第四夜 帳簿の継娘
今夜の綴りには、私の名前が一度だけ別人の筆跡で書かれている。
「執務除外、ヴァト記録官、本人申告による縁戚関係につき」。三十年前の夏、被告人ミンナ・ノルドルム。罪状は公爵家財産の継続的横領。判決は長期流刑。
ノルドルム家の名を、私はこの夜まで自分の記録に書いたことがなかった。書く必要がなかった、と言えば嘘になる。書きたくなかった、と言えば、それも完全な真実ではない。私は書けなかったのだ。書けば、私自身の旧姓と、私が捨てた家のことを、紙の上で認めることになるからだった。
旧姓を捨てる、という手続きは、この国では養女縁組の際に行われる。養女として迎えられる娘は、養家の姓を与えられる。実家の姓は、戸籍の脇に小さく「旧姓」と書かれる。書かれるが、日常では使わない。使わないものは、時と共に忘れられる。忘れられるはずだった。
私は十六歳のときに、ノルドルム家からヴァト家に養女として迎えられた。ヴァトの家は子のいない裁判官の家で、私を法廷の道に進ませてくれた。養女縁組の条件は二つあった。一つ目は、ノルドルムという旧姓を公の場で一切名乗らないこと。二つ目は、実家との文通を、母グンヒルド以外の誰とも行わないこと。
私は両方の条件を守った。三十二年間、ずっと守った。守ったことが、この夜の「書けない」の根本にあった。
◇◇◇
ミンナはノルドルム家の家令の娘だった。
家令というのは、貴族家の使用人の中では最も地位の高い職で、ノルドルム公爵家のような大きな家では、家政全般を取り仕切る男性が代々その役を担っていた。ミンナの父は十年以上、ノルドルム公爵家に仕えた家令だった。
ミンナは十二歳から父の補佐として帳簿を学んだ。十六歳のとき、家令の父が病で動けなくなり、彼女は実質的にノルドルム公爵家の家計簿を管理する立場になった。十八歳のとき、横領の疑いで告発された。
告発したのは、ノルドルム公爵夫人だった。先代公爵の後妻で、子供のいない女性だった。
◇◇◇
法廷に提出された証拠は、二冊の帳簿だった。
一冊は表向きの公式帳簿。もう一冊は、ミンナが個人的につけていたという「裏帳簿」。裏帳簿には、過去三年間で公爵家の金庫から消えた銀貨の総額と、その用途が細かく記されていた。
検察官は、裏帳簿をミンナの「犯行記録」と位置付けた。
ミンナは罪状を認めた。動機を問われて、こう答えた。
「私が悪うございました」
それだけだった。
私はその朝、執務室で、自分が記録席につけないことを上席判事に告げられた。被告人と縁戚関係があるからだ。私の旧姓はノルドルム。ミンナは遠縁の従妹だった。
「君の旧姓は公にはなっていない」
上席判事は言った。
「これは私が個別に配慮する。ヴァト、君は記録席には座らない。傍聴席なら構わない。法廷の実務上は、君は今日の裁判とは無関係だ」
私は礼を述べて、執務室を出た。出ながら、上席判事の「配慮」という言葉が、鎖骨の窪みの奥で重く沈んだ。配慮される、ということは、自分の旧姓が上席判事にすでに把握されていた、ということだ。いつから把握されていたのか、私は知らなかった。知らなかったが、知るべきだった。
私は法廷の傍聴席に座ることを許された。裏帳簿の写しを、傍聴席で膝の上に広げて読みながら、私はあることに気づいた。
傍聴席は第三法廷の西側にある。西側は夏の午後に陽が強く入る。ミンナが被告席に着いた時刻は午後の一時で、ちょうど陽が傾き始めた頃だった。彼女の顔の半分に、天窓からの光が落ちていた。もう半分は影だった。私は傍聴席の三列目に座っていた。三列目からは、ミンナの影の半分しか見えなかった。彼女の表情のうち、私が読めたのは半分だけだった。
半分だけ読めた表情は、諦めに似ていた。諦め、と言うより、もう済んでしまった、という顔だった。ミンナは法廷に座る前から、もう済んでいたのだ。何が済んでいたのか、傍聴席に座った時点の私には、まだわからなかった。
◇◇◇
裏帳簿に書かれた銀貨の流れは、すべて、ノルドルム公爵夫人の私的な支出に対応していた。
夫人の社交、夫人の親族への援助、夫人の宝飾品。表向きの帳簿には記載されない出費が、年間で公爵家の年収の二割に達していた。ミンナはそれを、家令の娘として三年間、黙って記録し続けていた。
裏帳簿は犯行記録ではなかった。
それは、夫人の横領の証拠だった。
ミンナはそれを、誰にも見せずに、自分の部屋の床下に隠していたのだ。
なぜ、ミンナは裏帳簿の存在を否定しなかったのか。
なぜ、自分の罪として認めたのか。
私はその夜、自分の旧姓を頼って北の親族の家に手紙を書いた。
手紙を書いたのは十五年ぶりだった。十五年前、祖母の葬儀のときに一度、形式的な悔やみ状を送って以来、私は北の親族とは縁を切っていた。切っていたのに、その夜、私はまた筆を取った。取ったペンの軸が、十五年分の重さを持っていた。
宛先は、ノルドルム家の家令補佐を長く務めていた、遠縁の老女だった。彼女は私の祖母の従妹で、当時七十を過ぎていた。もし彼女がまだ生きていれば、ミンナのことを知っているはずだった。
手紙の本文は短かった。「ミンナ・ノルドルムについて、ご存知のことがあればお教えいただきたく」。それだけだった。自分の旧姓を、手紙の末尾に「グンネル」とだけ書いた。姓は書かなかった。書けなかった。
返事は二月後に来た。短い返事だった。
「ミンナには十一歳の妹がいる。名はシグリ。妹はノルドルム公爵家の養い子として、家の中で育っている。ミンナは妹を守るために、この夏、公爵夫人から何かの取引を持ちかけられた。取引の内容は、私も噂でしか知らない。だが、ミンナが二つ返事で受けたことだけは確かだ」
それで、私はすべてを理解した。
◇◇◇
公爵夫人は、ミンナを告発する前に、ミンナに取引を持ちかけていたのだ。
「私の名を出さなければ、妹のことは、これからも公爵家で養い育てる」
ミンナは取引に応じた。妹を守るために、自分の罪として裏帳簿を引き受けた。
私は法廷でも、執務室でも、この事実を口にしなかった。
口にしても、何も変わらないとわかっていたからだ。私が縁戚として身を引いた以上、私の言葉は法廷では重みを持たなかった。それは正当な理由だった。
正当な理由だった。
いや。
それも、私が自分に言い聞かせていただけだ。私はノルドルムという名から逃げていた。母の家のことを、誰にも知られたくなかった。だから、ミンナの事件で身を乗り出すことを、自分に許さなかった。
ミンナは十八歳で、若い従妹だった。私は彼女と一度も会ったことがなかった。会ったことのない人間のために、自分の身分を危うくする度胸が、その夏の私にはなかった。
度胸がなかった、ということを、私は今夜、初めて自分の手で書く。「正当な理由だった」ではなく、「度胸がなかった」と書く。書くと、文字の方が私より重くなる。
◇◇◇
ミンナは流刑の途上で病を得た、と数年後に聞いた。
聞いたのは、法廷の記録からではなかった。同じ北の親族の老女から、また短い手紙が来たのだ。「ミンナは北に着く前の宿場で熱を出し、その宿場で息を引き取った。流刑地の鉱山には、一日もいなかった」。
一日もいなかった、という一文を、私は手紙を受け取った夜、机の上で三度読んだ。三度目に読んだとき、奥歯の裏が苦くなった。その苦みは、ミンナが流刑地に「ついに辿り着けなかった」という事実から来ていた。私は心のどこかで、彼女が流刑地で長く生きることを期待していたのだ。期待していたことに気づいた瞬間、私の期待は、彼女の苦しみを延ばす方向にしか働いていなかったことも、同時にわかった。
期待を捨てるのは、謝罪よりも難しい。
妹のことは、それから長く知らなかった。
ノルドルム公爵夫人は、その後二十年近く、公爵家を取り仕切り続けた。社交界では「夫を支える賢妻」として知られた。公爵が亡くなったあと、夫人は領地の半分を売却し、王都を離れた。王都を離れるとき、夫人はノルドルム家の古い家令補佐を解雇した。解雇された家令補佐は、北の親族の家に身を寄せた。後年、その家令補佐から、公爵夫人の王都離脱の本当の理由が私に伝わってきた。夫人は王都で、別の横領疑惑に巻き込まれかけていた。ミンナの事件は、夫人の最初の横領ではなかったのだ。最初でもなく、最後でもなかった。ミンナは、その一本の木の、最初の枝に過ぎなかった。
彼女がどこで死んだのかを、私は今も知らない。南方の温泉地だという噂もあるし、別の縁戚の家で静かに過ごしたという噂もある。確かめる気力は、私にはない。
ミンナの妹のことを、私はあとで別のかたちで知ることになる。それは最後のほうの夜の手紙に書く。
◇◇◇
蝋燭の蝋だまりが、皿の上で少し膨らんでいる。
襟元を正しながら、私はこの綴りを閉じる。執務除外と書かれた一行を、もう一度だけ指でなぞる。
ミンナ・ノルドルムは、横領していない。彼女は妹を守るために、他人の罪を自分の名で記録した。彼女の最初の帳簿は、彼女自身を犠牲にする計算式だったのだ。
判決文の余白に、今夜は妹の名の最初の音だけを書き残す。シ、と。




