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(4)

「大変だ、ロドリク。見合いの話が進んでしまったぞ」

「そうですか……」

また両親から至急の連絡をもらって実家に戻ったのは夜中。

『是非にと』という手紙をロドリクに渡す。

「困ったわ……」

 母が深く息を吐く。


 色々「困っている」理由はあると思うが、多すぎて「困った」としか言えない状況なのだな、とロドリクは思った。


「父上、母上。とりあえず『困った』という理由を並べてみましょう」

 ランプの灯りの中、三人は肩を寄せ合い、困っていることを述べ、書いていく。

 予想外だったのは、フェリシアの悪い噂で振り回された『困った』ではないということだった。


「父上も母上も、レディの巷での評判は気にしてはいないようですが……」

「気にはしているさ」と父。

「だがな、それよりも結婚話がこのまま進むとしたら、準備やらのほうが気になる」

「そうですね……」

 ロドリクは紙に書いた『困った』件を今一度読む。


「一度、レディ・フェリシアとご両親にお会いして話し合いをしたほうがいいかと思います。こちらの事情は既に調査済みかとは思いますが、我々が真摯に話したら事情が変わるかもしれませんし」

「……そうだな」

 どうにかして結婚をなかったことにしたい、という両親の切実な想いが表情に出ている。

 両親の方が自分よりずっと長生きだ。

 この結婚によって息子が不幸になる要素を感じているのだ。

 両親の意見に従った方がいい。そう思う。


 だから――

 彼女と結婚してもいい、という想いを口に出すのは止めたロドリクだった。


◇ ◇ ◇


 アリベール侯爵夫妻との話し合いは、その四日後に行われた。

 なんでも、フェリシアは市井で教師をしており、そう易々と休めないそうで彼女の公休日に会うことにしたためだ。

 両親のみで会ってもよかったのだが、それはフェリシアがたいそう嫌がったそうだ。


 両親を連れ立って侯爵家の邸に入り、応接間に案内される。

 一張羅を着た両親と、警備隊の礼服に身を包んだロドリクは、香しい紅茶を飲みながら侯爵夫妻とフェリシアを待つ。


「テリエ子爵、お待たせして申し訳ない」

 入ってきたアリベール侯爵夫妻は、和やかな雰囲気を持っていた。

 喋り方も気さくで、とっつきやすい。

 ロドリクと両親はホッとした。


 そして後ろからついてきたフェリシアも、微笑みを浮かべロドリクと彼の両親にあいさつをする。

 侯爵夫妻と似た雰囲気を持つ彼女も、和やかで人が好さそうな雰囲気を持ち、ロドリクの両親はますます安堵した様子だ。


「お忙しいところ、お時間を作っていただきありがとうございます」

「いえ、婚約を結ぶ前に一度お会いしたいと私どもも思っておりましたので――いやぁ、立派なご子息で……安心したしました。彼ならきっとこの娘の気性を抑えることもできるでしょう」

「いえいえ。この子は子爵位のわたくしどもから生まれたとは思えないほどできた子とは思っておりましたが、侯爵令嬢であるフェリシア嬢にお目をかけてもらえるとは……いやはや驚いておりました」

「とんでもない、私どもも驚いておりました。王都にまだ――」

「ええ。そんなことございませんわ。わたくし――」


 フェリシアが辛抱たまらずといった様子で、侯爵が話している途中で割り込んでくる。

「フェリシア、少し黙っていなさい」

 と侯爵から強い口調で止められた。

 一瞬、ムッとした顔をした彼女だったが、すぐに「はい」とほほ笑みながら頷いた。


「申し訳ない、話の途中で。この子はお喋りが趣味でして、喋りだすと止まらないものですから。この子に付き合っていると決まる物も決まりません――フェリシア、今日は親同士の話が趣旨だ。静かになさい」


「では、ロドリク様を庭にお誘いしてもよろしいでしょうか?」

 いい提案だとフェリシアは、笑みを絶やさず父である侯爵に尋ねる。


「どうする?」

 という顔をむけてきた侯爵にロドリクは首肯する。

 両親には『子爵として、上位の爵位の令嬢との結婚に関して、幾つかの不安』を話し合っている。

 却って自分と彼女がいない方が話がしやすそうだ。


「レディ・フェリシア。よろしかったら以前、訪問したとき見られなかった庭を見せていただきたいのだが……」

「勿論ですわ」


 ロドリクは立ち上がった彼女に手を差し伸べる。

 フェリシアは頬を染め、恥ずかしそうにロドリクの手を取った。

 傍目から見たら、付き合い始めの初々しいカップルにしか見えない。

 その様子に両家の親たちは温かい眼差しで見送った。





「以前は四阿のある庭の方でしたから、今日は反対側の果樹園の方に参りますか? それとも四阿の周辺の花々を見て回りましょうか?」

 フェリシアの提案にロドリクは、

「そうですね……前回はお話ばかりで終わってしまったので、四阿周辺の花を紹介していただけますか?確かレディ・フェリシアは花を育てるのがお好きだと話しておりましたよね」

「ええ! そうですの! 覚えてくださいましたのね、嬉しいですわ!」

 彼女はそれは嬉しそうに、体を弾ませながらロドリクを引っ張っていく。


 ――まるで子供のようだ。


 二十五歳だと聞いていたが、ロドリクにはそれが悪いことだと思わない。

 子供を相手に教師をしているのだ。子供目線で見なければならないこともあるだろうし、結婚をしていないのだから、少しは羽目を外したってかまわないだろう。

 何より――自分とこうしているのが嬉しくて堪らないという様子が、ロドリクにとって嬉しかった。


「こちらの花はアリッサムと申しますの。これはヒューケラ、ゴンフレアにペチュニア……この辺りは全部、わたくしが植えて育てましたのよ」

「ほう……手入れがよく行き届いていますね。普段は仕事もされているのに、大変ではありませんか?」

「あまり手入れをしなくても育つ、害虫にも強い丈夫な花を植えておりますのよ。水やりはまとめてたっぷりと」

「なるほど……赤が多いですね」

「ええ、わたくしハッキリした色が好きですの」

「そうなんですか」


 ロドリクは赤の、たまに緑の葉の庭を眺める。

 色のセンスはロドリク自身もほぼ皆無なのでただ、「目が冴える光景だな」という感想だ。

 隣でフェリシアが一生懸命説明しているのを「うんうん」と頷く。


 しばらくして、彼女のお喋りが止む。

 ずっと喋りっぱなしだったから疲れたか、と思いきや、また口を開く。


「ロドリク様は寡黙な方ですのね。前世はもう少しお喋りでしたのに」

「……え?」


 また前世の話?

 腰を上げフェリシアを見下ろす。身長差があるのでどうしても見下ろしてしまう。

 しかし彼女は恐れることなく、まっすぐとロドリクを見上げた。ちょっと不満そうに頬を膨らませて。

「いくら生まれる前からの縁で結ばれている運命だとしても、その昔からの縁に甘えて会話がないのはどうかと思いますの」


 ロドリクは、なるべく冷静に彼女に尋ねる。

「……失礼、前にもお話ししましたが『前世』とか、『私たちは昔からの縁で結ばれる運命』とか、俺、いや私には理解しかねるのだが」

 ストップと手を上げ、彼女の話を止めようとしたが、彼女の口は止まることはなかった。


「まあ、ご謙遜。ロドリク様だってわかったはずですわ。『ようやく魂の番に出会った』と。わたくしがわかるのですもの。聡明なロドリク様にわからないはずがございませんわ」


 彼女は控えめに紅を塗った唇の端を綺麗に上げる。

 黒目がちのつぶらな瞳もともに三日月をなした。

 彼女の目には狂気の光がある――


 背筋が冷たい。冷や汗が流れる。


 ――いかれてる

 ――やばい

 ――この令嬢につかまったら

 ――逃げられない


「すまない。全く分からないのですが……私はレディ・フェリシアと前世で出会って、夫婦だったと見合い時に貴女は仰っていたがいまだに私は思い出せない。もし前世で夫婦だとしても思い出せない私からしたら、前世で貴女との生活が満足だったからではないかと」


 だから、今世では前世の縁に縛られる必要はないと、言う意味で返した。

 ロドリクの言葉にフェリシアは目を輝かせた。


「まあ! では、今世もわたくしと結婚して満足した生活を送りたいと、そう仰りたいのですね!」 

(――えっ?)

 話が飛躍した。

 話はどんどん進んでいく。


「当然ですわよね! だってこのわたくしが相手ですもの。王家の血が入り、完璧な頭脳と慈悲に満ちた行動。そして『可愛い令嬢』と囁かれているこの容姿。年頃の殿方はみな『わたしごときが貴女と伴侶になるなんて恐れ多い』と、辞退なさっていたのですよ。決して結婚が決まらなかったわけではございませんの。求婚者が多くて決闘になりうるかもしれないとみな、お断りしていたのです」

 そこまで一気に捲し立てると、今度は赤らめた頬に手を当てロドリクを上目遣いで見上げる。


 確かに自分は『これが高位の貴族令嬢の通常』と思い込んでいたから、もし話が進んでもお受けしようとは思っていた。

 けれど、こうして話して違和感の正体にロドリクは気づいた。


 ――フェリシアは考え方も行動も『自己中心的』で『歪んでいる』


(なぜ俺は、彼女となら結婚してもいい、なんて思ったんだ?)


 自分の感情すらわからなくなっている。

 とにかく、「結婚を承諾した」と思い込んで興奮状態になっている彼女を止めないと。

「いやいやいや……そういう意味では――」


「いやですわ。ハッキリと言わなくてもわかっておりましてよ。ロドリク様はわたくしを見初め、生涯の伴侶として求めていらっしゃる。わたくしとロドリク様は目と目で互いを分かり合える仲になりましたもの。こういうことは『愛し合っている者』どうしでないとできないことだってこともわかっております。わたくし、恋愛小説とか愛をテーマにした劇やミュージカルなんて想像と空想の世界だと興味がございませんでしたの。でも! ロドリク様と運命の出会いを果たして、現実にあるのだと馬鹿にするのは止めましたのよ。この前見ましたミュージカルなんてそれは素晴らしくて、今度は是非とも一緒に観に行きましょう! わたくし、伝手をつかって席を取っておきますわね。そうそう! 新婚旅行はどこへまいりましょうか? やだわ、それより先に挙式のことを考えないといけませんわよね」


「あ、あの……」

「いやだわ、照れなくてもいいんですのよ。わたくしとロドリク様の仲ではありませんか」

 またペラペラと話を進めていく。話を逸らすことも止めることもできない。

 息継ぎしているのか? と思うほどの饒舌さで実は舌が二枚あるのでは思うほどだ。

 瞳は先ほどの狂気を含んだ光を放ちだしている。

 何より、話している彼女は恍惚としているが、自分を見て話していない。

 どこか遠くの誰かに向かって話しているようにロドリクには感じられた。


(ああ……自分のお喋りに悦を感じているんだ)


 これはどうにかして一度落ち着かせたほうがいい、勝手にどんどん先に進まれている。

 貴族との結婚は互いの家も関係している。

 両家との話し合いが今、どうなっているのかわからないのに当人、特にフェリシア一人だけが盛り上がるのはよくないだろう。


 興奮状態のフェリシアを見、てロドリクはひどく冷静になっていた。


「レディ・フェリシア! 落ち着いてください!」

 とにかく一旦、このお喋りを止めないととロドリクは、多少大きな声で彼女に訴えた。

 鍛え上げられた肺気量は思ったよりフェリシアを驚かせたようだ、ゼンマイが切れた人形のように口だけでなく体ピタッと静止した。


「とにかく落ち着きましょう。まだ両家同士の話し合いが終っておりません」

「……ロドリク様のご両親は……この結婚に反対ですの?」


 こういうことは察しがいいらしい。

 訪問した最大の理由を尋ねてきた。

 ここは本当のことを話したほうがいいのか悩むロドリクだったが、生来の生真面目さがたたって、正直に話してしまった。


「私の親は子爵で、その貧しいのです。市井の者とそう変わらない生活をしております。爵位なんてあってもないようなものです」

「身分なんて気にしておりません! 貧しくたって平気です! わたくしだって働いておりますもの!」

「それに我が家は平屋です。庭だって花など育てる余裕はなく畑になっています。このお邸で生まれ育った貴女には耐えきれないと」

「野菜くらい育ててみせますわ!」

「――そこには、貴女が望むようなロマンスもないし、観劇やミュージカルを楽しむ余裕などそうそうありません。恋愛小説のような――読んだことがないのでよくわかりませんが、ハッピーエンドではないと思います。どうか、現実を見て自分を見直してください」


 我が家の状況を話したぞ。

『自己中心的』な考えでは、この結婚は無理だと。

 さすがに『歪んでる』までは言ったら傷つくから言えなかったが。


 しばらく無言で見つめあった。 


 彼女のつぶらな瞳から涙がボロボロと零れていく。

「ひ、ひどい……!ひどいですわ!」

 小さな体を震わせている。

「お、女の純情を……! わたくしの必死に考えたロドリク様とわたくしのロマンスを……!」

「ロマンス?」

 どこからどこまでがロマンスだったのだろう、と思わず尋ねる。

「『前世』とか!『私たちは昔からの縁で結ばれる運命』とかですわ! わたくしとロドリク様の運命の出会いを祝して作った――」

「――えっ? どういうことですか?」

 ロドリクは、フェリシアの言葉にツッコミをいれる。

「え?」

「え、じゃありませんよ。もしかしたら今までの『前世で夫婦だった』とかはすべて作り話だったのですか?」

「そ、それは……い、いやですわ、ロドリク様は聞き間違えたのです」

「いや。それはない。国民の訴えをしっかりと間違いなく聞いて調査をしなくてはならない身だ。訓練は受けている」

「で、では空耳では?」


 ロドリクに詰め寄られ、フェリシアの涙は既に引っ込んでいた。

 代わり、動揺から目がキョロキョロ彷徨っている。

 ロドリクは腰を屈め、フェリシアと視線と合わせる。

 ジィ、と彼女の嘘を見定めるように彼の深い青の瞳が冷たく光った。

 耐えきれなかったのか。フェリシアはとうとう声を震わせながら声を上げた。


「う、嘘ではありません! わ、私は純粋にそう思ったのです! 初めてお会いして『この方こそ、わたくしの運命の伴侶』だと、ただ……」

「『ただ』?」

「前世からの縁だと申し上げれば、きっとロドリク様だって納得してくださると……だって、そうでないとわたくしが子爵のご子息である貴方を好きになるなんて、ありえませんもの! 侯爵令嬢のわたくしが、格下の爵位の子息を好きになるとしたらもう、前世で夫婦だったのに違いありません!」


 ――頭痛がしてきた。




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