『お礼を言うことは大切なことなんです』
「よく似合っているではないか。ワタシがこっそり人間界に潜入する時に着ている服だ」
シルヴェリアから借りた服は、フリルの施された黒いワンピースとサンダル。
通気性の良い生地を使用しており、軽くて動きやすい。
髪色と同じであるため、違和感なくどこにでも着ていくことができる。
シルヴェリアの完全な趣味ではあるが、ヒカリの髪に紺色のリボンを付けさせていた。
ヒカリの着せ替え担当はもちろんミレイア。
瘴気が出なくなったとはいえ、即死効果が消えていると決まったわけではないからである。
「素材がいいとどんな服着ても似合うね」
全員の視線を浴びてもじもじとしているヒカリを見て、ミレイアがうんうんと頷く。
「これなら人間界にも潜り込めるだろう。誰が見てもちょっといいところのお嬢様だ。着心地はどうだ、ヒカリ」
「あっ……えっ、と」
シルヴェリアから着心地を尋ねられ、ヒカリの心臓の鼓動が速くなっていく。
人に良くしてもらったのなら、お礼を言わなければならない。
もちろん、ヒカリは理解している。
理解しているが、コミュ障を極めたヒカリはなかなか言葉が出てこない。
とても軽くて着心地が良いです。ありがとう。
たったひとこと、そう言えばいい。
爆発してしまったせいで、封魔ノ指輪のお礼も言えていない。
「どうした?」
何かを言いたがっているというのは、なんとなく察しているシルヴェリア。
しかし、それがどういう内容か。
普通であれば「ありがとう」とか「着心地抜群」とか言ってくるのだろうが、人間の姿をしているとはいえ相手はドラゴン――終焉竜エンドラシアだ。
この世界の常識は通じない。
「あっ――」
お礼を言うべく一歩前に出るヒカリ。
「おぉ……」
即死したくないので一歩後退するシルヴェリア。
「「……」」
沈黙。
きゅっと締まるヒカリの喉。
そんなヒカリを見て、ミレイアは察する。
お礼を言いたいのだと。
「ヒカリ、頑張れ!!」
「頑張れとは?」
応援するミレイアを不思議に思うシルヴェリア。
「……シ、シシシシルシルシルヴェヴァブ!!」
「うおっ、な、なんだ……!? まさか気に入らなかったのか!?」
「あばっ、ちっちがくて……」
お礼を言うんだ。
たったひとことでいい。
服を貸してくれてありがとう。軽くて着心地がいいです。
そう言えばいい。
ミレイアとは少し話せるようになったが、新たに魔界で出会った魔族たちと話すのはまだ難しい。
「気に入らないのなら、ルフィンの服を剥ぎ取るが……」
「魔王様、待ってくれ。それだとボクがパンツ一枚になってしまうじゃないか」
「必要な犠牲ね」
「あきらめて」
「理不尽だ……」
シルヴェリアと魔王軍四天王たちに冷たく言われ、涙を浮かべるルフィン。
数秒間の沈黙で気まずくなってしまったヒカリの耳元で、他には聞こえないくらいの声量でミレイアが囁く。
「ヒカリ、ありがとうって魔王に伝えたいんだよね?」
「う、うん……」
「私と話す時みたいに軽い感じでいいんだよ? ヒカリが難しいのなら私が代わりに言ってあげようか?」
「わ、私が言う!!」
ヒカリの否定の声は大きく、シルヴェリアの耳にもしっかり入っていた。
それでは今までと変わらない。
お礼すら自分で言えないようでは友達100人なんて夢のまた夢だ。
「やはり気に入らなかったか。フリルが多くて少し可愛すぎたか」
「魔王も察しが悪いなぁ!!」
「ワタシが怒られるのか!?」
ミレイアに怒られ、理解不能といった表情を浮かべるシルヴェリア。
「ヒカリ、頑張れ」
「……っ」
顔がほんのりと赤く染まり。
ヒカリは深呼吸して、意を決して。
「シ、シシシシルヴェリア、さん!!」
「お、おおっ!!」
初めて名を呼ばれ、少し驚いてしまうシルヴェリア。
ヒカリに呼ばれたのも初めてだが、魔界の地で呼ばれたことも初めてなのだ。
魔族たちからは魔王様としか呼ばれない。
それ故に、どこか寂しさを感じていたのも本音ではある。
「……あの、服と指輪」
「あ、あぁ」
「その……」
そう言いかけたところで、止まってしまう。
あとひとこと。あとひとこと。
内心そう叫びながら、ミレイアは拳を握り締める。
「服と指輪がどうした?」
「ふ、ふふふ服と、ゆびゆゆゆ指輪、貸して、くれて……」
「あぁ」
ここでシルヴェリアは完全に理解した。
服と封魔ノ指輪の件で、ヒカリがお礼を言いたがっていることに。
少し遅い気はするが。
「あ、ありありあり……」
「あぁ」
最後の力を振り絞り。
ヒカリは。
「ありが、とう……」
成功。
一瞬の静寂。
次の瞬間、シルヴェリアは笑みを浮かべた。
「ふふ、どういたしまして、だな。しかし、お礼を言うだけでそこまで緊張するか?」
「あうう……」
「ははは、この状況をあいつらにも見せたいな。きっと腰を抜かすに違いない」
満足そうに笑うシルヴェリアと、ほっと肩の力を抜くヒカリ。
「よかった……」
安堵の息を吐くミレイア。
ヒカリは戦闘力とコミュニケーション能力の差が極端すぎる。
ヒカリが少しでも人と話せるようになるべく、これからもサポートをしてあげなければならないと心の中で強く誓うミレイアだった。
友達というよりも、保護者になりつつあるミレイア。
ミレイアママ。




