エルフ国へゆく前に
※「筋電義手的な物体を自発的に操作しようとすると幻肢痛が緩和する」という部分はあくまでフィクションであり、お話の都合と魔力が存在する世界観でのファンタジーです。異世界人がそういう生体的特性を持っている、というのと23世紀ではそうなってる、くらいのノリで。まあ偉大なSFでも人類全員テレポート能力あるぜから始まったりするので。
「と言うわけで、エルフの国へ向かいたいのですが」
「うむ。では騎士の選抜などあるゆえ十日ほど待て」
辺境伯の執務室で相談すると、すぐさま話は決まった。
「即決ですね」
「創造神様の御心はそなたを人間に独占させることにはない。我が元へ表れて貰ったのは人品や、邪神による干渉がないかなどを確かめるため。貴族用の大きな牢に近い。礼を失さず、しかし見極める。あとは種族の問題もある。地球に獣人がいてそなたの役割を持っておれば、その獣人が獣人国へまずはと送られたであろう。故にエルフの国へ行くのは問題ない。ただ、そなたがいきなり単身はそもそも無理だし、政治的な面もある」
「魔物が出るとかは分かりますが、政治面とは」
「そなたと私的な交流が気軽に行なわれると、我も我もとなってしまう。今は国難どころか世界の難事の時、手出しが悪辣なら場合によれば根切りだが、小さな病んだ子供でも使い『ねだられる』のは止めるのも外聞が悪くなる。故に我が領、我が王が先の種族的配慮や見極めのコストを理由に外交権を握り、その指示下にそなたがある程度は入って貰うことになる。逆に、我らは当然の義務としてそなたの手を煩わす阿呆を差し止める」
政治的窓口としての権利と義務と言う訳だ。
「御配慮痛み入ります。では待っている間に出来ることをさせて頂きます」
まずは騎士さんの幻肢痛治療だ。実は、緩和ケアだけではない対処法自体はある。この世界は魂とスキルが紐付いていたり、通用するか不明なので実験も兼ねてやってみるのだ。
必要な荷物を用意し、傷病兵棟で患者さんに面会する。面会相手はあん摩師フローラさんお気に入りの、ファンさんのような自立した患者さんではなく、もっと重傷の人だ。それでも緩和ケアを繰り返したため、きつい痛み止めは減らせて来ている。精霊魔法もこなれて来たので、まずはこの人で実験だ。
「こんにちは。意識はどうですか」
「あ、先生。落ち着いています」
付き添いの従卒さんが言う。
「では、実験台になるかどうかの契約の話をしましょう」
「言い方悪いですよ。わざとそんな」
「いいえ、わざとではないです。私の知識はあくまで地球ベースですから。通用しない、不具合がありうる、それを承知で『踏み台』になるかならないか本人の承諾を得なければなりません」
「……承知」
「主もこのように」
「口約束が信頼出来ない訳ではありませんが、逆にこちらが未知の技術を用いて悪化した際の保障も必要なので明文化してあります」
この辺は辺境伯付の法務官さんに頼んで作ってもらった書類なので問題はない。この世界での医療事故を想定したレートで私が行う技術提供の利益を彼に回す契約書だ。
「それはそうか……分かった」
「ではこちらをお読み頂きサインを」
数分後、書面に名が記入される。
「こちらがスライムと取り付けバンドだけになりますが義肢材料となります」
私は荷物からスライム材を取り出すと、右腕が尺骨半ばから無い騎士に近づく。
「ヒヤッとしますよ」
スライムは水分の多いゲルだ。それに犬の口輪のような籠状に近い皮部品がつけてある。そのバンドの輪を腕に通し、スライムを腕の切断面に付ける。バンドを調整し、スライムが垂れ下がる状態にする。
「最初は補助しますので、ご自身の腕をご想像ください」
数秒もすると、バンドの先に逞しい腕が現れた。
「おお……元の腕の太さのようだ。それに、痛みも和らいだ気がする」
「幻肢痛というのは視覚や信号情報自体も影響します。鏡箱は片手を逆の手の代わりとすることで感覚を補正するわけですが、こちらは色が透明で似ていない代わりにスライムに信号を正しく流す過程で狂っているはずの流れを正しているわけです。分かりやすく言えば、幻肢痛を起こしている人の欠けた部分が痛むのは、迷って苦しんでいる暴れ馬のようなものです。頭から出てくる信号が迷走する、これは水も食料も足りないまま未知の森などをうろついて気持ち悪くて死にそうなのにずっと走らされるようなものです。手近な木にぶつかっていようが、踏んではいけないものを踏もうが、とにかく無理やり動く。そんな滅茶苦茶な状況です」
「そういうものなのか?」
「ええ。そういう相手に道しるべを与え、正しく導いているのが今の状態です。ですから、正しい腕のイメージを保ち続けてください。そうすれば、外しても痛みが緩和される場合があります。個人差などはありますが」
「治る可能性があると?」
「脳というのは覚えた情報を書き換えないわけではありません。剣術の型を覚えたり、悪い癖を矯正したり、そういった事が出来るようなものです」
地球では第六の指という実験があった。手に6番目の稼働部位を付けるという実験だ。筋電義手ではないこれに慣れると、副作用として健康に害はないが脳波に変調があったという。この実験での変化は第六の指を使用しなくなり二週間で戻った、つまり無くなったそうだ。
脳とはそれくらいフレキシブルなものであり、変化を付けられるものなのだ。魔力で欠損で起きた変化すなわち幻肢痛を常時『正常化する』だけなら、問題はない。
次は工房に向かう。