第六夜 仮面の告発
六冊目の綴りは薄い。
書類の枚数が少ない事件は、たいてい、何かが意図的に削除されている。十二年前の冬、被告人ヴィルマ・ブラント、伯爵令嬢、二十六歳。罪状は王妃に対する公的侮辱。判決は王都追放、領地への一年間の蟄居、爵位の保留。
判決自体は重くない。重くないからこそ、私はこの事件を綴りに残した。重くないように見せるために、何が削られたのかを、私は知っている。
◇◇◇
事件は王宮の冬至の仮面舞踏会で起きた。
冬至の舞踏会は、王国の年中行事の中で最も格の高い催しだった。招待状は王妃宮から直接送られる。招待された者は家格に応じた仮面を着ける。伯爵家の令嬢には銀の縁取りの仮面が許される。ヴィルマ・ブラントは、その年、初めて冬至の舞踏会に招待された。
ヴィルマ・ブラントは、扇に小さな小冊子を仕込んで、仮面舞踏会に参加した。舞踏会の中盤、彼女は王妃の前に進み出て、扇を開き、小冊子を取り出し、王妃の足元に投げた。同時に、卓上の葡萄酒の杯を取り上げ、王妃の胸元に浴びせた。
杯の葡萄酒が王妃の絹の礼服を濡らしたとき、広間は一瞬、静かになった。音楽が止んだ。楽士たちの弓が宙で止まった。王妃の侍女が三人、王妃の前に駆け寄った。ヴィルマは仮面を外さなかった。外さないまま、王妃の顔をまっすぐに見て、何も言わなかった。何も言わない、ということは、その場で観察していた誰の目にも明らかな選択だった。演説をしなかった。説明をしなかった。糾弾もしなかった。ただ、杯を浴びせて、小冊子を投げて、立っていた。
立っていたヴィルマを、王宮の衛兵が連れ去った。連れ去られる途中で、彼女は一度だけ振り返って、投げた小冊子の落ちた場所を目で確かめた、と後に舞踏会の給仕長が私に証言してくれた。給仕長はヴィルマの視線の動きを、衛兵の肩の向こうから見ていた。見ていて、彼女が確かめたかったのは「小冊子が拾われずに床に残っているかどうか」だったと、給仕長は言った。
公的な記録には、ヴィルマが「酔って錯乱し、王妃を侮辱した」と書かれている。
私が法廷で見聞きしたものは、それと違う。
◇◇◇
ヴィルマ・ブラントは、酔っていなかった。
舞踏会に出席した複数の貴族の証言を、私は記録席で聞いている。彼らは口を揃えて「ブラント嬢は最初から最後まで葡萄酒の杯に口をつけなかった」と証言していた。最初の段階で。
審理の途中から、証言は変わり始めた。
「いや、確かに飲んでいた」「目つきがおかしかった」「以前から情緒不安定だった」。同じ貴族たちが、別の日には正反対のことを言うようになった。間に何かがあったのだ。私はそれが何かを知っている。
一人目の貴族の証言が変わった日、私は法廷の控室でその貴族とすれ違った。彼の左手の薬指に、新しい金の指輪がはまっていた。前日までその指輪はなかった。別の貴族の証言が変わった日、その貴族の領地の境界線の係争が、一晩で有利な方向に処理された記録が、別の部署から流れてきた。三人目の貴族の証言が変わった日、その貴族の末娘が王妃宮の女官候補に正式に推薦された。
三つの動きが、三日のあいだに起きた。記録席に座っていた者にしか見えない動きがある。検察官の机の上に、舞踏会の翌日には載っていなかった書類が、三日目には載っていた。書類の表紙には、王妃宮の紋章が押されていた。
判事もそれを見ていた。見ていながら、何も言わなかった。
◇◇◇
投げられた小冊子は、証拠物として法廷に提出された。
私はそれを、自分の手で扱う立場にあった。証拠物の管理は記録官の補助業務のひとつだ。小冊子は手のひらに収まる大きさで、表紙はなく、紐で綴じられていた。中身は数字の羅列だった。
表紙のない冊子は、いくつかの種類がある。公的な記録の下書き、個人の覚え書き、商人の帳簿の写し。ヴィルマが扇に仕込んだ小冊子は、そのどれでもなかった。紙質は高級な羊皮紙ではなく、商人の帳簿に使う廉価な紙だった。紐は麻の細糸。綴じ方は手製で、糸の結び目が表と裏で違っていた。誰かが一冊ずつ、自分の手で綴じたものだ。一冊だけ。複製はない。
私は小冊子の紐をほどいた。ほどきながら、自分の中指の第二関節が、ペンを握るときとは違う角度に曲がっているのを感じた。証拠物を扱うときは、手袋をつけるのが規則だった。けれどその日、私は手袋をつけなかった。手袋越しでは、紙の手触りがわからない。わからないままでは、この小冊子の重みの意味を掴めないと、私は直感で思った。
数字の意味を、その場で理解できる者は法廷にいなかった。
私だけが、その数字の並びに見覚えがあった。
子供の年齢、性別、引き渡しの日付、引き渡しの先。沈黙の修道院の年次報告書に、似た形式の表があるのを、私は事前に見たことがあった。けれどヴィルマの小冊子にあったのは、修道院の正式な記録ではなかった。引き渡しの先が、どれも王都の特定の三軒の屋敷だった。三軒のうちの一軒は、王妃の異母姉の屋敷だった。
私は頁をめくった。めくるたびに、数字が増えた。一年目に七人。二年目に十一人。三年目に九人。最後の年の末尾に、十二歳の女児の記載があった。記載の後ろに、引き渡し先ではなく、「行方不明」の印が小さく書かれていた。誰かが、その一人だけは引き渡しから逃したのだ。逃したのは、おそらくヴィルマ自身だった。
私はその頁で、小冊子をゆっくり閉じた。閉じたあと、紐をもう一度結び直した。結び直す手が、思ったよりも落ち着いていた。落ち着いていたことが、かえって私を震えさせた。
私は休憩時間に、上席判事の控室を訪ねた。
「証拠物の小冊子について、内容を解読いたしました。報告書を提出いたします」
上席判事は、扇を一度開いて、閉じた。庭の毒草の事件の朝と、同じ動作だった。
「ヴァト、君は記録官だ。証拠物の解読は捜査官の仕事だ」
私は廊下に出た。
その日の夜、証拠物の小冊子は、保管庫から「紛失」した。紛失の事実を記録に残すのが、その日の私の業務だった。
私は記録した。「証拠物甲、小冊子一冊、所在不明、保管庫管理上の不備による」。
書きながら、私は中指の第二関節を強く折り曲げていた。ペンの軸が、その日の夕方には、いつもより深く指の腹に痕を残した。
その記録を書いたとき、私の隣には、ヘリングが立っていた。
彼はその日の保管庫当番だった。紛失の報告書には、保管庫当番の署名欄がある。彼は自分の名を、私の隣に書いた。
書き終えたあと、彼は一度だけ、私の方を見た。彼の左の襟首が、わずかに動いた。雪夜の剣の法廷で、ボーディル・スコゲンが最後に動かした襟首と、同じ動き方だった。何かを言いかけて止めた人の動作だ。
私は何も言わなかった。彼も何も言わなかった。
二人は証拠物甲が紛失したことにした。二人ともそう書いた。書いたあと、彼は保管庫の鍵を壁の掛け釘に戻した。掛け釘の位置を、その日、彼はいつもより少し高く直した。手が届きにくい高さにしたのだ。誰かが夜のうちに紛失した小冊子を保管庫に戻そうとしたとき、簡単には戻せないように。
ヘリングは、そういう人だった。そういう人を、私は十二年経って、今夜ようやく文字にしている。
◇◇◇
ヴィルマは王都を追放された。
彼女は領地に戻り、一年の蟄居の後、二度と社交界に姿を現さなかった。爵位は保留されたまま、彼女が四十歳になる頃に時効で消滅した。
蟄居中の彼女のことを、私は一度だけ、ブラント家の古い使用人から聞いたことがある。彼女は領地の屋敷で、毎日、庭の一角に新しい薬草園を作っていたそうだ。薬草園の植え付けは意味のある並びで、北から南に、子供の年齢順に種類を変えていた、と使用人は言った。一年半かけて植え終えた頃、彼女はその庭を見ながら、使用人に一言だけ言った。
「これで、十二歳までの全員の分が揃いました」
使用人は意味を尋ねなかった。尋ねる空気ではなかった、と彼は私に言った。
王妃の異母姉の屋敷は、その後も二十年近く存続した。三軒の屋敷で行われていたとされる「引き渡し」が止んだのは、別の事件で別の人間が告発したあとのことだった。その別の事件のとき、私はもう退職していた。だから記録を取らなかった。
ヴィルマが小冊子を集めるためにかけた年月のことを、私は時々考える。彼女は伯爵令嬢として、自由に動ける身分ではなかった。それでも三年かけて数字を集めたのだ。仮面舞踏会の夜、彼女が選んだ方法は、彼女にとって唯一可能な告発の形だった。
杯の葡萄酒を浴びせた行為は、注意を引くための演出だった。誰もが彼女の「失礼」を見たがった。誰も足元の小冊子を見なかった。
◇◇◇
蝋燭の芯から、細い煙が立ち上っている。
書きながら、肩甲骨の間がぞわりとした。汗ではない。冷たさが、皮膚の下を一度走った。
「証拠物甲、小冊子一冊、所在不明」。あの一行を書いた日のことを、私は今でも、自分の手の動きまで覚えている。ヘリングの手の動きも、私は覚えている。記録席で署名をしたあと、彼は私の方を見ずに、机の上の筆を自分の左側に寄せた。右利きの彼が筆を左に寄せるのは、次に誰かが書きやすくするための配慮だった。次に書く誰か、というのは私だった。私は彼の寄せた筆を取って、紛失の記録の続きを書いた。
続きを書きながら、私は筆の軸の、彼の指の温度が残っている場所に触れていた。触れていたことを、私は十二年間、誰にも言わなかった。今夜、綴りに書くことで、初めて触れたことになる。
ヴィルマ・ブラントは、王妃を侮辱したのではない。彼女は三年かけて集めた数字を、王妃の足元に投げた。その数字は、誰にも読まれずに紛失した。読めた者は、それを紛失と記録した。
判決文の余白に、今夜は数字をひとつ書く。三、と。三軒の屋敷の、三だ。




