未来の窓
未来の窓は、唐突に開いた。
都会の中心。人々の行き交う高層ビルの一室に、それは現れた。
窓の向こうには、見たこともない形の車や、空を自由に行き交う乗り物が浮かんでいた。
それは映像でも幻でもなかった。
——何年も先の、未来の実像だった。
ひとりの少年が、震える声で呼びかけた。
「……そこにいるのは、未来の人ですか?」
しばしの沈黙のあと、窓の向こうから柔らかな声が返ってきた。
「ええ、そちらは過去なのね。驚くでしょうけど、ここではよくあることなの。
でもね、未来とは、あなたたちが思うほど明るい場所ではないのよ。
空気はきれいでも、心が息をする余地がないの」
人々は息を呑んだ。
未来と過去が、硝子一枚を隔ててつながっている。
それから街の誰もが、その窓に群がるようになった。
戦争のこと、科学のこと、環境のこと——
彼らは一晩中、未来と語り合った。
ひとりの青年が言った。
「話すだけじゃ足りない。俺は未来を見に行く」
彼の瞳には、幼い頃から“まだ来ぬ朝の光”が宿っていた。
誰よりも未来を信じ、誰よりも今を信じていなかった。
青年は窓枠に足をかけ、振り返りもせずに微笑んだ。
「行ってくる」
そして、静かに未来へと消えた。
——翌朝。
都会はゆっくりと血の海に沈んでいった。
咳き込み、倒れる人々。
赤く腫れた眼、裂けた喉。
救急車のサイレンが重なり、空は鈍い色に染まった。
そこは未知のウイルスが、世界を覆い尽くしていた。
人々は悟った。
未来のどこかで克服された病が、あの窓からやってきたのだと。
まだこの時代には、それを癒す術がなかったのだ。
誰かが、そっとカーテンを引いた。
未来の窓は静かに閉じられ、二度と光を映さなかった。
誰も、見ようともしなかった。
——未来という言葉を、もう一度信じる者は、もう、どこにもいなかった。
未来は未来でしか見せない表情がある。まだ、その窓を覗くことは、早いのだ。




