『コミュ障に理解のある新人女神は好きですか?』
意識を取り戻した光は、真っ白な空間に立っていた。
無風無音、暑くもなく寒くもない。
「ここ、は……?」
見渡す限りの白。
唯一の取柄である視力2,0の光が見える範囲には壁もなく、上下左右どこまでも続いているようだ。
意識がはっきりしてくるにつれて、リビングでの珍事件を思い出す光。
魚肉ソーセージを拾おうとしたら冷蔵庫の扉に後頭部をぶつけてテーブルの角でとどめを刺されてしまった爆笑不可避の珍事件を。
「恥ずかしくて死にそう……」
「大丈夫ですわ!! もう死んでいますから!!」
「えっ!?」
光が両手で顔を覆いうずくまっていると、真っ白な空間にボンっと誰かが現れた。
現れたというよりも、転んだというべきか。
光は超が付くほどのコミュ障ではあるが、誰もいない空間で声が聞こえたら反射的に顔を上げてしまうもので。
「おっとっとぉですわぁ!! わたくし着地ミスりましたわ――ひぎいい!!」
金髪の女性が顔面ダイブしていた。
「ひぁっ……」
「ひぎぃあぁぁ……!! いってえですわぁ……!! いってえですわぁ……!!」
顔を押さえながら、白い床をごろんごろんと転がりまくる金髪の女性。
見知らぬ人と話すのは苦手な光だが、勇気を振り絞って口を開こうとする。
「……だ、だ、だ、だだだだいじょぶ、です、か」
「だ、だいじょうぶですわ……ありがとうございますわ……」
涙を浮かべながら、ゆっくりと立ち上がる金髪の女性。
凄まじい勢いの顔面ダイブで顔は怪我だらけだが、街を歩けば全員が振り返るのではないかと思うくらいの美人。
髪の毛もサラサラで、碧色の瞳はまるで宝石のようである。
「え、えと……」
「シライシ=ヒカリ様ですわね?」
「はえっ!? あひゃ、ひょうでひゅ!!」
突然名前を呼ばれ、盛大に噛んでしまう光。
「わたくしは転生の女神――ルリルレンですわ。よろしくお願いしますわ」
「あっ、よろしくおにゃが……しまぶっ!!」
発言の度に噛んでしまう光。
高校入学時の自己紹介で盛大に噛んでしまい、クラスメイトに笑われた嫌な記憶を思い出してしまう。
「筋金入りのコミュ障ですわね」
「ご、ごめなさ……」
「謝らなくてもいいですわ。とりあえず落ち着きましょう。息を吸って~吐いて~ほら、深呼吸ですわ」
「すっ、すすぅぉ……はっ、ははぁぃ……」
「深呼吸すら面白いですわね」
「あぅ……」
緊張のせいか、光は家族以外と話す時はいつもこうなってしまうのだ。
よく義務教育期間を過ごせたものだと過去の自分を褒める光だが、ほとんどが保健室登校だったことを思い出して即座に前言撤回。
「それで、話を戻しますけれど……どうしてヒカリ様がここに呼ばれたのかを説明しないといけませんわね……あっ、ちょっとすいません」
ルリルレンは1冊の本をポケットから取り出すと、ぱらぱらとめくり出した。
異世界転生の教科書と書いてあり、厚みからして100ページくらい。
「……きょ、うかしょ?」
「あっ、これですの? お恥ずかしながらわたくし転生歴2回目の新人女神でございましてコレが無いと分からないのですわ」
「えっ……」
新人と聞いて、不安になる光。
前任者がやらかしてしまったことで急遽転生神として選ばれたのがルリルレンであり、元々は別の仕事をしていたので異世界転生に関しては知識は乏しい。
「では、説明いたしますわ。ヒカリ様、あなたは冷蔵庫&魚肉ソーセージ&テーブルの角の3連コンボで死にましたわ」
「ああああああああああああああああああっ!!!!」
思い出したくないことを口に出され、発狂する光。
突然の発狂に驚愕したルリルレンは、一瞬だけびくっと身体を震わせた。
異世界転生の教科書――基本編に記載されているが、事故などで亡くなってしまった人間は精神が安定していないことが多い。
その場合、取るべき策はメンタルケア。
「落ち着いてくださいまし。実はこれすっごくレアな死に方でございまして、転生ポイントが非常に高いのですわ」
「転生ポイント!?」
「はい、神の世界でも大盛り上がりですわ。こんなだっせえ死に方初めてだと」
「ひ、ひどい……!!」
ルリルレンの散々な物言いに、光は泣き出してしまう。
ぐすっぐすっと鼻を啜る光を見て「しまった……」と内心で呟いたルリルレンは、目にも留まらぬ速さで異世界転生の教科書をめくって対抗策を見つけ出す。
異世界転生あるあるということで、ピンク色の付箋を貼っていたおかげで見つけるのは容易だった。
異世界転生の教科書にはこう記載されている。泣いてしまった人間を落ち着かせるには優しく抱きしめてあげましょうと。
ルリルレンはまるで子を想う母のような慈愛に満ちた表情を浮かべながら、光を優しく抱きしめる。
ルリルレンの豊満な胸はまるで柔らかいマシュマロのようで、抱きしめられた光の感情が徐々に落ち着いていく。
光が落ち着いてきたと判断したルリルレンは、説明を再開する。
「超が付くほどのコミュ障で死ぬまで大変でしたわね。そういうわけですから神々で話し合って、ヒカリ様には異世界で幸せな第2の人生を送っていただくことになりましたわ」
「だ、だいに、のじん、せい……?」
豊満な胸から顔を離し、ルリルレンの顔を見上げる光。
異世界転生。光が好んで読んでいたファンタジー小説でよくある展開。
無論、光も異世界転生に憧れていた者の1人であり、まさかここでその話題が出るとは思っていなかったようだ。
「ヒカリ様が望むものを何でもプレゼントいたしますわ。最強の魔法でも不老不死の肉体でもなんでもおっけーですわ」
「い、いいの……?」
「もちろんですわ。ヒカリ様はそれだけ苦労されてきたのですから」
「や、やったぁ……!!」
人生のどん底に落ちてしまった主人公は、チート能力を手に入れて異世界で無双する。
多くの仲間に囲まれて、何も困ることなく生涯を終える。
王道中の王道であり、光の理想だ。
「希望はありまして?」
ルリルレンに訊かれ、光はファンタジー小説で培った知識をフル活用して幸せな異世界生活を送るための作戦を考える。
何も不自由することなく誰にも怖がることなく、異世界転生後に起こるかもしれないハプニングを徹底的に潰しておかなければならない。
それらを踏まえたうえで、光の返答は。
「私が欲しいのは……大切な友達を守れるような誰にも負けない最強の力!! ずっと幸せに生きられる不老不死の身体!! 友達から好きになってもらえるようなかっこよさと美しさを兼ね備えた姿!! あ、あと空も飛びたい!! あと……!! あと……!! どんな攻撃も通さない最強の肉体も欲しい……はっ!! ご、ご、ごごごごごごめなっさい!!」
オタクあるある、興奮状態だと早口になる現象。
正気に戻った光は、涙を浮かべながらルリルレンに謝罪する。
オタク早口現象はルリルレンも予習済みであり、さらっと光のフォローに回る。
「気にしなくていいですわ。オタクは熱中すると早口になりますもの。ええっと、ありましたかしらそんな転生先……不老不死なら人間は除外。エルフは弱い……ああ、これだと……空は飛べ……あぁ、こちらなら……これならかっこよさと美しさの両方を持っていますわね……しかし、さすがにこれは……いや、もうこれしかありませんわね」
ぱらぱらとめくっていた異世界転生の教科書を閉じると、ルリルレンはにっこりと笑う。
「全ての要望を叶えられる、ヒカリ様の転生先が決まりましたわ」
「ほ、ほんと、ですか……!?」
「もちろんですわ!! ヒカリ様の転生先は――」
「ま、まってください」
ルリルレンがそう言いかけたところで、光は待ったをかける。
「どうされました?」
「ル、ルリルレンさん、言わないでください。異世界転生してからの楽しみにしたいので」
ネタバレ厳禁。
世間にはネタバレに寛容なオタクもいるが、光はネタバレ絶対許さない派である。
「……ヒカリ様が望むのでしたら」
一拍置き、こくりと頷いたルリルレンは光から少し距離を取る。
そして、ゆっくりと手を伸ばした。
「身体が光って……」
光に包まれる光の身体。
ルリルレンにより、異世界転生の儀式が開始されたのである。
「ヒカリ様、これだけは覚えておいてくださいまし。第2の人生、楽な一本道ばかりでなく困難な壁にぶつかることもあるでしょう。しかし、諦めずに頑張っていればきっと救いの手が差し伸べられますわ」
人生楽あれば苦もある。
どんなに力を持っていたとしても、それは変わらない。
物語の主人公は困難を乗り越えて幸せを勝ち取っていく。光もそれは理解している。
「……が、がんばります」
最後は噛まずに言えた。
ルリルレンからこれだけのプレゼントをもらったのだから、今度こそ失敗しないと誓い直す光。
「それでは行ってらっしゃいませ!! どうか幸せな異世界生活を送ってくださいませ!! それと後で異世界転生アンケートを送りますので星5評価お願いしますわ!! わたくしの評価に関わりますので!!」
ここまで良くしてくれたルリルレンに恩を返すためにも、異世界転生アンケートには星5評価をしなければならない。
生まれてから死ぬまでたった1人の友達すらいない寂しい人生だったが、第2の人生ではたくさんの友達を作ってみせる。
目指すは100人。
「が、がんばるぞぅ……」
その言葉を最後に白石光の人生は終わりを告げ、それと同時にシライシ=ヒカリの新たな人生が始まる。
何事も確認が大事です。
異世界転生アンケートってなんですかね。




