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ティエンランの娘  作者: まめご
ティエンランの娘
18/21

王座へ 1

珍しく風のない夜だった。

丸い人影がちょこちょこと歩いてゆく。それを追う長身の影が二つ。


さびれた村から港町に帰った一行は夕餉の後、部屋で飲み始めた。少ない酒を舐めるようにちびちび飲む。

その内、カガミが酔ったから風に当たってくると言って部屋を出た。その後すぐにシラギとカグラが厠へ行くと言って立った。マイムを見ると頷いて「気を付けてね」と口を動かした。


「たまにああやって抜け出すのを尾行していたのです」

目の前のカガミを追いかけながらカグラが小声で言う。

「なにやら怪しい男と話しているのは確認できたのですが、内容までは……」

「わたしはてっきり、二人で密会しているものだと思っていた」

シラギが小声でからかうと、やめてくださいよ、とカグラが眉を歪めた。

カガミは酒場の裏手に入った。黒ずくめの男と何か話している。

シラギたちは耳を澄ませたが、酒場の喧騒が邪魔をしてよく聞き取れない。

「宰相さまが…次の…」

「…王女さんは…」

目を凝らして相手の男を見る。知っている顔だった。

「前の男とは違う」

横でカグラが小声で呟いた。

「あれはわたしの部下だった者だ。ということは宮廷内の者か」

その内男が走り去った。カガミは近くの樽に腰掛け考え事をしている。

「何を企んでいるのだ」

シラギの声に、丸いオヤジは文字通り飛び上がった。

「ななな何で君たちがここに」

「夜風に当ろうと外に出たら見知った影が見えまして」

「一人酒場で飲む気だろうとつけてみたら何故かこんなところに」

そらとぼける黒と白にオヤジは汗をかきながら

「えへへ、そうなんだよ。あれじゃあ足りないからさあ。君たちもどうだい、奢るよ」

目を泳がせた。

「それよりも今のお話が気になりますね」

「ゆっくりお聞かせ願おうか」

「あなたの奢りで」

カガミは両側からがっしりと掴まれ、酒場に連行されて行った。


「舞台とは税のことだったのか」

「ショウギではなかったのですね」

「提案したのは宰相でも、許可したのはショウギだろう。ほらあの女は何も分かっちゃあいないからさ」

税を上げて民の不安と不満を募らせる。それは当然ショウギへと向かう。国王が臥せっており、色町上がりの女が実権を握っているのは民も知っている。アナンの言うとおり、民はおおむね誰が国王であっても無関心だ。しかし、生活が苦しくなれば無関心ではいられない。

「そこに王女が立ちあがったと噂を流す」

カガミが声をひそめながら言った。

「噂じゃないね、現にリウヒくんは王に立つと宣言したのだから」

国王を利用し権を意のままに操る女に、迫害された王の血をもつ少女が立ち向かう。民衆の大好きな勧善懲悪。しかも王家絡みの。

「その筋書きを描いたのは誰ですか」

「この男だろう」

呆れたようなカグラの問いに、シラギがため息をつきながら答えた。目頭を押さえる。知りたくなかった。もう知らぬ振りはしまいと決めたのに。

「それで王女は民衆と共に立ち上がり、めでたしめでたしですか」

カグラもため息をついて壁にもたれた。

「すべてはこれからだけどね。大学の後押しもあるし」

「大学まで絡んでいるのか?」

なぜ学問の最高権威までが。

「宮廷に居を移しても、繋がりはあるからね。ぼくだけじゃないけど」

まさか。

「宮廷の講師陣も…」

老師タイキ。老女ジュズ。あの二人も茶番に関わっているというのか。

「そうだよ」

あっさりとカガミが頷く。シラギは目眩がしてきた。

「分からないね、なぜそんなに驚くんだい」

カグラも同様なのだろう、額に手を当てて深い息を吐いた。

「あなたは、こんな事をして何も思わないのか」

シラギの怒りさえ含んだ声にカガミが首をかしげる。

「そんな事を言われるとは心外だね。いいかい。目的は君と一緒なんだよ。王女を王位につける。ただし、勢いが必要だ。それをぼくたちは作り出そうとしているだけだ」

目的は確かに一緒だ。だがしかし。

「歴史の流れが今まさにここにきているんだ。その流れを方向付けたいと思うのはそんなにいけない事なのかい」

「国は、人間は、あなたたちの玩具がんぐではない!」

ほとんど叫ぶようにしてシラギは怒鳴った。カグラが袖を引いても無視をした。

「ぼくたちが道をつくる。君たちが王女の手を引いてその道を辿る。最後に宰相の用意した舞台で踊ってもらう。これが最高の筋書きなんだ」

カガミも吠えるように応じる。酒場の喧騒が一瞬静まった。二人の男は睨み合う。

その時。

「見事な脚本だな」

低い少女の声がした。三人は弾かれたように振り向く。

腕を組んでこちらを睨みつけるリウヒが立っていた。顔は怒りの為赤くなっている。その後ろではトモキが青い顔をして立っていた。


****



「トモキさんをあきらめるのは、よそうと思って」

キャラは酒に口をつけながら言った。不味い。薄く割った果実酒のほうがよっぽどおいしい。なんで大人たちはこんなものを喜んで飲むのだろうと口を尖らせたら、じゃあ飲むのをやめなさいと取り上げられた。

宿の部屋にはキャラとマイムの二人だけだ。最初にカガミが夜風に当たると言って消えた。次にカグラとシラギが厠へと立った。その後すぐにリウヒがわたしも、と言って出て行った。トモキが心配そうにその後へと続いた。そしてみんな帰ってこない。マイムに聞いたら「腹でも下しているんじゃないの」と笑われた。

「今日、さびれた村に行ったでしょう。その時思い切って聞いてみたんです」

リウヒが好きなのかと。

トモキは驚いた顔をしてキャラをみた。

「よくわからない」

その後、海に視線を移した。

「大事なのは確かだけど、恋とかそういうのじゃないと思う。多分」

キャラも、何か引っかかるものはあった。つき合い始めと言うものはもっと、見るのもうっとおしいほど二人の世界に入っているものではないのか。しかし、あの二人にはそういう気配はない。意外なほどあっさりしている。リウヒはトモキに対して、妹が兄に甘えているような感じだし、トモキはまるで過保護な兄のようだ。

「そうねえ」

マイムは猪口を手のひらで回しながら相槌を打つ。

「あの二人はどちらかと言うと、兄妹愛に近いかも」

「ふうん」

大人のマイムがそう言うならそうなのだろう。ならば、自分にもまだ機会チャンスはある。

それにやっぱり。

キャラはトモキの横顔を思い出した。駄目だ、やっぱりこの人が好きだと思った。あたしの恋は結構しぶとい。

「まあ、それから発展することもあるから何とも言えないけど?」

からかい口調のマイムに頬を膨らます。

「なんにせよ、あんたたちがうらやましいわ」

「波止場でもそう言っていましたよね。どういう意味なんですか」

本気でない恋もあるのだろうか。

「あるのよ」

マイムは髪をゆっくりあげた。金色の髪はさらさらとこぼれて行く。

「これから知っていくのかもね。まあ、知らない方がいいけど」

意味深な言葉にキャラは首をかしげる。ふと窓の外を見ると、夜空に星が輝いていた。

そういえば、一番星に願掛けをしていた時もあった。今は全くしなくなった。待つのはもうたくさんだ。ただ押すのみ。

キャラの心を読み取ったように、声がした。

「あんまり好き好き押しすぎない方がいいわよ」

「どういう事ですか」

マイムは目の前の酒瓶をとった。全部飲んでしまう気らしい。

「よくいうじゃない。押しでもだめなら引いてみなって」

キャラは居住まいを正す。

「詳しく教えてください」


****



「詳しく聞かせてもらおうか」

リウヒがカガミの顔を覗き込んだ。

「今言ったことが全てだよ」

少女の眼光にオヤジが後すざりをしながら答える。

シラギとカグラは固唾をのんでそのやりとりを聞いていたが、トモキはまだ混乱していた。カガミがそんな事を思っていたなんて。

信用していた。信頼していた。それがすべて崩壊する音が聞こえた。しかし、何となく分かる気もした。

カガミは歴史学者だ。そして宮廷にいた。混乱があって、ずっと王女の近くにいた。その王女を守るために同行している内に、道を作りたくなったのだろうか。歴史に残る道を。

「お前はわたしを傀儡の王にするつもりだったのか」

「そうならない為にも、色々な所を見せてきたつもりだったけどね」

皮肉まじりの言葉をリウヒは信用してないようだった。

「大学はどう動くんだ」

「都に上る王女の護衛として参加する」

「その数は?」

「三百ぐらいかな」

「ほぼ全員ではないか」

シラギが声を上げた。

リウヒが何か考えるように一点を見つめ爪を噛んでいる。

「今君が一人で都へ行っても、誰もついてきやしないよ。せいぜい今まで一緒にいた仲間くらいだ」

カガミが開き直ったように言う。その言葉にトモキはムッとしたが正論だった。

「確かにな」

リウヒもため息をつく。

「だからぼくの言うとおりに……」

カガミの声を無視して、リウヒは椅子をたった。

「兄さまに協力を仰ぐ。邪魔したな。ゆっくりしていけ」

一気に言うと、そのまま酒場を出る。トモキが追った。シラギとカグラも席を立つ。カガミはしばらくその後ろ姿を見ていたが、腰を上げて一行の後を追いかけた。


アナンは幸いな事に隠れ家にいた。リウヒたちの一行を覚えていた、海賊たちが歓迎の声を上げる。その一人が頭領の部屋に通してくれた。

「こんな夜更けにどうしたんだ」

リウヒが説明した。トモキとシラギ、カグラも補足した。カガミが反論する。

それをアナンは真面目な顔で聞いていた。

「なるほどね。筋書きは実に大衆向けだ。世間は喜んで王女を担ぎあげるだろう」

「わたしは不服だ」

リウヒは憮然とした。

「でも今の君にはなんの力もない」

少女はうなだれた。

その通りだ。港の外れで何の力もない少女が、どうやって都の王座にたどり着けるというのか。

「だから、わたしが協力しよう」

視線がアナンに集中する。

「王女には貸しがあるしね」

にこやかに笑う元王子にカガミが皮肉を放つ。

「海賊って言うのは海にいるものだと思っていたけどね。都は陸の上にあるんだよ」

「残念ながら、わたしの船は空を飛ぶこともできるんだ」

全員が目を剥いた。

「なんてね」

肩をすくめて笑うアナンにリウヒが何だ違うのかと肩を落とした。

「冗談はともかく陸の上でも、我々は強いよ。なんたってわたしが育てた部下たちだから」

戸の向こうで「イヤッサーイ」と掛け声が聞こえた。また戸に張り付いて聞き耳を立てていたのだろう。

「それこそ冗談じゃないよ、海賊だけに王女を守らせてたまるものか」

カガミが体系に似合わぬ素早さで部屋をでた。扉を開けた瞬間、男たちの壁がなだれ込み、しばらくもみ合っていたがそのまま外に飛び出して行ってしまった。

「どこかに連絡を取りに行くのでしょうか」

カグラが冷静とした様子で言った。

「さて、リウヒ」

アナンは膝をおって、リウヒと目線を合わせた。こんな光景を見た事があるとトモキは思い出す。ああ、そうだ。昔宮廷で初めて声をかけてきてくれた時。

「君の気持ちは分かるが、あえて彼らの作った勢いに乗ってみないか」

「でも、民を騙しているみたいで……」

「騙している? 違うね、今こそ民の協力は必要だ」

「リウヒはなぜ王に立ちたいと思ったんだ」

トモキが聞いた。以前この場所で、同じ所で、少女は王に立つと宣言した。

「最初は無関心だった。外の世界に出ても、宮廷には帰りたくない、このまま外で暮らしたいと思った。でもそれは逃げているんじゃないかと思った」

淡々とした声が響く。

「ここに来た時、兄さまは自分の居場所はここだとおっしゃった。それではわたしの居場所はどこだろうと考えた。それは」

リウヒは息を吸い込む。

「みんなのいる所がわたしの居場所だ。トモキ、シラギ、カグラ、マイム、キャラ、カガミ。みんながいてくれる所がわたしの居場所だと思った。だからそれが外でも宮廷でも王座でも、どこでも良かった。その時は」

全員が身動きせずに聞いていた。戸の後ろの男たちも聞いているのだろう。

「その内税が上がって、あっという間に町が苦しくなった。仕事も、貰える賃金も少ないし、物価はあがるし、宮廷に疑問をもった。わたしが上に立った方がまだマシな政治をするとも思った。さびれた漁村に行っただろう。人っ子一人いない村。恐怖だった。この国にこんな村があるなんて思ってもいなかった。自分がみんなに甘えて守られてのんびりしている間に、こんな村や町が増えて行くと思うと怖かった」

この子はいつの間にこんなことを考えるようになったんだろう、とトモキは思う。

「国王崩御までなんて待ってられない、わたしは今すぐ王に立ちたい」

部屋に沈黙が降りた。

「お供します」

トモキがリウヒに跪礼をとった。この少女の為に、王座だろうが地の果てだろうがどこまでもついてってやる。恋とか愛とか好きとか関係ない、それは一種の執念だった。

シラギもカグラも同じ礼をとった。そうしてくれた事に心から嬉しいと思う。

「分かった。よく分かった」

アナンが陽気な声をだした。

「すぐに動こう。準備に取り掛かる。愛する妹の為に一肌でも二肌でも脱いでやる」

そのままリウヒの肩を抱き、ずかずかと入口へと向かう。扉を開けて外にいた男たちに声を張り上げた。

「者ども聞け! 我が妹を王位に送り届ける。武器を集めろ。言を流せ。このスザクの港に王女が立つと!」

「うおおう!」

男どもは歓声を上げた。

「イヤッサイイヤッサイ!」

「ゴジョウ! ゴジョウ!」

その勢いにリウヒが足を踏ん張り、息を吐いたのが分かった。


****



分からない。民は喘ぎながら言う。

わたしたちが何をしたというのか。なぜこんなにも苦しまなければいけないのか。

穂は豊かに実ったというのに、税は上がり、物価も上昇、賃金は減少、役人は容赦なく取り立てる。必死になって働けば働くほど、暮らしは苦しくなった。

国王は、宮廷は沈黙したままだ。

あの女が悪い。と誰からともなく言い出した。あの女が王を誑かして国を傾けた。

その昔は、色町上がりで貴族を跪かせた天晴れな女と褒め称えたことも忘れて、民は怒りの目を宮廷に向けた。

国王は死んでいるのではないか、と誰かが言う。いや、幽閉されているそうだ、と別の声が上がる。どちらにせよ絞られた税はすべて、女の頭を飾る簪や宝玉や衣に化けるのだ。

民のいら立ちが頂点に達した時、南のスザクに王女が立ったという噂が流れた。宮廷からあの女に追い出された王家の少女だという。民は同情した、そしていきり立った。

その王女を助けてやろう。下賤の女じゃない、我々の王だ。民は声を上げる。

噂は港から町へ、町から村へ、そして都へと突風の如く流れた。

民は次々と武器を持って、スザクの港に集いだした。

宮廷に歯向かうために。立ち上がる王女を助けるために。何よりも自分たちの未来のために。




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