『日常生活には危険がいっぱい』
新連載です。
初めての三人称視点なので、おかしいところもあるかもしれません。
よろしくお願いします。
カーテンの隙間から差し込む朝日で、光は夜が明けたことに気づく。
ヘッドフォンを外すと聴こえてくる鳥の声。
ちゅんちゅん、ちゅんちゅん。
新しい朝が来た。気持ちのいい朝だ。
布団から出て顔を洗って、髪を整えて制服に着替えて、朝ごはんを食べて学校に行こう。
そう語りかけているようである。
「……まぶしい」
白石光は、朝日が差し込まないようにカーテンの隙間をそこら辺に置いてあった洗濯ばさみで固定する。
高校1年の途中くらいから学校に行けなくなり、そのまま半年以上この過ごし方。
時刻は午前6時半。
今から家を出れば余裕で高校に間に合うが、光はもう諦めている。
不登校になって1か月くらいは頑張ろうとしたが、制服を着て玄関の前に立つと足がすくんでしまう。
制服のスカートを握りしめたまま、呼吸だけが速くなっていくのである。
――怖い。
とにかく怖い。
誰かにいじめられたわけでもないのに、外に出ようとするだけで怖いのである。
友達はいない。
誤解しないでほしいのは、別に私は1人でいたいわけではない。
ただ、不器用なだけで。
話し方も、タイミングも、表情の作り方も、全部ぎこちなくて。
中学校でも浮いてしまい、そのまま1人でいる癖だけが身に着いてしまったのである。
勉強はできる。誰とも話す必要はないから。
半年くらい通っていないけど、高校だって県内随一の進学校に在籍していることが証拠だ。
「はあ……」
光は溜め息を吐く。
光という名前でありながら、お先真っ暗お部屋真っ暗。
本音で話せるような友達と放課後や休日に遊びたかったし、他人からすれば意味の分からないくだらない話だってしたかった。
楽しい時は笑って、悲しい時は泣いて。
普通の人生を過ごしたかった。
――ぎゅるる。
引き籠っていてもお腹は空く。
両親は昨日から3泊4日の旅行に行っており、この家にいるのは自分だけであることを光は思い出す。
気分転換にどうだろうと光も誘われたが、外に出るのは嫌なのでもちろん断った。
徹夜明けで料理はしたくないので、今日は冷蔵庫にあるテキトーな物で済ませておくことにする。
「……確か、魚肉ソーセージが1本余っていたはずだよね」
光は階段を降りて、リビングに向かう。
光以外の何者も存在しない家。まるで時間が止まったかのように静まり返っている。
カチャッと冷蔵庫を開けて、烏龍茶の入ったペットボトルと魚肉ソーセージ(ラスト1本)を取り出そうとした。
「あっ」
ころころ、ぽろり。
つるつるしたフィルムが滑りやすく、ゆるやかに回転しながら床に落ちる魚肉ソーセージ。
その場に屈みこんで、慎重に拾う。
「ふふふ、私から逃げようなんていい度胸だぁ」
にやりと笑った光が立ち上がろうとした時、凄まじい音と共に後頭部へと激痛が走る。
「あいっ、たあああぁぁぁぁぁぁっ!?」
激痛の原因は、開いたままにしていた冷蔵庫の扉だった。
激痛のせいで握力が弱まり、光の手からぴゅーんと飛んでいく魚肉ソーセージ。
光自身も驚くほどの悲鳴。
声帯は衰え切ったと思っていたが、まだまだ現役ではないかと少しだけ感心した。
「……視界が、ぐるぐるっ」
世界が回転し、ふらふらとよろける光。
1歩、2歩、そして気づく。
――ぐにゃ。
何か踏んだ。
魚肉ソーセージである。
踏んだ足がつるんと滑り、光の身体が後ろに倒れていく。
「あっ、倒れる……」
倒れるというよりは、超高速バックドロップ。
光の後頭部が向かう先は。
「うそぉ」
よりにもよって、テーブルの角。
衝撃音が鳴り響くと同時、光の視界が白く弾けてしまう。
走馬灯の流れる中、光は自身に起こったことを振り返っていく。
魚肉ソーセージを拾おうとしたら冷蔵庫の扉に後頭部をぶつけて、魚肉ソーセージで足を滑らせてテーブルの角でとどめを刺された。
これほどまでに面白い死に方をしたのは世界中を捜しても光しかいないだろう。
しかし、1つだけマズいことがある。
死因が発覚してしまえば、白石さんのところの光ちゃんは魚肉ソーセージで足を滑らせて死んだらしいわよ――と、近所で噂になってしまうことだ。
両親は外を歩けなくなってしまい、社会的孤立からの引っ越しやむなし面目なし。
警察も解剖医も葬儀屋職員も親戚も爆笑もしくは苦笑。
「あぁ……」
意識が途切れる寸前、潰れた魚肉ソーセージが光の視界に入る。
腐っても人間であるならば、直接は言えなくともお世話になった方には礼と謝罪はするべきだと光は思う。
まずは両親に対して、今まで迷惑をかけてごめんなさい。不甲斐ない娘でごめんなさい。死んでからもおそらく迷惑をかけるので今のうちにごめんなさい。お葬式は一番安いプランで結構です。今まで育ててくれてありがとう。
それから魚肉ソーセージに対して、食べてあげられなくてごめんなさい。踏みつけてごめんなさい。その美味しさと手軽さには何度も助けられました、ありがとう。
――そして。
礼と謝罪を済ませたことを見届けたかのようなタイミングで、光の意識が遠ざかっていく。
白石光の人生は、魚肉ソーセージと共に幕を閉じたのである。
皆様もどうかお気をつけて……牧田も気をつけます。
魚肉ソーセージ好きなので。




