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彼女を取られ、職場を失った男

掲載日:2025/11/26

錬金術工房に、若い男女の恋人同士がいた。

男は平民で、女は身分の低い貴族の出身だが、美人であった。どちらも才能があったが、女のほうが工房の売り上げに貢献していた。


そこへ、ある力のある男性錬金術師が入ってきた。


あっという間に職場の人間と打ち解けたが、男のほうは少し警戒していた。

理由はなんとなくだが、恋人の女性にも、やたらと親しげに話しているように見えたからだ。女のほうも、まんざらでもなさそうだった。


男は女に言った。

「あんまり親しげに話さないでほしい。なんだか取られそうで心配だ」


女のほうは笑って、

「やあねえ。そんなことないわ。あの人はあんなに素敵なんだもの。わたしなんか目じゃないわ」

と言っていたが、男から見るとそんなふうには見えなかった。


ある時、疫病が流行った。

錬金術工房にも、その病の薬を作ることが求められた。


男は頑張って薬を作り、女の分まで肩代わりして作ったが、ついに倒れてしまった。病ではないが、過労であった。


一週間ほどして復帰すると、どうも雰囲気がおかしかった。

女のほうに声をかけると、なぜか妙に優しい。変だな、と思いながら勤務を終え、帰ろうとしたところで、新しく入ったほうの男に声をかけられた。場所を変えようと言われ、店に入る。


そこで聞かされたのは、

「私はあなたの元恋人と、近々婚約する予定だ」

という言葉だった。


男はびっくりして、「私と彼女は恋人同士だった」と言ったが、

「今はそうではない」


と返された。


慌てて男は女のほうのところへ行き、事情を聞いた。

「そのとおりよ」


と言われた。


話を聞くと、男が寝込んでいる間に新しい男がいろいろとアプローチをかけ、恋人同士になったらしい。


錬金術工房の仲間たちも、この新しい恋人関係には批判的だった。

しかし、新しく入った男は優しく気遣いもでき、しかもこの錬金術工房に資金を援助していたオーナー貴族の子息ということがわかると、手のひらを返したようになった。


男は平民であり、何の後ろ盾もなかったので、そのまま見ているしかなかった。

やがて、新しく入った男、オーナー貴族の子息と女は結婚した。


元の恋人だった男は、幸せそうに過ごす夫婦を横目に見ながら、かといって辞める勇気もなく、そのまま同じ工房にいた。


気づくと、オーナー貴族の子息が、その錬金術工房の長になっていた。

そして男に、辞めるようにと言ってきた。


「いつまでも君がいてたら、彼女が嫌な気持ちになる。悪いが、やめてほしい」


ふんぎりがつかなかった男だが、その言葉で工房を辞めた。


別の町へ行き、幸いそこで錬金術ギルドのギルド員として雇われた。


そこには、幸薄そうな女性ギルド員がいた。

自分もかつて彼女を寝取られ、抵抗もできず、その職場を辞めることもできなかった意気地なしだ。なんとなく彼女のそばにいると落ち着くので、一緒にいることが多くなり、やがて付き合うようになった。


料理は上手で、少しずつ距離を縮めていき、結婚した。


月日が流れた。


子どもも三人に恵まれた。上に二人の男の子、下に一人の女の子。その三人も、結婚適齢期という時期になった。


上の男の子が、「会ってほしい女性がいる」と言って連れてきた。

夫婦は嬉しそうにその女性と会った。その女性の親も錬金術師だそうだ。


しかも工房を持っていたが、借金でつぶれてしまったという。


自分はそんな親を助けたくて、錬金術師になったのだと話した。


妻は「健気でいい子じゃないですか」と言う。

しかし男はふと疑問を持った。


どこか、面影がある。


「もしかして、ご両親のお名前は──あの二人ではありませんか?」


そう尋ねると、女性は驚いた顔でうなずいた。

なんと、その二人の親は、かつて自分から彼女と職場を奪った者たちだったのだ。


男は、「実はな……」と、過去の話を始めた。

「もしかすると、君のご両親が反対するかもしれない」


と告げる。


女性はその日は帰った。

男は息子に、「私のせいで破談になったらごめん」と謝った。


数日後、女性とその親――つまり、かつての恋人と、その彼女を寝取った男がやってきた。


そして、開口一番こう怒鳴った。


「俺たちへの恨みで娘を巻き込むな! 大方、子どもに命じて誘惑させたんだろう!!」


実際には、女性のほうから息子に声をかけてきたと聞いていた。


「お父さん? 違うわよ。私が彼に声をかけたの」


「いいからお前は黙っていなさい。いいか。娘をお前なんかの息子に嫁がせると思うなよ。どうしてもというなら――」


「いえ、結構です。お引き取りください」


息子が冷静に言った。


「は? お前、娘が好きなんじゃなかったのか?!」


「ですが、あなたのような方と親族になりたくありません」


「はっ。お前の親父は、彼女を寝取られても工房をやめなかった意気地なし。息子のお前も、とんだ甲斐性なしというわけだ。好きな女のために――」


「たったいま、好きではなくなりました。お引き取りを」


「な、なにを……」


見ると、女性のほうは俯いて涙を流している。


そのそばで、かつての恋人である母親が慰めていた。


「お父さんたちのせいで私は、」


泣きながら親に恨み言をいう女性を尻目に息子が続ける。


「あなたの工房を調査したら、借金漬けでつぶれたと言いますが……工房がつぶれたのは、評判が悪くなったからです。借金は、あなたの女遊びが原因でしょう」


母親はサッと表情を暗くした。


「工房は、私の父を追い出してから評判が悪くなったと思います。調べてみてください」


「な、なにをデタラメを……」


「父は、目立たず派手ではありませんが、仕事は丁寧で、義理を大事にしていたので、貴族たちからの評判が良かったのですよ」


「とくに仕込みの面倒な中級マジックポーション。労力と価格のつり合いが取れないそのマジックポーションの仕込みを、父は得意としていました」


「当時のあなたの工房も、中級マジックポーションがもっともよく売れていたはずです」


ポーションやマジックポーションといった魔法薬は、薬師よりも錬金術師の領分である。

とくにマジックポーションは魔力を回復させる薬だが、魔力草からマジックポーションの素になる状態にするまでが、とても面倒くさい。


男は、その錬成を得意としていた。


「父を追い出してから、その中級マジックポーションを作るスピードが落ちて、少しずつ経営が傾いていったのですよ」


息子の言葉を聞きながら、男はふと自分の手を見下ろした。

かつて何も守れなかったこの手が、今は家族を支えているのだと思うと、胸の奥が少しだけ熱くなった。


親子が去りゆく間際、母親から一言、


「あの時、裏切ってごめんなさい」



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