表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 女郎花 : 約束を守る 』
105/117

『 新しい世界への助走 』

* セツナ視点。

* 少し時間が戻ります。

 低い雲が広がり、気持ちまで曇りそうなのを冷たい水で顔を洗って振り払う。

今日は、この前の物語の続きを話しに孤児院に行くつもりだった。

正午を過ぎたころに、来てほしいという事だったので

朝食をとり部屋で過ごしていた。アルトも自分の部屋で勉強している。


1人になり考えることはというと、数日前に会った69番目の勇者の事だった。


69番目の勇者、アシェリーはもうこの街にはいないはずだから

会うことはない。その事に、安堵しながらもやはり罪悪感は付きまとう。

あの日初めて会ったのに、どうしてか前から知っているような気がした。


そして、彼女と過ごした時間は本当に楽しかったのだ……。

僕は気持ちを切り替えるように、大きく息を吐きだした。


時間が来て、アルトと出かける用意をしているところへ

エリオさんとビートが顔を出す。どうやら一緒に来るらしい。


孤児院に向かう途中で、ビートが物語のあらすじを聞いてくる。

この間話したところまで、大雑把にまとめて話すと

ビートは「女向けだな」と感想を言った。


アルトは「アヒルの子」の話のほうがいいと思うと

言っていたけど、僕はもう何十回と同じ話をせがまれて飽きていた。


エリオさんは「どうやってやるんだ?」と呟き

アルトがそれに対して「何を?」と聞いたが、エリオさんは答えなかった。


孤児院につくと、子供達が出迎えてくれ

僕の手を引き、広めの部屋へと案内してくれた。


職員の人との挨拶もそこそこに、物語の続きを始める。

アルト達は、少し離れたところで聞いていた。順調に話が進み

人魚姫が風の精霊となったところで話が終わる。小さな子供たちは

風の精霊になれてよかったと安堵していたが、ある程度の年齢の子供たちは

複雑そうな表情を作っていた。


それぞれ友人と物語の感想を言いあい、落ち着いた頃

少し離れたところにいたアルトに、少年達が気が付き目配せをした後

アルトへと近づく。ビートとエリオさんはそっとアルトの傍を離れた。


少年達がアルトを囲み、色々と質問しながらアルトと話している。

孤児院の子供達の中に、獣人はおらずこの場に獣人はアルト1人だ。

獣人の子供が、奴隷以外で他国にいることのほうが珍しいと言える。

子供ができると、サガーナに帰って育てることが多いのだ。


アルトを探るような会話に、アルトは答えられることには答えてく。

アルトも少し緊張はしていたようだが、嫌そうな様子はなかった。

少女達も、興味深そうにアルト達を見ていたのだが……。


竪琴をしまい、ビート達のほうへと移動しようとした時

アルトと少年達との、取っ組み合いの喧嘩が始まったのだった。


いったい何が……。


僕は唖然としつつも、止めに入るつもりで一歩踏み出すが

僕の腕を、穏やかにつかみとめる手があった。


「あの程度の子供の喧嘩に、大人が口を挟まなくても大丈夫ですよ」


そう言って、僕の腕をつかんだ人は先日大先生と呼ばれていた人だった。


「ですが……」


「そろそろ終わるでしょう。

 あの獣人の子供の圧勝で」


そう、その通りなのだ。冒険者として生活しているアルトに

同年代の普通の子供が、束になってもアルトにはかなわない。

アルトはそれだけの実力を備えている。アルトがやりすぎないか心配していたけど

ちゃんと手加減をしているようだ。


一番最初に服をつかまれた以外は、アルトは少年達に触らせずに

足を引っかけて転ばせてたり、攻撃をよけて転ばせたりと

相手の体力を、削ることを考えていたようだ。


アルトが、避ければ避けるほど

意地になって攻撃するため、少年達の体力はどんどんと削れ

最後には、立てないほどに消耗しているのだった。


後でこのことを褒めた時、殺さないようにするのは難しかったと

まじめな顔で言われる。殴ると骨を折りそうで怖かったし

蹴ると吹っ飛びそうで怖かった。

手加減は、本当に難しかったとこれまた真面目な顔で言ったのだった。


アルトの周りには、息を切らして床にへばりついている少年達。

アルトは、息を切らすことなく立っていた。


アルトは、これで終わりだろうと一息ついて、乱れた服をなおそうとしていた。


その時、どこに隠れていたのか不意打ちで

攻撃しようとした少年が、アルトに殴り掛かるが


攻撃の気配を感じ取った瞬間、アルトが本気の殺気をその少年に向けた。

とたんにこの部屋の空気が変わる。子供達は青い顔をして、体を震わせ

不意打ちを入れようとした少年は、その場にへたりこんで動けずにアルトを見ていた。


アルトにしてみれば、条件反射みたいなものだ。


子供達は、殺気だとは分からないだろうが

言ってしまえば、蛇に睨まれた蛙の状態。違う例えをすれば

大型の凶暴な犬に、今にも噛みつかれそうな……。


さすがにこれには、大先生も言葉を失い茫然としている。

この部屋に流れる何とも言えない空気を壊したのは、ビート達だった。

ビートは、不意打ちを仕掛けた子供の頭を殴り卑怯なことをするなと怒り


エリオさんは、アルトに「どうどう。魔物じゃないっしょ」と言葉をかけ

アルトに殺気を消すように促した。ビート達の騒動の収め方が、いやに慣れている。


「これは、驚いた」


大先生が、目を細めてアルトを見てほっと息を吐きだす。

そして1人の子供が、アルトの手の甲にある紋様を見つけ

アルトが冒険者だとわかると、恐怖体験を忘れたようにアルトに群がり

どんな魔物を倒したのか、どんな国に行ったのかと口々に口を開く。


アルトは少し、その剣幕に押されていたが

アルトと喧嘩をしていた少年達に、悪かったとかお前強いなとか

声をかけられるたびに、その表情が変化していった。


アルトに不意打ちをくらわそうとしていた、少年だけは面白くなさそうに

アルトを見ていたが、アルトから視線をそらしてビートを睨み不貞腐れたように口を開いた。


「ビート、いつになったら俺を月光に入れてくれるんだよ」


どうやらビートと知り合いだったらしい。


「お前まだ12だろうが」


「あいつも同じぐらいの年齢じゃんか」


「アルトは、孤児院の子供じゃないからな

 孤児院の子供の冒険者登録は16からという決まりだ」


「ぐっ……」


悔しそうに俯く少年。どうやら、冒険者志望で将来月光に入りたいらしい。

だけど、冒険者志望なのは彼だけではなく、アルトと同年代の少年達も多かれ少なかれ

憧れを抱いているようだった。熱心にアルトに色々と聞いている。


「特例があるじゃないか!」


「ああ、あるな。

 だが、お前はそれに当てはまらないだろ?」


「……」


悔しそうに唇をかむ少年に、ビートが真面目な顔で

低い声を響かせる。


「その前に、月光は多人数対1人で喧嘩をしている横から

 不意打ちを食らわすような人間を、入れることはしない」


「っ……」


「そんな卑怯者は、月光にはいらない」


ビートの言葉に、その少年は走って部屋を飛び出していた。

その後姿を見て、ビートがため息を吐く。


「ビート、今のはちょっときついっしょ」


「あいつには、あれぐらい言わないと」


「まぁ、そうだなぁ。ワイアットも成長しないなぁ」


あの少年の名前は、ワイアットというらしい。

ビートとエリオさんが、僕の傍へと来る。


「何してんだ?」


「え?」


「呆けた顔して、アルトを見ていただろう?」


「いや……僕にはどうして喧嘩になったのか

 今喧嘩したばかりなのに、どうして仲良くなっているのかがわからないから」


「お前だって……」


ビートがそこまで言葉にして、口を閉じた。

記憶があってもなくても、僕には友達と過ごした経験がない。

沢山の同年代に囲まれた事もない。だから、アルトの今の状態がよくわからなかった。


「セツっち。そう深く考えることはないっしょ。

 ただ単に、自分の縄張りに入ってきた奴に興味と警戒をみせただけっしょ。

 後は、敵か味方か見極める意味もあるのかも」


「アルトぐらいの年齢の奴って、何かにつけて自分と比べて

 優位性を見せたい年頃でもあるだろ?」


簡単に言えば、何もできねぇくせに粋がることだけは一人前の

うぜぇ存在だと、ビートが笑いながら締めくくった。


「言うようになりましたね、ビート」


僕の後ろから、大先生がビートに声をかける。


「げっ、大じじいこんなところにいたのかよ」


「ずっといましたよ。貴方も、あれぐらいの年頃の時は……」


「黙っててくれ!」


ビートが少し顔色を変えて、大先生を見ていた。

僕が、不思議そうに2人を見ているとエリオさんが苦笑しながら

色々と教えてくれた。学校へ通っていたころの友達がここにいたから

よく遊びに来ていたと。その友人が、ここで働いていることから

旅から帰ってきたら、顔を出すらしい。


先日も本当は、心配で同行したかったが

邪魔になると思い来なかったそうだ。容体は、僕とナンシーさんから聞いて

大丈夫だと知っていたから、それなら今日一緒に行こうと計画していたらしい。


当時は、悪戯をしては大先生に怒られていたのだと。

少し懐かしそうに、エリオさんは話した。


僕達や、アルト達の会話を遮ったのは

「おやつにしましょう」という、職員の人の言葉だった。


アルトは、僕の隣ではなく同年代の少年達に囲まれながら楽しそうに

おやつを食べていた。時々、驚いた顔を見せながら会話をしている。

子供達は、おやつを食べ終わると同時に広い庭へと駆け出していく。


アルトも同じように、外へ遊びに行こうと誘われていた。

アルトは僕を見て、僕が頷くと少年達の後ろについていく。


僕達は、大先生に誘われ子供達が遊んでいる庭が見える場所で

お茶を飲みながら話をする。落ち着いたところで、大先生が

僕に、色々とお礼を言ってくれたり、薬代をと言ってくれたが丁寧に断った。


大先生から、ビートの話を聞いたりエリオさんの話を聞いたり

しているところに「わーーー!」という歓声が聞こえる。


思わず視線を庭に移すと

アルト達は、野球をしていてアルトがホームランを打ったようだ。

1人の少年に、説明されながらベースを回る。


ゆっくりと走り、ホームベースを踏んだ瞬間

同じチームの、少年少女達に頭や肩や背中を叩かれ

よくやったと褒められ、点数が入った喜びをアルトにぶつけていた。


そして手を出すように促されて出した手を、上に持ち上げられ

次々にハイタッチをされていた。ワーワーと騒々しい声をあげながら

アルトと同じチームの子供達は、自分の陣地へと戻っていく。


アルトは少し呆然とし、ノロノロと手を下ろして自分の掌を眺めている。

そして、ゆっくりと手のひらを握り照れたように、喜びを抑えるように笑った。

アルトのあんな笑い方は、初めて見たような気がする。


「おーおー、やっぱりアルっちはやるなー」


「アルトにしてみれば、ボールなんて止まってるようにみえるんじゃね?」


「それは、ありえるな」


ビート達が、楽しそうにそんな話をしている横で

僕は、アルトの世界が広がる音を聞いた。

アルトの時が、動き出した音を胸の奥で聞いたのだった。


「おい……」


「……」


「セツナ!」


ビートが僕を呼ぶ。


「え?」


「お前大丈夫か?」


「何が?」


「今日、おかしいぞ?」


エリオさんも、大先生も心配そうに僕を見ている。


「あの遊びが、どういうものなのか考えていたんだよ」


「あぁ……他の国にはないしな」


ビートとエリオさんが、納得という顔をしてうなずいた。

2人が野球のルールなどを説明してくれる。やったことはないが

僕もルールぐらいは知っていた。だけど、他に言葉が思いつかなかったんだ。


僕が考えたのは、どういう気持ちなんだろうという事だったから。

同年代の仲間と、一緒に遊ぶというのはどういう気持ちなんだろうと……。

沢山の仲間と同じ時間を共有するという気持ちは、どういう感じなんだろうと。


アルトの世界を動かしてしまうほどの何か。

その何かを、僕は知らない。


「わかったか?」


「うん。なかなか面白そうな遊びだね」


ビートに頷きながら返事をする。


「結構面白いぜ」


「ビートは、やったことがあるんだ」


「ビートもエリオも、駆けずりまわっていましたよ」


大先生がそう言って笑う。僕もつられて笑った。

そろそろ時間という事で、帰ろうとした時アルトが渋るような素振を見せる。

もう少し遊びたいという表情。その表情を見て大先生が、毎日でも遊びに来るといいと

優しく言ってくれた。アルトと遊んだ子供達も、次はかくれんぼをしようとか

次は負けないとか、口々にアルトを誘ってくれていた。


アルトは、嬉しそうに1人1人に返事をし手を振りながら孤児院を後にしたのだった。

家に帰る道すがら、アルトはずっと僕達にしゃべっていた。

家に帰ってからも、その興奮は収まらなかったのか身振りをまじえながら

アギトさん達に、楽しそうに話していたのだった。

アギトさん達は目を細めながら、アルトの話を聞いていた。


食事が終わり、ふと隣を見るとアルトは気持ちよさそうに眠っている。

その姿に、サーラさんが苦笑しながらクリスさん達もこんな感じだったと教えてくれた。


アルトを抱え、ベッドへと寝かせ僕も自分の部屋へと戻る。

お風呂に入り、日付が変わりベッドに横になってみても眠れる気配もなく

僕は起きて、服を着替えこっそりと魔法で部屋を抜けだした。


庭で、飲む気にもなれず海を見に行こうと海が見える丘へと転移する。

そこには……僕同様、眠れない彼女がいて、彼女とここで出会ったことで

僕の長い一日がはじまったのだった。






 泣きながら僕に、張り付いて離れないセリアさんをそのままに

サクラさんの部屋へと転移魔法を発動させた。

サクラさんが能力で、僕の記憶を覗いたことで

なぜか、サクラさんの魔力が僕の魔力と結びつき

僕は、魔法が使えない状態になっている。


クッカから魔力をもらってはいるけれど、作りためてある魔道具を使う。

クッカとアルトの居場所が、ハルへと移動したことから頼んでいた材料は集めてくれたようだ。

2人に集めてもらうように頼んだものは、採取に時間制限がある花の蜜。

日が昇る前の、1時間程の間にしか蜜を採ることができない。

その花は小さな花で、その1時間の間にだけ花の上に少量の蜜を浮かべる。

その蜜だけを、小瓶に集めてくれるように頼んだ。


そしてそれが終わったら、数種類の薬草の採取も頼んでいる。

クッカがいれば、薬草の場所もわかるだろうし竜に襲われない限りは

自身もアルトも守れるほどの力を持っている。


だが、アルトはクッカを自分が守るんだと決めているから

クッカは、自分の力がアルトよりも上だという事を話せないでいるようだ。

精霊は神の眷属なのだから、力がないなんてことはないんだけどなぁ。


そういえば、その話を蒼露様としている時アルトはいなかったか。


竜も上位精霊も、魔物や人間を凌駕する力を持っている。二者が違うところがあるとすれば

精霊はどれだけ、契約者が好きだろうと戦争に加担することはない。

空気や水や大地を穢されるのを極端に嫌う。神の願いが穢れをはらう事なのだから

あたりまえだと言えば当たり前なのかもしれない。


竜はそんなことは気にせず、好き勝手にやっていたらしいけど。


アルトの事をクッカに任せ、僕は僕で必要なものを探しに向かう。

夜にしか取れないキノコと、夜は姿を見せない魔物の角が必要だ。

どうしてこの薬は、こう手間がかかるものばかりが材料なのだろうと思わなくもないが

文句を言っても仕方がないので、キノコが採れる地域に向かい

その後、日が昇ってから角も採取してサクラさんの部屋へと戻ったのだった。


サクラさんの部屋へと戻り、まだ張り付いているセリアさんに

離れるように促すが、頑として離れようとしない。


仕方がないので諦めて、部屋の中へと視線を向けると

部屋の中はよくわからない状態になっていた。


アギトさんとサフィールさんは、両膝をつけて祈りの体勢を取っていたし

知らない女性と、リオウさんは倒れている。


サーラさんは、目に涙を浮かべて僕を見ていた。

どうして、僕を見て涙を浮かべているんだろう?


そして、何より驚いたのがオウカさん達だけではなく

黒と月光の全員がいた事だった。サクラさんの事は

僕が戻るまでに、見つかるだろうとは思っていたけれど

これだけの人数が居ることに驚いた。


アギトさん達の視線が、僕に集まる中

僕は、この部屋最大の謎を見つける。


僕の足元には、なぜかアルトが倒れていたのだった。

クッカがトコトコと僕の傍まで来て、僕を見上げた。


そういえば、誰も口を開かない。

何かあったのだろうか? 内心でため息をつきながら

僕はまず、アルトの状態をクッカに聞いた。


「クッカ、アルトはどうしたの?」


クッカが付いていて、アルトが危機的状況に陥ったとは思っていない。

アルトにつけてある鳥からも、そんな情報は入ってきていなかった。


「アルト様は、ノシェの花を食べてしまわれたのですよ」


「……」


ノシェの花とは、クッカ達に蜜を集めてほしいと頼んだ花の名前だ。

蜜には、睡眠効果は含まれていないが花を食べると強烈な眠気に襲われる。

今は使われることが少なくなったが、昔は睡眠薬として使われることが多かった。


「僕は食べるなって言わなかったかな?」


精神的にダメージを受けていたので、もしかしたらいい忘れていたのかもしれない。

しかし、大地の精霊であるクッカがその効果を知らないはずがなく……。


「ちゃんと言っていたのですよ。

 だけど、ノシェの花の最後の蜜をアルト様が口に入れようとした瞬間

 消えてしまったのですよ。クッカが注意する間もなく、怒りながら

 花を食べてしまわれたのですよ」


「……」


クッカはしょんぼりとしながら、僕を見た。

どう考えても、クッカが悪いのではなくアルトが悪い。

僕はクッカの頭を一度撫でてから、クッカにお礼を言った。


「気にしなくていいよ……。

 花は睡眠効果があるから、食べてはいけないと言っていたのに

 食べたアルトが悪いんだから……」


僕の言葉に、サーラさんが安堵の息を吐いて

アギトさん達は、苦笑を浮かべてアルトを見ていた。


「クッカご苦労様。

 薬草は、クッカが採ってきてくれたんだね」


「すぐ近くにあるものばかりだったのですよ」


「そう」


クッカが、採取用に渡した箱を僕に渡してくれる。

これで薬が作れそうだ。その前に色々と解決しなければならないことがあるようだけど。


僕は、アギトさんとサフィールさんを見た。


「アギトさんも、サフィールさんもどうして祈りの姿勢に?」


サクラさんの為に祈るのだとしたら、全員が同じ姿のはずだ。

僕の問いに、アギトさんが口を開こうとしたがその前にサフィールさんが口を開いた。


「目の前に上位精霊がいるわけ。

 精霊は、神の眷属なわけ。特に上位精霊は女神の使いなわけ。

 彼女と話そうと思えば、祈りの姿勢になるのがあたりまえなわけ」


「……」


サフィールさんの言葉に、アギトさん達が驚いているところを見ると

サフィールさん以外は、精霊の事をしらなかったようだ。

知らなかったのに、なぜアギトさんも膝をついているんだろう。


「アギトさんは?」


僕の質問に、サフィールさんが一瞬アギトさんを睨んだ。

アギトさんは、そんなサフィールさんの視線を気にすることなく答える。


「精霊に、膝をつくのは普通のことだろう?

 上位精霊が、女神の使いというのは知らなかったが……。

 私は、サフィールのまねをしただけだな。

 フィーのように、会うたびに攻撃されないように

 セツナとアルトの傍に、私たち家族がいてもいいか聞いていた」


「そうなの?」


クッカに視線を落とすと、クッカがコクリと頷く。

フィーは、笑みを浮かべアギトさんを見ていたがその笑みは

何かを含んでいる笑みのように見えた。


「いい返事をもらったし。

 祝福までもらった」


「え?」


僕が驚いていると、サフィールさんも「僕も、もらったわけ」と告げる。


「サーラには、守りの魔法をかけてくれた」


「そうなんですか」


僕が、クッカを見ながら返事をすると

クッカが口を開いた。


「精霊の契約者には、お礼としてなのですよ。

 あの人は、おまけなのですよ」


アギトさんを見て、おまけと言い切ったクッカ。

アギトさんは「おまけか!」と言ってケタケタと笑う。

少し怖い。アギトさんは機嫌がいいのかな?

うっすらと、戦闘狂の空気を出しているけど理由は聞かないでおこう。

僕は、おまけという言葉も聞かなかったことにしてクッカに尋ねる。


「お礼?」


「あの精霊が、ご主人様に祝福をくれたのですよ」


なるほど、フィーが僕に祝福をくれたお礼という事か。


「あれ? クッカはフィーと話したことはないの?」


フィーには、魔道具となった蒼露の葉を渡していたはずだ。


「ないのですよ?」


フィーを見ると、少し顔を赤くしてサフィールさんの後ろに隠れた。

どうやら、話す勇気がなかったようだ。


「フィー」


フィーを呼ぶと、サフィールさんの後ろから出てきて

トコトコと僕の前に来て首をかしげる。


「フィー、僕の精霊のクッカだよ。

 友達になってあげてくれる?」


僕の言葉に、フィーが視線を彷徨わせながらクッカを見る。

この反応は、どう解釈すればいいのだろう……。


「……」


「……」


なぜか、黙り込んだまま2人は何も話さない。

サフィールさんが、心配そうにフィーを見ている。


そして、次の瞬間フィーがとてもかわいい笑顔を見せてクッカに頷いた。


「クッカお姉さまなの」


どうやら、僕達にはわからない方法で会話をしていたらしい。

クッカも笑っていることから、仲良くなれそうな感じはする。


「何の話をしていたの?」


「契約者から貰った名前は、精霊にとっては宝物なのですよ。

 だから、契約者がいる精霊はお互いが自己紹介しあって

 初めて名前を呼ぶのですよ」


「そうなんだ。沢山の精霊が集まったところで

 名前が呼べないのは大変そうだよね」


「ちゃんと別の名前はあるのですよ。

 ただ、人には聞こえないだけなのですよ。

 精霊は神の眷属。名前は神の言葉なのですよ」


「そうなのなの」


サフィールさんが「神の言葉」と呟いたのを

クッカとフィーが聞き取り、2人同時にサフィールさんを見ている。

その視線に、サフィールさんは慌てて視線をそらした。


「サフィ……。神の言葉は人間には不要なの」


「わかっているわけ」


「ならいいのなの」


サフィールさんは、しっかりとくぎを刺されていた。


サフィールさんと、アギトさんが膝をついたままなので

立ってくれるようにお願いする。2人は頷いて立ち上がり少し体を伸ばした。


簡単にクッカを紹介し、フィーと同じように接してほしいという事を伝えると

それぞれが微妙な笑いを浮かべて、フィーを見ていた。


フィーと同じようにというのは、間違っただろうか?

フィーは一体みんなに何をしたの?


サフィールさんを見ると、サフィールさんは楽しそうに僕の言葉に頷いている。

知りたい気持ちはあるけれど、僕はあえて深く知るのをやめることにした。


フィーが不敵な笑みを消し、じっと僕を見る。

クッカも、同じように僕を見ていた。


「ご主人様、セリアさんはどうしたのですか?」


「……」


クッカの言葉に、まだ引っ付いているセリアさんの存在を思い出す。

幽霊だから、張り付かれていても気にしなければ気にならない。


「ぴったりと、張り付いているのなの」


ぴったりと……。


「キノコ採取が終わった後、角を取りに行くのに移動したんだけど

 セリアさんが、違うものに気を取られていて僕の傍を離れた時に

 移動してしまったものだから、セリアさんが迷子になってしまってね……」


置き忘れてきたともいうが、僕は離れないでくださいねと

最初に注意していた。


フィーが、セリアさんを見て苦笑し

エリオさんは、セリアさんをじっと見つめている。

その目が真剣で怖い。


もう、セリアさんの存在がこの部屋にいる全員に知られてしまったが

気にする必要はないかな……。多分。


「角を手に入れてから、セリアさんがいないことに気が付いて

 すぐに探しに行ったんだけど、見つけてから離れてくれなくなったんだ」


「……」


「よほど不安だったのなの」


フィーの言葉に、セリアさんがぐすっと鼻をならした。

クッカは、セリアさんをみて首を傾げる。


「でもご主人様、霊体は自由に取りついている

 人や物の場所に戻れるのですよ。

 それに、半日も経てば強制的に戻されるものなのですよ?」


「……」


「……」


「……」


「……忘れていたワ」


クッカの言葉に、小さな声でセリアさんが呟き

そのつぶやきを聞いて、アギトさんやサーラさん達が肩を震わせている。

エレノアさんやバルタスさんは、不思議そうにセリアさんを見ていた。


迷子になって泣く幽霊など、セリアさん以外はいないと思う。


「……セリアさん……離れてもらえますか?」


「嫌っ!」


「セリアさん、僕は今から大事なことを伝えなければいけないんです」


「……」


「不安なら、アルトに抱き付いていたらいいですよ」


僕は、寝ているアルトを風の魔法で浮かせて

邪魔にならない位置へと運び、毛布を掛ける。

セリアさんは、渋々僕から離れてアルトの傍に座りその手を握っていた。

独りになったのが、よほどこたえたようだ。


さて……どこから話すべきなんだろうと考えていると


「ご主人様、大体の事はクッカとフィーで説明が終わっているのですよ」


「え?」


それは、何をどこまで?

ここで、サクラさんが記録用の魔道具を持っていたことを知る。

普段なら、気が付いたはずなのに……見落としていたようだ。


「ご主人様が拷問を受けていたことは、話の流れから省けなかったのですよ。

 セリアさんと魔法の事について、話していること以外の場所は

 ちゃんと消して(・・・・・・・)おいたのですよ」


どうやら、僕に関するあたりは省いてくれたようだ。

クッカに感謝しながら、クッカに知られるのが嫌でセリアさんに黙っていてほしいと

願ったのに、知られてしまった。


「ごめんね」


僕の謝罪に、クッカは一瞬顔を歪めた。

「クッカを忘れないでほしいのですよ」と言って僕に抱き付いた。


クッカの背中を数度軽く叩き、僕から離す。

僕とサクラさんの記録を見たのなら、僕から説明することは

これからの事だろう。


僕は、オウカさんへと視線を向けた。

オウカさん達は、僕達が話をしている間一度も口を開かなかった。

サクラさんの事を、一番先に尋ねたいだろうに

じっと僕達が話し終わるのを待っていた。



読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



html>

X(旧Twitter)にも、情報をUpしています。
『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ