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ティエンランの娘  作者: まめご
ティエンランの娘
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小さな妹 2

月の光がリウヒの寝顔を照らす。

ぐっすり眠るその小さな妹の顔を確認してから寝台に入るのが、トモキの習慣になった。朝は、リウヒが起こしにくる。すでに目が覚めていても妹が起こしにくるまで待っていたりした。

リウヒはスクスクと、それはもうスクスクと育った。母乳時は、よそで貰っているのだろう母と共に不在が多かったが、大体はトモキや弟に囲まれて過ごしていた。感動したのは、リウヒが初めて言葉を発したときである。

「ニィ」

これをトモキは「にいちゃん」と言ったと狂喜し、喜びのあまりリウヒを掲げ小躍りして、母と弟を呆れさせた。リウヒはなぜかトモキによく懐いた。それがうれしくもあり、優越すら感じた。妹一人ができただけで世界は輝き、ものすごい速さで過ぎていく。

ただ、惜しむべきは、母はリウヒが外へ遊びに行ける年になっても、家から出したがらないことであった。あまり口外するなとも言われている。残念だったし、不思議にも思ったが、なにか理由があるのだろうと納得するくらいには知恵は付いていた。

本当は、友達にも妹の話をしたり一緒に遊んだりしたくてたまらなかったが、耐えた。そんな自分を大人だと思った。

家に帰れば、リウヒが転がるようにして出迎えてくれる。つたない言葉で一生懸命話しかけてくる。それがどうしようもなく可愛くて、「よそに嫁にはやらん」と発言し、母のため息と、弟の爆笑を頂戴した。実際トモキの溺愛っぷりは尋常ではなく、弟は不満を漏らしたが母は笑って、あなたが生まれた時もそうだったわよ、と言った。

トモキは十一になり、小学に行くようになった。

読み書きなど簡単な教養を教えてくれる処である。年齢制限はなく、幼子から老人までいた。それぞれ村の小屋で、無償で先生が教えてくれるありがたい場所である。学ぶ事や、未知の事を知るのは面白かった。遊び友達もほとんど小学に通っており、中には妹を連れてきている友達もいて、うらやましく思ったりもした。


ある日、帰宅するといつも出迎えてくれるはずのリウヒがいなかった。妙に静かで、家の空気が澱んでいる。いやな予感がする。居間から押し殺した鳴き声が聞こえた。

母が顔を手で覆って俯いていた。弟が泣きはらした顔で項垂れている。苦しそうにしゃっくりを繰り返していた。妹はどこにもいなかった。

まさか。

「かあさん」

自分の声が震えているのに気がついた。喉が乾いて引き攣れそうだ。

「リウヒは」

「リウヒはね」

母も小さな声で答えた。

「遠い所に帰ったの」

弟が泣きだした。声をあげて。意味が分からず納得もいかず、何度も母に尋ねたが、母は何も答えてはくれなかった。家中を探した。家の庭や畑も探した。村中を歩き回った。弟もついてきた。きっとどこかで迷っているに違いない。迷ってぼくが見つけてくれるのを待っているに違いない。

が、結局妹は見つからなかった。

そんなトモキをみて、母がなんとも言えない顔で泣く。その顔を見るのが嫌で仕方なしに、無理やり日常に戻ることにした。それでもすべてが冗談に思えて、今にもその扉の向こうからリウヒがひょっこり出てきて笑いそうな気がする。

「にいちゃん」

ああ、でも。

妹はいない。もういない。遠いところへ行ってしまったのだ。

それ以外に世界は変わることなく、日常はただ淡々と過ぎて行った。

朝起きて、小学にいって、勉強して、帰宅して、寝る。

朝起きて、小学にいって、勉強して、帰宅して、寝る。

繰り返している内にリウヒのことも、胸を絞るような喪失感も薄れて記憶の中に埋没していった。

そして月日は巡り、トモキは十三になった。



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