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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 女郎花 : 約束を守る 』
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『 セツナの記憶 : 前編 』

* アギト視点

 10人以上の人間がいるのに、誰一人として口を開く者はいない。


フィーは黙って、サフィールの腕の中で抱かれており

こちらに視線を向けることはなかった。サフィールもフィーに何も言わない。


深い沈黙で包まれた時間が、長かったのか短かったのかは

よくわからないが、サフィールの腕の中でフィーが小さく呟いた。


「あの結界は、サクラの命をつないでいるのなの」


「……」


「サクラを中心に、ベッドに描かれている魔法陣は

 サクラの時を止めるための結界なの」


「どうして、サクラの時を止める必要があるわけ?」


「サクラの魔力が尽きたから」


「え……?」


フィーの言葉に、サフィールだけでなく全員が顔色をかえる。

魔力が尽きたということは、命の終わりを意味している。


魔力が枯渇して死んだ場合、肉体が残らないらしい。

なぜかはわからないし、私も魔力を使い切った人間を見たことがない。


そうなるまえに、体が警告を発するように倦怠感が襲うことから

それなりに、危ないということはわかるとサフィールもエリオも話していた。


「私が壊そうとしていた結界は、時の結界と剣に触らせない為の結界。

 それを壊して、時の結界を壊した場合……サクラの肉体は崩れていたのなの」


リオウが悲鳴を飲み込むように、口元を抑えてガタガタと震えだした。

自分が結界に攻撃を加えてしまったことを、思い出したのだろう。

ヤトがリオウの傍にいき、その体を抱きしめるがヤトの顔色も白かった。


「リオウごときが、攻撃を加えようが壊れることはないのなの」


フィーは、優しさのかけらもない声音でそう告げる。

だが、リオウには救いの言葉となったようだ。


「……時を止めて、サクラの魔力が回復するのを待っているわけ?」


魔力を回復する方法は、自力で回復するしかない。

精霊と人間の間では、魔力の受け渡しができるらしいが

サクラは、精霊と契約はしていない。


魔力を回復する薬として有名なのは、竜の血らしいが

そんなもの、手に入るはずがない。


フィーはサフィールの問いに、何も答えない。


「サクラは! サクラは……」


オウルが我慢できなかったのか、サフィールとフィーの会話に口を挟んでしまう。

サフィールは一瞬、顔をゆがめたが何も言わなかった。


「サクラは助かるわけ?」


サフィールが、オウルの言葉をもう一度繰り返す。


「サクラなんてどうでもいいのなの」


フィーの言葉に、オウルが肩を震わせる。


「フィー、僕はここで何が起きたのか知りたい。

 フィーの知ってることを全部教えてほしいわけ」


フィーは、サフィールに問われたことしか話そうとしない。

サフィールが知りたいと願うから、答えているといった感じが

フィーの態度からありありとわかる。


すべてを知りたいと口にしたサフィールを、フィーはじっと見つめて

そして、サフィールの腕から飛び降りる。


「フィー」


サフィールの呼びかけを無視して、結界の前へと行き

全員を見渡せる位置で振り向いた。


「サフィ。セツナはきっと何も語りたくないのなの。

 だから、何も残さなかったのなの。自分が疑われることになっても。

 だけど……。フィーは知っているのなの……」


そこで一度俯き、フィーは深い怒りを込めた声を放つ。


「セツナは何も悪くないのに……なの。

 悪くないのに……どうして、指名手配? ふざけるななの……。

 話が聞きたいだけなら、犯罪者のように扱うのは間違っているのなの。

 そうは思わないのなの?」


なぜ、フィーがオウルが言ったことを知っているんだろうか。


「どうして……フィーが、知っているわけ?」


「教えてあげないのなの」


サフィールは一度ため息を落とし、気持ちを切り替えてから

フィーに視線を向けた。


「僕達は、真実を知りたいだけなわけ」


「真実……ね?」


フィーがサフィールを見て笑う。

そのフィーの笑顔に、サフィールは少し視線を逸らした。


「サフィ。嘘はよくないのなの」


「……」


「サフィの興味は魔法に向いているのなの?」


心の中を言い当てられたのだろう、サフィールは少し表情をゆがめる。

サクラを心配する気持ちもあるが、ここまで協力するのは

サフィールの興味をひくものがあるからだ。


だから、フィーを呼び出した。

フィーを呼び出したことを、後悔していたようだが……。

それでも、諦めきれない心情をフィーはしっかりと把握しているようだ。


バルタスとエレノアが、何を思っているのかはしらないが

私は、魔法には興味がない。


どちらかというと、オウカ達よりもフィーよりの思考に近い。


サクラよりも、セツナのほうが心配だ。


サクラが死んでいたとしても、セツナは自分から手を出すような男ではないし

この部屋にも、サクラが招かなければ入れなかった。

だが、どういう流れでこうなったのか知りたいという気持ちは強い。


知れなければ、彼をどう守ればいいのかがわからない。

今どこにいるのか、何をしているのかさえ分からない。


口を挟みたい気持ちを必死に抑える。

思わず奥歯が鳴ったのを、サーラが聞き取り私の手を握った。


「……頼ってほしかったね」


サーラが俯きながら呟いた言葉に、私はサーラの手を握り返した。

私達はまだ、セツナに信頼してもらえないのだろうか……。

そのことが少し、淋しさとなって胸に残る。


「サフィ。私は、セツナの情報を簡単にわたす気はないのなの」


サーラの手を握ったまま、意識をサフィール達へと戻す。


「どうしてそこまでするわけ?」


サフィールが少し拗ねたような、声を出す。

その声に、フィーは苦笑した。


「サフィ。精霊には精霊の約束事があるのなの」


「……」


「精霊は皆、セツナのことが大好きなの。

 だけど、それと同じぐらい大切な役割も担っているのなの」


役割というところで、フィーの顔が暗く翳った。


「役割?」


「そうなの」


「その役割っていうのは、なんなわけ?」


「知る必要はないのなの」


「僕にも教えてくれないわけ?」


本格的に、すねそうな気配にフィーの苦笑が深くなった。

困った人ね、というような視線をサフィールに向けながら

フィーは、私には理解できない言葉で何かを話した。


【セツナは、この世界()を愛せないのなの……。

 だから、あの方はこの世界とセツナを守るために精霊にすべてを伝えた。

 セツナが狂気に飲まれたとき、手を打つことができるように。そしてもう1つ……。 

 私達はセツナにかけられた魔法が、広がらないように見守る義務があるのなの】


「精霊語で話すのは、ひどいわけ」


「一応教えてあげたのなの。感謝してほしいのなの」


サフィールは簡単な精霊語しかわからないらしい。

それでも、わかるだけすごいとは思うが……。

まぁ、サフィールに伝える気は更々ない。


「……」


サフィールは、腑に落ちない表情を作っていたが

諦めたようにため息を吐いた。


「どうすれば、この部屋で起こったことを

 教えてくれるわけ?」


「本当は、教えたくないのなの」


「……」


「サフィ。真実を知っても誰も幸せにはならないのなの」


「……」


「それでも知りたいのなの?」


「僕は知りたいわけ」


引くことのないサフィールの言葉に、フィーは一度俯きそして顔をあげる。


「どちらか選ぶといいのなの……。

 エイクのように魔法をかけられて、真実を知るか

 諦めるか、好きなほうを選ぶといいのなの」


「エイクと同じように……?」


エイクとは、邂逅の調べのメンバーの1人で獣人族の若者だったはずだ。


「そうなの。知りたいというのなら

 セツナの情報を話せないように、私が魔法をかけるのなの」


「どうして、そこまでする必要があるわけ?」


苛々とした感情を声に乗せるサフィール。


「サフィは、私が初めて教えてあげた精霊語を覚えているのなの?」


フィーの言葉に、サフィールの顔色が酷く変わる。


「フィー……。忘れること、は、ないわ……け」


【汝求む事なかれ。神々が封印せし古の魔法。

 汝が求め触れた時、世界は汝に牙をむくであろう】


フィーが精霊語で何かを話すが、私には理解できない。


「フィー。あいつは……」


「選ばない限り、話さないのなの」


「……」


サフィールが真剣な表情で何かを考えながら、言葉を紡ぐ。


「僕は、知りえた情報や……魔法を胸に秘めることになったとしても

 この部屋で何があったかを知りたいと思うわけ。だけど……」


ここで言葉をきり、私たちのほうへと視線を向ける。


「フィーに魔法をかけられるということは、一生解けないと思ったほうがいいわけ。

 この先の未来で、今日のことがどう左右するかはわからない。

 後悔する日がくるかもしれないし、来ないかもしれない。

 知るか、知らないかは各自で決めてほしいわけ……」


フィーが言った、精霊語の意味が知りたいが

私たちが精霊語を知らないことを知っていて、話さないということは

サフィールは話すつもりはないのだろう。


まぁ、その意味を知ろうが知るまいが私の気持ちは唯一つだが。


「私は、知ることを望む」


私は真直ぐフィーを見て答える。

私と同じぐらい、素早くこたえたのはエリオだった。

その後に、クリス達も続く。


私達家族は、全員知ることを選んだようだ。

エレノアとバルタスも首を縦に振り、リオウとヤトもうなずいた。


オウカは眉間にしわを寄せ、返事ができないでいる。

オウルは、マリアに毛布を掛け額に張り付いた髪を整え

ポケットから魔道具を取り出し使ってから「教えてほしい」と呟いた。


マリアが起きないように、眠りの魔法を入れたのだろう。


「オウカはどうするのなの?」


さまざまな葛藤があるのか、オウカは黙ったままだ。


「私は、どちらでもいいのなの」


オウカは一度首を振り、何かを振り払ってから

フィーに頷いた。フィーは、興味がなさそうにオウカから視線を外し

私と視線を合わせる。


「サーラを座らせたほうがいいのなの」


「え?」


フィーが、サーラを気遣う様子を見せたことに驚きを隠せない。

そんな私の表情をみて、フィーがニヤリと意地悪く笑う。


「サフィが、おなかの子供を楽しみにしているのなの」


「……」


私が口を開く前に、オウカが厚めの敷物を私に渡した。

オウカの目が、余計なことを言うなと語っている。


手にした敷物を床に敷き、サーラを座らせ私もその隣へと座る。

クリス達も勝手に座っていた。エレノアとバルタスは壁に背を預けるようにして

同じように腰を下ろしている。


ヤトはリオウの傍に座り、オウカはオウルの傍へと座った。

サフィールはフィーの近くに移動していた。


フィーは適当に周りを見渡し、小さな声で何かを呟くと同時に

絨毯の上に、巨大な魔法陣が浮かんだ。


フィーはまだ、魔法を紡いでいるようだ。

体の中に、何かが入り込んでくるような感じを受ける。

エリオは小声で「体の中がゾワゾワする」と言って顔を青くしていたが

私は、顔色を変えるほど不快には感じなかった。


フィーは一度口を閉じ、また新しく詠唱を始める。

小さな魔法陣が空中へと浮かび、その中に魔導具が現れた。


「フィー、それはなんなわけ?」


「サクラがとっていた記録なのなの」


「……」


フィー以外の全員が、微妙な表情を作っている。


「どこにあったわけ?」


「サクラの服の中なの」


「そう……」


ギルド職員と黒は、全員記録用の魔道具を所持している。

そのことを忘れていたが……どちらにしろ、サクラが持っていたのなら

私達には取り出せなかっただろう。


「あいつの魔法に干渉してもいいわけ?」


「サフィ。私は精霊なの。

 人間と一緒にしないでほしいのなの」


「……」


空中へと浮かんでいる記録用の魔道具に、フィーが手をかざす。

その魔道具が強烈な光を放ち、一瞬目を閉じる。


そして次に目を開けた時には、私達は海が一望できる丘の上に

立っていた。セツナが、初代の話をした時と同じような感じだ。


クリス達が驚きの声を慌てて飲み込んでいる。


海と丘を隔てる柵の上にサクラが座っていて

サクラの視線の先には、暗い表情をしたセツナがいた。


普通は、魔道具は記録されたものをその場に映すことしかできない。

フィーの魔法のせいで、私達もこの場に居るような錯覚を起こしそうだ。


『こんばんは。時使いさん』


『こんばんは。サクラさん』


あいさつから始まり、サクラとセツナの平行線の会話が続く。

私達はそんな2人を、息をつめながら見つめていた。


『そんなに、私の部屋に来るのはいやかしら?』


『……こんな時間に、女性の部屋へは行けません』


『そう……』


その言葉で、サクラが諦めたのかと誰もが思ったはずだ。


その事に、オウルが一番安堵していたのだろう。

オウルが、ホッとした息をついた瞬間……。

『ならいいわ……』という言葉と同時にサクラが体の重心を後ろにかけ

暗い海へと身を落とした。


「サクラ!!!!!」


リオウとサーラが悲鳴を上げ、オウルとヤトがサクラの名前を呼び手を伸ばす。

たぶん、黒以外の全員がサクラを引き留めようとしただろう。

だが、誰の体も動いていない。動けない。


「落ち着け!」


サフィールが、鋭い一言を発し


動けない私達の傍を、セツナが詠唱しながら迷うことなく

柵を乗り越え、落ちていく……。


セツナの魔法が発動し、ゆっくりと落下していくサクラを

セツナが、捕まえ自分の胸の中へと抱き寄せた……。


聞き覚えのある、魔道具が壊れた音と同時に

私達の体は、サクラの部屋へと戻ってきていたのだった。

ただし、ベッドにはサクラは横たわっていない。


「……」


誰もが絶句していた。普通に記録を見せられるよりはるかに衝撃が大きい。

記録は、サクラとセツナが立っているところでなぜか止まっていた。


リオウが、唯泣いている。


オウルは、体を震わせながら、目を見開き茫然としている。

我が子が目の前で命を投げ出したのだ、傍にいたのに手が届かない。

助けることができなかった。


記録だとわかっていても、そういう気持ちになってしまう。

ビートの胸が魔物に貫かれているのを見た瞬間を思い出し、振り払うように頭を振る。


サクラは、転移の魔道具を持っていたようだがそれを使ったのは

セツナが捕まえてからだ。もし、彼が間に合わなければそのまま海に落ちていたかもしれない。


「……」


フィーがそれぞれの様子を、黙ってみていた。

そんなフィーを見て、サフィールがため息を吐き私達の傍へと来て

私の腕にしがみついて震えているサーラに声をかけた。


「サーラ。君は見ないほうがいいかも知れないわけ」


「サフィちゃん……」


「サーラは、優しすぎるわけ。

 僕達、黒のように割り切れないだろう?」


「……」


「だから……」


サフィールの言葉をさえぎって、サーラは大丈夫と言い切る。


「大丈夫。大丈夫だよ。サフィちゃん。

 ありがとう。でも、私も知りたいの……」


「この体は、精神体だから肉体が傷つくことはないわけ。

 それでも、サーラは今子供が体にいるからサーラの精神が傷つけば

 体に影響が出るかもしれないわけ」


「大丈夫」


サーラが真直ぐに、サフィールを見て意志の強さを見せた。


「……わかったわけ」


サフィールは、サーラに苦笑を向けた後

詠唱し、サーラに魔法をかけた。


「サフィちゃん?」


「……」


サフィールは、魔法の事は何も言わず

フィーの傍へと戻る。サフィールがサーラを害する魔法をかけるとは

思わない為、私も何も言わなかった。


サフィールがフィーの隣に戻ったと同時に

止まっていた、セツナとサクラが動いた。


『何を考えているんですか!!』


セツナがサクラに詰め寄っている。


『ちょっとした冗談よ。

 貴方が、私の誘いにのらなかったのが悪いのよ』


『っ……』


サクラの言葉に、セツナがサクラを睨んでいる。


『僕は帰ります』


『帰すわけないでしょう?』


セツナが、魔法を詠唱しようとした時

サクラが、ポケットの中から短剣を取り出し自分の喉にあてていた。


『どうして……』


『……』


その様子を見て、セツナは詠唱をやめてしまう。

サクラの目は本気だ……。


『貴方が帰ったら、この短剣で自分の喉を掻き切るわ』


『……』


張りつめた空気の中、サクラは喉に短剣を当てたまま

セツナは暗い瞳のまま数分睨み合っていた。


こちらまで息苦しくなってくる。


「サクラ……」


ヤトがサクラの名前を呟いた。


『そちらの椅子に掛けてくださらない?』


動こうとしないセツナに、サクラは短剣を喉にあてたまま

すっと横へ引く。サクラの喉に小さく傷がつき血がにじむが流れるほどではない。


セツナは、サクラから視線を外すことなく椅子へと座り

サクラは短剣を握ったまま、セツナと向かい合う席へと座った。


『その短剣を渡してください』


セツナが短剣を受け取ろうと手を伸ばす。


『嫌よ。これを渡せば貴方は逃げるでしょう?』


『……』


『まぁ、短剣がなくても死ぬ方法なんて腐るほどあるけれど』


『用件を……』


セツナが折れた。その様子を見て

エレノアとバルタスが小声で話していた。


「……彼には有効な手だな」


「まさか、こう来るとは思わなかったがな」


「……彼は優しすぎる」


「仕方がないのではないか?

 ジャックから、サクラの事も聞いていたかもしれんし

 罪悪感を抱いている分、邪険にもできん。

 それに、海に落ちた時からサクラの目は本気じゃろ……」


「……」


「……」


サクラは、セツナの言葉に満足そうに笑う。

今のサクラの瞳には、負の感情は何も浮かんでいない。

黒の間のサクラと今のサクラの姿が、重ならなかった。


『お茶でも飲む?』


『結構です』


『そう』


『用件は?』


セツナは無駄な話をする気はないようだ。


『教えてくれないかしら?』


『何をですか? 話せることはすべて話しましたが』


『話せないことも、知りたいの。

 いえ、私の知りたいことだけを教えてくれればいいわ』


『……何が知りたいんですか?』


『初代の情報をすべて』


『僕は……』


『知らないなんて嘘でしょう?』


『あの記憶以外は知りません』


『嘘よ』


サクラの表情が消え、セツナに刺すような視線を向ける。


『この街に来て、初代の記憶をもらったと貴方は言った。

 ならどうして、あの文字を初代と同じように綺麗に発音できたの?』


『……』


サクラの言葉に、サフィールの目の色が変わった。


『貴方がこの国に入ってから、ギルドに来る間に

 あの言葉を練習する時間がとれたとは思えない。

 それに、貴方はずっとアギト達と一緒だったでしょう?』


『……』


『練習していたのなら、彼らが聞いているはずだわ。

 彼らに聞いてみてもいいかしら?』


サフィールが私に視線を向ける、私は首を横に振った。


『ハルはハルからつけられたのか。

 貴方がこの街に入ってすぐ、知ったのなら。

 この言葉があそこで、呟かれるはずがない』


セツナは口を開かない。


『それに、天井の花を見た時の貴方の表情は

 どう考えても、あの花に思い入れがあるようにしか見えなかった……』


そうだ、忘れていた。

彼はあの時、サクラ()へと手を伸ばしていた。

大切な何かを、求めるように……。


『あの記憶の発動のカギは、黒の間に入ること?

 練習できるわけがないわよね? そこから導き出される答えは……』


セツナは、初代の記憶を知る前からあの言語を知っていた。


『確かに、貴方が知っていることは少ないのかもしれない。

 だけど、初代の記憶があれだけだとは私には思えない』


『……どうしてあの場で、追求しなかったんですか?』


『邪魔者が沢山いたから。

 後は、私が行動するのに邪魔になるものを取り除きたかった……から?』


邪魔者とは、私達の事か?

サクラが取り除きたかったものとはなんだ?


『邪魔になるもの?』


『総帥の立場とか、邪魔ばかりするヤトとか。

 能力を使ってまで、邪魔をされるとは思わなかったわ』


サクラが告げた言葉に、オウカが目を見開き

リオウもヤトの表情も、驚きに彩られていた。


エレノア以外の黒は、黙ってヤトを見ていた。

あの能力は、サクラを止めるものだったのか……。

それにしては、本気で私達やセツナにかけていたように思うが。


ヤトはヤトなりに、サクラを止めようとしていたという事か。

私とヤトの視線が合い、ヤトはふいっと視線をそらした。


「アギトちゃん」


小さな声でサーラが私を呼ぶ。


「サクラちゃんは、何が邪魔だったの?

 2人の会話がちゃんと聞き取れないの」


「え?」


「あと、所々わからない言葉が……」


サーラだけでなく、クリス達も首をかしげて私を見ている。

ああ、黒だけの情報はサーラ達にはわからないようになっているのか。


「聞き取れないところは、黒しか知らないことだろう。

 そのあたりを、追求するのは諦めたほうがいい」


「わかったわ」


サーラはすぐに納得して、セツナとサクラの会話へと意識を戻した。


『貴方は……努力して、そこまで登ったんじゃないんですか』


『リオウからでも聞いたの?』


『ええ』


『そうよ。望んで総帥になった。

 そのための努力は、惜しまなかったわね』


『なら、どうして……』


サクラは、そっと立ち上がりグラスが入れてある棚へと向かい

グラスを2つ取り出し、そこに水を入れその中にレモンを落とした。


1つをセツナの前に置き、そして椅子に座りグラスに口をつけて

サクラは水を飲み、グラスを置いた。


そして真直ぐセツナを見て、答えた。


『彼の故郷がこの街だからよ』


『……』


『それがすべて』


『……結婚するためじゃなかったんですか』


『ジャックの事は好きよ。だけど、彼はリオウと婚約していたし

 ジャックに聞いても、婚約していると言っていたわ。

 それに、ジャックが次の総帥はリオウだとはっきり言ったのよ』


『え?』


セツナが驚いたようにサクラを見る。


『その時は、まだリオウの事が好きだったから

 私は2人を支えるために勉強していたんだけど

 リオウが、別の人を好きになってその彼についていくのだと

 話しているのを聞いたから、それなら私が総帥になろうと思ったのよ』


「あっ……」


リオウが、小さく何かを思い出したかのように声をあげた。


『だって、リオウはジャックを裏切ったのだもの』


「ちが……ちがう」


リオウが青い顔で、サクラに答えるが

サクラはリオウを見ない。記録だから当たり前だが。


セツナは、ため息をついて言った。


『誤解があると思います。

 リオウさんと、きちんと話したほうがいいと思います』


『今更どうでもいいことよ。

 次の総帥は彼女で、彼女の伴侶はヤトなのだから』


『知っていたんですか?』


『私はこれでも、総帥だったのよ』


そういって、サクラが淡く笑う。


『ヤトさんが好きだったんじゃないんですか?』


『誰が?』


『サクラさんが……』


『私がヤトを? 冗談じゃないわ』


『結婚しようとしていたと聞きましたが』


『ああ……。ジャックがリオウを想っているかもしれないでしょう?

 だから、結婚が決まる前に邪魔をしたのよ』


『……』


『今はもう、どうでもいいわ。

 勝手に結婚でもなんでもすればいい。

 あの2人なら、うまくやるんじゃないかしら』


オウカ達の表情が、気の毒なほどにクルクルと変わっていく。


「セツナ君とサクラちゃんが何を話しているのか

 さっぱりわからない……」とサーラが呟く。


『大泣きしたと……』


『くだらないことまで、ペラペラと……』


サクラが忌々しそうに、眉を寄せた。


『あの頃は……』


遠くを見るように視線をさまよわせるサクラ。

だが、そのあとの言葉は自分自身の中に飲み込んでしまった。


『私のことなど、どうでもいいのよ』


『努力して手に入れたものを、すべて捨ててまで

 サクラさんは、何をするつもりなんですか?』


『私が何をするかは、貴方は知らなくてもいい』


『……』


『貴方は、初代の情報を教えてくれるだけでいいの』


『あれ以上はしりません』


『貴方の言葉はあてにならないわ』


『……』


『貴方の記憶を、見せてくれればいいことよ』


『フィーとの会話を聞いていませんでしたか?』


『聞いていたわ? だけど私には関係ないことよ

 貴方が、記憶をなくしていようがいまいが

 私はあなたの記憶を知ることができるのだから』


『サクラさんの能力を使ってですか?』


『知っていたの? ジャックが何か話していたのかしら』


セツナはサクラに答えなかったが

たぶん、ジャックが教えたのではなくセリアさんが教えたのだろう。

彼女は他人の能力を知ることができるらしいから。


しかし、サクラが能力者だったとは。

オウカやオウルも驚いていることから、2人も知らなかったのか?


『能力で僕が知らない記憶を、見たとしても

 サクラさんが望むものは、手に入らないと思います』


『やってみなければわからないでしょう?』


『わかります』


『僕の過去は……見ないほうがいいんです。

 特にサクラさんの能力で、見るのは絶対に許可できません』


『貴方は、自分の記憶を知りたいと思わないの?』


『思いません』


『幸せな記憶が、眠っているかもしれないじゃない』


『サクラさん。僕は奴隷だったんです』


セツナの告白に、誰もが息をのむ。

サクラも例外ではなく、少し瞳を揺らしてセツナを見た。


『それなりに、酷い扱いを受けています』


「っ……」


サーラが私の腕をぎゅっと握る。

私は自分の中の怒りを逃がすように、サーラの手を数回撫でた。


サクラがセツナの前へと立ち、そっと手を伸ばす。

その手が、セツナの頬に触れる前にセツナがサクラの手を握った。


『サクラさんの能力は、使わないほうがいい。

 僕の記憶はその時に、失っている』


セツナの言葉に、フィーが顔を辛そうに歪めた。


『サクラさんの能力は、相手の記憶を追体験するものだ。

 サクラさんの精神と肉体にどういう影響をあたえるかわからない』


『私はもう決めたの』


『何が知りたいのか、教えてください……。

 知っていることなら、答えます』


『嫌よ』


『どうしてですか?』


『……私のなけなしの良心だと思ってくれる?』


『何を……』


『貴方は、何も知らないほうがいいの。

 私が貴方を唆して、貴方の記憶を勝手に覗いた』


『何を……何を知りたいのか話してください!』


『話さないわ』


『……』


セツナがサクラの手を握ったまま立ち上がる。


『サクラさんを魔法で縛って帰ります』


『もう手遅れよ。能力の種が芽を出したから』


『断ち切ります』


『抵抗しないでくれる? 私は黒の制約を破ってきているから

 抵抗されると、そろそろ黒の制約によって死んでしまうかも?

 今も貴方を無理やり連れてきたから、体が少しおかしいわ』


セツナが目を見開いて、サクラを見た。


『なぜ……そこまでするんですか。

 貴方は何を知りたいんですか……』


セツナが力なく、手を下におろす。

サクラの命を懸けた行動に、セツナはずっと振り回されている。

それが本気だとわかるから、下手な行動をとることができないのだろう。


エレノアの言う通り、彼は優しすぎるんだ。

あれだけ酷いことを言われたのだから、死ぬと脅されても無視して帰ればいいのに

まぁ……それができないのがセツナなんだろうが……。


『……サクラさん、僕の記憶を見てはいけない』


『じっとしていて……』


サクラが一歩セツナに近づき、彼をそっと抱きしめる。

セツナは、抵抗しなかった。



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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
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