用などはありません。魔力が使えなくなるため能力も使えなくなります」
「そんな薬が……」
「もともとは、魔導師を押さえつけるための薬だったようですね」
「……」
「……」
サフィールさんとエリオさんが、同時に顔をしかめる。
「ただ、問題はサクラさんがこの薬を飲むと
一生魔法が使えなくなります」
「え……?」
オウルさんが、目を見開いて僕を見る。
オウカさんも、言葉を失い僕を凝視した。
「そ……そんな、な……なぜ……なぜ!!」
「サクラさんの胸に刻んだ
魔力の器となる魔道具に、選んだのが竜の血です」
「……」
「竜の血は、最高の魔道具にもなりますが
最高の、薬としてもつかわれます」
オウルさんの瞳が、見る見るうちに翳っていく。
「普通に薬に混ぜて使うならば、竜の血の量によって
持続時間は変わってきますし、一度薬と結びつけば
他の薬の効果に干渉することはありません。
だけど、今回は薬としてではなく魔道具として使いました。
あの魔法は、皮膚の表面に刻んでいるわけではなくもっと深い場所に
くいこませています。体を維持するのに血液を利用して魔力を運んでいますから
なので、魔道具として使っていても、血液の中に混ざった薬を取り込んでしまいます。
そして、一番強い薬の効果と結びつきその薬の持続効果は消えることがありません」
「……」
「竜の血は、魔力と薬……両方ともと相性がいいんです。
今回はそれが、裏目に出ています」
「前もって、違う薬を飲ませる方法は駄目なのか?」
ヤトさんが、僕達の会話に口を挟む。
「無理です。その前に違う薬を飲んでも
強い薬の効果に、上書きされてしまいます。
竜の血は魔導師の間で、どう呼ばれているか知っていますか?」
「いや」
「生きた血液と呼ばれているんです」
ヤトさんが、サフィールさんを見る。
サフィールさんは、ヤトさんに頷いた。サフィールさんをよく見ると
手に、ノートと鉛筆をいつの間にか持っている。
そういえば、黒の間でも何かを書いていた気がする。
いつもノートを持ち歩いているようだ……。
僕と目があうと、スッとそらす。
フィーは、サフィールさんを呆れたような目で見ており
クッカは、フィーの隣でクスクスと笑っていた。
「普通魔道具は、上書きはできませんよね?」
「ああ」
「だけど、竜の血を魔道具とした場合
何度でも上書きができるんです。魔導師の武器である杖や指輪に
竜の血を使って、自分専用の武器を作るとします。
竜の血を使う利点は、魔力を引き出しやすくなること
魔法の威力が高まること、そしてその武器に自分の好きな魔法を
登録することができます」
「……」
「竜の血を、魔道具として使えるようにすれば
その魔道具は耐久性が高くなり、壊れにくくなります。
その上、魔法の上書きもできる。魔法を詠唱している間に
杖や指輪に、仕込んである魔法を使うこともできます。
回復魔法を入れておけば、回復魔法が使えますし
もし、上書きするつもりがないのなら
魔力回復の魔法を刻み込んでしまうのもいいですね」
魔力回復というところで、サフィールさんとエリオさんの目の色が変わった。
「持っているだけで、徐々に魔力が回復していきます」
「それは……」
ヤトさんがチラリと、サフィールさんに視線を向けた。
「魔力回復の魔法は、風魔法ですが上書きされないようにするには
古代魔法が必要になります。竜の血と古代魔法の構築式が必要ですね。
それ以外にも、竜の血を魔道具として使えるようにする魔法も必要ですが
緻密な魔力制御と、それなりの魔力量が必要になってきます」
この辺りは、サクラさんの事とは関係ないけれど……。
2人が同時に肩を落とす。フィーがさらに冷たい視線をサフィールさんに向け
クッカが「2人の表情がおもしろいのですよ」と言ってやっぱり笑っていた。
クッカもフィーも、大人しくしているが
サクラさんに関心がないことから、サフィールさんを観察しているらしい。
サフィールさんは肩を落としながらも、ノートに色々と記述していた。
「なので、先に薬を飲ませていても無駄になります」
「飲ませる薬より、強い薬はないのか?」
「そうですね。使う薬より強いとなると
一生記憶を失ったままになるとか
言葉を話せなくなるとか、人形のようになる薬……」
「……いや、もういい」
ヤトさんが、途中で僕の言葉を止めた。
「どの薬も、あまりお勧めできません」
「先に薬を飲ませてから、魔力の器の魔法を刻むことは……」
オウルさんが、暗い顔で僕に尋ねる。
「できません。魔力の流れが止まり能力が切れた瞬間
僕からの魔力の供給がなくなりますから、魔力が枯渇してしまいます」
「なら……器を竜の血ではなく普通の魔道具では……」
「オウル」
この言葉に、クッカとフィーの眉間にしわが寄った。
オウカさんが、オウルさんの名前を呼んで止めるが
オウカさんの声にも力がない。
「いえ、納得するまで聞いてください。
サクラさんの今後の人生に関係することです。
妥協すると後悔が残ります……」
「申し訳ない……」
オウカさんが僕に謝り、オウルさんが深く頭を下げた。
「今ならば、サクラさんの胸の器を破棄することができます。
ただし、竜の血はもうありませんから違う魔道具を使うことになる。
サクラさんの魔力量は多いですから、最上級の魔道具を使ったとしても
2年もつかどうか……。安全性を考えるならば1年ごとの交換になります」
「竜の血だと、そういう心配はないのかい?」
オウカさんが僕に問う。
「はい。本来なら、あの魔法陣の中央に魔道具を埋め込みます。
そして、その魔道具に魔力を溜め循環させるようになっています。
ですが、埋め込む魔道具は、物ですから劣化していくんです。
だから交換が必要になります。しかし、竜の血は劣化しません」
「……」
「できれば、僕は魔道具を埋め込むことはしたくありません」
オウルさんが真剣に僕の顔を見る、その顔はどうにかして
自分の娘を助けたいという気持ち。その表情は父さんを思い出させた。
「魔道具を埋めるという事は、あの拷問とよく似た痛みを
1年ごとに繰り返さなければいけないという事です」
僕の言葉に、オウルさん達が息をのんだ。
「魔力や魔道具を体に埋め込まれる苦痛は……もうしてほしくありません。
竜の血は、本当に万能なんですよ。魔道具としても薬としても。
痛みも苦痛もなく、最大の効果を発揮してくれますから」
だから、魔導師も薬を求める人も竜の血を欲しがる。
もし竜が弱かったら、とっくに絶滅していたかもしれない……。
「うぅ……」
サクラさんを見て涙を落とすオウルさんに、自分の父を重ねる。
手の打ちようがない状況に、父も母もいつも苦悩していた。
クッカが僕の傍に来て、僕を心配そうに見上げた。
フィーもクッカについて僕の傍に来る。2人に大丈夫と伝えると
また元の位置へと戻る。
「オウルさん。僕ができることを纏めますから聞いてください」
オウルさんが、俯きながらうなずく。
「ひとつ目、サクラさんが一生魔法が使えなくなっても薬を飲ませる。
ふたつ目、僕が無理やり能力を断つ。この場合、意識が戻らず
死ぬ可能性が高いです。だけど、意識が戻った場合魔法は使えると思います。
みっつ目、サクラさんの命をここで断つ」
僕の最後の選択肢で、オウルさんが顔をあげて僕を見た。
ヤトさんが何か言いかけるのを、オウカさんが止める。
「僕は、ひとつ目をすすめます。
他に、いい方法があるのならば僕ができることはお手伝いします」
「……どうして、君はサクラにそこまでしてくれる。
サクラは、酷く君を傷つけただろう……」
「よくわかりません」
「わからない?」
「ジャックが助けたいと願っているかもしれない。
そう考えたら、見捨てることができなかったんです」
「そうか……」
「はい」
「ジャックは、サクラを可愛がってくれた。
サクラと名付けたのも、彼なんだ」
「え?」
カイルは、リオウさんの事を気にかけていたと思っていたんだけど
違ったのかな? じゃぁ、あの感情は花井さんのもの?
「ジャックに、名前を考えてほしいと言った時
一度断られたから、諦めていたんだけどね……」
オウルさんはそこで、淡く笑う。
「私とマリアで、名前を考えている時に
ジャックが、サクラを抱いて物凄い勢いで部屋に来た。
私は、ジャックを家に招いた覚えはなかったんだが
家の中にいたんだ……」
カイル、何をやっているの!!
ヤトさんも、驚いた表情を作っている。
「そして、こいつは絶対サクラだと叫んだ。
あの時は、本当に驚いたなぁ……。
知らない間に、家の中にいた事も驚いたけど
ジャックのあの時の笑顔を、いまだに忘れることができない。
サクラを見て、本当に幸せそうに笑ってくれたんだ」
「……」
「サクラの意味が、黒の間の花の名前だとは知らなかった。
ジャックは、何を考えてサクラの名前を付けたんだろうか」
僕は、オウルさんの呟くような言葉をただ聞いていた。
オウルさんが、様々な感情を吐き出すようにため息をついてから
口を開く。
「申し訳ない。君が最善を尽くしてくれているのに」
「いえ」
「私は不甲斐無い父親だ。サクラが何を考え何を想っていたのか
何ひとつ知らない。……の役割を放棄してまで、サクラが何を求めていたのか
皆目見当もつかない……。私は、今日までサクラの何を見てきたのか」
「……」
「君を傷つけ、自分の命を懸けてまで
初代の記憶に固執した理由さえわからない」
オウルさんはここで一度俯き、そして顔をあげる。
その瞳にある感情は、僕に対する罪悪感。
「サクラの言ったことは、忘れてほしい。
ジャックは、ジャックの意思で君を助けたのだから
君は……セツナ君は、彼の分まで精一杯生きていかなければ」
オウルさんは、リオウさんと同じことを言った。
「私にできることなら、何でも言ってほしい。
私の全財産、私の命を差し出したとしても
足りるとは思わないが……」
「僕にも責任が……」
「君に何の責任もない」
僕の言葉を遮って、オウルさんが口を開く。
「君には何の責もないんだ。
そこは間違ってはいけない。間違ってはいけないよ。
ジャックの意思を、疑ってはいけない。
彼は、そんなことを望んではいないはずだから」
「……」
オウルさんが立ち上がり、もう一度僕に頭を下げた。
ゆっくりと頭をあげ、僕と視線を合わせたオウルさんは
先ほどまでとは違った顔つきをしていた。
「申し訳ないが、少し時間をもらえるだろうか。
マリアとも相談したい。大丈夫だろうか?」
「はい。僕はその間に色々と準備をしています」
「申し訳ない」
そう告げると、オウルさんがマリアさんの傍へと行き
マリアさんを起こす。目を覚ましたマリアさんは、混乱していたようだったけど
サクラさんが生きていると知り、その瞳に光が戻っている。
オウカさんは、そんな2人の傍に黙って立っていた。
オウカさん達が纏う空気と、アギトさん達が纏う空気は全く違う。
アギトさん達は、命が助かるなら問題はないなとエレノアさん達と話している。
そして、オウルさんがすぐに決断しなかったことに首をかしげていた。
その温度差は、仕方がないと思う。
アギトさん達は、一族の内情を知らないし
知ることもできない。
この一族が守るべきものは、この街とこの結界。
必ず魔力を持ち、魔法を扱うことができる一族。
僕はそんな彼らを横目に、机の上に薬の材料を広げはじめると
何かが、背中に思いっきりぶつかった。
「っ……!?」
衝撃で息が詰まる。背中に感じるぬくもりに顔を動かすと
サーラさんが、僕の背中に張り付いていた……。
どうやら、サーラさんは泣いているらしい。
「サーラさんどうしたんですか?」
アギトさん達やエレノアさん達も、僕の周りへと集まる。
「うぅぅ……」
声を抑えるように泣いているサーラさんに、どうしたのかと尋ねても答えない。
困り果ててアギトさんを見ると、アギトさんも困ったような表情を作っていた。
「サーラもそうだけど、私達もずいぶん心配したんだよ」
アギトさんの言葉に、サーラさんが泣いている理由をようやく理解する。
「ご心配をおかけしました。僕は大丈夫です」
サーラさんは、黙ったまま僕の背中に張り付いて離れなかった。
やっと……セリアさんが離れてくれたのに……。
サフィールさんが、僕を少し睨んでいるのは嫉妬だろうか?
フィーが、サフィールさんを見て「大人げないのなの」と言っている。
「……怪我はないのか?」
エレノアさんがそう聞いてくれる。
「はい。元気ですよ」
「……そうか」
「わし達にできることがあれば、手伝うが」
バルタスさんが、机の上を見ながら聞いてくれた。
「薬を調合するだけなので、お気持ちだけで」
「そうか」
「はい」
サーラさんはようやく落ち着いたのか、背中から離れて
僕の顔を見上げ、少し拗ねたような表情を作った。
「セツナ君、出かけるときは言ってくれないと
心配するんだから」
「すいません。時間があれば次から伝えていきますね」
僕の返答が気に入らなかったのか、サーラさんは眉根を寄せていた。
「そういえば、この部屋は許可がないと転移魔法が使えないはずだろ?
お前は、どうしてこの部屋に転移ではいれたんだ?」
ビートの何気ない質問に、サーラさんもそういえばと呟き僕を見る。
僕はクッカを見て、ビートの質問に答えた。
「クッカがいたからでしょうね」
「なるほどな」
「なるほどね」
あっさりと頷いて納得する2人。それで納得してしまえるのがすごいと思う。
クッカは、小さく肩を震わせて笑っていた。
本当の事は胸に秘め、僕はビートから視線を外し薬を作り始める。
僕が薬を作り始めてからは、誰も僕に声をかけることはない。
サフィールさんは、色々フィーに質問していたけれど
薬草や花に関しては、フィーは知らないことが多いのか
「知らないのなの」と答え、最終的には「うるさいのなの」と言われていた。
クッカが2人の様子を見て笑い、サフィールさんの知りたい事を教えている。
どうやら、クッカはサフィールさんが気に入ったようだ。
クッカの話をアギトさん達も聞き、時折クッカに質問したりしている。
エレノアさんは、角に興味を示してクッカに聞いていたが
「知らないのですよ~」と言われ少し落ち込んでいた。
それぞれ知りたいことを知ったからか、興味のあるものへと意識が移っていき
サフィールさんとエリオさんは、サクラさんに施した魔法陣に興味を示し
エレノアさんとサーラさんバルタスさんは、セリアさんと話をしていた。
エリオさんは、魔法陣を見ながらもチラチラとセリアさんを見ている。
その様子を、サフィールさんが見て「どうしてそこに落ちるわけ?」と呟いていたが
セリアさんを見つめていたエリオさんには、聞こえなかったようだ。
アギトさんとクリスさん、ビートは僕の傍にいて
僕の手元を眺めながら3人で話している。
「俺も、薬の調合でも学ぼうかな」
「学院へ行くか?」
「ビートには向かないと思います」
「俺だけ、まだ何も決まってないしさ」
「焦ることはないだろう」
アギトさんにそう言われ、そうだよなと頷き納得していた。
何が決まっていないのか気になったが、家族だけの会話かも知れないと思い
聞くのはやめた。
僕は隣にいるクッカに、薬を作りながら話しかける。
フィーはサフィールさんの隣で、色々と口を出しているようだ。
『クッカ、黒の制約を解除することができるよね?』
『できるのですよ。でも、必要ないのですよ』
『どういう意味?』
『黒の制約も血の制約の一部も、無効になっているのですよ』
血の制約というのは、一族がかせられている制約の事だ。
この街から出ることができないのも、この制約の一部となる。
『え!? どうして!?』
『クッカはしらないのですよ~』
『うーん、魔力の器が壊れたからかな?』
『そうかもしれないのですよ』
黒の制裁の発動で、サクラさんがこれ以上苦痛を伴わないように
僕は黒の制約を壊すつもりでいた。僕が黒の制約を壊してもよかったけど
なぜ壊せるのかと聞かれたら困るので、クッカに壊してもらおうと思っていたのだった。
無効になっているなら、気にする必要はなさそうだ。
薬を作り終わり、調合道具をすべて鞄にしまい
完成した薬の入った小瓶だけを机の上に残す。
視線を薬の入った瓶から、オウルさんへと向けると
オウルさんと、サクラさんの母親であるマリアさんが僕を見ていた。
2人がゆっくりと僕のほうへ歩いてきて、机の前で止まり
2人同時に、僕に頭を下げる。
「決まりましたか?」
オウルさんが、ゆっくりと頭をあげ僕を真直ぐ見て頷き答えた。
「はい」
「その選択に、その決断に後悔はないですか?」
マリアさんが一度肩を揺らしたが、オウルさんは揺らがなかった。
「私達は、サクラに生きていてほしい。
それが、一族から追放されることになっても」
一族からの追放というところで、成り行きを見守っていた
アギトさん達が、驚きの表情を作りオウルさんを見る。
「君は知っていたんだろう?」
「はい」
「だから、3つ目の選択肢を私達に提示した」
「……」
血の制約による、制裁の1つに魔力の封印がある。
今回、制約によって魔法が使えなくなるわけじゃないが
それを公にすることは多分できないだろう。
ギルド総帥が、一族を纏める立場の者が
理念を無視して、無理やり情報提供を求め断られると
能力を使い、奪い取るような真似をしたなどとは絶対に言えないし
一応、同意の上という事にはなっているが
同意があったか、なかったかなど関係なく
サクラさんの今までの行いから、疑問を持つものは絶対に出てくるはずだ。
そういった、憶測が流れるだけでもギルドにとっては痛手になる。
将来、ギルドの弱みとなりかねない。
噂はどこから広がるかわからない。だから僕は秘密裏に行動したのだ。
その意味を、オウカさん達も理解している。
不快感を示しながらも、クッカが口を挟まなかったのは
僕が守りたいものを、把握していてくれるからだろう。
だから、サクラさんが魔法が使えないわけを聞かれたとしても
答えることができない。答えることができないという事は
血の制約により、制裁を受けたと言われても仕方がないことになる。
それは……とても不名誉なことだ。
自業自得とはいっても、もしサクラさんの制裁が発動するなら黒の制裁のほうだ。
同意の上となっているから、サクラさんの命が奪われるまではいかなかったと思う。
絶対とは言い切れないけど……。
「私たち一族は、必ず魔法が使える。
魔法が使えなくなるという事は、初代からの制裁を受けたという事になる。
私達一族には、血の制約というものがかせられているからね」
アギトさん達が息をのんだ。オウルさんは、サフィールさんを見て
「血の制約に関しては、話すことはできないよ。
君が、初代の研究をしていることを知っている。
それを私達は認めている。だけど、血の制約の内容は
口にすることができない」
サフィールさんは黙って頷いた。
「聞かないわけ。
でもそれを、僕達に話していいわけ?」
「この部屋での出来事は、全て口外することができないのだろう?」
オウルさんが、フィーを見て尋ねる。
「そうなのなの」
どうやら、フィーが魔法をかけているようだ。
オウルさんは、話を続ける。
「国を追放されるわけではないが、一族そして私達とは
一切かかわりを持てなくなってしまう。私達は親であっても
サクラの人生に寄り添うことができなくなるだろう」
「なぜ、そこまで!?」
ヤトさんが、顔色を変えながらオウルさんに問う。
「血の制約による制裁というのは、おいそれとは発動しないものなのだよ。
だから、制裁を受けるという事はそれだけの罪を犯したという事になる」
「今回は、制裁を受けたわけではないでしょう!」
「ああ、違う。
だが、それを公にするわけにはいかない」
「それは……」
「なら、サクラはそれを黙って受け入れるしかない。
例外はない。例外は作らない」
「しかし!」
「私達一族が守るのは、この街とこの街を守る結界。そしてギルドだ。
初代総帥シゲトの理念のもとに、私達は生きている。
私達は沢山のものを背負っている。
この先の未来に、不安要素を作ることはできない。
だから、私達はサクラに魔力がないと知れた時
一族の方針に従うことしかできない。
サクラは、立場ある人間でありながらその理念を破ったことは事実。
本当ならば、こんなことになる前に私達が止めなければいけなかった」
誰もが言葉を失っていた。
バルタスさんとエレノアさんは、何かを考えるように俯いている。
「ヤト。君はリオウだけではなくサクラも大切にしてくれた。
ありがとう。礼を言うよ。だけど、もうサクラに近づいてはいけない」
「オウルさん!」
「君はリオウと……結婚するのだから」
リオウさんとヤトさんの関係を、皆が驚かないところを見ると
隠せていると思っていたのは、リオウさんとヤトさんだけかもしれない。
いや、ビートやエリオさんは知らなかったのか驚いていた。
クリスさんは知っていたようだ。
「何か方法はないのか?」
アギトさんが、オウカさんに聞く。
「ない」
オウカさんは、短く一言返すだけだった。
「セツナ、君は、何か方法を思いつかないか!
何でもいい、カイルから何か……」
ヤトさんがオウルさんから、視線を外し僕に向け叫ぶように言葉を紡ぐ。
ヤトさんの口から、カイルの名前が出た事に驚いたけど
リオウさんに、カイルの名前を告げたことを思い出し気にすることはなかった。
「ヤト」
オウルさんがヤトさんを止める。
「セツナ君は、もう十分すぎるぐらいの事をしてくれた」
「このままではサクラが!」
「今僕ができるのは、サクラさんの能力の暴走を止めることぐらいです」
「……」
ヤトさんがフラフラと、サクラさんの傍へと近寄る。
結界に手を当て、サクラさんを見ていた。
「私は……彼との約束を……」
ヤトさんが小さく呟いたが、はっきりとは聞こえなかった。
ヤトさんにとって、サクラさんはどういう存在なのだろう……。
「……サクラはどうなる」
エレノアさんが、ヤトさんを視界に入れつつオウルさんにたずねる。
「私達が住む地域から出され、その後は1人で生きていくしかないが
ギルドの息のかかる場所を、利用することはできなくなるだろう」
「おい、それは死ねと言っているようなものだろう!」
バルタスさんが、声を荒げる。
ハル全体が、ギルドの支配下だといっても過言ではない。
働く事さえ、ままならないかもしれない。
「バルタス、初代の制裁を受けるという事はそういう事だ」
「何か方法を考えろ! お前の娘だろう!」
オウルさんは、何も答えない。
深い沈黙の中、サフィールさんがため息をつき
「だから、セツナの選択肢の中に3つ目がはいっていたわけ。
総帥だったサクラが、手足をもがれて追放されるわけ?
僕なら、生きていたいと思わないわけ」
「サフィール!」
エレノアさんが、サフィールさんの名前を呼ぶ。
サフィールさんは、ばつが悪そうにエレノアさんを見た。
「サクラを、殺してやったほうがいいといっているわけじゃない。
僕ならといっているわけ。助かる方法があるなら僕だって協力するわけ。
僕は、サクラの事を嫌ってはいないわけ」
「……国を出ることはできないか?」
エレノアさんが、オウカさんに聞く。
「できない」
エレノアさんは、何故だとは聞かなかった。
もしかしたら、薄々何かを感じていたのかもしれない。
バルタスさんが、一度大きく息を吐き出し
オウルさんとマリアさんを見て、口を開く。
「サクラを、わしの店で働かせることは可能か」
バルタスさんの言葉に、オウルさんの目が大きく開いた。
「バルタスの店は、ギルドとは関係がないから可能だが……。
だが、何らかの妨害を受ける可能性はある
ギルドの依頼にも、支障が出るかもしれない」
「そんなことは気にならん。そんなくだらないことをする奴は
わしが反対に潰してやる……。確かに、サクラはやりすぎた。
だが、ここまでの罰を受けることはないじゃろ?」
バルタスさんが、一瞬僕を見てその瞳を揺らしたが
僕は、首を縦に振ってバルタスさんに同意した。
バルタスさん以外の黒も、同意するように頷く。
「セツナよー」
「これ以上、サクラさんを苦しめる必要はないかと思います」
バルタスさんが、何かを告げる前に自分の気持ちを告げる。
「お前さんは……」
バルタスさんの言葉をぶった切って、アギトさんが
悪どい笑みを浮かべながら、楽しそうに話す。
「黒全員で相手になる。
これなら、ギルドも下手に手出しはできないはずだ。
黒にしかできない依頼もあるからな」
「僕達をギルドから追放しても、困るのはギルドなわけ」
今まで口出しすることなく、見守っていた黒達が
サクラさんの今後については、口を挟んできた。
オウルさんが、きちんと覚悟を示したからだろう。
だから、黒達の方針が決まった。サクラさんを支えるという方針が。
カイルの為とは言いながらも、サクラさんは総帥として黒達と確固たる
絆を結んでいたんだろうと思う。
オウカさんは、苦笑いを浮かべ
オウルさんとマリアさんは、黙って黒達に頭を下げていた。
「サクラが、魔法を使えないと気が付かれるまで隠せ。
できるだけ長い間隠せ。魔法が使えないと発覚した時は
わしがサクラを引き取る。なんだ、わしにとっても娘みたいなものだ」
「……」
オウルさんが唇をかみ、マリアさんが涙を落とした。
「すまない……。すまない。サクラの様子がおかしくなってから
バルタスとエレノアは、必ずどちらかがハルに残ってくれていた。
ずっと、ヤト同様サクラを支えてくれていた……。
なのに、こんな結果になってしまってすまない。
私が不甲斐無くてすまない……」
バルタスさんは、オウルさんの肩を叩き慰める。
「わしの店なら、お前たちが食べに来ても問題はない。
お前達も何か言われるかもしれんが、それは諦めるしかないの」
「バルタス……。すまない……」
「必死に隠せよ。せめて、サクラが結婚するまでは隠し通せ」
「……ああ。わかった。すまない」
バルタスさんが、僕を呼ぶ。
「セツナよー」
「はい」
「被害者のお前さんに、こんなことを頼むのは気が引けるんじゃが
頼めるのはお前さんしかいない」
「僕にできることでしたら」
「サクラが病気で倒れたという事に、してもらえんか。
幸い、セツナが心を砕いてくれたから、このことを知っているのは
わしらだけだ。わし達の身勝手な頼みを……お前さんに押し付けることになる
だが、わし達はサクラを見捨てることができん。すまん……本当にすまん」
そう言って、バルタスさんは僕に頭を下げた。
「僕を気にされる必要は、本当にないです」
ここで手の平を返すぐらいなら、最初からサクラさんを助けたりはしない。
バルタスさんはそこで一度、言葉を区切り
サーラさん達に向かって、少し離れてくれと言った。
サーラさん達は、バルタスさんの言う通り後ろへ下がる。
「セツナよー、音声遮断の結界を張れるか?」
僕が頷くと、クッカが歩いてきて僕に抱き付いた。
手を添えてくれるだけでも、魔力はわたせるよね?
クッカに少し苦笑を落とし、オウカさん達と黒が入る範囲で結界を張る。
「すまんな、精霊の嬢ちゃんもすまんな」
クッカは、バルタスさんをじっと見て頷いた。
「サクラが、急病で意識が戻らないことにしたい。
総帥もサクラから、リオウに代わったしな」
「他の人はまだ、総帥がリオウさんになったことを知らないんですか?」
僕の質問に、オウカさんが答える。
「まだ知らないはずだ。黒の制約の引継ぎがまだ終わっていない」
「総帥がリオウさんになることを、どう説明するつもりだったんですか?」
「表向きは急病だが、一族の者はそうはとらないだろう」
「問題は、サクラさんが倒れた事にしたとしても
ここにこれだけの、人数が集まっていることは知られているわけですよね?」
「その辺りは大丈夫じゃろ。
サーラ達をどうするかは、迷うところじゃが
オウル達は、サクラの様子を見に来たという事でいいだろうし
わし達は、黒の会議に出席していたということでいい。
黒の間に上がる時は受付を使うが、帰るときはそれぞれ好きなように帰る。
わしやエレノア、サフィールは転移魔法で帰ることも多い」
「なるほど……。
なら、総帥はまだサクラさんのほうがいいかも知れませんね」
「それは、代えることができない。
申し訳ない」
オウカさんが口を挟む。
「いえ、見た目だけ変えればいいことですよ」
僕は、リオウさんが倒れている場所へと移動して
リオウさんの手を取り、桜の紋様を消した。
「はぁ!?」
サフィールさんが、信じられないものを見たかのように
リオウさんの手を凝視している。
「どういう魔法なわけ!!」
「教えません」
僕のこの魔法を見て、オウカさんとオウルさんが少し視線を遠くして
それぞれの感想を口にした。オウルさん達は、バルタスさんの言葉のおかげで
少し、気持ちが楽になったようだ。バルタスさんとの信頼関係が見える。
「ジャックは、君に教えたのか……」
「ジャックは、こうやって紋様を消して
よく他国へ行き、好き放題していた……。
そしてその後始末を、私達がすることに」
僕は今の言葉を聞かなかったことにする。
サクラさんの傍へ行き、サクラさんの手の甲に
桜の紋様をつけた。
「その魔法が広がれば、ギルドは大変なことになるな」
「広がりませんよ。僕は誰にも教えるつもりはありません」
「そうしてくれるとありがたい」
実際のところ、魔法ではないのだから教えることなどできない。
カイルの能力で、シールを作って貼りつけたような感じになっている。
タトゥーシールみたいな。
「リオウさんは、紋様のあった場所に魔力を流してから
石鹸で手を洗えば、紋様が元に戻るようになっています。
普通に手を洗うだけでは、戻りませんから」
「ああ、わかった」
「サクラさんも同じですが、オウルさんかマリアさんが
魔力を当ててあげてください」
「わかりましたわ」
マリアさんが頷く、そして僕の傍に来る。
「サクラに触れてもいいですか……?」
「はい」
張っていた結界を消すと、マリアさんだけでなくオウルさんも
傍に来て、涙をためてサクラさんを見つめている。
マリアさんは、ハンカチを出しそっとサクラさんの目元をぬぐった。
ヤトさんは、サクラさんをただ見つめていた。
「オウルさんとマリアさんが、倒れているサクラさんを見つけた
黒は2人の声を聞いて駆け付けた、でいいですか?」
「そうだな、そうしよう」
バルタスさんが頷き、皆が頷いた。
「サーラさん達をどうするかが問題ですね」
「転移魔法陣の操作をしたのは、ナンシーだろう?」
「そうよ」
サフィールさんが、結界から出てサーラさんに聞く。
向こうの声は、こちらに届くようになっている。
サクラさんと、リオウさんの紋様を変えるときに
サーラさん達には悪いけど、こちらを見ることができない状態にしてある。
「なら、ナンシーに手を回せばいいわけ。
2階の資料室なら、受付に頼めば入れてくれるわけ。
冒険者はあまり、近寄らない場所だから問題はないわけ」
「そうだの、そうするか」
「フィー、サーラ達を資料室まで送ってきてほしいわけ」
「めんどうなのなの」
フィーが嫌そうに、サーラさん達を見る。
「フィー、僕からもお願いするよ」
「わかったのなの~」
「どういうわけ?」
サフィールさんが、眉間にしわを寄せながら僕を見ていた。
僕に聞かれても……。フィーに聞いてください。
フィーは、サーラさん達が何かを言う前に
資料室へと連れて行ってしまった。きっと、サーラさん達には
何が何だかわからないだろう……。
サクラさんが意識を取り戻した時の、方針は決まった。
後は、サクラさんに薬を飲ますだけだ。
「オウルさん、マリアさん。
サクラさんに、薬を飲んでもらいます」
オウルさんと、マリアさんが視線を合わせ頷きあう。
そして、オウルさんがはっきりと僕に告げた。
「はい。よろしくお願いします」
僕は、机の上の小瓶を取りサクラさんに近づく。
クッカはずっと、僕の足に抱き付いているので魔法を使うのは問題がない。
ただ……歩きにくいけど……。
「そうだ……いい忘れていたことが」
僕の言葉に、オウルさん達が深刻な表情を作る。
「サクラさんの黒の制約が、すべて破棄されています。
なので、黒の制約を引き継ぐのは難しいかと」
「え……?」
「破棄?」
「はい。理由はよくわかりませんが」
オウカさん達が驚いたように、僕を見る。
「時の魔法を解いても、サクラさんの制裁が発動しないのは
いいことですけどね」
「……」
「……」
驚きすぎて声が出ないのか、それとも引継ぎができないことで
声が出ないのかは知らない。オウカさんもオウルさんも固まったまま動かなかった。
「オウカさん?」
僕の呼びかけに、オウカさんが我に返る。
「大丈夫。問題はない」
「そうですか」
マリアさんは、制裁が発動しないと知って淡い笑みを浮かべた。
サクラさんの髪を撫でた後、そっと立ち上がり僕に場所を開けてくれる。
皆が見守る中、まず胸の剣と時の魔法だけを消す。
サクラさんが、呼吸をしたことでマリアさんがよかったと涙を落とし
床に座り込んでしまった。
僕はゆっくりと、サクラさんの口に薬を流し込む。
咳き込まないように、ゆっくりと。
暫くして、僕の魔力がサクラさんに流れなくなった。
どうやら、能力が解除されたようだった。
何かが、つながっている感じもなくなっている。
風の魔法を使う事で、サクラさんの体の中を調べて異常がないことを確認し
僕が魔力を使っても、サクラさんに影響を及ぼしていない事を確認して
能力がしっかり解除されたことに、ほっとして息をついた。
ベッドの上の、風の魔法はそのまま残しておくことにした。
少し考え、胸に刻んでいる魔法がまだなじんでいないことから
急激に魔力が増えると、何かと影響が出るかもしれないと思い
鞄から、魔力制御の指輪を取り出し一応はめておく。
「セツナ君?」
オウルさんが、僕を恐る恐る呼ぶ。
「サクラさんの能力が解除されました。
今は、眠っているだけです。体にも異常はありません。
暫く目は覚めないかもしれませんが、もう大丈夫ですよ」
僕がサクラさんの傍から離れると、オウルさんとマリアさんが
僕に頭を下げ、お礼を言ってからサクラさんの傍に行き。
何度も何度もよかったと呟く。皆も安堵したような表情を作っていた。
僕はそんな2人の様子を、黙って見つめていた。
「ご主人様……」
僕の足に抱き付いていたクッカが僕から離れ
僕を見上げている。
「どうしたの?」
「眠ったほうがいいのですよ。
昨日から、ずっと寝ていないのですよ……」
「……」
クッカの言葉に、全員の視線が僕に集まる。
「……とても疲れているのですよ……」
クッカがそう言って、魔法を発動させる。
アルトのほうを見ると、アルト達の下にも魔法陣が浮かんでいた。
「セツナ!」
アギトさんが僕を呼ぶが、僕はそれに笑ってこたえ
クッカを止めることはしなかった。
僕ができることはすべてやり終わったから。それに疲れた……。
クッカの転移魔法は、アルトの部屋でアルトをベッドへ寝かせてから
自分の部屋に移動した。
1人になると、色々な疲れが一気に押し寄せる。
ベッドに倒れるようにして、体を沈ませる。
何も考えずただ眠りたい……。
「……クッカ……」
「はいなのですよ」
「ありがとう。……それとごめん」
「許してあげるのですよ」
クッカが僕の傍に来て笑った。
その笑顔に、僕は少し癒されたような気がして目を閉じる。
睡魔は、すぐに僕を飲み込もうとしていた。
口を開くのも面倒だ……。
だけど、トゥーリが寂しがっているかもしれない……から
「……クッカ……トゥーリのところ……へ」
「はいなのですよ。ご主人様が眠りについたら
クッカも、トゥーリ様のところへ戻るのですよ」
「……たの……んだ……よ」
意識が落ちる途中で、頬に暖かい感触と同時に
雨が降る。窓が開いていただろうか?
だけど、確認することはできずに僕はそのまま意識を手放した。
読んでいただきありがとうございました。
 





