第1章「塔からの脱走」【7】
タドは深く溜め息をついた。
「いつもあの子には言っておる。嫌ならいつでも辞めていいんだぞ、とな」
「タド…」
「それでもあの子は辞めると言わん。お前たちの言う事を理解しておるのかもしれんが、あの子自身で思う所があるのだろうて」
ヌウラの元にはヒネヤが遊びに来ていた。ベッドから起き上がったヌウラは、疲れは隠せなかったが、笑顔を見せている。
「大勢に囲まれるのは負担にしかならん。幾つもの村をまとめる事は大事だろうが、あの子を気遣う事も忘れるんじゃないぞ」
「ああ、もちろんさ。ありがとう、タド。恩に着るよ」
ラミアン・アッシュメルトはティティオ国の貴族。ティティオはこの世界の国では最も東に位置する。
そのティティオで最も歴史が古く、由緒正しい家柄なのがアッシュメルト家である。
ティティオの国王は世襲制ではない。アッシュメルト家を始めとする貴族の者たちが、国王に相応しい人間を選ぶのだ。
もちろんアッシュメルト家からも、これまで何人もの国王が生まれてきた。
ちなみに、現国王はイータルフ・キムバス。アッシュメルト家の出身ではない。
ラミアンは28歳、次期国王候補に名を連ねてもおかしくない。おかしくないのだが、候補に名前が挙がっていない。
金色に輝く髪、端正な顔立ち、優しさを思わせる声、高い身長、ほっそりとした体格、どこから見ても目立つ美しさは、国王候補の末席くらいには居座っていてもいいはず。いいはずなのだが、やはり彼の存在は確認出来ない。
ラミアン・アッシュメルトには人格に問題がある、と他の貴族たちから烙印を押されてしまっているのだ。
ご推察の通り、女癖が悪い。
あちこちで見かけた女性に声をかけ、代わる代わる自分の屋敷に連れ込む。年上とか年下とか、独身とか既婚者とか関係なく、次から次へとである。
確かに彼だけの責任ではない。彼に一目惚れしてしまう女性が少なくない事も原因ではある。
これはあくまでも噂だが、王妃にまで毒牙にかけたとか。噂の域を出ないのだが、あまりに話が広まってしまった為、ラミアンは国王の側近から世間話程度の聴取を受けた。もちろん本人は否定する。
由緒正しきアッシュメルト家は盛大に赤っ恥をかかされた訳だが、ラミアンの女癖の悪さ自体は事実なので、本城へ怒鳴り込むまでには至らなかった。
結論として、ラミアン・アッシュメルトを国外へ留学でもさせよう等という提案がなされる。国の恥が他国に漏れるのを反対する声も少数上がったのだが、賛成派に黙殺された。
偶然にもトミア国へ要人を1人送らなくてはならなくなった。これはちょうど良いとばかりに、見せしめやら懲らしめやら貞のいい厄介払いやらでラミアンを派遣する事に決めた。
ラミアン自身も色々言われて少々面倒くさいと感じていた所だったので、2つ返事で引き受けたのだ。
かくしてトミア国へ向けてラミアンと護衛兵10名は旅立った。
珍しいのはその割合で、女8:男2であった。女性兵士は正規軍の中では1割にも満たず、各所からかき集めた格好である。
道中、他国の女性に手を出して、もしも揉め事に発展しては困るので、お互い合意の上なら女性兵士に…というのを本城側がラミアンに許可をしたらしい。
何とも生々しい所ではあるが、女性兵士側はその話を聞いていないのだとか。ただラミアン・アッシュメルトの悪い噂は誰の耳にも入っているので、女性兵士も警戒するはずである。
ところが蓋を開けてみると、旅の宿でラミアンの部屋に泊まり込んだ女性兵士がいたようだ。確認できただけでも、3人。いや、もちろん1人ずつ。
このラミアンと夜を共にした女性兵士たちの仲がギクシャクしているのは誰の目にも明らかであった。互いに牽制し合い、今夜のラミアン部屋の泊まりは自分だとさりげなく売り込んだり。
ラミアンと夜を共にしていない側の女性兵士の中にカレノがいた。彼女も身長が高く、ラミアンとほぼ同じであった。ただ全身の筋肉量はカレノの圧勝で、カレノの方がゴツく見える。