『 セツナの記憶 : 後編 』
* 同日更新注意。「前編」から読んでください。
* アギト視点
* 残酷描写注意
サクラの目から、静かに涙が零れ落ちる。
そして、涙をためた瞳を見開いてセツナから距離をとり
次の瞬間、凄まじい悲鳴が部屋中に響き渡った。
『嫌! 嫌っ!!!!!!!!!』
サクラが膝をつき、嫌な音と同時に口から血があふれる。
「サクラっ!!」
オウル達が手を伸ばすが、サクラに触れることはできない。
サーラは、サクラから視線を外すことができずに震えている。
私の体も硬直したように動かなかった。
セツナは、力が抜けたかのように膝をつき俯いて動かない。
サクラのほうを見ようともしない。
『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い』
サクラが、痛みのせいなのか床をのたうちまわっている。
その尋常じゃない叫び声と表情をみて、全員が言葉を失う。
口からは叫び声、見開いた目からは涙が流れている。
そして、咳き込むたびに口から血を吐いていた……。
セツナは、サクラの能力を追体験するものだと言っていた。
なら、これは……セツナの記憶の一部……。
『僕は、奴隷だったんです。
それなりに、酷い扱いを受けていました』
それなりにという程度ではない……。
ギリッと奥歯が鳴る。
『痛い! 痛いようぅ! 父様っ!! ジャック! 助けて……助け』
サクラが、オウルとジャックを呼ぶ。
オウルがサクラを抱きかかえようとするが、オウルは何もできない。
泣いて助けを求める娘に触れることもできない。
あまりにも残酷だ……。
「サクラ! サクラ!!」
フィーのほうに視線を向ける、フィーは顔色一つ変えずにただ見ていた。
「サフィール! お願いだ! お願いだ!
サクラを、サクラを助けてくれ、助けて……」
オウルは必死に、サフィールに願うがサフィールは首を横に振った。
「オウル、それは魔道具の記録なわけ……。
僕達は、その記録を見ることしかできないわけ」
「くっ……」
ぼたぼたと涙を流し、サクラに手を伸ばすのをやめないオウル。
セツナは俯いたまま微動だにしない。
『セツナ……。セツナ』
息が詰まるほどの空気の中、セツナを呼ぶ声が聞こえる。
いつの間にか、セリアさんが姿を見せていた。その瞳からは涙が落ちている。
セリアさんは、透き通った体で必死にセツナを抱きしめている。
突然現れたセリアさんに、月光以外……いやフィーを除いて
セリアさんを凝視していた。エレノアとバルタスが私に視線を向けるが
私はその視線を無視する。
サフィールは、エリオを見て首を横に振っていた。
『セツナ』
『……』
セリアさんは、何の反応も返さないセツナを呼び続ける。
『セツナ……セツナ』
サクラの悲鳴と、セリアさんのセツナを呼ぶ声が部屋に響く。
『セツナ……お願いセツナ。返事をして』
ハラハラと涙を落としながら、セリアさんは必死にセツナを呼ぶ。
その呼びかけに、ようやくセツナが顔をあげた。
だが、その瞳の色は今までと比較にならないほど暗い。
『セツナ……』
『セリアさん?』
『大丈夫?』
『ああ……ここはあそこじゃない……のか』
『セツナ?』
『また、あの場所へ戻ったのかと。
サクラさんの能力に、引きずられていたようです』
『……』
セリアさんは、セツナをぎゅっと抱きしめる。
セツナは、のたうちまわっているサクラをじっと見つめているが
その瞳には、何か別のものが映っているかのように焦点があっていない。
それでも、セツナはセリアさんの言葉に律儀に返答し
今、サクラに起きている状況を表情のない顔で淡々と告げていく。
『彼女は……』
『僕には何もできません』
『能力を断ち切ってあげたラ?』
『無理なんです。
彼女の意識というのか……何かはわかりませんが
僕と深く結びついてしまっている。それを無理に断ち切ると
彼女の意識が戻らなくなってしまう可能性がある』
『体の痛みだけでも……』
『あの痛みは、回復魔法はきかないんです』
『でも血が……』
『血はもう止まっています』
その時、サクラの体がピンと磔にされたように固定された。
『セツナ!』
『魔法をかけられたんです。
動き回れないように……。動き回れない分痛みを逃すことができない』
『……』
セツナの説明に、サーラが息をのむ。
『そろそろ……声が出せなくなります』
セツナの言葉と同時に、サクラから声がでなくなった。
『叫び声がうるさいと、魔法をかけられたんですよ』
サクラは、口をぱくぱくと動かすがその口からは声がもれない。
サクラは、目を見開いて涙を流していた。
『そして、狂わないように闇魔法をかけられる』
サクラの口が、ひときわ大きく開いた。
「サクラっ!」
オウルが叫び、リオウはうずくまって泣いている。
ヤトも涙を流して、サクラを見ていた。
私の体は怒りに震え、私の後ろにいるエレノアから歯を食いしばる音が漏れた。
バルタスは、感情の制御がきかなかったのか壁を殴りつけていた。
なんだこれは……。
なんなんだこれは!! 体の中に凶悪な怒りが渦巻くのがわかる。
『何を……されたの! 誰が! 何のためにっ!
ここまで酷い苦痛を! 誰がセツナに与えたの!!』
セリアさんも涙を流しながらも、その瞳は怒りをたたえていた。
セツナは、サクラの傍へと座りその手を取った。
サクラはその手に縋り付くように握る。
相当力が入っているのだろう、セツナの手にサクラの爪がくいこみ
血が流れるが、セツナは手を放すことはしなかった。
セツナの瞳から、完全に光というものが消えていく。
『僕を魔物と戦う道具にする為です』
『なっ……にを』
『僕に魂の隷属魔法をかけ、魂を引きちぎり僕の自由を奪い
僕を縛り付け、僕が持つであろう力に期待した。
だけど、僕にはなんの力もなかったんです。
使い物にならなかったから実験体として扱われた』
オウルでさえサクラから視線を外し、息を詰まらせセツナを凝視する。
それほど、セツナの告白は衝撃が大きかった。
魂を引きちぎる……?
全員が、サフィールを見る。サフィールの顔色は白く歯を食いしばり
その目に涙をためていた……。そのことに少し驚く。
サフィールが、人のために涙をみせることなどほとんどない。
体を震わせ、こぶしを握りかすれた声でサフィールがフィーを呼ぶ。
「フィー……」
「……」
「フィー、あいつはどうなる」
「……」
「神々の魔法をかけられた
あいつは……どうなるんだ」
神々の魔法?
サフィールの言葉に、エリオ、オウカ、オウル
リオウ、サーラ、エレノアが息を止めた。
エリオに視線を向けると、声を震わせながら私に告げる。
「魔法を学ぶ上で、どの本にも必ず一番最初の項に書かれている言葉がある……んだ。
魔法を探求する上で、絶対に破ってはならない決まり事」
「何て書かれてあるんだ?」
「汝求む事なかれ。神々が封印せし古の魔法を。
汝が求め触れたとき、世界は汝に牙をむくであろう。
魔法を探求せし者よ、決して忘れることなかれ……。
神々の魔法を紐解くことは、神の意思に背くことである」
エリオは、詰まることなくスラスラと答えていく。
それだけ、魔導師にとって身近にある言葉という事なんだろう。
「神々が封印した魔法を、神々の魔法と言うんだ。
その魔法の多くは、人の肉体と精神を害する魔法で
神が使うことを禁じたんだと言われている」
神々が封印するほどの魔法……。
「フィー、魂の隷属魔法はどんな魔法なわけ」
フィーにそう問いながらも、サフィールはある程度の予想はついているのだろう。
その声は酷く暗い……。フィーに聞いてくれているのは、私達の為だ。
「魂の隷属魔法は……」
フィーが、魔法について淡々と言葉を紡ぐ。
その説明に、感情の制御が危うい……。
誰が……。誰が……そんな魔法をセツナにかけた……。
そして、フィーが最後に放った言葉を理解することができなかった。
「かけられたものは、安らぎの水辺に行く事はできないのなの」
ヤスラギノミズベヘ、イケナイ?
「孤独に苛まれながら……。
魂の消滅を、待つ事しか出来ないのなの」
「……」
サーラの体が沈み、座り込んで歯を食いしばり泣いている。
誰もが呆然としていた。エレノアでさえ、涙を落としている。
誰もが、命の終わりに立ち寄ることが許されている
神が与えてくれた安らぎの場所。
その場所は、自分が一番望む夢を見せてくれる場所だと言われている。
そして夢が終わったら、また新しい命として生まれるらしい。
だから、死は悲しい別れではなく次に出会うための準備だと
考える人が多い。なのに……セツナはその場所へ行けない?
魂の消滅を待つ……?
死してなお、なお……悲しみを、苦痛を味わうというのかっ!!
焼けつくような怒り……。これほど知らない誰かを殺したいと
思ったことはない……。
誰が、誰が、誰が、誰が、誰が!!!
「誰が、そんな魔法をかけやがった!!」
全開の殺気を放ちフィーに問う。
殺してやる。どこまで追ってでも殺してやる……。
私の殺気に、オウカが驚いたように私を見るが
そんなことを気にしている余裕はない。
半年前に出会ったばかりの、優しい青年。
その存在が、私の子供達と同じぐらい気になる存在になるとは
私も思ってはいなかった。サーラもそうだろう。
いや、サーラのほうが私よりも早くセツナを受け入れていたかもしれない。
あの湖で、どうして自分の子供として生まれなかったのかと涙を落とした時から
彼女は、セツナとアルトを受け入れる覚悟を決めていた。
2人の親にはなれないが……2人を支えることができる存在に……。
「知らないのなの。セツナは話さなかったのなの」
「知ってることをすべて話せ!」
「知らないのなの……」
「フィー!」
「知らないのなの!!
知っていたら、私が真っ先に殺しに行っているのなの!」
瞳を赤くして、叫ぶような言葉に私の言葉が詰まる。
「悔しいのはアギトだけじゃないのなの!!
アギト1人が悔しいわけじゃないのなの!!」
私を睨みつけながら、涙を落とすフィーの姿に
ぐっと自分の感情を抑え込む。
「……」
「……」
一度深く息を吐き出してから、フィーと視線を合わせる。
焼けつくような怒りは消えることはないが、フィーに当たるのは間違っている。
「……すまない」
「許してあげるのなの」
座り込んで泣いているサーラを無言で抱きしめた。
「アギトちゃん……」
「……」
「アギトちゃん……」
私にしがみついて泣くサーラに、かけてやれる言葉など何もなかった。
あの優しい笑顔の裏に、どれほどの苦痛を孤独を隠していたんだ。
私達は、何も……本当に何も知らなかった。
何かを抱えているのは知っていた。
その闇の深さも……知ったつもりでいたのだ。
私は、私達は彼の支えとなれるだろうか。
どこまでも深く暗い色をまとった彼の。
静まり返った部屋に、フィーが言葉を紡ぐ。
「アルトは何も知らないのなの。
誰にも話せないけど、アルトに悟られるような馬鹿はしないでほしいのなの。
特に、エリオとビートは要注意なの」
ほとんど表情を無くした息子達に、フィーが注意を促す。
2人は、ゆっくりと首を縦に振った。フィーが2人から視線を外すと
セツナの声がまた聞こえてくる。どうやら、フィーが止めてくれていたらしい。
サーラを抱いたまま、セツナへと視線を戻す。
『魂の隷属魔法と一緒に、それまでの僕は死にました。
記憶が読めないのは、魂に傷が入っているせいでしょう。
隷属魔法をかけられてからの記憶は、覚えていることもあるけど
覚えていないことのほうが多い。それが、闇魔法のせいなのか
闇魔法を頻繁にかけられたせいなのか、それとも苦痛から逃げるために
僕が無意識に消してしまったのかはわからない』
『……』
『思い出したくもない記憶だったんですけどね……。
それも、サクラさんはいちばん強烈な記憶を引き当てた』
『何をされたの?』
『魔力量を増やすための実験です。
魔力の塊を無理やり飲み込まされるんです』
『そんな……』
『僕の魔力の器を、無理やり広げようとしたのかもしれません』
『……』
『体の内側を、焼き尽くされるかと思うぐらいの苦痛……。
血を吐くのは、魔力を飲み込んだ時にどこかを傷つけたんでしょう。
何度も殺してくれと願い叫んだけど、誰も殺してくれない。
いっそ狂ってしまえば、もっと楽だったのに狂えないように魔法をかけられる。
助けを求めても誰も助けてくれない。
僕の味方は誰もいない。そう、誰もいない。
僕の名前さえ、誰も知らなかった。
誰も僕を救ってはくれない……。だから僕は諦めたんです。
誰にも救いを求めない。誰も頼らない。誰も信頼しない。
だって、この世界は敵ばかりだから。ここは、僕の居場所ではないから。
だから、この世界を創った神にも祈らない。僕はこの世界が……』
サフィールがフィーを見る。フィーは悲しそうにセツナを見ていた。
その時、サクラの体が大きく跳ねる。
『大丈夫……?』
『わからない』
サクラの胸の上に、何かが浮かび上がりそれが一気に膨れ上がり
そしてはじけた。サクラは薄く眼を開いたまま動かなくなった。
『セツナっ』
切羽詰まったような、セリアさんの声。
セツナは茫然と、サクラを見ている。
『セツナっ!!』
『彼女の魔力の器が壊れた……』
「サクラっ!」
オウルがサクラの体を抱きしめようとするが、その手はすり抜けてしまう。
『セツナ、彼女の能力を断って!
早く!! 貴方の魔力が彼女に流れて……』
『ここで能力を断つと……彼女の魔力が枯渇する』
『セツナが死んでしまうわ!!』
『……』
『セツナっ!』
「フィー」
「サクラの魔力の器が壊れて、サクラの魔力が消失したのなの。
サクラとセツナは、能力でつながっていたから
サクラは、セツナの魔力でかろうじて生きているのなの……。
かわりに、セツナは命を削られているのなの」
『セツナ! 彼女がここで死んだとしても
それは、彼女の自業自得だワ!!』
「フィーもそう思うのなの」
セリアさんとフィーの言葉に、オウル達は何も言い返すことができない。
『セツナは、再三止めたのよ!
これ以上、彼女に付き合うことはない!!
早く、能力を断ち切って!!』
セリアさんが叫ぶ。
だけどセツナは動かない。
『セツナ!』
『セリアさん。あの日カイルが僕に会いに来た日
僕はカイルを殺し屋だと思ったんだ。僕を処分するために来たのだと
自分で死ぬことも考えたけど
残った記憶の中にある約束が邪魔をして死ねなかった。
どんなに苦しくても……僕は、その約束を破りたくなかったんだ。
だけどね、水辺へ行けないと知っていたのなら
僕は迷うことなく、命を絶ったと思う。
そう、僕はもっと早く死んでしまえばよかった』
『セツナ……セツナ、お願い。お願いよ!!』
セツナの額に汗が浮かぶ。
だが、セツナの視線は定まっていない。
まるで彷徨っているような、どこかに迷い込んでいるような
こっちに来いと手を引きたくなるような、空気を纏っていた。
目を離した瞬間消えてしまいそうな……。
「セツナ君」
サーラもセツナを呼ぶ。
ここにはいないと知っていても、声をかけずにはいられないのだろう。
「セツナ君」
『僕の魔法を解くのに、カイルは自身の魔力もそして命も
全て、犠牲にしなければならなかった。僕が生きているより
カイルが生きていたほうが喜ぶ人がいただろうに』
『お願い……』
セリアさんが涙を落とし、必死に能力を断てと懇願している。
セツナの瞳は、誰も、何も映していない。
『カイルは笑っていたよ。
僕に生きろと言った。世界を見ろと。
人と関わって生きて行けと……だけどね、セリアさん。
僕の中の狂気は様々に形を変えて、僕にいろいろと囁くんだ』
『……』
『最近はね、僕に死ねと囁く』
セリアさんがぴたりと止まる。
『その声は、大切な人が増えれば増えるほど大きくなっていく。
その人たちを傷つける前に、僕に死ねと呟く。
そして、その声に導かれるようにして
僕は、僕の死に場所を探していることに気が付いたんだ』
セリアさんの体が、小刻みに震え
透き通ったその手を、セツナに伸ばしそっと触れ抱きしめる。
セツナにぬくもりを伝えるようとするように。
『カイルからすべてをもらっておきながら
頑張ると……言っておきながら
守るものがありながら……。
僕は、死に場所を……。寂しい部屋の中ではなく
できれば……日の当たる場所で……。
それが無理なら、せめて月の下で……』
「セツナ君!」
「セツっちが外で酒を飲んでいたのは
部屋の中にいるのが、嫌だったんだな……」
エリオが俯いたままそう言葉を落とした。
『見た事がない世界を見て、生きるつもりだった。
カイルに告げたように、僕の人生を頑張るつもりだった。
だけど、誰も知る人のいない世界で独り。
何を目的に、生きていけばいいのかが未だわからない』
『……』
『僕は何のために生きているんだろう?』
『……』
『僕はどうしてこの世界にいるんだろう?』
『……』
『いくら自答しても、答えは全く見つからない』
『あの方は、自分で生きる目的を見定められないのならば
この子供達の為に生きよと言った。僕はそう簡単には死なないと約束したけれど
ふとした瞬間に、僕は死を望んでいる』
セツナの独白を、誰もが絶望とともに聞いてる。
『彼女をここまで追い詰めたのが、僕なのだとしたら……』
『違う! それは違うわセツナ!』
『なら、ここで、彼女と一緒に死んでもいいかもしれない』
『駄目!!』
「セツナ君、駄目、駄目よ!」
サーラがセツナに手を伸ばす。
私は、その手を取りサーラを腕の中へと戻した。
『セツナ。セツナ。生きなきゃ駄目だわ!』
『なぜ?』
『っ……』
なぜという問いに、セリアさんが言葉に詰まる。
セリアさんが両手を顔に当てて、泣きじゃくりながら
とぎれとぎれに言葉を紡ぐ。
『や、やくそく、したワ』
『……』
『セツナは、ながいき、だから。
私が、生まれ変われるのを、まっててくれるって。
アルトと一緒に、待っててくれるって、やく、そくしたワ』
『……』
セリアさんの言葉は、セツナには届かない。
『アルトが、セツナは、約束を絶対守ってくれるって
言っていたワ。アルトもセツナを、信じているワ。
アルトには、セツナし、かいないわ』
何かを迷うように、セツナが目を閉じる。
アルトの事を考えているんだろう……。
それでも、死に引き寄せられているセツナはそれを振り払うことができない。
『セツナ。魔力を自分のものだけにして。
お願い……お願いよ』
セツナは、目を閉じたまま動かない。
『セツナっ!!』
セリアさんが叫ぶのに反応するかのように
セツナの近くに魔法陣がクルクルと現れる。
『ご主人様!!』
その魔法陣から現れたのは、小さな女の子だった。
その女の子は、セリアさん同様涙を落としていた。
『嫌なのですよ。クッカを置いていっちゃいやなのですよ!!』
「お姉さま……」
フィーが小さく呟く。あの女の子がセツナの精霊らしい。
映像なのに、彼女がフィーとは違うことはすぐに分かった。
サフィールが、フィーはセツナの精霊に勝てないと言っていた言葉の意味が
はっきりとわかる。存在感が全く違った。
『クッカ? どうして……』
『ご主人様の魔力が、弱まっているのですよ。
クッカとの契約の鎖が……弱まっているのですよ。
嫌なのですよ。嫌なの』
座り込んでいるセツナに、必死な様子で抱き着く精霊。
セツナは、死の影を振り払うように深く溜息を吐き
自分の精霊に声をかけた。
セツナの目に光が戻る。
あの危うい空気が、徐々に消えていった。
『……大丈夫だよクッカ』
セツナはあいているほうの手で、精霊を優しく抱きしめた。
『セリアさん、すいません……』
『うぅ……セツナ。
私もセツナが大好きだわ。セツナの気持ちは少しわかる。
1000年以上私も独りだった。だけど、セツナが私を見つけてくれたわ。
誰も私を見つけてくれない中で、セツナだけが私を見つけてくれた。
消えかけていた私を助けてくれた。セツナがいなければ私は消えていたわ。
だからセツナ、諦めないで……。生きることを諦めないで……。
きっと、きっと見つかるから……。セツナが探すものが見つかるから……』
セリアさんの言葉に、彼女もまた孤独の中にいたのだと知る。
彼女もいつも楽しそうに笑っていた。2人は、どこか似ている。
『クッカは、ご主人様と家族なのですよ。
忘れないでほしいのですよ。ご主人様から貰った家族の証を
ちゃんと指にしているのですよ。アルト様もなのですよ。
トゥーリ様もしているのです。ご主人様の指にもちゃんとはまっているのですよ』
そういって、精霊がセツナの薬指の指輪に触れた。
精霊の手を見ると、その小さな手の薬指に指輪がはまっている。
そういえば、アルトも同じ指輪をしていた。
『ご主人様と繋がりがほとんど切れていたとしても
全部わからないとしても、ご主人様の孤独はわかるのですよ。
今も強い孤独に、ご主人様が支配されていたことだけはわかるのですよ!
今は独りじゃないのですよ。クッカ達がいるのですよ』
『クッカ……』
だが、セツナの心の奥底に精霊の言葉が届いた気配はない……。
アルトや精霊たちの光が届かないほど、セツナの闇は深い。
それでも、アルトや精霊は仄かにセツナを照らしているんだろう。
セツナの命をこの世界に引き留める楔として。
『もう大丈夫。いろいろ思い出して
混乱していただけだから』
セツナはセリアさんをじっと見つめる。
セリアさんは、セツナを見てため息をつきうなずいた。
今までの話を、精霊にしないで欲しいと言ったところだろうか。
『なら、クッカがこの女を処分するのですよ』
その言葉と同時に、サクラの上に沢山の土の槍が現れる。
詠唱をすることなく現れた土の槍……。
『……』
セツナを狂わせた元凶を許すつもりはないらしい。
『この人間が、余計なことをしたのですよ?
ご主人様の命を削っているのですよ……』
疑問形なのは、今までの過程がわからないからだろう。
だが、セツナの魔力がなぜ減っているのかは理解しているらしい。
『クッカ』
『嫌なのですよ』
セツナが何か告げる前に、精霊が拒絶する。
セリアさんも、精霊を止める気はなさそうだ。
『クッカ、僕は彼等の大切な人を奪いたくない』
『……』
彼等とは誰の事を指すんだ?
『彼らの救いとなった人を、奪いたくないんだ』
セツナの言葉に、サクラの上に浮いていた土の槍がスッと消え去る。
オウルはほっとしたように、息をついた。
『わかったのですよ。
早く、魔力の流れを止めてほしいのですよ』
何かを耐えるように、唇をかみしめながら精霊がセツナを抱きしめる力を強くした。
その姿を見て、フィーが瞳の色を一瞬かえたがサフィールが呼ぶと
すぐにその色を戻した。
「お姉さまの気持ちが痛いのなの……」
フィーはそれだけ告げて、俯いてしまった。
フィーが、あれだけの感情をみせたのはセツナの精霊も関係しているのかもしれない。
『僕の魔力は、サクラさんと繋がっていて使えそうにないんだ。
クッカの魔力を僕に貸してくれる?』
『仕方がないのですよ』
諦めたようにうなずく精霊に、セツナが淡く笑いながら謝った。
『ごめん……』
セツナの精霊は、黙ったままセツナに抱き付いていたのだった。
読んでいただきありがとうございます。





