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断罪夜話 〜王都裁判記録より〜  作者: 九葉(くずは)


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9/12

第九夜 北の花嫁

九冊目の綴りには、判決文の写しがない。


代わりに、二通の外交文書の写しが挟まっている。一通目は王国側の死後追放処分の通達。二通目は、敵国アーケンの宮廷から王国の外務省に届いた、ある女性の死亡確認書だ。


八年前の春、当事者不在の追及裁判。被告人ヘルガ・ヴェルクハイム、十九歳、すでに故人。罪状は敵国王に対する内通および国家機密の漏洩。判決は死後追放、ヴェルクハイム家からの除籍、墓地への埋葬の禁止。



◇◇◇



ヘルガはヴェルクハイム伯爵の後妻フリーダの娘として生まれた。


母が処刑されたとき、彼女は十三歳だった。その後、彼女はヴェルクハイム本家に引き取られ、フリーダの実弟ラドミル、つまり母を殺した男の養女として育てられた。


彼女が屋敷に引き取られた日のことを、私はあとで、ある人物の手紙で知ることになる。十三歳の少女は、養父となる叔父の手を一度振り払ったあと、二度と振り払わなかった。そうしなければ、彼女は生きていけなかった。


十六歳で、彼女はアーケン語の学習を始めた。屋敷の者は「お嬢様は語学がお好きで」と言った。私はそれを後年、別の経路から聞いた。アーケン語は、母の故郷の言葉ではなかった。敵国の言葉だった。十六歳の少女が敵国の言葉を学ぶ理由は、私にはひとつしか思いつかない。


彼女は、最初から、ここに行くつもりだった。



◇◇◇



ヘルガは十八歳で、外交使節の随員として敵国アーケンの王宮を訪れた。


王国は当時、アーケンとの不戦協定の更新交渉を進めていた。交渉団の主席は外務省の老臣で、随員には若い貴族の女性が三名含まれていた。ヘルガは最年少だった。


アーケンの王、トルケル五世は当時三十一歳。王妃を二年前に病で亡くしていた。


最初の謁見で、トルケル五世は随員の三名に、ひとりずつアーケン語で名を名乗らせた。慣例の試しだった。王国の貴族の女性は、通常、アーケン語で名乗れない。二名は王国語で名乗った。ヘルガだけが、アーケン語で名乗った。それも、北部方言の訛りで。


トルケル五世は少しだけ顎を上げたという。後年、謁見の場にいたアーケンの侍従長が、別の王国人にそう話した。


「若い王が、あの日、初めて笑った」と。



◇◇◇



交渉は三月続いた。


三月の間、トルケル五世は毎夜、ヘルガを自分の書斎に呼んだ。最初の夜、彼は彼女にアーケンの古い詩集を読ませた。二夜目、彼は自分の母の話をした。三夜目、彼は彼女に問うた。


「あなたはなぜ、私の言葉を学んだのか」


ヘルガは答えなかった。


答えなかった、ということを、トルケル五世はあとで、ひとりの商人に語った。その商人が王国に戻って伝えた話を、私は外務省の知人から聞いた。伝聞の伝聞だ。記録には残らない。それでも私はそれを信じている。


「彼女は答えなかった。けれど、彼女の左の襟首が一度動いた。私はそのとき、この人は何かを隠してここに来た、と思った。それから、この人が隠しているものを、私は知りたいと思った。知って、それでも傍にいたいと思った」


これがトルケル五世の証言だ。


ヘルガが何を思ったかは、どこにも記録されていない。



◇◇◇



交渉は妥結した。


不戦協定は十五年延長された。延長の代償として、王国側は北部の三つの鉱山の採掘権をアーケンに譲渡することに同意した。譲渡は表向き商業的な取引として処理された。実際には政治的な譲歩だった。


トルケル五世は、譲歩の条件として個人的な要望をひとつ出した。


交渉団の随員ヘルガ・ヴェルクハイムを、自分の妃として王国から正式に送り出すこと。


王国の交渉団は困惑した。随員のひとりが妃に望まれるのは慣例になかった。けれど、協定の延長は王国にとって大きな利益で、随員の処遇はそれに比べれば些細だった。


ヘルガは、王国側からの打診を受けた夜、老臣の前でひと言だけ答えた。


「まいります」


ためらいはなかった、と老臣は後に書いている。迷いもなかった、と。


迷いがなかったのは、彼女が最初からそう決めて王宮に来ていたからだ。


迷いがなかったのは、それだけが理由ではなかった。



◇◇◇



ヘルガはアーケンに渡り、トルケル五世の側室として迎えられた。


形式上は側室だったが、実質は妃の代わりだった、と後年アーケンを訪れた商人たちが証言している。王はヘルガを伴って地方を巡り、朝の祈祷を共にし、夕の議会に同席させた。王妃を亡くした後、誰も同席させなかった議会に、彼はヘルガだけを入れた。


アーケンの侍従長は、ある朝の情景を覚えている。


王とヘルガが、王宮の北の回廊を並んで歩いていた。回廊には古い石の手すりがあって、手すりの石は冬になると冷たい。ヘルガは手すりに触らなかった。寒い、と彼女は言わなかった。トルケル五世は歩きながら、自分の外套の内側から片手を出して、ヘルガの左手を取った。取っただけだった。何も言わずに、回廊の端まで歩いた。


それが、侍従長が記憶している、二人の「愛情の表現」の全部だった。


二人は、互いの言葉を多く交わす人間ではなかった。


ヘルガが叔父の家で十三歳から身につけたのは、言葉を減らす術だった。トルケル五世が王妃を失って学んだのも、同じことだった。二人は、言葉の少ない二人の組み合わせだった。そういう二人が愛し合うとき、何が起きるのかを、私は二十年前に少しだけ知っていた。その話は別の夜に書く。



◇◇◇



ヘルガは、アーケン王宮で妃として暮らしながら、王国側の北部の鉱山の運営を調べ続けた。


アーケン側には王国の鉱山台帳の一部が、協定の譲渡記録として保管されていた。彼女はトルケル五世の許しを得て、それを閲覧する権利を持っていた。許しは、最初から与えられていた。トルケル五世は何も聞かなかった。彼女が何を探しているかを、彼は問わなかった。


彼女は半年かけて、台帳の数字が一致しないことを確認した。


鉱山の採掘権はアーケンに譲渡されたはずだが、実際の運営は王国側のヴェルクハイム本家の名義で行われていた。採掘量の九割は、ヴェルクハイム本家の収益として王国内に留まっていた。譲渡は名目上のものに過ぎなかった。


取りまとめたのは、ラドミルだった。


姉フリーダを偽証で処刑させ、その財産の三分の一を相続した男。そのあと、姉の娘であるヘルガを養女として引き取り、育てた男。そのあと、王国とアーケンの協定で、敵国に譲ったふりをして、鉱山を自分のものにした男。


ヘルガは、その男の嘘を、アーケンの王妃として、敵国の側から見ていた。



◇◇◇



ある夜、ヘルガはトルケル五世の書斎で、彼に手紙を一通見せた。


書きかけの手紙だった。宛先は王国の外務省。内容は、北部の鉱山運営の不正の告発。差出人はヘルガ・ヴェルクハイム自身。


トルケル五世は、手紙を最後まで読んだ。


読み終えて、彼はヘルガに問うた。


「これを出せば、あなたは王国の敵になる」


「私は最初から、王国の敵でした」


「では、ヴェルクハイム家の敵になる」


「私は最初から、あの家の娘ではありませんでした」


トルケル五世は、黙って彼女を見ていた。


それから、彼は自分の書斎の抽斗を開けた。抽斗の中から、小さな蝋印を取り出した。アーケン王家の私印だった。彼はそれを、ヘルガの手紙の封筒の裏に押した。私印は、アーケン王家の正式な外交経路で発送される証だった。王国の外務省は、アーケン王家の私印のついた書簡を、無視できない。


「あなたの手紙を、正式な経路で送る」


「あなたは、私のために、自国の外交経路を使うのですか」


「あなたのためではない」


トルケル五世は言った。


「あなたの母上のために」


ヘルガは顔を上げた。トルケル五世は、彼女の母がフリーダという名の女性で、十三年前に偽証で処刑されたことを、いつから知っていたのか、彼女は問わなかった。問わなくても、わかった。彼は最初から知っていた。知っていて、彼女を呼び寄せたのかもしれない。知っていて、それでも彼女を愛したのだ。


二つの愛は、両立する。


ヘルガはその夜、初めて、トルケル五世の前で泣いた。泣いたというよりは、顎の付け根が一度固まり、そのあと左の襟首が動いた、というくらいの泣き方だった。声は出なかった。トルケル五世はそれを見て、彼女の手を取った。手を取っただけだった。それ以上は、何もしなかった。



◇◇◇



書簡は、王国の外務省に届いた。


外務省は、その指摘を「敵国側の干渉」として処理した。差出人がヘルガ・ヴェルクハイムであったことから、彼女が「敵国王に取り入って王国の内政を批判した」とみなされた。書簡は外務省の内部で握りつぶされた。


三月後、ヘルガはアーケンの王宮で亡くなった。


公式の死因は産褥熱。彼女はトルケル五世との間に女児をもうけていた。女児はその後、アーケン王宮で王女として育てられた。


死亡確認書の右下に、トルケル五世自身の小さな書き込みがある。アーケン語で、こう書かれている。


「彼女は王国の敵ではなかった。彼女は王国を愛していた。私は彼女の意志を尊重する」


王国の外務省は、この書き込みを「私的なもの」として扱い、追及裁判の証拠から外した。


私だけが、アーケン語でそれを読んだ。


そして私だけが、トルケル五世の書き込みの、本当の意味を知っている。アーケン語の「尊重する」は、外交文書では「命じる通りにする」という意味だ。けれど、恋人同士の私的な文脈では、別の意味を持つ。


「あなたの選んだ道を、私は最後まで見届ける」


これが、恋人同士の「尊重する」だ。


トルケル五世は、死亡確認書に恋文を書いていた。妻を失った王が、王宮医の署名の隣に、自分の妻への最後の言葉を一文だけ添えた。それを読み解けるのは、アーケン語を母語に近いかたちで知る者だけだった。


私は法廷で、それを「尊重する」と訳して読み上げた。注釈は付けなかった。外交文書の正式な記載ではない、という理由で。


本当の理由は、別にある。


彼の愛の言葉を、私が判事たちの前で暴くことは、彼の愛を殺すことになると思ったのだ。


だから私は黙った。


黙ったことを、今夜、私は書き残す。



◇◇◇



追及裁判が開かれたのは、ヘルガの死から三月後だった。


法廷には被告人不在のまま、検察官と判事と私だけが座った。形式的な裁判だった。判決は死後追放。墓は掘り返されなかったが、記録の上で、ヘルガはヴェルクハイム家から除籍された。


除籍されたことは、彼女にとって、おそらく、救いだった。


彼女はもう、あの家の娘ではなかった。



◇◇◇



蝋燭の蝋が、皿の上で固まり始めた。


頭蓋骨の内側で、トルケル五世のアーケン語が、私の声で聞こえる。「あなたの選んだ道を、私は最後まで見届ける」。この一文を、私は今でも時々、誰もいない部屋で声に出して読む。アーケン語で読む。王国語に訳さずに。訳すと、何かが失われる気がするからだ。


ヘルガ・ヴェルクハイムは、敵国王に取り入ったのではない。


彼女は母の汚名を雪ぐために敵国に渡り、そこで真実の夫を得て、夫の助けを借りて、母を殺した男を告発した。告発は届かなかった。けれど、彼女は夫に見届けられた。


見届けられて死ぬことが、どれほどの救いか、私にはわかる。


私にはわかる、と書いた。書いたあと、私は自分の手を見た。六十二歳の、しみだらけの手だ。私はこの手で、誰にも見届けられずに、自分の記録を書いている。


それでも、書く。


判決文の余白に、今夜は一文だけ書く。アーケン語で書く。


「Mín ást var elskuð」


私の愛は、愛された。

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