第27話 立ちはだかる最強の鬼
それは正に最強の鬼の名に相応しく、強大で凶悪な姿をしていた。
その顔には、どの鬼よりも鋭そうな牙が見え、どの鬼よりも雄々しく優雅な角が天を衝いている。
身の丈五メートルほどの巨躯に、怪しく光る漆黒の鎧を纏っており、一目で恐ろしい威力を秘めているのがわかるほどの大刀を持っている。
一目見て大凶丸の危険さを理解した俺は、少し距離を取りながら様子を伺うことにした。
『神速』を使用すれば、これだけの距離を取れば何をしてきても大丈夫、今まで戦ってきた経験を元に割り出した距離からさらに幾分かは余裕をもって距離を取った。
……しかし、すぐにその目測の甘さを思い知らされることになる。
大凶丸も俺のその僅かな気の緩みのようなものを見逃さなかったのだろう、真っ赤な瞳をこちらに向けると何かを呟くのが見えた。
「……刻断……」
瞬間、大凶丸の姿が直立していた姿から、刀を振り抜いた姿勢に一瞬で変化した。
目を離していたつもりもなく、恐らく瞬きすらしていないはずだ。
それでも、刀を振り抜く様子は一切見ることが出来なかった。
その瞬間、何かがこちらに飛来してくるのを感じる。
「……っ!?」
咄嗟に『神速』を発動し、必死にその場を離れようとするが、俺の目に飛び込んできたのは……
どこかへ飛んでいく俺の左足だった。
「ぐぅぅ!そんな……馬鹿な!?」
俺の想定よりも数段上回るどころか、桁違いのスピードを目の当たりにし、思考が混乱する。
この速度で追撃されたら間違いなく死ぬ。
そんなことを考えながら、必死に片足でその場を離れながらエリクサーを使用する。
幸いと言えば良かったのか、大凶丸の気紛れなのか、恐らく後者だろうが、俺への追撃は行われなかった。
何とかエリクサーの力によって左足を再生させ、体勢を立て直しながら、大凶丸の方を見る。
あいつは、刀を振り抜いた姿勢のまま、微動だにしていない。
余裕をかましているつもりだろうか?
必死で今受けた攻撃に対しての思考を巡らす。
『神速』でも反応が出来ないほどの超神速の剣技、そんなものがこの世に存在するのが俄かに信じられなかった。
あれも何かの特殊能力か、スキルの類だろう。
それならば、アイリーンさんたちが合流するまでに、どんな能力かくらいは掴んでおいた方が良いだろう。
そんなことを考えていた俺だったが……
〈なあ……あいつの攻撃、見えなかったよなぁ……?〉
〈ああ、多分今の攻撃って……〉
〈うん、普通に刀を振り抜いただけに見えた〉
〈そうだよな、スキルを使った時のエフェクトとかも無かったしなぁ……〉
〈それで『神速』さんが避けきれないっていうのは……〉
〈『神速』さんよりも単純に速いのか……〉
念のため確認した配信のコメント欄を見て、絶望を感じてしまった。
大凶丸が何かを呟いたと思った次の瞬間には刀を振り切っていた。
それが、視聴者たちのコメントの通り、ただ刀を振り抜いただけの攻撃だったのならば、それは間違いなく今まで遭遇した敵の中でも最速の一撃だった。
それこそ、あの『邪海龍・アトランティカ』をも上回るほどの……
俺は今までに類を見ないレベルの圧倒的強者を目の前に、セプテントリオンを持つ手に汗が浮かぶ感覚を覚えた。
大凶丸は、刀を振り抜いた姿勢のまま、未だ微動だにせず。
その隙に状況を把握すべく周囲を確認する。
アイリーンさんを始めとした他の冒険者たちは、未だこちらに到着していない。
しかし、スタンピードで発生したはずの鬼たちは、全てあの大凶丸に吸収されてしまったため、この戦場には敵はもう大凶丸しか存在していないはずだ。
ということは、後少しすれば他の冒険者たちがここへ集結してくれるはずだ。
すなわち、俺の役目はそれまでの時間稼ぎということになる。
そして、次に俺が確認したのは、もう一人この場にいる少女の存在だ。
藍色の鎧を着込み、その体には不釣り合いな剣を持った少女。
えーと、どこかで見たことあるような気がするけど、今は思い出せないし、それどころでもないからスルーだな。
まあ、この場所にいるっていうことは、冒険者に間違いないだろう。
ということは自動的に俺の味方ってことだ。
思考をまとめると、俺の今のミッションは『あの少女と協力しながら、他の冒険者たちが応援に駆け付けてくれるまで時間を稼ぎきること』ということになるな。
……よし!
あの化け物相手にどれだけやれるかはわからないが、とことんやってやるか!
と、思った瞬間に大凶丸が動き出し、地面に刀を突き立てるのが見えた。
刀が突き刺さった地面の周辺に亀裂が走ったかと思うと、猛烈な勢いでその亀裂が網の目のように周囲に伝播していく。
「……大剣山……」
次に大凶丸が何かを呟くと、地面に走った亀裂の中から、大量の刀が天を衝くような勢いで飛び出してきた。
「くっ!広域殲滅技まであるのかよ!」
このままでは、地面から飛び出してくる刃に貫かれて死ぬしかない。
俺がいる場所まで亀裂が届きそうなタイミングで『神速』を発動し、その場から飛び退くことで回避しようとした。
……が、それも大凶丸相手では悪手でしかなかった。
後退しながら地面に着地を決めた俺が次の瞬間に目にしたものは、凄まじい速度で刀を振り上げながら俺に頭上へ移動している大凶丸だった。
またもや、俺の甘い目測を見透かしたかのような、相手の行動に全身から一気に冷や汗が湧いて出るのを感じる。
タイミング的には間違いなく回避は不可能だった。
『神速』を発動しようが、もはやどうしようもないほどの速度で繰り出された斬撃が……
自らの脳天目掛けて繰り出されようとしているのを、俺はある意味、スローモーションを眺めているかのように、ただただ眺めることしか出来なかった……
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