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ティエンランの娘  作者: まめご
ティエンランの娘
13/21

外の世界 1

キャラがいつものように、トモキの家に行くと庭先に少女とオヤジの後ろ姿が見えた。

二人してなんだか真剣に話している。キャラが近づいてきた事も気が付いていないようだった。

オヤジは薪割りの最中らしく、汗をぬぐいながら少女の話に耳を傾けている。少女は偉そうに腕を組んで静かに話していた。キャラは木の木陰に身を隠し、二人の会話に耳をすませた。

「なんの話をしているの?」

と聞いたところで、素直に教えてくれる訳がないのは今までの経験上で分かっている。

トモキが帰ってきたと喜んだのもつかの間、あっという間にいなくなってしまった。それを知った時は、鍋で後頭部を殴られたような衝撃を受けた。

すぐさま一番星をなじったが、星はただ夜空に瞬くだけであった。

トモキが消えて半年が過ぎた。

が、この丸いオヤジと暗い少女は未だトモキの家に残っているのである。なぜトモキが消えてこの二人が残るのか。訳が分からず、トモキの母や、オヤジに聞いてみたがうまいことはぐらかされるばかりであった。キャラの母が

「もしかしたら宮廷の偉い人たちかもしれない」

と言っていたので、この二人がいればトモキは戻ってくる可能性は高いかもしれない。そう考えたキャラは、なにかと口実をつくってはトモキ家に入り浸るようになった。最大の口実は、暗い少女を「寂しそうだから慰めてあげる」である。

キャラちゃんは偉いね、と大人たちは褒めてくれたが、本当はリウヒという名の少女が嫌いだった。しかし、すべては自分の為…ではなくトモキの為だ。

改めて二人の声に集中する。

「でも、トモキくんはここで待ってろっていったよね」

「戻ってこないじゃないか。もう半年も経つぞ」

リウヒが鼻を鳴らす。

「ゲンブの町でトモキに似た男が見つかったんだろう?」

「な、なぜそれを」

「そして、カガミもそこに行くつもりなのだろう。冗談じゃない、わたしも一緒に行く」

キャラは何となしにその会話を聞いていて、再び鍋級の衝撃を受けた。

この二人は、ここから出ていく相談をしている。仮にトモキがこの村に戻ったとしても、宮廷の偉い人たちである二人の後を追いかけるだろう。その時に、一緒に連れて行ってくれと懇願しても受け入れてくれないに違いない。

そうすれば、また会えなくなる可能性は高くなってしまう。一生会えないかもしれない。

どうしたらいい、あたし。考えろ考えろ…!

「それこそ冗談じゃないよ、君はここに残りなさい」

「嫌だ。トモキに会って散々文句を言ってやる」

「ゲンブの人が彼だって確証は、全然ないんだよ」

二人はまだ言い合っていたが、どうやらオヤジが根負けしたらしい。

「ああ、トモキくんに怒られちゃう。でも、王女さんをお願いしますっていわれたし、トモキくんには借りがあるしなぁ」

とブツブツつぶやいていた。王女?何をいっているのだろう。目の前にいる、この暗い少女が王女だとでもいうのだろうか。キャラは吹き出しそうになった。まさか。王女さまと言うものはもっと立派な人に違いない。

それよりも、自分の事だ。この二人についていけば、トモキに会える確率はうんと高くなる。キャラの脳みそは、未だない事回転して計算した。そしてたどり着いた答えは。

よし。

キャラは、息を整えると木陰から飛び出した。オヤジと少女が驚いている。

「あたしもついて行く!」

リウヒが目を見開いたまま凍りつき、その横でカガミがゆっくりと倒れていった。


君にもご両親がいるのだろう、まずはご両親の許可をいだたいてからだよ、というオヤジの言葉をうけ、急いで家に帰った。

許すはずがない、という言外を感じさせる言い方だったがキャラは鼻で笑った。

子供の知恵を見くびるなよ。

幸いな事に母は台所にいた。

「またトモキちゃんの所にいっていたの、夕餉の支度をするから手伝ってよ」

その母にまずは良い子ぶってお願いしてみる。

トモキのところにいる二人が、旅立とうとしている。自分はこの村しか知らないから、この機会に二人について行って外の世界を見て自分を高めたい、と。

我ながら説得力がないな、と思った。外の世界なんぞみてどうなる。何を高めるというのだ。世界はこの村の中だけで十分だ。

案の上、母は一笑に付した。

「何を馬鹿な事いっているの」

仕方がない、次の作戦だ。

母をしゃがませ、自分と同じ目の高さにする。

「いい? お母さん」

目に力を込めた。

「トモキさんのところにいる二人は、お母さんがいう様に宮廷の偉い人よ。女の子の方は王女さまかもしれない」

そうはみえないが、今は吹いておこう。

「トモキさんは、何かしらの縁で宮廷に上がったわよね。そしてこの村に残された弟さんとお母さんにはそこそこの金額が支払われているはず」

だって、あの弟は遠い町の中学へ行き、下宿すらしているのだ。

母の目の色が変わってきた。もうひと押しだ。

「もしも、あたしがあの二人についていくことで、宮廷にあがることになったらお家の家計も楽になるかもしれない」

最近、税が増えて父の酒代すらバカにならなくなってきた。家計は苦しい。親は何も言わなくても、子供には分かる。

「だから、お願い。行かせてください」

母は泣いた。最後のひと押し。

「あたしは、絶対大丈夫だから。だって、お母さんの子供だもの」


****



子供が笑い声をあげている。

両親に囲まれ甘えたように。そこの空間だけ幸せな空気が漂っている気がした。いや、そこだけではない。酒場に集うそれぞれの客が酒を飲んで楽しそうに騒いでいる。隅で愛を語らっている恋人たちも、仕事上がりであろう大工の団体も、常連のオヤジたちも、何の集まりなのか女性の集団も。

なぜ人はつるみたがるのだろう。一人でいた方が楽なのに。

カグラは大勢で行動を共にしたことはない。いつも一人だったし、寄ってくるのは女ばかりだった。

ひっそりと笑いながら猪口を口に付けた。

外に出てから、ただ町から町へと彷徨うだけのつまらない日々を送っている。それを考えるとあそこは中々面白いところだった。最後、見事な炎を舞い上げ消え去った宮廷。

いや、意外な人を発見した。接触しようか、どうしようか迷っている。

肴をつまみつつちびちび飲んでいると、扉が開いて背後の空気が一瞬揺れた。つられてカグラもそちらを見やる。

女が一人、入ってきた。人々の目線を引き連れて。

金色の髪を結わずにそのままおろしている。衣は以前よりは大人しいが、そこにいるだけで相変わらず目立つ。知っている顔だった。

その女はカグラの顔を見つけると、目を見開いたものの何も言わずに横に座った。酒を注文してつまらなさそうにカグラを見る。

「外に出たのね」

カグラが笑顔を浮かべたが、無言だった。

「年増女にくっついているものだと思っていたわ」

無言。

「どうせあれもすべてあなたの仕業なのだろうけど」

無言。

ま、あたしには関係ないけどね、と呟いて運ばれてきた酒に口をつけたマイムにカグラも口を開いた。

「あなたも外に出たのですね」

マイムは明後日をみて無視した。

「宮廷の中で踊りあかしているものだと思っていました」

無視。

「どうせショウギが嫌で外に出たのでしょうけど」

無視。

まあ、わたくしには関係のないことですけれどもね、と呟いて再び猪口に口をつけた。

しばらく、言葉を交わさずに黙々と酒を飲んでいた。お互い別々の方を向いて。

宮廷一の踊り子だった女と、国王の愛人が夢中になった男は、まったく酒場にそぐわず浮いており人目を引いた。が、その間にながれる空気は極度に冷え切っていて、みな見て見ぬ振りをしていた。

そういえば、とカグラがぽつりと言った。

「この町で王女を見かけました」

マイムが弾かれたようにこちらをみる。

「御前試合で一度しか拝見したことがなかったのですが、わたくしは人の顔は忘れない性分でしてね。あの方は間違いなく王女でした」

「人の顔、じゃなくて女の顔でしょう?」

目の前の女が睨みつけるように見つめてくる。

「何を考えているの」

それはまるで燃えているように光っていた。

カグラはこの女のこういうところが好きだった。今まで周りにいた女は、好意しかよこしてこなかった。その大きさに違いはあっても。たとえカグラに興味を示さないものがいたとしても、甘い言葉を二言、三言ささやけば、尻尾を振って寄ってくる。

マイムは最初から違った。初めて接触した時は、ショウギに喧嘩をこっそり売り、カグラに対しては、どこか投げやりな態度だった。そのくせ仕事はきっちりとこなしてくる。他の間者よりよっぽど役に立った。

マイムと話すことが、認めたくはないが心地よかったのだと思う。だからあの時、うっかり漏らしてしまった。別に後悔はしていないが。

喧嘩を売るような棘のある声でマイムが言う。

「あたしも一緒に行くわ」

その言葉を待っていた。

もしかしたら。

ふとカグラは思う。

もしかしたら、おれはこの女を相当気に入っているのかもしれない。


****



気に入らない。むしろ嫌い。

それがキャラのリウヒの対する評価だった。

カガミと言う名前のオヤジとリウヒと行動するようになって、数日間が過ぎた。ゲンブの町に着いて捜索しても、トモキらしき人はいなかった。

しかも。キャラはイライラと爪を噛む。あたしとカガミが手をつくして町中探し回っているのに、あのリウヒはのんびりと宿で待っているのだ。だから本人に怒鳴ってやった。横でカガミは真っ青になっていたがそんなの、構わなかった。

リウヒも目を丸くして聞いていたが、

「それもそうだな」

とあくる日から外に出るようになった。なにがそれもそうだな、よ。常識が欠落している。完全に欠落している。言われなきゃ動かないなんて。

一緒にいたカガミというオヤジも頼りがいがあるのかないのか分からない人だったが、いないよりはマシだ。

時々、訳の分からない事を聞く。

「例えばだ。ある人がいる。その人は自分の為だけに他の人を苦しませている。君たちは苦しめられる方の立場だ。だが、その人を倒そうと思えばできるんだ。大変だけどね。

さあ、どうする」

「あきらめる」

二人は口をそろえて答えた。

「だって、大変なんだろう」

「あきらめて受け入れた方が楽だもの」

オヤジは額を机に付けて撃沈していた。

「キャラくんはともかくリウヒくんまで…。ぼくたちは一体何を教えていたんだろう」

とかなんとかブツブツいっている。

リウヒにどうしたのこの人、と聞いてもさあ、と首をかしげていた。

だけど、さすがお偉いさんだわ。お金の心配はない。

リウヒが別珍べっちんの袋に入れた、宝珠を持っていた。子供の拳ほどもある。キャラはともかく、カガミも初めて見るものだったらしく、あの騒ぎの中でよくこれだけのものを持ち出したねえ、と感心していた。

が、リウヒ曰く

「これで殴れば、痛いだろうと思って」

どうやら武器のつもりだったらしい。カガミとキャラは一瞬絶句した後、同時に大きなため息をついた。これから大丈夫なのだろうか、不安になった。

旅立つ日。

母と兄は、涙ながらに見送ってくれた。父はしょげたふりをしながらも、どこか嬉しそうだった。きっとキャラの顔が金に見えたのだろう。

そんなものよね。

そのままトモキの家に行くと、丁度別れの最中だった。

トモキの母が、リウヒの顔に手を当て泣いていた。

「あんなに小さな子だったのに、本当に大きくなって…」

顔に手を当てられた少女は、真っ青になって硬直していたが、みるみるそれが歪んだ。

「つらくなったらいつでも帰っておいで。ここはあなたの家でもあるのだから」

リウヒは、目から大粒の涙を流しながら「あ」と声を上げた。

「ありがとう」

それから小さな声で呟いた。

「かあさん」

トモキの母は耐えられず、リウヒを抱きしめた。そのまま、二人は崩れ落ちるように座り込み、お互いの肩に顔をうずめて泣いた。

その後ろではオヤジが一人、袖を濡らしていた。

やめて。

キャラは思わず目を背けた。自分の家と比較してしまう。己が仕向けたことだったが、「つらくなったら帰ってこい」などキャラの親は言わなかった。リウヒがトモキの母に「かあさん」と言ったのも腹が立つ。

静かに泣く三人を、キャラは冷めきった気持ちで見ていた。

あの場面を思い出すたびに、悲しいような、苦しいような、腹立たしいような変な気分になる。

宿に戻ると、カガミがいた。宿は一階が酒場、二階が宿泊部屋となっている。

「ああ、いまリウヒくんは来客中だから」

それがどうした。キャラはオヤジの声を無視して階段を上がった。声もかけずに部屋の扉を開ける。そして自分の目を疑った。

見たことがないほどきれいな女の人と男の人が、二人揃って自分と同い年の少女に跪礼をしていた。最高位の礼の型である。リウヒが「あ、キャラ」と声を上げたが驚きのあまりそのまま扉を閉めてしまった。

急いで下のカガミの元へ走る。

「リウヒっていったい何なんですか」

「君と同い年の女の子だよ」

それは分かっている。

「あの子って本当に王女さま?」

カガミは、つまみを食べる手を休めてしばらく考えていたが

「それは違う」

と言った。なんだ、やっぱり違うのか、と納得するキャラの耳には「まだね」と呟くカガミの声は聞こえていなかった。


****



声が聞こえる。

マイムの名を呼んでいる。掠れて弱弱しく何度も。

腕の中をみると、トモキが死んでいた。その体が急に重くなって冷えていく。早く、早くお医者さんを呼ばなくちゃ、お父さんお母さん早く、ねえ助けて…!

そこで目が覚めた。窓から見える外は快晴で、小鳥が鳴いている。寝汗がひどい。額を拭った時に、ふと自分が泣いていた事に気が付いた。

久しぶりに見た夢。トモキの話を聞いた影響だろうか。

昨夜、カガミとカグラ、マイムは一階の酒場でそれぞれ情報交換をした。少女二人もくっついてきたが食事がすむと眠くなったようである。気が付くと二人とも机に突っ伏して寝息を立てていた。大人三人は苦笑してカガミとカグラが少女らを抱き上げ上へ運んだ。不思議な事に王女は、体を抱えられても何の反応も示さずぐっすり眠っていた。

昔、起こそうとして手を振り払われたマイムは感慨深げにその後ろ姿を見送った。もう平気になったのかしら。それともよほど疲れていたのかしら。戻ってきたカガミも首をかしげていた。

カガミからトモキの無事を聞いてほっとしたのも束の間、また単独都へ戻ったまま帰ってこないという。

「この町で見かけたという噂を聞いてやってきたんだけど、どうやらガセだったみたいだしね」

「これからどうされるのですか」

「それなんだけど」

今宮廷にのこのこ戻ったところで、殺されるのは目に見えている。せっかく外にでたのだから、しはらく色々な所を旅して王女に色々な体験をさせてやろうと思って。

「人間、成長するのは旅と人と接する事と本を読む事っていうしね」

いけしゃあしゃあとぬかすオヤジにマイムは呆れた。

「なんて素晴らしい」

横の男が声を上げた。明らかに面白がっている声だ。

「是非ともご同行させてください。腕には自信があります」

こいつ。マイムはカグラを睨みつけたが、それぐらいで動揺する男ではない。かといって目をはなせばトモキが大切にしている少女に何をするのか分かったものではない。

「トモキはどうなるのよ。無事かどうかも分からないのに」

「運がよければ幽閉、悪ければ殺されているでしょう」

そんな、とマイムは声を上げる。

「シラギさんがいるし、殺されている可能性は低いんじゃないのかな。でも、この事は王女さんに内緒にしておいてね。トモキくんを見かけた人がいる、といって動かすからさ」

このタヌキオヤジ。心の中でマイムは毒づいた。何を考えている。

それについてもカグラは賛同している。そんな男二人を見ながら、ふと奇妙な感覚にとらわれた。以前、こういう光景を見たことがある。いや、聞いたことがある。

ああ、思い出した。幼いころ、弟のトモキに聞かせてやった昔話だ。

キツネとタヌキの化かし合い。

「面倒な事になるからね、王女さんというのは隠して君たちも砕けた調子で話すようにしてね」

タヌキが口を開く。

「どうせなら王女を働かせましょう。本人の成長にも一役買うと思いますが」

キツネも調子を合せる。

マイムは目眩めまいを感じながら宿の階上に引き揚げたのだった。

女部屋の粗末な寝台では少女が二人、それぞれ無邪気な顔で寝息を立てている。

リウヒはあたしが守る。目の前で眠りこける少女の寝顔を見ながらマイムは決意した。

カグラがこの子に何かしでかしたら、その時はあいつを殺してやる。



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