the 2nd Section: Her Point of View in the Office of Credit Department ~次なる一手~
オンライン会議を退室して、私はその場で、うつむきながら、頭を抱える。
「説明をして差し上げてやる」だと、敬語のように見せかけて、遠回しに、こちらが無能だと分かるような発言をしてきた。
上から目線で、人を馬鹿にするのもたいがいにしろよ。
この歳になっても、頭ごなしに、怒鳴られ、否定されると、虚しくなる。
動悸が止まらない。それだけでなく、眩暈と、急に、吐き気までしてきた。
頭を上げて、半分ほど残っていた、ミネラルウォーターのペットボトルを、一気に飲み干す。
時計は午後1時を回っていた。午前11時に開始して、1時間で終わると予定していたのだが、結局、2時間以上かかってしまった。
でも、昼食を食べるような気分にはなれない。今は、胃が拒絶している。
当課の出席者は、私をトップに、主任と副主任の3人であった。
主任と副主任は、在宅勤務だったので、この執務室にいなかった。
いや、いてくれなくて、本当に良かった。
私は、頭を抱えながら、悔しさと怒りに、苛まされていた。
チャットの受信音が鳴る。主任からだ。血気盛んなメッセージを、受信する。
「課代、大丈夫ですか。あのPF二課長、付け上がりやがって、パワハラで、訴えてやりましょうよ」
課代は、課長代理の省略であり、肩書きで呼ぶ風習がある弊行では、皆、課長代理である私を、この名で呼ぶ。
私は、深呼吸をして、返信をする。
『心配してくれてありがとう。でも大丈夫。PF二課長の発言は、パワハラじゃないし、訴えられたら、逆にこっちが、業務放棄と越権乱用で不利になっちゃう。』
「そうですかね?あの野郎の屁理屈だと思いますが、課代がそういうなら、承知しました。でも、できることがあれば、何でも言ってください。」
主任は、心強い返信をくれた。
気持ちは嬉しいけど、多分、あなたでは、PF二課長に、全く太刀打ちできない。
むしろ、極限まで、詰められて、吊し上げられて、メンタルやられて、鬱にでもなられたら、私が困っちゃう。
「でも、あのPF二課長、もうすぐアメリカに異動らしいですよ。」
『え?そうなの?』
私は、驚いて、すぐに返信する。
「はい。人事課にいる同期から、こっそり聞きました。次の四半期末には、アメリカに行くことが、決定してるそうです。」
「でも、市場寄りのウォール・ストリート近くの支店にするか、政策寄りのワシントンD.C.近くの支店にするかで、決めかねているそうです。どっちにしてもアメリカなんだから、さっさと送ってくれればいいのに。」
そっか。彼も、ようやく希望が通ったのかと、ふと思う。
でも、これまでの彼の成果や、能力を考慮すれば、遅いくらいにも思うが、今が、彼のキャリアにとっては、最もベストな時期なのかもしれないとも思った。
「あいつがいなくなれば、僕たちの仕事もやりやすくなりますね。あ!この情報は、極秘ですので、他の人には、絶対に言わないでくださいね。」
『分かった。内緒にする。』
私が、返信をすると、主任は、イイネのスタンプを送ってきて、チャットは終わった。
敵にすると、本当に手強いし、何よりも怖い。
ストラクチャード・ファイナンス部 プロジェクト・ファイナンス第二課。通称、PF二課。
その課長は、別名、狂犬とか、クラッシャーとか、呼ばれていて、誰からも、恐れられている。
とても論理的で、細部にまで隙がなく、こちらに攻撃をする準備すら与えてくれない、それどころか、更に攻撃で詰めてくる。
「攻められる側に原因があり、攻める側が常に結果を出す。」
これは、彼の交渉の時の信条だ。
彼のことは、何もかも全て、分かっている。
昨年まで、私は、彼の下で働いていた。
身内には、極めて優しく、面倒見が良いが、敵に対しては、容赦なく叩きのめす。
いや、同じ会社の人間だし、一緒に良い事業を組成していくわけだから、正確には、敵ではないのか。自分でも、よく分からなくなってくる。
でも、彼の下で働いていた時、こんなにも金融という仕事が面白いのかと思えた。
彼からは、プロジェクト・ファイナンスについて、基礎から、全て丁寧に教わったが、彼を越えることも、いや、その後ろを付いていくことさえ難しかった。
それでも、彼は「昨日よりも、成長しているのであれば、それでいい。」と言ってくれた。
一歩ずつでも、しっかり進んでいけ、というのが彼の指導モットーであった。
私は、彼の下で、3年間働き、複数のプロジェクト・ファイナンス案件を組成した。
しかし、所詮、銀行は金を貸すだけに過ぎない。
実際に事業を行なっているのは、スポンサーと呼ばれる事業会社だ。
当然、上手くいくばかりじゃない。しかし、現場でプロジェクトを動かし、色々な問題や壁にぶつかりながらも解決策を捻りだして、大きな利益を生み出し、それを社会に還元していく。
そんな事業の現場に、携わってみたいと思った。
弊行のグループ会社は、コンサルティング・ファームを持っている。
弊行の出融資先の企業に、経営計画や財務計画の策定、企業と一緒に現場に入り、オペレーションに携わる等の支援もしている。
私は、1年半ほど前に、PF二課長に、もっとプロジェクトに近い、現場で動くことに携わりたいと相談をした。
その為、コンサルタントとして、ファームに出向をしたいとお願いした。
PF二課長は、自分で築きたいキャリアを、見つけられたことは、素晴らしいと言ってくれた。
弊行とファームの両方の人事部に、かけ合ってくれて、2年間だけだが、出向させてもらえることになっていた。
しかし、現在は、どこも人材不足だ。
特に、ファームは、AIやDXなど、システム関連のプロジェクトを回せるコンサルタントを欲しがっていた。
勿論、そういう時代だからといって、経営戦略や財務のコンサルタントが、すぐに不要になるわけではない。
しかし、ファーム側は、より利益を追求できるように、システムコンサルティング系の業務を拡大する方針になった。
それに伴い、システムコンサルタントを増やすため、財務コンサルタントの数を減らすことになった。
私の出向は、内々には決まっていたが、まだ最終決定事項では、なかったため、直前になり、話がなくなってしまった。
当然、私は大きなショックを受けたし、何よりもPF二課長が憤慨し、両社の人事部に、怒鳴り込みに行ってくれた。
両社の人事部としても、責任は感じていたようで、最近の女性管理職比率の向上という社会的な空気もあり、私は、急遽、課長代理になる昇進試験を、受けさせてもらえることになった。
加えて、これまでのキャリアに沿うポストを用意してくれる、という約束を得た。
そして、無事に、課長代理の試験に合格して、昇進はできた。
しかし、与えられたポストが、PF二課が組成する新規案件も含めた、東南アジア地域全体の新規組成事業の審査をする、国際事業出融資審査第二課とは。
確かに、今までのキャリアを一番生かせるとはいえ、あの課長と対峙することになるとは、全く想定をしていなかった。
それもそうだが、課長代理の私が、課長の仕事をしなければいけないことは、もっと想定外だった。
本来の際審二課長は、別の女性なのだが、この度、妊娠していることが分かり、産休と育休を取っている。
しかも、本来の本案件の担当者である、調査役の女性も、同じ時期に、産休と育休を取った。
そのため、私一人で、担当と責任の両方を担うことになってしまった。
本来であれば、次長あたりが、課長の代行をするのだが、中東情勢が、極めて悪化しており、上長たちは、中東の動きに振り回されている。
東南アジアの安全で少額な案件くらいは、自分たちでやってくれということになってしまった。
だからといって、なんで、私が全部やらなきゃいけないんだ。
理不尽極まりないと思う。そもそも、課長も担当も同時に、産休と育休でいなくなるのであれば、その代理を準備しておくのが、上長なり人事部の仕事だろう。
結局は、女性も男性も、独身の人間に、全てのしわ寄せがきて、損をする。
マズイ。PF二課長が、パワハラだというなら、私のこの思考も、口に出したら、パワハラだけでなく、セクハラと、マタハラにも、なってしまう。
ハラスメントは、中年のおじさん社員が、若い女子社員にちょっかいを出すようなイメージが強いが、そもそも、会社は、男社会だった歴史が長いため、男性上司が、男性部下にパワハラをすることの方が、多かったようだ。
そして今は、少しずつだが、女性の管理職が増え始め、女性上司が男性の部下や、そもそも、女性同士のハラスメントも、少しずつ増えているようだ。
私も、女子トイレで、男性には聞かせられないような、女性同士の酷い発言を、横耳で何度も聞いたことがある。
それに比べれば、PF二課長の言うことは、論理的だし、間違ったことは、何一つ言っていない。
そう思いながらも、私は、次なる一手を考えられなかった。
審査部は、意思決定の最後の砦だ。
私たちが、承認して、事業が失敗すれば、それはPF二課などの事業部ではなく、私たち審査部の責任である。
一方で、事業が成功すれば、それは審査部ではなく、事業部の手柄になる。
全く、こんな不公平があるだろうか。
部長と次長は、中東地域を所管している際審三課に、ずっと付きっきりだ。
しかし、東南アジアの少額の案件だとしても、簡単に稟議を通してくれないだろう。
上長に、早く承認を得るためにも、手を打たなければならないのだが、心と体が消耗しきってしまって、何もアイデアが出てこない。
私は、スマホを取り出して、LINEを送った。
『今晩会える?話がある。』
すると、すぐに返信がきた。
最初に、LINEキャラクターが、大きく笑顔になっているスタンプが送られてきて、その後「大丈夫です!わ~い!久しぶりに飲むの楽しみにしてますね!」とのメッセージが続いた。
私は、飲むとは言っていないのだが、まぁアルコールが入った方が、話やすいかもしれない。
しかし、まさかの即レスとは。もしかしたら、私が、連絡をするのを待っていたのか?
それを考えると、若干ムカついたが、いずれにせよ、だいぶ気持ちが軽くなった。
深呼吸をして、上長に説明をする稟議書の内容を考えていた所、他の課員から、声をかけられる。
「課代、申し訳ありません。マレーシアの水力発電事業で、問題が発生をしたと現地の支店より連絡がありまして、オンライン会議に、急遽、ご出席頂けませんでしょうか?」
私は、手を止めて、クアラルンプール支店とのオンライン会議に、入室した。




