第1章「塔からの脱走」【9】
一方ゼオンの見送りに現れたのはムルタ1人であった。渋い顔をしたゼオンが彼を見下ろしている。
「…何だよ」
「そんな顔しないでよ。せっかく来たんだから」
見下ろされたムルタは不満たらたら。
「他の連中は? まさか全員2日酔いで動けないとかじゃねえよな」
「みんなは、例のティマーリャが目撃されたって情報が入ったから出かけたんだ。1人じゃないらしいから、念のため全員で」
「あーっ、ティマーリャか! なんだ、出やがったのか、くそっ!」
「だけど誰も行かなかったらゼオンが拗ねるからって、僕だけこっちに来させられたんだ。僕だって暇じゃないのに」
40代の新入りは連れて行ってもらえて、自分だけお見送りなのがムルタは相当気に入らないらしい。彼の方が拗ねている、といった格好である。
「旅に出る前に一戦交えたかったんだよな。ちくしょう、間が悪かった!」
「見送りは得意だろ、なんてトショウさんが言うんだよ。そんなの失礼でしかないよね!」
2人の会話は噛み合わない。
「行きたかったら、行っても構わないけど?」
横からアミネが割り込んできた。
「こっちはエルスと2人で行くから、どうぞ遠慮なく」
それだけ冷たく言い捨てると、アミネはプイと背を向けた。
「ま、待ってくれ。もちろんティマーリャなんかより、旅の方が大切だ。俺は一緒に行くぜ!」
焦るゼオンはアミネを追いかけながらも、思い出したようにムルタを振り返った。ただムルタも馬車に乗り込み、帰ろうとしていた。
「ムルタ! 俺は必ず帰ってくる! そん時はお前もみんなから頼られるようになってる筈だ! そしたら一緒に首を狩ろうぜ!」
顔こそ向けなかったものの、ムルタは右手を軽く上げてゼオンの言葉に返した。
そして、そそくさと馬車に乗り込むアミネの周りには誰もいない事に気が付いた。
「あんたは見送り無しなのか?」
「そりゃそうね。アレイセリオンに知人やら友人なんて最初からいないもの。けど″八つ鳥の翼“の皆さんがお見送りしてくれるみたい」
「そうか、エルスのついでにか。良かったな! …?」
なんだかアミネに凄い目で睨まれている事に気が付き、ゼオンは言葉を失った。
「お、おお…な、なるほど! 路銀の心配をしてるんだな? それなら大丈夫、今までしっかり稼いできたんだ。贅沢は無理だが、宿代には困らんくらいに金は持ってきた。安心してくれ」
アミネの表情が全く変わらない事に、間違えたのだと分かった。しかし、どうしたらいいのかは分からない。
……3人の旅が始まる。
この世界の最西端クルル・レア国の国王フリエダクには娘が3人いる。息子はいない。
跡継ぎは長女のユーメシアが婿養子を取り、女王の座に就く事がほぼ確定済みである。ほぼ、という点に深い意味は無い。フリエダクは他の国王と比べれば、まだ若い方の王である為、公式に確定するのは時期尚早と本城の役人たちは口を揃える。
とはいえユーメシアが王女になる事に異論を唱える者も皆無に等しい。ユーメシアは城内はもちろん国民にも人気が高く、一部ではフリエダクにさっさとご退去頂いて、一刻も早くユーメシアに玉座に座ってもらいたいという声もある程。
トミア国王ラボネシの署名が付いた公文書が世界各国に配られた。各国から代表1名ずつがトミア本城ディマルザ・ワイゼイに集まり、会議を開くというものである。
この会議は定期的に開かれている訳ではない、決して。全ての国が集まる、というのは大戦の頃に終戦協定を結ぶための会議が開かれて以来ではないだろうか。
この会議に参加する国の代表とは、国王を示す訳ではない。むしろ、そうでない方が望ましいのだとか。
例えば遠い国からトミアへの往復となると、数カ月を要する。その間、国王不在というのは国民を不安にさせるばかりで、いい所は1つもない。
更に国王の移動となると、その費用なるものが半端ない。極端な話、護衛の兵が10人や20人でいいのか、と。そんな訳にはいかない。道中、盗賊など下手に襲われないよう、数百数千が必要になる。