『 僕と短剣 』
一夜明けて、アルトとの訓練が終わった後に詰め所で朝食をもらった。
僕とアルトの扱いは、ルーハスさんの客人ということになっているらしい。
僕は、お皿の上のおかずを1/3ほどアルトのお皿にうつす。
僕にとっては、丁度いい量だけどアルトには少し足りないだろう
ラギさんと暮らし始めてから、アルトの食べる量は僕をはるかに超えていた。
いったいその体のどこにその量が? と思えるほど食べるのだ。
きっと大食い競争でもあれば、上位に入れるんじゃなかろうか……。
それでも、その食べたものが体についているのかと言われると
それほどついていない……。いったいどこに消えているんだろう。
アルトの食べっぷりに、ラギさんと2人で首をかしげていたものだった。
「師匠、食べないの?」
僕のすることを、じっと見ていたアルトが疑問を口にするが
微妙に、アルトの尻尾が左右に揺れているのがわかる。
「食べるけど、こんなに入らないから
アルトが少し食べてくれると嬉しいんだけど
無理なら返してくれていいからね」
「大丈夫!」
元気にそう返事をすると、おかずが増えたお皿を自分の前に戻し
真剣に食べ始めた。
「ゆっくり、よくかんで食べるんだよ」
僕の言葉に、アルトは口に食べ物を入れながらコクコクと頷いた。
のんびり食事を楽しんでいると、今起きましたという感じのルーハスさんが
僕達のそばに歩いてきて、アルトの隣に腰を下ろした。
「早いな……」
けだるそうに、僕とアルトを見るルーハスさんに挨拶をする。
アルトも、口の中のものをいそいで飲み込み僕に続いた。
「おはようございます」
「おはようございます」
「あぁ……おはよう。
おい、俺にも何か持ってきてくれ」
僕達に挨拶をしてから、近くにいた若い人に朝食を持ってくるように言うと
胸のポケットから、黒い布のようなものを取り出し僕に差し出す。
「これは?」
ルーハスさんから受け取り、広げてみると
少し大きめのハンカチみたいに見える。
「それを、左腕に巻いておくといい。
俺達が……保護監察官が認めたっていう証明みたいなもんだ」
「ああ……なるほど。
これを巻いていない人が獣人を連れていた場合
連絡がこちらにいくことになるんですね」
「そうだ」
「お借りしますね」
「ああ」
そんなやり取りをしていると、コーネさんが
2人分の食事をトレーに載せてやってきた。
ルーハスさんの前に食事を置くと
自分の分を、僕の隣に置き僕の隣に座る。
「ルー、自分の食事ぐらい自分で運びなさいよ」
「あー、いいだろう別に」
「よくないわよ!
セツナ、アルト君おはよー」
「おはようございます」
「おはようございます」
僕とアルトは、食べ終わってお茶を飲んでいる。
コーネさんが、僕の手にあるものを見つけると「かして」と言って
僕から布を取り上げ、机の上で綺麗に数回折りたたみ
僕の左腕に、結んでくれる。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
コーネさんは出来栄えを確認すると頷き、机の上の布きんで手を拭くと
パンを手に持って、小さくちぎり口の中にいれた。数回咀嚼して飲み込み
僕とアルトをみて「2人は今日は何をするの?」と聞いてくる。
僕は、朝からアルトと話していた計画を口に乗せた。
「予定では、今日準備をして
目的地に向かうつもりで居たんですが
お祭りを見てみたいので、暫く滞在しようかと思っています」
「うんうん、ムイムイ祭り楽しいよー」
新しいパンのかけらを口に入れ
もぐもぐと、咀嚼し飲み込んでから返事をくれるコーネさん。
「それで、申し訳ないのですが
宿屋があくまで、ここに泊めてもらってもいいでしょうか?」
「うん、気にしなくてもいいから。
ここに居る間、今のお部屋を使ってくれればいいわ」
「ありがとうございます」
「せっかく、2日後にお祭りなのに
参加しないのは、もったいないしね!」
快く承諾してくれるコーネさん。
ルーハスさんの方へも視線を向けると、頷いてくれた。
「それで? 今日は何するつもり?」
「今日は、露店がでるんですよね?」
「ええ、今日から露店がでて
明後日のお祭りが終わるまで、賑わうよ」
「面白そうなので、アルトと一緒に
露店をみてみようかと」
「楽しいよ~。私露店大好き!
珍しいものも売ってるしね」
本当に楽しそうに、話すコーネさんに
こちらも、思わずつられて笑ってしまう。
「セツナ、気を抜いて
誰かみたいに、ぼったくられないように気をつけろ」
ルーハスさんが、口の端を軽く上げ
コーネさんを見て笑っている。コーネさんは無言で
ルーハスさんを睨んでいた。
「……」
「お祭り価格ってもんが、あるからな
そこら辺りを考えて、購入したほうがいいぞ?」
ルーハスさんの視線は、コーネさんのままだ。
コーネさんが、目を細め何時もより少し低い声で
「ルー。貴方とは一度ちゃんと話し合わなければならないようね?」
「俺にはないぞ」
「私はあるのよ……」
「気のせいだ」
「絶対……気のせいじゃないわ……」
一触即発の空気に、2人の周りから人が離れていく。
そんな2人の空気をまったく気にしない人物が1人いた。
「師匠、俺ムイ見てきていい?」
アルトの中で、あのムイムイの名前はもう決定しているらしい。
アルトの言葉に、ルーハスさんとコーネさんの肩が同時にゆれる。
「うーん。あのムイムイはルーハスさんのだから
ルーハスさんに聞かないとね?」
ルーハスさんが、なぜ俺に振る! と言うような目で僕を見ていたが
アルトの視線が、自分に向いているのを感じているのだろう
さび付いた何かを動かす音が聞こえてきそうな様子で
ゆっくりと、アルトのほうを向いた。
コーネさんが獣人語で『断りなさい』と小声で告げている。
ルーハスさんが、アルトの目を見て耳を見て尻尾を見てまた耳を見ている。
ルーハスさんのその目の動きだけで、何が言いたいのかわかってしまい
僕は、少し笑ってしまう。きっと、断りにくいんだろう。
アルトの目には、期待が……。
耳には、駄目だと言われるかもしれない不安が……。
尻尾は、うんといってという催促がこめられていたから。
コーネさんが、『ルー、断るのよ! 鬼になるの!』と囁いている。
アルトとコーネさんの間で、ルーハスさんの視線が揺れ……。
アルトが、しょんぼりと項垂れそうになる瞬間、軍配はアルトにあがった。
「ああ……遊んでやってくれ……」
満面の笑みを、僕達に向けるアルト。
「ルーハスさん、ありがとうございます!
師匠、俺行ってくるね!」
返事をもらったとたん、一目散に走っていくアルトに
ルーハスさんがため息を落としてうなだれ、コーネさんが怒りの形相で
きつい一言を落とした。
「役立たず!!」
「ちょ……まてよ!」
「なによ!」
「お前は、あれを見て断れるのか!?」
「ルーが悪いんでしょう!?」
「俺は悪くない!」
「見せなきゃよかったのよ!」
「あそこまで、可愛がるとは思わないだろう!?」
「そうだけど……とりあえず何とかしなきゃ……」
「あー……何とかな……」
「うーん……」
ルーハスさんと、コーネさんが色々話し合っているのを横目に
僕もどうしたものかと考える。できれば、アルトがこの街を離れてから
肉にして欲しいものだけど……。僕が口出しできることでもない。
そんなことを考えながら、ゆっくりと朝の時間をすごし
アルトが帰ってくるまで、本を読みながら待っていた。
泥だらけになって帰ってきたアルトに、着替えるように言い
さっぱりしたところで、2人で露店を見るために出かける。
途中に、ギルドがあったので討伐した魔物を引き取ってもらい
お金に換え、新しいキューブをもらった。
僕宛に、アギトさんから手紙が届いていることを知り
本部から取り寄せてもらう。手紙や荷物と言ったものは一度本部に預けられ
本部と各ギルドでやり取りするための、転送魔法陣を使って配達されるようだ。
人用の転送魔法陣もあることにはあるが、一般には開放されていない。
結構な魔力を使うため、開放されていたとしても金銭的に余裕のある人しか
使えないんじゃないだろうか。
活用している国も、今のところはギルド本部のあるリシアに
エラーナ、ガイロンド、ガーディルとなっている。
そのほかの国も、魔法陣を設置してはいるが
緊急のとき以外使わないようだ。使うとしても、相手側の許可が居るため
手続きが必要で、色々と面倒らしい。
トゥーリを閉じ込めるために使われている、太陽と月の魔法を用いれば
国の問題はともかく、魔力に関しては簡単に解決できそうな気がするけれど
あの魔法は、竜が使う魔法で人では使えないようだ。
アギトさんからの手紙を受け取り、鞄にしまいアルトと一緒に歩く。
色々な露店が立ち並び、アルトは興味のあるものを見つけると立ち止まり
手にとって見たり、使い方を聞いては納得したり首をかしげたりと忙しそうだった。
その様子を見ながら、僕はふと目に付いた髪飾りに手を伸ばした。
「にいさん! 彼女にどうだい?」
威勢の言い声で、僕に商品を勧める店主。
その髪飾りは、小さい花が並んだシンプルなものだけど
トゥーリに似合うような気がする。
僕がトゥーリのことを思い出しながら
その他の髪飾りを見ていると、僕の肩の後ろから声がした……。
「おにーさん。今手に持ってる髪飾りは年代ものだけど
いいものよ。お買い得よ。お勧めよ」
「……」
「ついでに、その横の短剣も買ってくれないかしら?
とってもお勧めよ。今なら色々特典つきよ。私が保証するわ」
「……」
「おにーさん。私の声が聞こえているでしょう?
姿も見えているでしょう? さっき一瞬目があったもんね?」
「……」
そう……不覚にも、目が合ってしまった。
姿が透けているから、気がつかない振りをしていたのに……。
日本に居るときには見なかったのにな……。
「おにーさん。短剣買って。
本当お勧めよ。今なら呪っちゃうし、祟っちゃうし、トリツイチャウワ」
「……」
「足りないなら……。もれなく、私のちゅーもつけちゃうわ」
そんな短剣は、絶対いらない。
僕は、最初に見つけた髪飾りともう1つクッカ用に花がついたピンを購入し
アルトを促してその短剣から離れようとしたのだけど……。
「!!!」
アルトが、切羽詰ったような声を出し
僕を呼び止めた。
「師匠! なんか動けない!!」
アルトを振り返ると、アルトにぎゅぅっと抱きついていた。
僕に声をかけてきた、女性の幽霊が……。
「この子にとりついちゃおうかしら~」
女性の姿は僕にしか見えていないようで、声も僕にしか聞こえていないようだ。
にまーっと笑いながら、女性が「買ってくれなきゃ離れないんだから~」と
ますますアルトを抱きしめている。彼女の目的が何なのかわからない……。
僕が思案していると「可愛いから、ちゅーしちゃおう」とアルトの頬にキスしていた……。
何がおこっているのか、アルトにはわからないんだけど……。
寒気でもするのか、体を震わせながら今にも泣きそうな表情を僕にむけている。
とりあえず……これ以上アルトに悪戯をされるのも困るので
僕は短剣を手に取り、店主にこれもくださいと告げた……。
僕が、お金を払ったのを確認してから
女性の幽霊は、微笑んで空気にとけるように消える。
僕は短剣をベルトにさして、アルトの背中を軽くたたく。
金縛りから開放されたアルトは
何がなんだかわからないというような顔をしていたけれど
そういうこともあるかもねっと、適当に流して僕達は詰め所に戻ったのだった。
読んでいただきありがとうございました。





