『 セツナの精霊 』
* アギト視点
体中に電流が流れるような、ピリピリとした怒りの空気を体に感じる。
セツナの精霊が、この部屋に姿を現した瞬間からこの部屋の主導権を握っているのは
彼女だった。
サーラは、アルトが倒れているのを見て、顔色を変えこの空気の中
立ち上がり、アルトへと手を伸ばす。それを止めようと私も立ち上がりサーラの腕をつかもうとするが
私の手をすり抜けるようにサーラが前に躍り出た。
「アルト!」
アルトとの距離はまだ結構あったのだが、サーラの手が何かにはじかれた。
「アルト様に、触らないでほしいのですよ」
彼女の殺気ともいえる魔力に、サーラがゆっくりと私の傍へと戻ってくる。
サーラの体は震えているが、アルトから視線を外さない。
彼女は、サーラが引いたのを確認すると赤い目をスッと細めサーラから視線を外し
違う場所を見る。
その視線の先にあるのは、魔法陣の上に浮かんでいる記録用の魔道具。
彼女が何かを呟くと、魔道具が彼女の小さな掌の中に落ちそれを握り瞳を閉じた。
時折何かに耐えるように、肩を震わせていたが映像の中で流れていた
可愛い声がもれることはなかった。誰も、口を開かない。いや……開けない。
彼女の邪魔をすることが、どれほど愚かなことか教えられずともわかる。
フィーの怒りも買いたくはないが……彼女の、上位精霊の怒りは絶対に買いたくない。
セツナと戦うことにならなくてよかった。
心の底からそう思う。それは、ここにいる全員が感じた事だろう。
少しずつ、彼女が放つ威圧に近い魔力に体が慣れてくる。
だが、緊張はいまだに解けない。極度の緊張は体の動きを激しく阻害する。
これほど、緊張したのはいつ振りだろうか……。
エレノアに視線をやると、エレノアも余裕など全くないといった
表情を浮かべていた。そして、この部屋にいる中で一番顔色が悪いのはサフィールだ。
彼女の怒りが、フィーに向いているのだとしたらサフィールは命を懸けるかもしれない。
緊張を強いられる時間は、とてつもなく長く感じるが。
実際はさほど、時間は経っていなかったと思う。
彼女の掌の中の魔道具が壊れる音と同時に、フィーの魔法陣の上に緑色の光が走る。
その光はよく見ると、バラの蔓のように見えた。
フィーの魔法陣が、緑のバラの蔓に覆われると同時に
私の体に強烈な何かが入り込んできて、うごめくように体の中を這いまわる。
痛みはないのだが、思わず声をあげそうになるほどの不快感。
少し後ろにいるエリオから、小さく何かを耐えるような声がする。
エリオを見ると、目を閉じ歯を食いしばって必死に耐えている。
クリスとビートも額に汗を浮かべているが、エリオほど辛そうではない。
サーラは、と思ってみると「ゾクゾクする」と呟きながらも
エリオの背中を撫でていた。
この魔法は、彼女のものらしいがサーラには手加減をしてくれているようだ。
おなかの子供を、気にかけてくれているのだろうか……。
エリオがこの状態だと、サフィールも酷いのではないだろうかと思い
サフィールを見る。苦しそうに蹲り耐えているサフィールの背中を
フィーが涙を落としながら、サーラと同じように撫でていた。
「サフィ……」
「だい、じょうぶ……だから。
泣かなくて、いいわけ……」
リオウは気を失っており、オウカとオウルは真っ青な顔をして絨毯に爪を立て
苦痛にゆがんだ表情を見せている……。どうやら、人によって違うようだ。
オウカ達の立場も分かるが
セツナの精霊にしてみれば、彼らは苛立ちの対象だったのかもしれない。
サフィールやエリオは、魔力量が関係しているのかもしれないし
そうでないのかもしれない。
そして、ふっと体の中を這いまわっていた何かが消える。
今までの不快感が嘘のように、スッと消えた。
エリオは、疲れたように絨毯の上に沈み
サフィールは、肩で息をしながらフィーの頭をなでていた。
オウカ達は、動く気力もないようだ……。
彼女が私達に何をしたのか、わからない。
だが、それを問うていいのかもわからない。
どうするべきかと悩んでいると、冷たい声が彼女の口から流れる。
その瞳は赤いまま……。
「勝手にご主人様の、記憶を見せてはいけないのですよ」
それは、私達にではなくフィーにかけられた言葉だろう。
フィーは、体を震わせながらセツナの精霊と向き合った。
「ご……ごめん……なさい、なの」
あれほど、青い顔をして震えているフィーを見るのは初めてだ。
サフィールの顔も同様に青い。彼女に無理を言ったのは私達だ。
フィーだけが、罰を受けるのはどうにかして回避しなければ……。
彼女の赤い瞳が、スーッと細められフィーを見る。
彼女の口が動こうとした瞬間、サフィールが右手を左胸の上に置き
両膝をつき言葉を発した。辛いのか体が少し揺れる。
「僕……私が、【フィー】の契約者である私が頼みました。
彼女は悪くありません。契約者の私が望んだから彼女が願いをかなえた。
最初、彼女は嫌がっていた。無理を言ったのは私です。
罰なら私が受けます。だから……」
「サフィ!!」
フィーがサフィールの言葉を遮るように、サフィールを呼んだ。
「だから……彼女に罰を与えるのは、どうか……。
どうか、許していただくことはできないでしょうか……」
サフィールが、そのままの体勢で彼女に頭を下げた。
セツナの精霊は、表情を少しもかえずにサフィールを見る。
「私のご主人様は、誰にもその記憶を見せたくはないのですよ」
彼女の言葉は、そのままセツナの言葉だろう。
彼女がこれだけ怒るということは、セツナがそれだけ隠しておきたかった……ということだ。
確かに……簡単に話してしまえる内容ではない。人を信じることができないのならなおさら
そこで、ふと何かがおかしいことに気が付く。セツナは何を隠しておきたかったんだ?
さっき見た映像を思い出そうとするが、セツナの記憶のあたりがバッサリと消えていた。
思わず息をのみ彼女を見る。彼女の魔法は、私達の記憶を消したようだ……。
記憶を消されたといっても、話の流れは覚えており
セツナが奴隷のような扱いを受け、拷問を受けていたということはしっかりと覚えている。
セツナの記憶、そして感情面での独白のあたりがごっそりともやがかかったような
感じで思い出せない。
だが……私の中にある、はらわたが煮えくり返るような憤りと胸がえぐられるような哀しみは
消えることなく胸の中に残っていた。何に対してそういう気持ちを抱くのかはわからないが
今はそれだけで十分かもしれない……。私達が知っていることで、セツナが傷つく可能性が
あるのなら、今はまだ……。
「誰にでも、知られたくない過去というのはあるものだと思うのですよ」
「はい」
サフィールが今までにないほど、緊張した面持ちで彼女と会話を続けている。
その頭は下げたまま。
「この精霊の契約者である、貴方にもあるのですよ。
貴方はご主人様と同じなのですよ。ある意味【神々の魔法】の犠牲者なのですよ」
「そ……それをなぜ……」
何の犠牲者なのかは、精霊語でよくわからなかったが
サフィールの声が震えた事から、あまり知られたくないことのようだ。
「上位精霊は、中位精霊の中の必要な記憶を見ることができるのですよ」
どうやら、フィーを通してサフィールの過去が暴かれたようだ。
サフィールは、セツナ同様自分の過去を話したがらない。というか話さない。
「なら、ご主人様の気持ちもわかると思うのですよ」
今回は、セツナの記憶を見たいと思ったわけではない。
この部屋で何が起きたのかを、知りたかっただけなのだが
彼女にとっては、同じことなのだろう。
サフィールは言い訳をせずに、黙って彼女の話を聞いていた。
言い返さないのは、この部屋で起きた事も知りたかったが
セツナの使う魔法に対する興味が、それ以上に勝っていたからかもしれない。
「お姉さま、フィーが、フィーがわるいのなの!」
「フィー、黙っているわけ」
フィーが涙を落としながら、必死にサフィールをかばっている。
私も何かを言うべきかと思い、動こうとした時いつの間にか後ろにいた
エレノアが私の腕をつかんだ。
「罰を受けるなら、フィーが全部受けるのなの。
魔法を使ったのは、フィーなの!!」
彼女は、フィーを無視してサフィールへと近づく。
フィーは体が縫い付けられているかのように、動くことができないようだ。
必死に、懇願しているが彼女はフィーの言葉を聞いている様子はない。
「お姉さま!!」
フィーの顔が、絶望に染められている。
そして彼女がサフィールの前へと立つ。
サーラが、涙を溜めながらサフィールを見ている。
私はエレノアに腕をつかまれていて動けない。
彼女の腕が上がる。サフィールは一瞬サーラに視線を送り
そして私を見る。その目は何があっても動くなと語っていた……。
全員が、死刑の執行を待つような暗澹たる気持ちに支配された。
止めに入りたくなる衝動を必死に抑える。
止めに入れば、全員の命がなくなるかもしれない。
私の命がなくなるだけならば、止めに入るが皆を巻き込むことはできない。
サフィールはそれを望んでいない。
サフィールが瞳を閉じ、抵抗する意思がないことを示し
彼女は、その小さな手を勢いよく振り落とした。どんな魔法が彼女の手から
発動されるのかと、全員が息をのんだ。
ぽす。
ちょっと気が抜けた音と同時に
この部屋を支配していた、魔力が一瞬にして消え去った。
「これで許してあげるのですよ」という言葉に、全員が唖然とした表情を浮かべて
セツナの精霊を見ていたのだった。目の色を変えて怒っていたのになぜ……。
「どうして……」
サフィールが顔をあげ、彼女を見つめる。
彼女は少し、困ったような笑みを浮かべ
「ここで誰かを傷つけたら、ご主人様が悲しむのですよ」と言った。
彼女の今の瞳は、赤色ではなくとても綺麗な青……。
その色は、最高級の青玉のような奥深い色をしていた。
「それに、精霊の気持ちは、精霊が一番わかるのですよ」
「……」
「貴方の願いを叶えたい気持ち。
そして、私のご主人様の真実を伝えたい気持ち。
この精霊の気持ちは、とても純粋なものだったのですよ。
貴方が強要し、無理にこの精霊に力を使わせていたのなら
私は、貴方を許さなかったのですよ」
「……」
フィーは呪縛が解けたのか、サフィールに抱き付き泣いていた。
「だけど、ご主人様の記憶はあげないのですよ。
精霊は、ご主人様の願いをいちばんに叶えたいものなのですよ。
この精霊は、私のご主人様の事が好きだけど一番は貴方なのですよ」
彼女の言葉に、サフィールが彼女を凝視する。
「私は、ご主人様が一番なのですよ。
だから、私はご主人様の願いをかなえる。
ご主人様の記憶は、誰にも渡さないのですよ」
彼女の言葉に、サフィールが何かを思い出そうとするが
できなかったようだ。
「だけど、貴方だけはほかの人より少しだけ覚えていることが多いのですよ。
【神々の魔法】に興味を持ってはいけないのですよ」
ハッとしたように彼女を見るサフィール。そこで精霊はサフィールの頭の上から
手をどけ、フィーを見る。
「【あの方】の願いを破ってはいけないのですよ。
どういう形で、興味の種が芽吹くかわからないのですよ」
そう言って、彼女はエリオを見た。エリオは急に視線があったことに
動揺したのか、固まっていた。
「ごめんなさいなの」
しょんぼりとした感じで、フィーが謝る。
体の震えはもう止まっているようだ。
「次はないのです」
その言葉は、フィーだけではなくこの場に居る全員に告げるように
彼女は視線を周りに投げた。どうやら、今回は警告というかんじだったようだ。
寿命が縮まる思いをしたが、警告だけで済んだことに
思わず、体から力が抜ける。それは私だけではないようだ。
エレノアもバルタスも軽く息をついていた。オウルとオウカ、そしてヤトは
まだ緊張の中にいる……。セツナの精霊は、サクラを殺そうとしていたのだから。
「僕……私は、どこまでセツナに……」
「サフィ……」
フィーが呆れたように、サフィールを見る。
どこまで、セツナに魔法の事を聞いてもいいのかと尋ねているのだろう。
フィーだけでなく、エレノアもバルタスも呆れた様子でサフィールを見ている。
彼女は少し考えてから、返事をする。
「初代に関することは、聞かないでほしいのですよ」
「……」
一番知りたいと思っていることを、聞くなと言われ
サフィールが、少し肩を落とす。
「貴方は、セツナと繋がりを断たれているとフィーから聞きました。
貴方は、彼の過去を知っているのですか?」
「大体の事は、知っているのですよ。
魔力をもらった時に、ご主人様の記憶が私の中に流れてきたのですよ」
彼女は、悲しそうに顔を曇らせ俯いた。
「あの拷問の記憶でさえ、ほんの一部でしかないのですよ。
ご主人様は、本当に辛い時を過ごしていたのですよ」
あの拷問がほんの一部……。
ギリっと彼女が歯を食いしばり顔をあげる。
その目は赤いが、すぐに元の色へと戻る。
「そこから助け出され、まだそう時間は経っていないのですよ。
ご主人様はいつも、笑っているから気が付きにくいのですよ。
ご主人様の大切な人も、その時に亡くしておられるのですよ」
サフィールの顔に、朱がさす。
自分を恥じたのだろう。確かに、セツナはいつも笑っている。
悲しみや苦しみを、自分独りの心にしまい見せようとしない。
私達は、もう少しセツナの気持ちを慮るべきだったのだ。
「貴方も、闇の中から抜け出すのに時間がかかったと思うのですよ。
ご主人様にも、時間が必要なのです。今はまだ……。
だけど……。未来は必ず……」
未来は必ず……。その言葉に、彼女の強い願いがこめられていた。
「申し訳ありません」
サフィールが、深々と頭を下げ謝った。
「ご主人様は、気にしていないのですよ。
だけど、私は違うのですよ。今回だけは、許してあげるのですよ。
初代の事は、亡くされた大切な人との思い出に触れることにも
なるのですよ。だから、ご主人様が話せるようになるまで
聞かないでほしいのですよ」
「はい」
サフィールの素直な態度に、彼女は淡く笑い。
サフィールにも希望を、与えた。
「大丈夫なのですよ。
貴方は長生きなのですよ。精霊の契約者は特に長生きなのですよ。
ご主人様と話す機会は、これからたくさんあるのですよ」
サフィールは彼女の言葉に頷く。彼女は、サフィールの頬を両手で挟むと
そっと、サフィールの額に口づけた。
「!?」
サフィールが、珍しい方向へ動揺している。
目を彷徨わせ、顔を赤くしていた。これは面白い。
「ご主人様も祝福をもらったのですよ。
なので、お返しなのですよ」
フィーが、セツナに祝福を贈ったお返しという事だろう。
「サフィ! お姉さまの祝福はすごいのなの!
よかったのなの!!」
フィーは自分の事のように喜んでいる。
「あ、あ、ありがとうございます」
サフィールの視線はまだ彷徨っていた。そんなサフィールを気にすることなく
サフィールから視線を外し、セツナの精霊は私と目をあわせた。
静かに私の傍に来て、私を見上げじっと私の目を見る。
何もかもが、見透かされそうな気がして落ち着かない気分にさせられる。
「……」
「……」
暫くして、彼女ははっきりと私に告げた。
「このままでは駄目なのですよ。
近いうちに、ご主人様は貴方方から距離を置くのですよ」
その言葉に、私もサーラもそして子供たちも動揺する。
「どうしてか……理由を尋ねてもいい……かな?」
サフィールのように、礼儀正しく答えるか迷ったが
私は精霊の事はほとんど知らない、取り繕うより自然体でいこうと決めた。
本来なら、ここにいる全員、彼女に膝をついていなければいけない。
それが道理なのだが……。
今の彼女は、そういったことを求めていない気がした。
サフィールはため息をついていたが、彼女は特に気にした様子はない。
「弱いのですよ」
「え?」
「貴方は弱すぎるのですよ。
貴方だけではなく、あの精霊の契約者も弱いのですよ」
「……」
「……」
「そんな強さじゃ、すぐに死んでしまうのですよ」
絶句……。これしかなかった。
黒に上り詰めてから、誰にも言われたことがない。
自分の強さには、自信を持っていたのだが私は弱いらしい……。
挙句の果てに、すぐ死ぬと言われた。
あまりにも、衝撃が大きく言葉が出ない。
「ご主人様は、色々と危ないことに手を出すことが多いのですよ。
弱い貴方達を巻き込む恐れがあるのなら、ご主人様は迷わず
貴方達と距離を置くのですよ」
「……」
「貴方達の覚悟は見せてもらったのですよ……」
私、そしてサーラと子供たちを見る。
「だけどそのままの強さでは、反対にご主人様を傷つける結果になる。
覚悟を示したのなら、もっと強くならなければならないのですよ」
私達が、セツナといることをは認めてくれているらしい。
だが、このままの状態では……セツナが私達を信頼する前に
姿を消してしまうと言う事か……。
「私は、まだ強くなれるだろうか?」
自分では、そろそろ限界に近いと思っていた……。
セツナを見て、クリス達だけではなく私もその強さに
もっともっと、高みを目指したいと心が叫んでいたのも知っている。
だが、半分は諦めていたのだ。
それなのに……。
「まだまだ強くなれるのですよ」
彼女の言葉に、思わず口角が上がる。
私はまだ強くなれる……。
私のその表情を、クリス達が見た瞬間ため息をついた。
「貴方方が一番先に考えることは、死ぬ確率を減らすことなのですよ」
彼女が、寂しそうにそう言って笑った。
私は、サフィールのように右手を左胸の上に置き両膝をついた。
「私は、強くなることを約束する。
そして、絶対にセツナを裏切らないことも誓う。
だから、セツナとアルトの傍に私たち家族があることを
認めてもらえるだろうか?」
「認めてあげるのですよ」
「感謝する」
彼女は、そういった私にも祝福をくれた。
そのことに驚いたが、私のためではなく多分セツナのためなのだろう。
私は、まだ強くなれる。
彼女は、サフィールだけではなく私にも希望をくれた。
私達の様子をじっと見ていたサーラに、彼女が視線を向けた。
先ほど向けられた魔力に、少しおびえた表情を見せるが
その表情を一瞬にして消し、セツナの精霊と真直ぐ向き合った。
これから、セツナと付き合っていくのならば彼女を避けることはできない。
それに、彼女は優しいのだと思う。
あの魔法は、私達に対する警告の意味もこめていたのかもしれない。
だが、サーラは辛そうにしていた感じは受けなかった。女性に対しての優しさだとは思わない。
同じ女性であるリオウは未だ気を失ったままだ。
彼女はサーラから視線を外し、お腹のあたりをじっと見る。
そしてその小さな手を、サーラのおなかにあて精霊語で詠唱を始めた。
複雑な緑と青の魔法陣が浮かびあがり、サーラの体へと吸い込まれていった。
「……」
「フィー……」
サフィールが小さい声で、フィーに説明を求める。
「サーラに、守りの魔法をかけてくれたのなの」
「守りの魔法?」
「どんな攻撃からも一度だけ身を守ってくれる魔法なの」
フィーの説明に、サーラがセツナの精霊を驚いた表情で見つめる。
「お姉さま専用の魔法なの」
「専用魔法……。フィーにもあるわけ?」
「あるのなの」
「どんな魔法?」
フィーは、なぜか躊躇うように視線をサフィールから外した。
セツナの精霊は、手を下におろしサーラと目をあわせる。
「私の魔法は、大地と水の守りなのですよ。
一度だけ、どんな攻撃からも体を守るのですよ」
そして今度は、少し振り返りサフィールを見る。
「貴方の契約している精霊の魔法は、闇の眠りなのですよ。
悪夢にうなされることなく、朝まで気持ちよくねむれるのですよ」
「え……」
「……」
「もしかして……僕に毎日かけてくれていた?」
フィーは答えない。かわりに答えたのはセツナの精霊だ。
「そうなのですよ」
「フィー……」
サフィールは、不眠症でずっと薬を服用していた。
そして1年のある時期だけ、酷く憔悴しサーラでさえ近寄れない時がある。
サフィールは俯き何かを耐えていた……。
フィーはそんなサフィールを、小さな体で抱きしめていたのだった。
セツナの精霊は、そんな2人を少し羨ましそうに見つめ淡く笑った。
2人から視線を外し、彼女はサーラに語り掛ける。
「ご主人様が楽しみにしているのですよ」
「楽し……み?」
サーラも一瞬、どう受け答えをするか迷ったようだが
いつも通りの自分でいることに、決めたようだ。
長い付き合いになるのなら、取り繕っても仕方がない。
最初から、素の自分を見てもらったほうがいい。
「お手紙にも書いてあったのですよ」
「手紙……?」
「そうなのですよ。
子供が生まれたら、きっと毎日が騒がしくなるだろうなと
書かれてあったのですよ。とても楽しそうに書かれていたのですよ」
「……」
どういう方向で、騒がしくなると書いたんだろうか?
「殺しあいに発展しないといいけどね、とも書かれていたのですよ」
「……」
「……」
皆が私とサフィールを冷たい目で見ている。
サフィールは立ち直ったのか、私を見てニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「無事に生まれてほしいと、ご主人様が望んでいるのですよ」
「そう……」
サーラが、目に涙を浮かべ自分のおなかへと手を当て
そして、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ご主人様のためなのですよ」
彼女は表情を変えることなく、フィーと同じようなことを口にした。
気が済んだのか、彼女はアルトのほうへと歩き出すがサーラがそれを止める。
「あの!」
「?」
セツナの精霊は首を傾げサーラを見る。
「アルトは……。アルトは……」
サーラが一番気になっていることを、彼女にたずねた。
最初に拒絶されたことから、声が少し不安げだ。
「アルト様は……」
彼女がそう口にした時、倒れているアルトの横あたりに
魔法陣が浮かびクルクルと回る。そして次の瞬間、どこか、迷惑そうな声と共に
セツナが帰って来たのだった。
「セリアさん、泣いていないで僕から離れてください」
「嫌だワ、また迷子になったらどうするの!」
「もう、帰ってきましたから迷子にならないですよ」
「嫌っ!」
離れろというセツナに、セリアさんはぴったりと背中に張り付いていた。
えぐえぐと泣きながら……。
誰がどう見ても、泣きながらへばりついている
セリアさんは、セツナにとりついているようにしか見えなかった。
セツナは深く溜息をつき、首を横に振っていたのだった。
読んでいただきありがとうございました。
 





