第八夜 最後の侍女
今夜の蝋燭は、二本にする。
一本では足りない夜があると、私は経験から知っている。八冊目の綴りは、他のものより指三本分厚い。表紙にはノルドルムの紋章が押されているが、その上から私は二十年前、黒い墨で塗りつぶした。塗りつぶしの下に、母の家の紋がまだ透けて見える。
◇◇◇
二十年前の春、被告人グンヒルド・ノルドルム、当時六十二歳。罪状は王太子妃の毒殺。判決は処刑。
侍女頭としての勤続二十六年。王太子妃が降嫁した日から、ずっと付き従った人物だった。
書類には、そう書かれている。
書類に書かれていないことを、今夜、私は書く。
そして、この夜の綴りには、もうひとつ、私が二十年間書けなかった別の物語が絡んでいる。それは、ヘリングという名の、若い同僚の話だ。
◇◇◇
グンヒルド・ノルドルムは、私の母だった。
私はノルドルム家の三女として生まれ、十六歳で母方の遠縁の家に養女に出され、ヴァトの姓を得た。ヴァトの家は子のいない裁判官の家で、私を法廷の道に進ませてくれた。母娘の縁は、表向き、私が十六歳のときに切れた。記録上はそうだった。
実際には、母と私は文通を続けていた。
母は王宮の侍女頭として、王太子妃様にお仕えしていた。私は王立裁判所の記録官として、第三法廷に出仕していた。母の手紙はいつも短かった。「変わりなく」「お気をつけて」「冬の風が強い」。短い手紙が、月に一度、王宮の使いを経由して私の机に届いた。私は同じ長さの返事を書いた。長く書くことはできなかった。母が王宮で、娘の存在を秘していたからだ。
母の最後の手紙は、事件の三日前に届いた。
「変わりなく。お気をつけて。今年の銀木犀は、いつもより早く咲いた」
ね、の字の止めが、いつもと違っていた。母は普段、字の止めをきれいに整える人だった。最後の「いた」の「た」の右下が、わずかに長く伸びていた。
私はその手紙を、机の引き出しに入れたまま、深く考えなかった。
考えなかった、ということを、私は二十年間、自分に許せずにいる。
◇◇◇
事件は、王宮の北の庭で起きた。
王太子妃様が、銀木犀の咲く庭の小亭で、お一人でお茶を召し上がっていた。傍らには侍女頭のグンヒルド・ノルドルムだけがいた。お茶を飲み終えて二刻ののち、王太子妃様は小亭の長椅子の上で動かなくなっていた。
体内からは、植物性の毒が検出された。グンヒルドは現場にいた唯一の人間だった。彼女は逃げなかった。逃げる機会は十分にあったが、彼女は王太子妃様の御遺体の傍らで、王宮の警吏が来るのを待っていた。警吏が来たとき、彼女は両手を膝の上に置いて、こう言った。
「私が、お渡しいたしました」
◇◇◇
私はその日、第三法廷の控室にいた。
事件の知らせは、侍従が走り込んできて伝えた。被疑者の名を聞いた瞬間、私は椅子から立てなかった。立てない、ということに気づくまでに、二刻かかった。気づいたあと、私は机の引き出しから母の最後の手紙を取り出した。「銀木犀は、いつもより早く咲いた」。
銀木犀は、毎年、王太子妃様が一番お好きにされていた花だ、と母の以前の手紙に書いてあった。
「いつもより早く」。
母は知っていたのだ。
王太子妃様が、銀木犀の咲く頃を選んで、自ら命を絶とうとしておられることを。母はそれを止められなかった。止められないと知ったとき、母は王太子妃様のために、最期に必要なものを差し出すことを選んだ。植物性の毒だった。母の故郷の北部では、看取りのための薬草が今も使われている。母はそれを知っていた。
王太子妃様が苦しまずに眠るために、母はその知識を使った。それから、自分が罪を被ることを選んだ。
◇◇◇
その日の夕方、控室の扉が開いて、若い同僚が入ってきた。
エイリーク・ヘリング。
ヘリングは私より七つ年下で、第三法廷に入って八年目の記録官だった。もの静かで、よく気がつく男だった。控室の石炭を補充するのも、書庫の蝋燭の芯を整えるのも、誰に頼まれるでもなく、いつもヘリングがやっていた。若い頃の私には、彼のその静かさが、別の種類の沈黙に聞こえた。法廷の沈黙とは違う、守るほうの沈黙だった。
ヘリングは控室に入ってくると、私の顔を見て、何も言わずに私の前に水の杯を置いた。
「ヴァトさん」
それだけ言って、彼は自分の席に戻った。
私たちは同じ法廷で働く同僚だった。
同僚として、私たちは一度も、仕事以外の話をしたことがなかった。お互いの家のことも、休日のことも、年齢のことさえ、話したことがなかった。お互いに問わなかった。問わないことが、私たちのあいだの、唯一の会話だった。
私が彼のことを好きだ、と気づいたのは、問わないでいる時間が、十年を超えたあたりだった。気づいたあとも、私は何もしなかった。ヘリングも何もしなかった。私たちは記録官で、記録官は自分の感情を、記録しないでおく訓練を受けている。
水の杯を置いた瞬間、彼の指が私の袖口に触れたのを、私は覚えている。
触れた、というよりも、かすめた、というほうが正確だ。意図的だったのか、事故だったのか、私にはわからない。その日以降、私はそのかすめた瞬間を、自分の記憶の中で何度も磨き直した。磨き直すたびに、それはどんどん意図的な動作に近づいていく。
いや。
違う。それは美化だ。
ヘリングは気をつけて歩く男だった。水の杯を置くとき、彼は私の袖口に絶対に触れないように、注意していたはずだ。触れたのは、彼の手が震えていたからだ。
彼の手が震えていたのは、被疑者の名を聞いたからだ。グンヒルド・ノルドルム。彼がその名を知っていたのか、私にはわからない。知らなかったとしても、同僚のヴァトが控室で立てなくなっている理由を、彼はおそらく察していた。察して、察したと言わないでいることが、その日の彼の精一杯だった。
私も、察されていることを、察していた。
それが、私たちのあいだの全部だった。
◇◇◇
私は法廷に、記録官として座らなければならなかった。
執務除外を申請する選択肢があった。私はそれを使わなかった。
使えなかった。
使えば、私が母娘であることを認めることになる。母の二十六年の沈黙を、私の手で破ることになる。母娘の縁を伏せたのは、私の養女縁組の条件でもあった。
だから私は、座った。
母が法廷に連れてこられた朝、私は記録席で背筋を伸ばしていた。母は私の方を見なかった。私も母の方を、本当の意味では見なかった。一度だけ、視線の高さが偶然合いかけた。母はすぐに目を伏せた。私もすぐに目を伏せた。母娘である、と気づいた者は、その場に一人もいなかった。
判事が問うた。
「あなたが王太子妃に毒を盛ったのか」
母は答えた。
「私が、お渡しいたしました」
私は書いた。「被告人、罪状を肯認」。
◇◇◇
母の処刑は、判決の二月後に執行された。
執行命令書の署名欄に、私の名前はなかった。記録官は順番制で、私の番ではなかった。その日の当番は、ヘリングだった。
ヘリングが執務室の机で、母の執行命令書に署名する音を、私は廊下で聞いていた。鵞ペンが羊皮紙を擦る音。インクが乾くまでの待ち時間。封蝋を押す音。
私は廊下の壁に手をついていた。手をついて、口の中に苦みが広がるのを耐えていた。奥歯の裏が痺れた。舌の付け根が重くなった。頭蓋骨の内側が鈍く響いた。左の耳の後ろが冷たくなった。
ヘリングは、自分が署名している相手が、私の母であることを知らなかった。
知らないまま、彼は鵞ペンを動かした。
知らないままでよかった、と二十年前の私は思った。知れば、彼は署名できなくなるかもしれない。署名できなければ、別の誰かが代わりに署名することになる。どちらでも母の命は戻ってこないが、ヘリングの手は汚れずに済む。
ヘリングの手が汚れずに済むことを、私は母の命より優先した。
そのことを、私は今夜、初めて書く。
◇◇◇
呼べなかった。
母さん、と。
一度。
一度も。法廷。執務室。家。最後まで。
書きたかった。短い手紙の。中に。母さん、と。書きたかった。書かなかった。書けば。母が二十六年、秘めた縁が、無に帰す。私は思った。だから書かなかった。
書かなかった。
書かなかった、ことが、私の。
いや。
違う。書かなかった、は、まだ言い訳だ。
書こうとしなかった。
書こうと、しなかった。一度も。母さん、と。書こうとさえ、しなかった。書こうとしないことを、私は「秘めた縁を守る」と、呼んでいた。きれいな名前を、つけていた。自分に。きれいな。
ふざけるな。
ふざけるな、私。
ふざけてたのは、母じゃない。母じゃない。母じゃ。母は、銀木犀の話を、短い手紙の中に、一年かけて、何度も、書いた。書きつづけた。私は読んだ。読んで、銀木犀、と書き返した。返事の銀木犀は、母の銀木犀の意味を、汲んでいなかった。一度も。
母は知っていた。私が汲んでいないことを。
知っていて、書きつづけた。
母が書いた銀木犀の数を、私は数えたことがない。今夜、机の引き出しから、二十六年分の手紙を出して、数える勇気が、私には。
ない。
ない。
それでも。
母さん。
母さん。
二十年遅れて、書く。届かないとわかっていて、書く。届かないから、書く。届かないからこそ、私は今、母さんと呼べる。卑怯な呼び方だ。卑怯な呼び方を、卑怯と知って書く。それしか、私に残された呼び方がない。
◇◇◇
母が亡くなった日の夜、私は王宮の北の庭に一人で行った。
許可は取らなかった。記録官の身分証で、夜の北の庭に入ることはできた。銀木犀はまだ咲いていた。
私は小亭の長椅子の前に立った。母が王太子妃様の御遺体の傍らで、警吏を待っていた場所だった。長椅子の右の脚の根元に、銀木犀の花弁が二枚、落ちていた。二日前のもので、もう茶色く変色していた。私はそれを拾って、自分の懐に入れた。
二十年間、その二枚の花弁を、私は紙に挟んで持っている。
今夜、その紙を、この綴りに移し替えた。
◇◇◇
北の庭から戻る途中、私は第三法廷の控室に寄った。
ヘリングがそこにいた。
彼は自分の机の前に座って、インクの瓶を見つめていた。執行命令書の署名を終えたばかりの手が、机の上で少し震えていた。私が入ってきたのに気づいて、彼は顔を上げた。
「ヴァトさん」
彼は立ち上がって、私の前に椅子を一脚引いてくれた。
私はその椅子に座った。
二人とも、長く黙っていた。というより、私たち二人のあいだでは、黙ることが会話の常態だった。十五年間、そうしてきた。その夜もそうしていた。
最初に口を開いたのはヘリングだった。小さな声で言った。
「今日の署名は、難しいものでした」
私は顔を上げた。
彼は私を見ていなかった。インクの瓶を見ていた。その横顔に、私は初めて、彼が何かを察していることを、確信として見た。彼は母の名前を知らなかった。知らなかったが、察していた。察していて、それを言葉にしないでいるのが、彼の選んだ誠実のかたちだった。
私はその夜、ヘリングに言うべきだった一言を、言わなかった。
「私の母でした」
その一言を、私は言わなかった。言えば、ヘリングの今日の署名が、彼の手の中で別のものに変わる。彼を、そこへ置きたくなかった。
だから私は黙った。
黙って立ち上がって、控室を出た。出るときに、私は一度だけ、ヘリングの肩のあたりに視線を置いた。彼は顔を上げなかった。その夜の私たちの別れは、それだけだった。
ヘリングはその後も十数年、第三法廷で記録官を務めた。私の隣の机で、相変わらず、水の杯を置き、石炭を補充し、蝋燭の芯を整えた。私たちは相変わらず、仕事以外の話をしなかった。彼は七年前に退職して、生まれ故郷の南部の港町に戻った。町の名はブレーダル。海から近い、冬でも雪の少ない土地だ。
退職の日、私たちは法廷の前の廊下で短く別れの挨拶を交わした。挨拶、というよりは、二人とも、いつもの沈黙を少し長くしただけだった。彼は私の方を見て、一度だけ、何か言いかけた。言わなかった。私も何か言いかけて、言わなかった。別れの言葉も、結局、私たちは沈黙に収めた。
私は退職後、ヘリングに月に一度、手紙を書き始めた。彼も月に一度、短い返事をくれる。その手紙のことは、最後の夜に書く。
◇◇◇
蝋燭の二本目が、半分まで燃えた。
鼻の奥がつんとするのを、私は覚えた。涙は出ない。二十年経っても出ない。涙はもう、私の体の中で別の何かになっている。インクになって、紙に染みている、のかもしれない。
判決文の余白に、今夜は、母さん、と書く。
それから、少し離れたところに、もうひとつ、名前を書く。
エイリーク。
二つの名前の間には、空白を置く。二十年の空白だ。その空白に、いつか言葉を埋める日が来るかどうかは、まだ、私にはわからない。今夜は、空白のまま、置く。




