第9話 村雲ミズキという少女
その事態は、突然起こった。
『黄牙団』の序列二位と三位――楊梓晴と呉凌峰を相手に戦っていたセイラと清十郎。
その二人の耳に、突如として激しいジェット音が飛び込んできた。
まるで戦闘機でも突っ込んできたかのような轟音。
しかも、その音は凄まじい速度でこちらへと接近している。
思わず二人が顔を見合わせる。
「清十郎……この音、もしかして?」
「はい、お嬢様……恐らく私も同じ人物を思い浮かべております」
「はあ……もしかしたらと思っていましたけど、本当に来てしまったのね」
嫌な予感がする。
それも、とびきり嫌な予感が。
『闇鍋騎士団』の団員たちが姿を現した時点で、セイラは既にある可能性を考えていた。
だが――まさか本当に来てしまうとは。
その人物とは……『闇鍋騎士団』クランオーナー『村雲ミズキ』
実のところ、セイラと清十郎は彼女と何度か顔を合わせたことがある。
だからこそ、二人の表情は一様に重かった。
何故なら、彼女の印象は、最悪だったからである。
悪意があるわけではなく、むしろ本人に悪気は一切ない。
だからこそ厄介なのだ。
無自覚の悪意、あるいは――無自覚の非常識。
彼女の行動が原因で発生したトラブルや事故は、数え上げればきりがない。
そして、その度に『闇鍋騎士団』は炎上し、世間からは迷惑系クランとしての悪名を積み上げてきた。
戦闘になれば周囲を盛大に巻き込むことで有名な『紅蓮の魔女』ことアイリーン・スカーレットですら、彼女と比べればまだ常識人に見える。
それほどまでに、村雲ミズキという少女は、非常識だった。
「何を余所見している!? お前らの相手はこっちだろ!」
その瞬間、ミズキの登場に意識を持っていかれたセイラたちの隙を、楊梓晴が見逃さなかった。
音もなく踏み込み、鋭い一撃を叩き込もうとする。
「……っ!」
「お嬢様!」
だが――
「分かって……ますわ!」
セイラは振り向きざまに楊梓晴の攻撃を受け流した。
そして、その勢いを利用するように身体を捻り――
「そこですわ!」
ドンッ!!
鳩尾へ、強烈な正拳突きが叩き込まれた。
「が……はぁっ!」
まともにカウンターを受けた楊梓晴の身体がくの字に折れ、そのまま数歩後退する。
膝から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「あなた方もなかなかの強さですけれど……」
セイラは構えを崩さない。
「……あの化け物と比べてしまえば、役不足ですわね」
楊梓晴の顔が歪む。
その言葉は、彼女の実力を侮辱したものではない。
むしろ逆だった。
セイラがこれほど余裕を持って二人を相手に出来ているのは、Aランク冒険者とSランク冒険者との間に存在する、埋めようのない実力差があるからだ。
先程から隣で繰り広げられている劉愛蕾と『闇鍋騎士団』の戦いを気にしながらも、セイラが戦闘を継続出来ていたのも、その圧倒的な実力差があってこそだった。
「ちぃっ! 舐めるなぁ!」
セイラの言葉に激昂した呉凌峰が、上空から銃弾をばら撒く。
だが――
「あなたの相手は……私です!」
清十郎が一歩前へ出た。
刀を振るい、迫り来る銃弾を次々と弾き落とす。
そして、そのまま返す刀で斬撃を放った。
「『銀嶺』!」
「くっ……猪口才なぁ!」
呉凌峰は翼を大きく羽ばたかせ、空中で身体を捻る。
紙一重で斬撃が彼女の身体を掠め、辛うじて回避することに成功した。
しかし、それが失敗だった。
回避行動に意識を集中していた呉凌峰は、自らの頭上に迫る存在に気付かなかった。
「だらっしゃぁあああ! ……ですわぁ!」
それはもちろん、セイラだった。
勢いよく跳び上がったセイラが、空中で錐揉み状に回転する。
そして、その回転力を全て乗せ――
ドゴォンッ!!
「ぐはぁああああっ!」
強烈な蹴りが、呉凌峰の後頭部へと叩き込まれた。
その身体がほぼ垂直に地面へと叩き落とされ、轟音と共にピクリとも動かなくなった。
セイラは身体を翻し、華麗に着地した。
その眼前には、先程まで自分たちと死闘を繰り広げていた二人の姿がある。
一人は鳩尾を打ち抜かれ、膝をついたまま苦しそうに息をしている。
もう一人は地面へ叩き落とされ、意識を失っている。
『蒼氷の聖女』と『龍殺の守護者』
二人の連携によって――『黄牙団』の序列二位と三位。
クランオーナー、劉愛蕾の右腕と左腕が、ここに敗れた。
◆
そして、時間は少しだけ遡る。
劉愛蕾と村雲ミズキが、初めて正面から顔を合わせたところまで戻る。
「ていうことは……お前が、このふざけた奴らの親玉ってわけかい?」
「はい! 私が『闇鍋騎士団』のクランオーナー、村雲ミズキです!」
ミズキは胸を張り、元気いっぱいに答える。
その後ろでは、彼女の仲間たちが何とも言えない表情を浮かべていた。
何か言いたそうだ。
だが、誰も口を開こうとしない。
そんな空気の中、意を決したサブオーナー、サダヨシが口を開いた。
「あの……オーナー?」
「はい?」
「仲間たちは別に死んだわけじゃないんですけど……それ、分かって言ってます?」
「…………え?」
ミズキの動きが止まった。
「何ですってぇ!?」
突然、声を張り上げる。
「サダヨシさん! そういうことはもっと早く言ってくださいよ!」
「いや、それはオーナーが勝手に……」
「もう! サダヨシさんのせいで、皆さんのこと死んだことにしちゃったじゃないですか!」
「いや、だから……」
「はい! ごめんなさいは!?」
「……ごめんなさい」
完全に折れた……サダヨシの心が。
この一連のやり取りを見ていた『金剛の刃』のクランオーナー、アキラは、心の底から彼に同情した。
――大変だな、あいつ。
そんな視線を向けるアキラの横で、劉愛蕾はというと――
「…………」
完全に呆れていた。
「あたしはさっきから、一体何を見せられてるんだい?」
「はい?」
ミズキは首を傾げる。
「ああ、お待たせしました! それじゃあ、戦いましょうか!」
「……小娘ぇ」
劉愛蕾の額に青筋が浮かぶ。
「良い度胸じゃないか」
「小娘じゃありません! ミズキっていう名前があります!」
「小娘……お前」
「ミズキです!」
「だから、小娘」
「ミズキです!」
「…………」
「ミズキです!」
「………………ミズキ」
「はい!」
勝った。
何故か分からないが、劉愛蕾の精神力が先に尽きた。
(あの化け物が……あいつは一体何者なんだ?)
目の前の敵よりも、別の意味で恐ろしい存在を見つけてしまったような気分だった。
「あれ?」
そんなミズキが、突然首を傾げた。
「何か忘れてるような……」
しばらく考え込み――
「ああっ! いけない!」
何かを思い出したらしい。
「メイ! メイー!」
「はい! ここにいます!」
すると、少し離れた物陰から、一人の少女がひょこっと顔を出した。
ミズキと同年代か、少し年下くらいだろうか。
外見だけならかなり幼く見える少女だった。
「あっ! いたいた!」
ミズキが嬉しそうに駆け寄る。
「もう、どこに行ってたんですか?」
「すいません……オーナーの速さについていけなくて……さっき、やっと追い付いたところです」
「あなたはうちのクランの配信担当なんですからね!」
ミズキが腰に手を当てる。
「はぐれたら配信が止まっちゃうじゃないですか!」
「はいぃ……すいませんでしたぁ……」
――そもそも、置いていったのはミズキである。
しかし、そんな理不尽にもすっかり慣れているのか、メイは素直に頭を下げていた。
これが『闇鍋騎士団』の日常なのだろう。
その光景を眺めていた劉愛蕾が、呆れたように口を開く。
「これまた、とんでもないのが来たねぇ……」
そして、錫杖を肩に担ぐ。
「まあ、どうでもいいけどねぇ。どうせこれから、あたしに殺られるんだからさ」
「そうですか?」
ミズキは全く動じない。
「それじゃあ、これで配信もバッチリですし……」
メイが手元の機材を確認する。
「後は、あなたをぶっ飛ばすだけですね!」
ミズキは剣を構えた。
その表情に恐怖はなく、むしろ楽しそうだった。
それを見た劉愛蕾も、口元を歪める。
「……へえ」
錫杖を地面へ突き立てる。
バチバチバチッ!
黄金の雷が全身を駆け巡り、周囲の空気が一変した。
劉愛蕾が、再び帯電状態へと移行する。
「よーい……」
ミズキが剣を構えたまま、楽しそうに笑う。
「どん!」
「来いよ、こらぁアアアアア!」
二人が同時に地面を蹴った。
そして、黄金の雷と、一直線に迫る剣閃が激突する。
『黄牙団』のクランオーナー、劉愛蕾。
対するは――『闇鍋騎士団』のクランオーナー、村雲ミズキ。
どちらも一癖どころか、二癖も三癖もある。
しかし、その実力だけは本物で、互いに一歩も引くつもりはない。
二人のクランオーナーによる、最悪にして最高の一戦が始まった。
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