(6)
次の朝、ロドリクは寝付けなかったために頭がスッキリしないまま、王都中央にある警備隊宿舎に馬に乗って向かう。
朝日が昇る前に出立したことで、馬上でウトウトしながら道程を進む。
道に慣れているロドリクの愛馬は、うつらうつらの飼い主を落とすことなく王都へ運んでくれた。
王都の警備隊宿舎に近づくと馬はヒヒン、と一鳴きして主人を起こす。
「少しウトウトしたら楽になったよ。ここまで運んでくれてありがとう」
ブルルルッと馬は首を何度も振って、それから「見ろ」と言わんばかりに顎をある方角に何度も向けた。
「……ん?」
宿舎の玄関の横に、真っすぐに背筋を伸ばし立っている者がいる。
深くマントを被って顔は見えないが、立ち姿から女性だとわかった。
――あの、妙にしゃんと背筋を伸ばす立ち姿はどこかで見た覚えが。しかもつい最近。
「……レディ・フェリシア?」
つい、声に乗せて呼んでしまった。
マントの女性も名を呼ばれ、ロドリクの方に振り替える。
やはりフェリシアだった。
ロドリクの姿を確認すると、パアッと明るい表情になって小走りで近づいてきた。
ちょこちょこと小走りで走る姿が小動物を見ているようで、少しだけなごむ。
ロドリクも馬から下りてフェリシアを出迎える。
「おはようございます。朝早くから、いかがしましたか? 何か事件でも?」
「い、いえ……ロドリクさまに昨日の謝罪をしたくて……でも、わたくしも仕事ですし、ロドリク様のお仕事でしょうから、こうして早い時間にきてお待ちしていたんです」
「そうでしたか。――馬を戻してくるので、しばしお待ちいただけませんか」
「あ、わたくしも一緒に参ります。時間がもったいないですから」
――時間を気にして行動がとれる人だったか。お喋りに制限などないように思われたけれど。
見合い時、「時間です」と執事に声をかけられても、喋っていたのに。
フェリシアはロドリクの隣についていく。
「あの……昨日はお恥ずかしい姿をお見せしてしまって……」
「いえ……」
恥ずかしい姿とは、転んだ姿なのか、そのあとの暴れた姿なのかどっちもなのか――ロドリクにはわからなかった。
だからといって本人に突っ込んで聞くのも紳士のやることではないと、追及することはしなかった。
「わたくし、いつもそうですの……失敗すると頭が混乱してしまって、何をやっているのか自分でもわからなくなりますの。それで失礼なことを言ったり、はしたない行動を起こしたり……落ち着いてから振り返って、反省しきりで……でも、どうしてか素直に謝れないのです。『わたくしのせいじゃない。わたくしがこういう行動や言葉を言わなくてはならなくなった相手が悪い』と、どうしても思ってしまうのです。家族に相談したこともございました。そうしたら『お前は矜持が高すぎるのだ、だから素直に謝れなくてそう思い込んでしまうのだろう』とか『自己顕示欲が強すぎて自分の失敗を認めることができないんでしょう』とか、人を逆なでする助言しかしてくれなくて……余計に意固地になってしまうのです」
ロドリクは彼女の謝罪と言うか、言い訳を聞きながら馬を所定の馬房に入れる。
「水と飼い葉を与えるので少々お待ちください」
「あ、わたくしをお手伝いしますわ。飼い葉はどこに?」
ロドリクが指示すると、フェリシアはしたがってキビキビと動く。
水と食料を与える短い間に、フェリシアは自分の愛馬と仲良くなっていた。
「人見知りしないのですね、この子」
フェリシアは嬉しそうに馬の鼻筋を撫でる。
「この子は人懐っこいのです。繊細な馬にしては珍しいとよくいわれます」
「きっと乗っている主人と似ているのですわ」
「そうですか?」
「……だってロドリク様は、先日のわたくしを見てもこうして優しく接してくださるじゃありませんか」
フェリシアの頬が淡い紅色に染まる。
(こういうところ、可愛いと思うのだがなぁ)
少なくてもフェリシアは自分には、少しは素直になっているのかもしれない。
勝ち気で自己顕示欲が強く、矜持が強すぎて家族にも素直な部分を見せられずにいるのか。
――しかし、これも自分が「こうだといいな」という願望でしかない。
彼女の本性がまだロドリクにはわからない。
もう少し、突っ込んで聞いてみようか、と思い立つ。
「レディ・フェリシアは、私に助けてもらったと言っていましたね。それはいつ頃だか覚えていますか?」
「いやですわ、ロドリク様。わたくしのことはフェリシアと呼んでくださってもいいのですよ」
また調子づいてきた。
「では、フェリシア」
「はい」
ハートが飛んできた返事だ。
「これに気圧されてはならない」とロドリクは、怯えそうになった顔を引き締める。
「わたしの問いに答えてください。なにも叱ろうとしておりません。事実確認をしたいだけです。というのも、暴漢に襲われてたという事件があったなら報告書に記録してあるはずなのです。だが、その書類もない。だから貴女の言っていることが不思議でしかたない」
「い、いやですわ……っ、そんな昔の戯言なんて覚えていらっしゃったの?」
笑みを作ろうとしたフェリシアの口元が歪んだ。
「私は王都の治安を守る警備隊の隊長です。私が誇る仕事なのです。記載漏れなどあったら名折れになりますし、あってはならないことです。もしそうだったら、私自身を処罰しなくてはなりません」
「処分!?」
その言葉にフェリシアは口に手をあて、小さな目を思いっきり開いた。
「……まさか、そんな重大なことになるなんて……嘘でございましょう? いえ、嘘ですよね? 嫌ですわ、そうやってわたくしをからかおうとなさって」
どうしても話を誤魔化そうとする彼女の目をロドリクは、真剣なまなざしで見つめる。
いや、見据えるといったほうがいいだろう。自分がどれだけ本気で言ったのか、フェリシアに気づいてもらわなくてはならない。
「これでも言えないようでしたら、私の仕事をご理解いただけない、理解していただけない相手とは伴侶になりえません。ということでお見合いはなかったことに――」
「――ごめんなさい。暴漢に襲われたというのは嘘ですの」
フェリシアは速攻で頭を下げてきた。
フェリシアが言うには――
「自分はたまたま、暴漢に遭いそうになっている他の女性の近くにいた」
「警備隊を呼びに行こうとしたら、それより早くやってきたのがロドリクだった」
「毅然とした態度で、またその麗しさに一目ぼれした」
「この人こそ、わたくしの運命の人だと思った」
「自分がロドリク様にとって運命の人だと思っていただけるように、『暴漢に襲われたところを助けてもらった』と嘘をついた」
「だって本当はロドリク様と運命の出会いのために暴漢に襲われるのはわたくしだったはずだから、嘘じゃない」
「でも、実際に襲われたのは違う女性。ここでわたくしがそう言い続けるとロドリク様との縁が切れてしまうから、仕方ないので白状した」
「だからわたくしは悪くありません。悪いのは間違ってわたくしじゃない方を襲った暴漢ですから。本来、ロドリク様との出会いのために襲われたのは、わたくしのはずなのです。だからわたくしが暴漢に襲われたとロドリク様にお話ししましたの」
フェリシアは鼻息荒く、そう自慢げに告白した。
紅潮した顔には自分が作り上げた最高のストーリーに酔いしれている感もある。
嘘ついたことは悪い→けれど嘘をつかなくてはいけない理由があったから仕方ない→悪いのは自分じゃない→嘘をつかなくちゃならなくした相手が悪い。
なんという責任転嫁――ロドリクは頭が痛くなって、こめかみを揉む。




