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ティエンランの娘  作者: まめご
ティエンランの娘
19/21

王座へ 2

リウヒたちは、次々に集まる群衆の対応に大わらわになった。スザクの港は混乱状態が続いている。宿はすべて無料開放となり、酒場やアナンの船にまで泊まり込むもの、野宿をするものまで出た。武器や宿の金は、リウヒとマイムの隠し持っている金で補った。

「いい? これは貸してあげるだけよ。王になったら倍返しで返して頂戴」

マイムはしつこいほど念を押して、金を預けた。

キャラは、海賊らの武器の買い付けに同行し、見事な手腕で値切っていた。カグラはその武器や防具を確認している。シラギは宮廷へ馬を飛ばし、リウヒは民たちの声を聞いている。トモキはそのリウヒを守り、カガミはあれからすっかり寝込んでしまった。医者は、無理をすると命に関わるという。マイムはカガミをつきっきりで看病していた。

リウヒが声を上げてから二日目の夜、シラギが帰ってきた。

「どうだった」

息せき切って尋ねるリウヒにシラギは首を振った。


夜、宿の一室。

「戦になる」

「詳しく」

アナンが身を乗り出す。他、リウヒらと各村町の代表者らしき男たちが集まっており、室内は異様な熱気に包まれていた。

宮廷側として王はいる訳である。寝台に臥せって表に出なくても。それに盾突くものはもちろん謀反になる、兵をだして討伐しなければならない。

「その王が出てこないから、色町上がりの女が牛耳っているんじゃねえか」

そうだそうだと声が上がる。

「宮廷側の兵はどれぐらいいるのだ」

「約一万」

シラギが苦りきった顔で答えた。それはそうだろうとトモキは思う。昔の部下たちとこの人は対峙しなければならないのだ。ほくだってそうだ。宮廷を警備していた兵とは顔見知りの者が多数いる。

「こちら側は約五千……」

兵力も多く異なる。かき集められた武器はすべてに行き渡らず、参加する民の多くは鍬や鋤を武器として抱えている。上回るのは気概ぐらいだ。

「いや、こちらには大砲がある。わたしの船から出そう」

アナンがほほ笑みながら提案した。楽しそうな笑顔。その瞬間、扉の向こうから大勢の人が立ち去る音が聞こえた。聞き耳を立てていた海賊たちが準備に取り掛かったのだろう。

「市街には傷をつけたくないという事で、セイリュウヶ原で向こうと一戦交える」

スザクと都の中間に広がる原だった。

「現国王がさっさと逝ってしまえば、事は円滑に進むのですけどね」

カグラが不謹慎な発言をした。

「どうする、リウヒ。時期を待つかい」

「待たない」

リウヒが即答した。

「明日、夜明けと共にスザクを立つ」

部屋中が沸いた。みな異様な興奮状態にある。

「そういう訳で、今日は十分な休息をとってくれ。もう夜は遅いけどね」

元王子が立ちあがって声をかけると、現王女も立ち上がった。

「飲み明かすんじゃないぞ、二日酔いの奴は海に叩きこむ」

本気で言っているらしいリウヒに人々は声を上げて笑うと、ぞろぞろと部屋を出て行った。


「初めて宮廷に歯向かいました」

シラギが低い声を出した。すまない、とリウヒが言う。

「みんなの言うとおり、崩御後に都に入る方が円滑にいくのは分かっている。でもそれがいつになるか分からない中、手をこまねいて見ているのはどうしても嫌だったんだ」

「存じております。わたしたちは、あなたについて行くと決めましたから」

みな、頷いた。

「踊らされている事は腹立たしいが、今更引き返せないしな」

「結果、セイリュウヶ原の戦です。軍を看破すれば、宮廷は王女に従うと。負ければ」

「殺されるのか」

「いえ、そこまでは。しかしアナンが存命だったことは、宰相には知られていました」

と言う事は借りにリウヒが死んでも、宮廷は元王子という保険があるのだ。

「カガミとマイム、キャラは安全な所で待機するように」

「分かったわ」

二人が頷く。

「カガミさんも連れて行かれるのですか」

「後生だから、一緒に連れて行けと言われた。死んでも構わないからと」

諦めたようにいうリウヒにシラギが言った。

「あなたもそこにいておいてください」

「いや、シラギたちとでる」

全員が息をのんだ。

何をいっているんだ。この馬鹿王女。トモキは狂おしいほどの思いで息が止まりそうだった。

大切な少女が死ぬ事は絶望を意味している。

「もしもリウヒが死んだら、それこそ終わりなのを分かっているのか」

「分かっているからこそでる」

リウヒは冷静だった。

「シラギとカグラは先陣を切って攻撃しろ。宮廷軍で黒将軍、白将軍の名と実力を知らぬ者はないからな」

それに、と続ける声は静かなままだ。

「黒将軍は部下に大層慕われていたらしいな。そんな男に攻撃されてみろ。心理的にも相手に影響を及ぼすかも知れん」

ほー、と間抜けな声が聞こえた。カグラが感心したように頷いている。

「自分の身ぐらい自分で守る。ただ一つ、命令だ。絶対に死ぬな」

シラギはしばらく黙っていたが、仕方なさそうに深い息を吐いた。

「あなたは…本当に我儘な方だ」


****


我儘な王女率いる民と海賊の集団、対宮廷の軍はセイリュウヶ原で真っ向からぶつかった。

そしてあっと言う間に勝敗が決まった。

呆気ないというか、肩すかしを食らったような気分だ、とカグラは思う。

ほとんど、シラギの功績だ。スザクを発つ時から、他の者とは比べ物にならないほど殺気を放っていた。近寄ればその空気で殺されそうである。腰に剣を差し、槍を握って馬を操る姿は堂にいっていた。

先頭を馬に乗ったリウヒが切り、その後ろにシラギ、カグラ、トモキ、アナンが騎乗して順に続く。その周りに武器を持った民と海賊たちが取り囲んだ。

一行は次第に速度を上げてゆき、徒歩の者はほとんど全速力で走った。まるで大きな祭りのようだったとそれを目撃した村の女は言い、また違うものは丘を越えて行進する様は大蛇がうねっているようだったと語る。

セイリュウヶ原では宮廷軍が黒い鎧に身を包んで、構えていた。

王女軍は勢いのままそこへ突入する。

リウヒは相手を確認するや否や声を上げ、その声を合図にシラギとカグラが左右から馬を駆って飛び出した。猛烈な勢いで駆けてゆく。

先陣を切って突っ込んでくる黒と白に、相手側は恐れをなしたように、弓を放ったが全く効かなかった。

あの時のシラギの後ろ姿は忘れられない。戦えることを喜んでいる様にも、やけっぱちにもみえたその男は、槍を後ろで一回転回すとかつての部下たちに、躊躇いもせず切りつけた。

同時に首が三つ飛んだ。

カグラも剣を抜き振りかざす。近くで爆発音が聞こえた。海賊の大砲だ。民や海賊も勢いに乗って狂ったように攻撃している。近くでリウヒやトモキ、アナンも応戦した。

しかし、一番際立っていたのはやはりシラギだった。その行く手では次々と血飛沫があがり、思わずカグラは魅入ってしまいそうになった。

混乱状態が続く中、不思議な現象が起きた。宮廷軍から次々と王女につくと声が上がり、内輪揉めを始めたのである。それはどんどん広がっていき、いつの間にやら、王女は全てを率いて都へ上がっている最中であった。

マイムたちの馬がカグラに追いつく。

「妙に早くない?みんな怪我もほとんどしていないし」

「なんで宮廷軍も一緒にいるの?敵じゃないの?」

疑問だらけのマイムとキャラにアナンが答えた。

「黒将軍のお陰じゃないのか。兵たちは、敬愛する男に歯向かいたくなかったんだろう」

へー。二人は声をあげてシラギをみた。黒将軍は苦虫をかみつぶした様な顔をしている。


都が見えてきた。民の中から声が上がり始める。それはだんだんと膨れ上がり、歓声に変わった。間に海賊たちの意味不明な掛け声も入る。宮廷の軍もその声に合わせる。

快晴の下、彼らは進む。勝鬨の声を声を上げながら。歓喜の声を上げながら。祝福の声を上げながら。


****



民の声は本殿の奥まで聞こえた。次第に大きくなって近づいてくるのが分かる。

王の座に座っていたショウギは力なく扇を落とした。わたしが何をしたというのか。なぜこんなにも苦しまなければいけないのか。ただ、自分の守りたいものを守ろうとしただけではないのか。

誰を呼んでも返事はない。辺りには人の気配はなかった。愛しい息子もいない。

それでもこの部屋から出るのは恐怖だった。一歩外に出れば、そこは恐ろしい世界が広がっているような気がした。だからこの椅子に座り続けている。座り心地の悪い王座に。

ここに座っていれば、わたしは大丈夫だ。

根拠のない言い訳が頭をめぐる。だが、あの扉が開くときが自分の死ぬ時だとどこかで分かっていた。竜が花や飛沫や風を従えて、天に昇る様を掘った黄金の扉が開くとき。

歓声がさらに大きくなる。

やめてくれ。誰かあの声を消してくれ。頭を抱えたその時。

扉が開いた。

硬直するショウギの目に飛び込んできたものは。

「カグラ!」

かつて愛した男が立っていた。二年前に自分の前から消えて、死んだと思っていた男。

王座を蹴って抱きつくと男は優しく抱き返してくれた。

「可哀そうに、こんなところで怯えていたのですね」

低くて甘い声が耳に響く。

何も要らない。権力も贅沢も王座も何も要らない。カグラと息子と三人で暮らせたらそれで満足だ。

「もう大丈夫ですよ」

そうだ、もう大丈夫だ。座り心地の悪い椅子も、冷笑する臣下も見なくて済む。

しかし、この背中の痛みは何なのだろう。いやに濡れていて冷たい。

「何も心配しなくていいのです」

カグラの声が遠くに聞こえる。

気が付いたら、気が付く間もなくショウギは床に倒れていた。考えることもできない。

ああ。

床の感触を感じながら思った。

私は愛する男に殺されたのだ。

意識はそこで消えた。


****



意識が遠くなりそう。

小声でこぼすキャラにもうすぐだから、とその腕をとって励ましながら長い階段を上る。かつて自分もここに来たとき、息も絶え絶えに上った。十年近くも前になる。リウヒと再会してからそんなに経つのか。実感がなかった。あっという間に過ぎ去った時間。

目の前をゆく少女に目をやる。あんなに小さかった王女の背中が、今はこんなにも大きく見える。そしてこの階段は、王への道なのだ。

トモキの頭の中を今までの思い出が走馬灯のように巡った。

初めて会ったのは、まだ髪の毛も生えそろっていない赤子の時だった。

にいちゃんとトモキを呼んで、転がるようについてきた幼少時代。

突然リウヒが消えた時の喪失感。

宮廷で再開した時の衝撃。暗く表情のない顔。

東宮での追いかけっこ。だんだん人間らしく成長して笑うようになった。

そういえばもうすぐリウヒの誕生日ではないか。

謀反あとは二年間も会えなかった。

港町で二度目の再会した時は、すっかり大人びてトモキの胸に飛び込んできた。自分がいなくても、回りに馴染んで笑い合っている姿にはかすかな疎外感と嫉妬さえ感じた。

本当にこんなに大きくなってしまった。

ぼくはいつだってこの少女の背中を見てきたんだ。


頂上に登り切り、リウヒが本殿の正門下に立つ。

絶えず続いていた群衆の歓声がさらに高まった。その民の多さに驚いた。下界を埋め尽くすほどの人があふれ返っている。その表情までは見えなかったが、声に喜びがこもっていることが分かった。

リウヒが居住まいを正した。

その後ろにトモキたちが一列に並ぶ。

背後に気配を感じて振り向いたトモキは声を上げそうになった。宮廷の宰相をはじめ家臣たちが一斉に跪礼をしていた。新しい王に向かって。シラギが膝を折ったのを始めとしてトモキらもそれに倣う。

リウヒはそれを見て、静かにほほ笑むと民衆に向かった。


化粧もせず頭に簪もつけず、衣は所々破れていたが、佇まいはすでに王のものであった。

落ち着き払って両手を胸の前で合わせ、右足を後ろに回す。地が小さく鳴った。ゆっくりそのまま沈み右膝を付くと、静かに頭を下げた。

その瞬間。民の歓喜の声が衝撃となって襲ってきた。

声にこれ程の迫力があるなんて知らなかった。トモキは踏ん張って耐えた。力を入れていないとよろめいてしまいそうだった。

今、ティンエランの頂点に立った娘を、国民は声を上げて祝福した。輝かしい未来の希望と共に。娘への誇りと共に。その声はいつまでも鳴りやまなかった。


****



声は相変わらず聞こえる。目の前には女が倒れていた。

カグラはその死体を見下ろす。

可哀そうに。

心からそう思った。昔は嘲りしか抱けなかった女に同情する。この人も利用されているだけだったのだ。自分と同じように。父たちにそそのかされて、役目を果たした。本人は気が付いていただろうか。自分が豪奢な生活と引き換えの生贄だったことに。

信じられない、と言う顔をして動かない女は口を開いたまま空を見つめている。自分の手で殺すことが、精一杯の供養だった。

もう、たくさんだ。美しい炎にまかれて消えた多くの命。宮廷を出た時は、あんなに爽快な気持ちだったのに、割り切っていたつもりだったのに、炎は夢の世界でゆっくりとカグラを苦しめた。

まるで復讐をするかの様に。

あの連中と一緒にいたからか。初めて人の中に入って生活し、心から笑った日々。ぶっきらぼうな王女と愉快な連中。

そして、父が隣にいた。共に太陽の下で汗を流し酒場で酒を飲んだ。幸せだったと思う。

しかし、心の比重はあの連中に傾いていった。駒として働く喜びは消え失せ、不満と憎しみが次第に増していくのが分かった。

ただ、振り向いて欲しかっただけなのに。見てほしかっただけなのに。

罪を犯した代償は大きい。

カグラはこれから、あの連中に自分がなした罪を知られる恐怖を抱えて生きていかなければならない。それが罰なのだろう。

マイムは知っている。が、あの女が吹聴するような性格ではないこともカグラは知っている。


ショウギもそうだ。誰かにそそのかされて、役目を果たした。本人は気が付いていただろうか。自分が豪奢な生活と引き換えの生贄だったことに。

信じられない、と言う顔をして動かない女は口を開いたまま空を見つめている。自分の手で殺すことが、精一杯の供養だった。


王座の横で音がした。顔を上げるとショウギの息子がいた。真っ青になって立っている。

この子も犠牲者なのか。

ただ、王の愛人の息子と言うだけで、罪になるというのか。

太った青年は、気丈にカグラの前まで歩いてきた。

「殺せば」

声は震えていたが、ほほ笑んでいる。

「いつか、こんな日が来ると思っていたんだよな」

だってぼくは王の血を引いていないし。

「母さまが西の果てで淋しがっているから、一緒に行ってあげなくちゃ」

冷たくなったショウギの体に触れる。

カグラはためらった。昔なら笑顔で殺せたはずなのに。

「殺せよ」

青年はカグラを見上げた。涙を溜めた小さな目で。動かぬ母の頭を膝の上にのせいている。

ため息がでた。剣の柄に手をかけると、かちゃりと音が鳴った。

「さようなら」


国王だった老人は死んでいた。豪奢な寝殿で、誰にも看取られずに息を引き取っていた。


本殿の表に戻ると、臣下が新しい王に挨拶をしていた。脇にトモキたちが立っている。

さりげなくシラギの横に立つと、その耳に小声で報告した。

「前王はお亡くなりに。ショウギは消しました」

「息子は?」

小声が返ってくる。

「遠くへ逃がしました」

シラギが疑わしそうな目で、こちらを見たが無視してやり過ごした。

「そうか」

それ以上何も言わなかった。

カグラは自分の手をじっと見る。全く自分らしくないと思う。

殺してしまえば、あの子の為だったかもしれないのに。



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