新王誕生後
家計の為といって、二人にくっついてきたけれどまさか本当になるなんて。
シシの村の家族を思い出す。手紙は書いたから元気でやっている事は伝わるだろう。
キャラは宮廷の侍女として働き出してから忙しい毎日を送っている。同僚も友達もできた。まだ見習いの身だけれど、いつかリウヒの近くに行ければいいなと思う。リウヒは王になってからすっかり遠くなってしまった。シラギやカグラ、その他大勢のおじさんたちに囲まれて、必死になって政務をこなしているらしい。
トモキは相変わらずリウヒのそばにいる。たまに食堂であう。
「乱暴すぎるんだよ」
目の前に座った想い人は、ため息をつきながら愚痴る。
「宮廷の知識がなくて外の知識はあるだろう。だから宰相さまたちとなかなか話がかみ合わなくて、シラギさまたちが通訳してるって感じ」
キャラは箸をくわえたままキョトンとした。
「でもそれは、陛下が民目線で考えているってことでしょう」
やっとリウヒの事を陛下と言えるようになった。今でもうっかり呼び捨てにしてしまいそうになる。
「いいことじゃないの」
「いいことだよ、いいことなんだけどさー」
そのままズルズルと突っ伏した。
しばらくキャラは食事を続け、トモキも疲れたように突っ伏したままだった。
この空気が懐かしい。みなで旅をしていたあの日々の空気だ。
「もう無理だけど」
しんみりした気持ちになって茶を啜った。
「みんなで、また旅をしたいなあ」
リウヒたちと過ごした二年が愛おしい。
ふと目の前をみると、トモキが腕の間から片方だけ顔を持ち上げて、こちらを見ていた。
この距離でその顔は反則だと思う。
「な、何よ」
「陛下にそれを言うなよ。諸手をあげて駆け出していきそうだ」
キャラはため息をついた。あたしのときめきを返せ馬鹿。
「言えるわけないじゃない。あれから全く会えないのに」
あたし、いかなきゃ。お先に。と席を立つキャラをトモキが呼び止めた。
「また一緒にご飯たべような」
いいよ、と答えて出口に向かう。平静を装って。
本当は叫びながら走りだしたかった。すれ違う人たちに抱きついてグルングルン回したいくらい舞い上がった。ああどうしよう、世界が輝いて見える。
食堂をでたキャラに同僚二人が両脇を挟むように走ってきた。
「なんで、陛下付きのトモキさまがキャラといたのよ」
「何話していたの? ねえねえ」
騒ぐ友人にキャラはただ笑うだけだった。
****
マイムは笑えない状況に陥っていた。
謀反前、自分が在籍していた時は、数少ないとはいえ厳しい先輩や上司がいた。踊り子という仕事に誇りを持っていた尊敬できる人たち。その人たちがごっそり消えていた。
それは仕方がない。亡くなった人がいる。あの混乱時に己の意志で外に出た人もいる。当時のマイムのように。
しかし、残った娘たちはというと。
「だって、ほとんど宴がなかったんですぅ」
「誰も何も言わないから、どうしたらいいんだろうと思ってぇ」
何もしていなかったという。数も半分ほどに減っていた。
呑気な顔の後輩たちに、マイムは頭を抱えた。
どうするっていうのよ、新王誕生の祝宴はあと十日に迫っているっていうのに。なんで残っているのがこいつらだけなのよだれか助けてよ。
この祝宴は新王にとって、大切な日に設けられたらしい。誕生日とかいう聞いたことのない事を言われたが、思い出の日か何かなのだろう。失敗は許されない。
「楽師を呼んで」
いやいや、まずは見てみなければ分からない。中には見事に舞うものだっていたはずだ。
楽師たちがやってきた。こちらはまったく顔ぶれが変わっていない。少しうらやましく思った。彼らはマイムに挨拶と、同情的な視線を送る。
「祝祷の舞を」
曲が流れる。稽古場に散った娘たちは音に合わせて、ぎごちなく動き始めた。
これは…何?
マイムは愕然とした。
お遊戯?村の祭り?それともあたしは幻想でも見ているのかしら。
「止めて。次は絢爛の舞を」
基本中の基本である。これなら何とかなるかもしれない。祝宴には王に立ったリウヒはもちろん、シラギやカグラ、トモキも参加する。愛すべき少女と、あの愉快な連中の前で恥をかく訳にはいかないのよ、絶対に。
再び曲が流れ始める。さすがに優雅に踊り子たちは舞い始めたが、到底納得いく出来ではなかった。
静かに怒気を発している先輩に踊り子たちは、びびった。楽師さえも気おくれした。
本気で怒っている美女は相当な迫力である。恐れと緊張が支配する空気の中、マイムが低い声を出した。
「全員、徹底的な指導が必要ね。それ相当の覚悟をなさい」
娘たちは青くなった。つられて楽師たちも青くなった。
****
カガミは北寮の一室にいた。いつも赤かった顔色は、ここのところずっと青い。
宮廷の医師に長くはないと言われた。本人に伝えると、分かったと頷いただけだった。
「お加減はいかがですか」
「うん、今日は大分いいよ」
ゆっくりほほ笑むカガミの前に、カグラは腰をおろす。
「みんな、見舞に来てくれるんだ。この間は陛下も来てくれた。すぐにトモキくんに引きずられていったけど」
「そうですか」
スザクの港を発った時から、カガミは病体に鞭を打ってみなについてきた。死んでも構わないと言った。リウヒが王になる瞬間を、どうしても見届けたかったのだろう。
そして王女は、新王となり民の祝福を受けた。少女の後ろで、さぞかし誇らしく思ったに違いない。この歴史の道を残した自分を。
「あの上意の礼は最高に美しかった」
カグラの心を読んだように、カガミが静かな声で呟いた。
「父さん」
目の前の父は、窓の外をぼんやり眺めている。
「どこからがあなたの筋書きだったのですか」
アナンを外に出したのも、この男たちの手引きだったのか。あの時、元王子はシラギではなく、その後ろを見て語っていた。カガミは一言も発しなかった。それだけではない、そもそもショウギを宮廷にいれたのは。あの謀反は。もしかしてそれ以前から。
聞いても無駄なのは分かっていた。タイキとジュズは騒ぎ以降、行方が知れない。この男も宰相も、一切何も話さない。それでも聞かずにおれなかった。
やせ細ったその後姿を眺める。物心付いた頃に母が亡くなってから、ジュズの元に預けられたカグラは、全ての教養と知識、剣術まで叩き込まれた。父は一度も顔を出さなかったし、幼いカグラも自分が傷つかないよう、全てを遮断する知恵を付けていた。
だから、今までずっと一人だった。
横に誰かがいても、所詮は駒か愛玩物だった。いや、そうだろうか。ジュズに母を重ねたこともあったし、ショウギも捻じれてはいたが自分を愛していた。父であるカガミも、カグラを信用したからこそショウギの下に付けたのだろう。
だが人間として見てくれたのは、ぶっきらぼうな王女とその一行だった。興味本位でついて行ったそれが、まさか夢のように楽しかったとは。
肩が凝るほどやらされた刺繍、丘の上から見たティンエランの都、賑やかな町、果てしなく広がる海、港町、廃れた漁村、酒場、踊り子の歌。
初めて人の中に入って生活し、心から笑った日々。
しばらく沈黙が流れた。
窓の外を見ながら目の前のぽつりと父が言った。
「歴史を変えてみたかったんだ」
ただそれだけだ。
そして、父は疲れたように目をつぶった。
「もう気は済みましたか」
不思議と怒りは湧いてこなかった。
「うん」
カガミは目を閉じたまま、ほほ笑んだ。
「満足だよ」
鏡の部屋を出たカグラは、シラギと遭遇した。どうやらカガミを見舞うつもりだったらしい。
「今しがた、寝たところですよ。出直された方がよいでしょう」
「そうか」
ついでに目を通しておいてくれと手渡された資料を見ながら、肩を並べて歩き出した。
「陛下は大学だけでなく、民間より試験制度を設けて採用すれば良いと言うが、大臣たちが猛反発して……。どうした」
思わず笑ってしまったカグラに、隣の男が不思議そうに言葉を切った。
それは反発するだろう。下官の者ならともかく、上官は貴族の血で固められている。そうでないのはおれぐらいだ。
リウヒはそのままカグラを左将軍に任命した。中には不満を漏らす者もいたが、王は涼しい顔で言い放った。
「では右将軍から一本奪った者がいれば、その者に任せよう」
あの時の臣下たちの顔は傑作だったと、シラギは笑う。この男はカグラの生い立ちを聞いてこない。正直に話したらどんな顔をするだろうか。
「何をしているのだ、あいつは」
シラギの声で顔を上げる。みればトモキがこちらに向かって走ってくる。
「へ、陛下みませんでしたか?」
カグラとシラギは顔を見合わせた。
「こちらにはいらっしゃいませんでしたが」
「脱走癖が再発したのか?」
いえ、今日の政務は終わっているからいいんですけど、気が付いたら消えちゃって。と息を切らしながら言う。
「先に東宮に帰っちゃったかな。すみません、失礼します」
勢いよく頭を下げるとトモキは身を翻して再び走り出した。
「……これからは本殿で国王とそのお付きの追いかけっこが繰り広げられるのですかねぇ」
「……やめてくれ、想像がつき過ぎて目眩がする」
そのまま北寮をでようとすると、侍女見習いの集団にかちあった。
知っている声がする。
「シラギさん、カグラさん!」
キャラが少女たちをかき分けてきた。
「お久しぶりです、元気でした?」
元々活気のある少女だったが、さらに気力が増しておりシラギは引いた。カグラは微笑している。
「あなたもお元気そうで。一段ときれいになって驚きましたよ」
キャーと少女たちから声が上がった。
「へへ。頑張って早くリウ…じゃない、陛下のそばにいくんだ」
じゃあね。集団に戻ったキャラを黄色い声が取り囲む。まるで餌をねだる小鳥のような騒がしさだった。段々遠くなっていく。
「まだまだ、侍女にはほど遠いですね……おや、大丈夫ですか」
「鼓膜が破れるかと思った」
少女特有の高い声に辟易したようにシラギが言う。
「一人だと、そんな事はないのですけど、集団になると怖いものなしになりますからね。女性は。気を付けた方かいいですよ」
「ありがたいご忠告痛みいる」
「どういたしまして」
北寮を出て橋を渡る。日が傾き始めた。
「税はあっという間に元通りになりましたね」
「元々宰相の企みだった訳だしな」
昔と変わらず黒一色を纏う男は、陛下は複雑な顔をしていたが、と呟いた。
「これをもう少し詰めたいのですが、お時間はありますか」
カグラが資料を振った。
「わたしの部屋で話そうか。茶ぐらいだそう」
「黒将軍は意外と無粋ですね。日も暮れかけているのに茶ですか」
「お前、仕事をしながら飲む気か」
「先に片づけてゆっくり飲めば良いでしょう」
北宮の前を通った時、マイムとすれ違った。
「あら。二人仲良くどちらへお出かけ?」
この女は、やはり宮廷にいる方が合っているのかもしれない。緋色の衣に、よく映える金色の髪をゆるく結って、簪を二本差している。今度、簪を贈ってみようか。どんな顔をするだろう。
「黒将軍とお仕事ですよ」
「どうせ、それが終わったら飲む気でしょう」
なぜ女はこういう時、妙に勘が働くのだろうか。
「へーえ、男二人でわびしく酒盛り。ふーん。へーえ。ほーお」
「よかったら一緒にどうだ」
そう言うしかないよな。カグラは横で苦笑した。
するとマイムは一転、花のように笑った。
「あら、いいの? じゃあ遅れて参加させていただくわ」
シラギの部屋にいけばいいの。どこよそれ。うっわーいい所に住んでいるのねぇ。
ひとしきり聞いた後、さらに笑顔で宣言した。
「今日はあたし、絡むわよ。叫ぶわよ。泣くわよ。覚悟しておいてね」
一瞬目が光ったような気がして、将軍と呼ばれている男たちは後ずさった。そんな二人には目もくれず、マイムは軽やかに去って行ってしまった。
「嫌な事でもあったのでしょうか」
「酒癖は悪くなかったはずだが」
呆然とその後ろ姿を見送っていた白と黒は再び歩き出す。かつて西宮が建っていた場所に出た。宮は跡形もなく園になっている。
「焼け跡から遺体は出なかった」
シラギの声にカグラは顔を上げた。
「なあ、カグラ」
思わず構えた。あの謀反の事を出すのか。おれはただ駒として働いただけだ。どこからかそんな言い訳が聞こえる。
「あの筋書きはどこから始まったのだろうか」
「カガミさんのことですか」
安堵して小さな園をみる。
「ショウギが後宮に入った時からではないのですか」
「それ以前からだとしたら」
シラギは歩を止めて、遠くを見た。カグラもその先をみる。眼下に広がるティエンランの城下。
「憶測でしかないが、聞いてくれ。大学は宮廷に深く関わっている。もしはるか昔からティエンランを盤とし、民や王族を駒として動かしてきたとしたら」
「……あり得なくはないですね」
王族の教育者は大学の講師。上官は大卒で固められている。
「天を気取る連中が現れても不思議ではないでしょう」
だが新王は素直に動かないだろう。外の世界を垣間見た少女は。
「そこから、さらに憶測なのですが」
カグラは目線を城下に落としたまま言う。
「カガミさんたちは連中の筋書きから、わざと逸れたのではないですか」
大学の作る本流から逸れて、違う流れを方向付けた。
「歴史というものは、川のようなものだ」
カガミの声がよみがえる。
「月日という雫が積み重なって、濁流となり海へ流れている。その流れを変える力を持っているのは、他でもない、君たち若者なんだよ」
無限の可能性を秘めている君たちなんだ。
「新王やわたくしたちに未来を託したのでしょうか。自分たちの可能性を試したかったのでしょうか。それともただの偶然でしょうか」
シラギは息を吐いた。あのタヌキめ、と呟く。
「いずれにしろ真実は分からん。他の二人は見つからないし、タヌキや宰相はこの件に関しては一切口を開かぬ」
「陛下も何か、気が付いてらっしゃるのかも知れませんね」
だからこそ民間からの採用などを言い出したのかもしれない。しかし臣下は、大学は黙ってはいまい。最悪、新王を消そうとする可能性すらもある。
「全力で陛下を守るぞ。お前もついてこいよ」
「もちろん」
シラギが踵をかえした。カグラもそれに続く。
鳥たちが澄んだ声で鳴きながら、空を横切りねぐらへと帰って行った。