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the 4th Section: Her Past Memories in Her Head. ~彼との1年間~

入行初日から、彼は、他の子たちとは、一線違うような雰囲気を醸し出していた。


東京大学経済学部卒業。

それだけでも十分な肩書きだが、更に、学生時代に、公認会計士の資格も取得している、期待の新人と言われていた。


大学生時代に、BIG 4と呼ばれる監査法人の一角で、アルバイトをしていたようだが、監査は自分に合わないと思ったらしく、就職活動で弊行に入った。


入行当時から、論理的で、押しが強かった。今から思うと、この時から、将来、狂犬だの、クラッシャーだのと、呼ばれる素質が、垣間見えていた。


私が、指導担当として、色々と教えていったが、その都度「それは論理的におかしいですよね。」とか「過去のやり方を踏襲するだけで、先輩は何も新しいことを考えないのでしょうか?」など、面倒くさいことばっかりを言ってきた。


その度、思い切り、そのツラ引っ叩いてやろうか!という衝動に駆られたが、グッと抑えた。


こんな性格なので、当然、他の部署や、上の人たちにも、すぐに噛みついては、私が、毎回、謝罪させられていた。


彼への指導は、1年間だけだったが、その間に、本当に、色々な問題を起こしてくれた。


とはいっても、彼は、いつも論理的で、かつ具体的な根拠や数字などを示しながら、主張をしてくる。


まぁムカつくので、全部とは言わないが、それでも殆どの場合、彼の意見の方が、正しかった。


しかし、組織というのは、必ずしも、論理的に正しいことが、組織として正しいわけではない。


ある日、彼が新規開拓をしてきた、創業間もないベンチャー企業に、融資をするかどうかで、当時の部長と揉めた。


彼は、向こう10年間の、財務計画、事業計画、経営戦略、更にはマーケティング調査の結果から導き出した市場動向などを基にして、その会社に、1億円の融資をするべきだと説いたが、当時の部長は、創業間もないベンチャー企業に、1億円もの融資をすることに躊躇った。


協議は平行線が続いたが、彼の方が説得力があり、優位なように見えた。

しかし、最終的には、部長がリスクを取れず、融資を却下した。


私は、端から見ていて、部長の気持ちは分からなくもなく、判断としては決して間違いではないと思えたが、彼には、全く理解ができなかった。


部長席の前で、ひたすら部長を罵り続けた。流石に、直属の次長や課長だけでなく、別の部署の次長や課長、課代までもが止めに入った。

そして、いつも通り、最後は、皆さんから、私がメチャクチャ怒られた。


ちなみに、そのベンチャー企業は、今では、日本でも有数のIT企業になっており、彼の判断が正しかったことは、後に証明されるわけだが、この時は、そんなことは、まだ誰も知らなかった。


その日の夜、私は、彼を会議室に呼び出して、叱りつけた。


でも、彼は、全く理解してくれなかった。自分がいかに論理的で、数値とデータに裏付けされていて正しく、そして部長が、いかに器と脳みそが、小さいかを述べていた。


私は、流石にウンザリして、最後は彼に怒鳴ってしまった。


『もういい加減にしてよ!!!あなたが問題を起こすと、全部私のせいになるの!!!皆、私の指導が悪いって言うけれど、全部、あなたが悪いんでしょ!!!』


『何でも、自分の思いどおりにしようして、視野狭窄になって、相手の意見を聞かなくなるから、こういうことになるんでしょ!!!』


『部長の悪口ばかり言うけど、あなたが、きちんと部長の懸念点を解消できなかったのが、いけないんでしょう!!!』


『あなた、頭いいんだから、それくらいのこと、いい加減に分かってよ!!!』


今日のオンライン面談と同じように、全く論理的ではない内容を、ヒステリーに叫んだ。


彼になんて反論されるだろう、いや、もしかしたらパワハラで訴えられるかもしれない。


不安に思いながら、彼の顔を見ると、不安とは真逆に、ニッコリしていた。


まさに、LINEのキャラクターのスタンプのように。


「僕、頭いいですか?」嬉しそうに聞いてきた。


『あ、うん。だって、東大も出てるし、公認会計士の資格も持ってるし、普段の仕事を見ていても、論理的で、筋が通った話しかしないから、私は、あなたは頭いいと思ってるよ。』


そう言うと、彼の笑顔は、更に大きくなった。


「分かりました。しょうがないなぁ。これ以上、先輩に迷惑かけたくもないので、この件はもう終わりにします。」


彼は、あっけなく引き下がり、私は、むしろ、呆気に取られた。


「先輩、この後、飲みに行きましょう。」


急に、彼に誘われた。


沢山の人に叱られて、ムカついたこともあり、いや待て、ムカつく原因を作ったのは、全部コイツだ。

まぁでも、そのせいで、お酒でも飲みたい気分ではあったので、そのまま彼と飲みに行くことになった。


彼は、歓送迎会には、主役に気を遣って出席するが、忘年会や新年会、普段の飲み会は、絶対に来ないような男だったので、てっきり、お酒は好きではないのかと思っていたが、実はかなり好きだったみたいだ。


そして時間が経ち、酔っ払っていくにつれて、彼は、自分の境遇を話し始めた。

初めて聞く彼の生い立ちであった。


彼は、鹿児島の出身であり、3人男兄弟の末っ子だった。上の2人の兄は共に、地元の国立大学の医学部を卒業して、今は、10代続く実家の総合病院の院長の将来の席を、競い合っているらしい。


一方、彼は、小さい頃から、アニメやドラマの中ですら、血や内臓を見るのがダメで、文系の道を選んだ。

しかし、男は全員、医師になるという家系であり、文系を目指した時点で、家族から勘当されたらしい。


勘当と言っても、未成年の子供を放っては、児童虐待になるので、高校までは学費と生活は見てくれたらしいが、大学からは学費も生活費も含めて、全て、一人で工面しろと言われたそうだ。


彼は、悔しくて、死に物狂いで勉強をして、東大に入ったそうだ。


「僕は、文系だけど、センター試験で、全科目95%取ったんです。2人の兄貴は90%もいってなかったのに。」

「僕の方が、頭がいいのに、親に勘当されたんです。兄貴たちは、合格祝いに、レストランでお祝いされたり、お小遣いもらったり、好きなものを買ってもらったりしたのに、僕には何もなかった。」


東大に入る息子を勘当するとは、そんな親が本当にいるのかなと、私は、不思議に思った。


まぁ、それぞれの家庭には、それぞれの事情があるので、私の知らない家族観というものがあるのだろうと思って、その点は何も触れなかった。


東大に入った後すぐに、彼は、自分で学費や生活費を稼がなければならなかった。


時給も良く、将来のキャリアにもつながりそうということで、小さな会計・税務コンサルティング事務所で、公認会計士や税理士の手伝いをしながら、勉強をして、自身も公認会計士の資格を取ったそうだ。


そして、更にお金を稼ぐために、BIG4の一角に移ったとのことだった。


それでも親は認めてくれず、今では、音信不通状態で、年末年始でも、実家には帰らないとのことだ。


銀行に入った時も、どうやら、第一希望の部署に行けなかったらしく、それが悔しかったそうで、僕よりもバカな奴らが、僕の希望の部署に行ったと嘆いていた。


「皆、馬鹿すぎて、僕を理解できないんですよ。でも先輩は、分かってくれましたね。」


興奮して怒って説明していた顔が、急にニッコリする。


いや、別に、アンタのこと、何も分かってないけど、心の中で思い、喉元まで出そうになるが、グッと抑える。


「いやぁ、僕が頭いいことを、先輩は、すぐに見抜きましたからね。」

なぜか、胸を張って言う。


なんだか、小学生の頃に飼っていたポメラニアンを思い出す。

ポメラニアンは気が強いが、飼い主にはとても忠実で、甘えてくる犬種だった。


要は、彼は、承認欲求の塊だということが、よく分かった。


取り扱いが分かれば、手なづけるのは、そんなに難しくないだろうと思った。


だが、この小僧は、ポメラニアンのようには、簡単にいかなかった。


何でも褒めればいいというわけではなく、仕事とプライベートは全くの別物と考えている。


例えば、職場で他の人たちがいる前で『この書類、こんなに上手に纏めてありがとね。偉い、偉い。』と言ったところ「先輩、お褒めの言葉を頂戴して、ありがたく存じますが、偉いという言葉は、社会人に対する賞賛の表現としては、不適切だと思います。」と注意された。


全く可愛くないガキだ。

それじゃあ、もう言うのは止めようと決めたが、その日の帰り際、すれ違いざまに、こそっと耳打ちで「偉いって言ってくれて、ありがとうございます!」と嬉しそうに言って、帰っていった。


なんて面倒くさいヤツなんだ。


しかし、男性とあまり関わってこなかった人生を歩んできた私にとって、この子との1年間は、実は、それなりに楽しく、嬉しくもあった。


私は、容姿に自信がない。というより、小さい頃に母から「これからの時代、容姿は関係ないからね。勉強を頑張ればそれで良いのよ。」と言われて、それがずっと心の傷となっている。


今の時代、そんなことを言ったら、毒親とでも言うのだろうが、当時はそんな言葉はなかった。


実際に、私自身も、自分の顔には、自信が持てなかった。


この容姿では、結婚できないかもしれない。思春期の頃、本気でそう思った。


そのため、部活も恋愛もせず、ひたすら勉強ばっかりしていた。


それでも、私には、東大はおろか、都内の国立女子大学にも落ちてしまい、小平にある私立女子大学に入った。


大学生時代、数は少ないが、それでも、同じ市内にある名門国立大学の男子学生たちと、合コンをしたことはある。


でも、自分の容姿にも、学歴にも、なにより自分自身に、自信がなく、上手く話すことができず、一度もお付き合いまで至ることはなかった。


そんな苦い経験もあり、異性との付き合いに、苦手意識をもってしまってからは、大学生時代もずっと勉強ばかりしていた。


そのおかげで、結果として、主席卒業という名誉は得られたので、それだけが大学時代の思い出であり、誇りにもなった。


結婚できず、1人で生きていくのであれば、スキルも身について、キャリアも広がり、給料も高いような、そんな会社に入ろうと思い、就職活動の時は、金融機関ばかりを受けて、今の銀行から内定を得た。


そのため、25年間、あまり男性と関わる機会がなかったので、こんなに沢山、身近で男性と話すのは初めてで、とても楽しかった。


私は、彼のことが、好きなのだろうか。たまに、ふと考えていた。


この人の彼女になりたいのか?

いや、でも、仕事では別人のように厳しく、プライベートではこんなに甘ったれた男が、彼氏だったら、多分やっていけない。


むしろ、コイツのせいで溜まったストレスを、私も誰かに甘えて解消したい。


でも、自信が持てない私を、いつも立ててくれて、素直で純粋で、何でも話しかけてくれる。


そのおかげで、彼の前では、私は、自信を持て、偽りのない自分を見せることができ、何も緊張をすることなく、安心できる。


そんなことを考えながらも、私は、彼に気持ちを打ち明けられず、激動の指導担当としての1年間を走り続けた。

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