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ティエンランの娘  作者: まめご
ティエンランの娘
15/21

外の世界 3

壊れた場所に当て木をして、藁を巻きながら思う。

人間、分からないものだな。

自分がこんな事をしていて、しかも楽しいと感じているなんて。

カグラは青空の下、村の柵の修繕をしていた。隣ではカガミがふうふういいながら汗を流している。あまり器用でないらしく、木を落としたり結んだ藁が緩んだり、絶えず小さな悲鳴を上げている。

背中には熱い目線が張り付いていた。大方、この家の娘か嫁だろう。振りかえると、人影が慌てて窓から離れた。小さく笑って作業に戻る。

カガミとカグラは大抵外での仕事を請け負う。カガミは元々大学の講師である。学問一筋、外で働いた経験はない。カグラも太陽の下で働いとことなどない。

「でも男の人は外で働くものでしょう」

「外の方が、割がいいんだぞ」

「じゃあ、刺繍する?」

とマイムが笑顔で針と糸を見せたので、男二人は慌てて首を振った。あんな思いはもうごめんだ。外で体を動かしていたほうがいい。いい歳をした男たちは初めて陽の下で汗を流すことになった。しかし、やってみると案外楽しい。

おれって、意外と家庭的な男だったかもしれない。

ふと感慨深げにそう思ったりもした。

「あれ、リウヒくんじゃないか」

坂の下を、藍色の頭がひょこひょこ動いている。どうやらリウヒが弁当を持ってきたらしい。

「弁当もってきたぞ」

カガミがさあ休憩だーと、嬉しそうに竹かごを開けると、固まった。

「リウヒくん、これなに」

その手には崩れた飯の塊が乗っていた。

「握り飯じゃないか、見れば分かるだろう」

「分からないよ、これじゃあ可哀想なご飯だよ」

「失礼な」

リウヒは、拗ねたように鼻を鳴らした。

カグラも一つとって食べた。一応、飯の味はした。

「美味しいですよ」

少女は嬉しそうに笑う。

風がふいて、カグラとリウヒの髪をそよがせた。カガミのほつれ毛もなびいた。

遠くにティエンランの都がみえる。宮廷も小さく見えていた。修復工事は未だ進められている。あそこを出てから一年半近く経つ。

「外に出て良かった」

リウヒはぽつねんと呟いた。

「あの中だけが世界だと勘違いしていた。視野が狭いということは恐ろしいものだな」

「世界というものは、もっと大きなものだよ」

カガミが隣で微笑んだ。

「でもそれに気が付いただけでも進歩だ」

「いつか、わたくしが連れて行ってあげましょう」

気が付くとそんな事を言っていた。

「海を渡った遠い世界へ」

うーん。とリウヒが変な声を上げた。

「気持ちは嬉しいし、すごく行きたいけどやめておく」

そんな返事は初めてだ。

「なぜです。わたくしの何がいけないのですか」

「マイムがカグラには気を付けろって。あれは天性の女たらしだから信用してホイホイついて行っちゃあいけないって。なあカガミ、女たらしてなんだ」

あの女。

眉をひそめるカグラの横で、カガミが丸い体を震わせて必死に笑いを堪えていた。


宿に戻ると、マイムとキャラが待ち構えたように転げてきた。

「何かあったのかい」

マイムは有無をいわさずカグラとカガミを引っ張っていく。キャラはリウヒに「あんた何もんなの?ねえ!」と問い詰めていた。

「シラギが来たのよ」

思わずカガミと目を合わせる。今更何の用だろう。

「王女の行方を知っているかと聞くから今いないって答えたら、また来るって。でもキャラにリウヒの正体ばれちゃって」

「その他にはばれていないのでしょう」

「今更何をしに来たのかしら」

同じ疑問をマイムが口にした。

「連れ戻しに来たか、同行しにきたか、その両方じゃないの?」

マイムとカグラがオヤジをみた。

「まさか、殺しにきたなんてことは」

マイムが口に手を当てる。

「それはないでしょう」

とりあえず、シラギと話してみてからだ、と言う事でまとまった。

部屋にはいるとキャラが怒り狂っており、リウヒが困った顔で立っていた。

「信じられない」

小さな体から怒りを発しながら言う。

「みんなして騙していたなんて」

マイムとカガミが、カグラをずずいと前に押しやった。そして早々と退散する。

専門分野でしょう、ひとつよろしく。

カグラは苦笑して、椅子に腰かけた。

「騙していたわけではないのですよ」

「騙していたわ」

腕をくんでカグラをにらむ少女。

「申し訳ありません。でも、あなたの為だったのですよ」

「あたしの為?」

キャラの目が揺れ動いた。

「王女と知られると危険が高くなります。それを回避し、あなたをも守ることが大切だったのですよ。結果的にあなたを苦しませることになってしまいましたが…」

「もういいよ」

キャラは笑っていた。たとえ小さくても女は女。「自分は特別」という意識を持たせればよい。そして原因をうやむやにする。もしくは正当化する。

「やっぱりキャラには笑顔が似合いますね」

やだもう、と照れ笑う少女を尻目に、もう一人の少女は黙って階下にいき、そこにいたマイムとカガミに「女たらしがどういうものか分かった。今、分かった」と報告した。


****



まったくもって分からない。

シラギは王女の周りにいる面々をみて驚いた。

講師だったカガミ。元踊り子のマイム。王の愛人の愛人のカグラ。村娘のキャラ。

何だこの脈絡のない面子めんつは。

てっきりトモキと二人でいるのだと思いこんでいた。ところがその行方が知れないという。

「いろんな所で目撃されているから探してはいるんだが」

「なかなかつかまらないんです」

そういう少女たちに大人の方は目を背けた。

王女に会えてよかった。思ったよりもあっけなく見つかった。

絹ではなく粗末な綿の衣を着ているリウヒは、その辺の少女と全く見分けがつかず本当に普通の娘のようだった。「何しに来たんだ」とシラギをみて笑った。

五人で宿の夕餉をとった後、マイムがあなたたちはもう上に行きなさい、というと少女二人は声を揃えて「嫌だ」と反発した。

「いつものけ者にして」

「今日はずっといてやるんだから」

ねー。頷き合うと、食卓にへばりついた。

「そうかい、じゃあ仕方がないねぇ。今日は特別だよ」

わあい、と嬉しそうに喜ぶリウヒとキャラだったが数分も経たないうちに飽いてきた。

カガミの話が難解すぎるのである。

これは大学講義の水準ではないか。シラギとカグラはかろうじてついていくものの、マイムは最初から参加せずに黙々と酒を飲んでいる。

しばらくは頑張った少女たちだったが、眠くなったからと言ってそそくさと上に上がった。

「やれやれ、やっと部屋にいってくれた」

「最近、変に突っかかってくるのよね。二人とも」

「反抗期でしょうか」

やけに家庭的な会話がなされた後、

「さて、宮廷の様子を話してもらおうか」

と三人の目がシラギに向いた。

すべて正直に話した。宮廷の事。ショウギの事。トモキの事。宰相の事は言いよどんだが、カガミは何かを察したようである。

シラギも聞いた。聞いてそして呆れた。

「仮にも王女を騙して連れ歩くなど。しかも働かせているとは」

「しかし、ずいぶん成長遊ばれましたよ。外に出て良かったと今日おっしゃっていました」

カグラが思い出すように遠くを見る。

気に入らない。

「お前はどうしてここにいるのだ」

「カガミさんに感銘をうけまして。何か問題でも?」

「存在自体が胡散臭い」

笑顔で答えるカグラを一言で切り捨て、

「あなたは」

とマイムに聞いた。女は隣の男を指差し、これも一言。

「牽制役」

そうか、とシラギは思った。かつての敵の愛人がなぜ王女と同行しているのかは分からないが、この女は王女を守ろうと見張っているつもりなのだろうと理解した。しかしなぜだ。

「そういう訳で、シラギくんも王女とはこれから言わないように。ばれたら困るからね。砕けた感じで接してね。あとその衣も目立つから、売っちゃってよ」

そんなこと言われても。

「厄介事が増えるのは嫌なのよ。がんばってね」

マイムがどうでもよさそうに応援した。

「楽しみですねえ」

楽しむな。

「ところでトモキくんは本当にどこにいっちゃったんだろう」

「探していることは探しているのだけど」

「都にいるはずはないですしね」

「結構いろんな所を回ったのにとんと足がかりがない」

まさかとは思うけど。カガミが頭をかきながら言う。

「海の上とか……」

ティエンランの貿易は盛んだが、あまりにも突飛な発言に他の三人は苦笑した。

「まさかね」

「ですね」

「あり得ないな」


****



あり得ない。

トモキがそう言うと、隣の男はおかしそうに笑った。

赤茶けた癖の強い髪を、潮風に靡かせながら。

「あり得ないという事はあり得ない」


シシの村からゲンブの町へ行き、数件しかない宿屋を片っ端から訪ねた。リウヒは確かにここにいた。妙に目立った一行だったという。オヤジが一人に少女が二人、優男が一人に色っぽい女が一人。

トモキは首をかしげた。てっきりカガミと二人で行動しているものだと思っていたからである。あとの三人は一体誰なのだろう。南のほうへ行ったらしいという宿の親父に礼をいい、スザクの港へと向かった。おおよそ二日ほどかかる長い道のりである。それでも歯をくい縛りただひたすら歩いた。

長い軟禁生活で弱りきった体は悲鳴を上げた。スザクについた瞬間、引っくり返ってしまったのである。早い話が行き倒れた。

起きたら船の上にいた。はるか広がる海原をみてトモキはてっきり自分は死んだのだと思った。ここが本で読んだ西の果てというものか。ああ最後にリウヒに会いたかった。

が、その割には猥雑過ぎる。荒っぽいむさ苦しい男たちが盛んに動き回っており、何かを叫んでいる。

「気が付いたかい」

その中でひときわ目立つ男がトモキに声をかけてきた。荒くれ男たちと同じような恰好をしているのに、その男だけ周りの雰囲気が違う。

「港で倒れていたんだよ。そのまま見殺しにするのは忍びないから、つい担いできてしまった」

「すみません、命を助けていただいたんですね」

ありごとうございます、と頭を下げてから、じゃあ、ぼくはまだ生きているのかと思った。

「どういたしまして。こちらも人手が足りないから、手伝ってもらえると有難い」

それはもう。とトモキは言った。この人は命の恩人なのだ。

「でも、探している人がいるんです。はやく見つけないと」

リウヒ。小さな王女。無事でいるだろうか。

あの時、自分が一人で都に乗り込まなければ。もっと慎重に動いていればこんな事にはならなかったのに。悔やんでも悔やみきれない。そんな自分を嫌悪する。

「探し人は、あそこにいるのかい」

二人は遠く彼方の陸地に目をやった。

「あれはティエンランですよね」

「そうだよ。こんなにもちっぽけに見える」

その声に若干の郷愁が入り混じっているような気がしてトモキは、男の顔をまじまじとみた。とこかで見たことあるような、ないような。記憶の片隅に引っかかっていてなんだか気持ち悪い。

「君には申し訳ないが、出港したばかりでしばらくは陸地には戻らない」

その代り、戻ればすぐにでも君を下ろそう。と約束してくれた。

ありがとうございます。トモキは再び頭を下げる。

「どれぐらいで陸地にもどるんでしょうか」

「分からない」

はい?

「それはどういう…」

その時、背後の動きが慌しくなった。荒くれ共が走る。空気が高まる。

「頭領、商船を発見しました。かなり大きいです!」

頭領と呼ばれた隣の男は、

「進路をとれ、面舵一杯、砲の用意を!」

大声で指示を下すと、身をひるがえして立ち去ろうとした。

「あの、ここはもしかして」

男は振り向いてトモキを見ると、にやりと笑った。

「海賊船へようこそ」


****



「船だ!」

キャラは歓声を上げると、丘の上へと走った。風が強い。暴れる髪を抑えて立ち止まると遠く広がる水面をみた。はるか遠くまで陽の光をうけてキラキラしている。

シシの村からは都は見えても、海は切れ端しか見えない。

こんなに広いものだとは思っていなかった。まるで自分が小さな存在に見える。

例えば、今この崖の上から身を投げても海は変わらず波打っているだろうし、日常は変わらず流れていくに違いない。

幼い頃、世界は自分のものだと思っていた。あの小さな村の片隅で。

「この先にまた国があるんだな」

「いつかお連れしますよ」

「お前、いつもそんな事ばかりいっているのか」

後ろでリウヒたちの声がした。

やっぱり気に入らない。キャラは口を曲げた。

シラギという男が加わってから、何だかみんなリウヒばかり構っている気がする。

キャラは昔から、輪の中心になる方だった。明るくて愛想が良かったから、同い年の友達の中でも気がつけばキャラを中心に物事が進められていた。それが当たり前だったのである。

ところが今はどうだろう。

以前ほどは暗くはなくなったが、無愛想で人見知りするリウヒばかり、大人たちは話しかけている気がする。ただ、王女というだけじゃないか。

仲間外れにされているような、疎外感が日ごとに増していく。

そりゃあ、無理やりついてきたのはあたしだけど…。

一人頬を膨らませていると、マイムが横に立っているのに気がついた。

リウヒたちの会話にも参加せず、ただ黙って海を見ている。

「海って広いね」

話しかけるとちらりとこちらをみて静かに微笑んだ。

キャラはマイムが好きだった。擦れてなくて凛とした印象を受ける。背筋が伸びていて仕草や立ち方の一々に決まっていた。大人の女という感じがして憧れた。そしてリウヒとキャラを対等に扱ってくれる。

「歴史というものは、川のようなものだ」

カガミの声が聞こえた。リウヒたちも話をやめて聞いている。

「月日という雫が積み重なって、濁流となり海へ流れている。その流れを変える力を持っているのは、他でもない、君たち若者なんだよ。無限の可能性を秘めている君たちなんだ」

しばらく、誰も何も言わずに海を見つめていた。

「さて行こうか。ぼく、お腹がすいちゃったよ」

歴史学者の顔からオヤジの顔になったカガミに、みな苦笑しながら踵をかえして歩き始めた。

スザクの港へ。


****


「港につくのは明後日だってよ」

橙頭の男が教えてくれた。この船のことを色々トモキに教えてくれた親切な男だ。

「よかったなあ。コレが待っているんだろう」

歯が三本抜けている男が小指を立てると、あちらこちらからヒューヒューと野次が飛んだ。そしてなぜかそのまま大宴会へ。

船の底にある大部屋は至る所に吊床が下げられており、酒が飛び交い、野次が飛び交い、酔ったオヤジも飛び交った。でたらめな歌を合唱して瓶に口をつけて酒を飲んでいる。

この船に乗ってどれくらい経ったか分からないが、恩人の為精一杯の事はやった。頭領は気持ちのいい男だったし、その頭領に心酔しきっている荒くれ共も一様に賑やかで酒好きで面白い男たちだった。

「どんな女なんだよ」

「美人か」

どうも探し人がいるというのが勘違いされて伝わり、いくら訂正しても同じ間違いに行きつく。面倒くさくなって否定もしなくなった。

リウヒが恋人と言われるのは何か違う気がする。なんだろう、大切なのは間違いないのだけど。

いきなり背中を叩かれた。酒を吹いてむせる。

「照れんなよーぅ!」

「おらもっと飲めー!」

乱暴に頭を撫でられ、小突かれ揺さぶられた。みな一様に酔っぱらって大笑いしている。こんな酒の席はもちろん経験したことがなかった。今まで酒といえば、宮廷の自室でカガミやシラギとひっそり静かに飲んでいたくらいである。

ところが目の前の男たちは、毎晩「この世の終わりがきても後悔しない」と豪語するほど、酒を浴びるように飲み歌い笑い踊るのであった。そしてあくる日はきちんと起きて頭領のもとに集う。

その頭領も不思議な男だった。どこかで見たことがある気がする。

「頭領ってどういう人なんですか」

と聞いても、ほとんどのものが素性を知らない。気が付いたら頭領に納まっていた、と口を揃えていう。

「元々は旅の一座にいたと聞いた」

「おれは先代の隠し子って」

「貴族の息子じゃなかったか」

みなはっきりしたことは分からない。名前すら知らない。でも、いいじゃないか。そんな事は。おれたちはあの人だからついて行くんだ。

「そうだろうおめーら!」

「おうー!」

「イヤッサイイヤッサイ!」

「ゴジョウ! ゴジョウ!」

独特の掛け声を発して再び始まる大宴会。

トモキはそっと抜け出して甲板にでた。

下の騒ぎが嘘のように静まり返っている。波の音だけがひっそりと響いた。あの雰囲気は好きだけれど、なんとなく交われないでいる。

遠くに陸地が見えて、灯りがポツポツと灯っていた。

あの灯りが集中しているところが港だろうか。あのどこかにリウヒがいるのだろうか。ぼくはいつまでリウヒを追いかけていればいいのか。

波も夜空に煌々と浮かぶ丸い月も、何も答えずにただ音と光でトモキを包むだけだ。



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