第1章「塔からの脱走」【6】
バドニア国ラーキン村。
呪術師の卵ヌウラ・ザザは疲れ果てていた。
バドニアにはほぼ存在しない呪術師として、はたまたあのフリシアの娘として、ヌウラの名は近隣の村々に急速に広まりつつあった。
特に彼女は何もしていない。皆の前で椅子に座っているだけである。話をするのは付き添いの大人たちなのだ。
それでも人々は幼き13歳の呪術師を一目拝もうと集まってくる。
彼女にも分かっている。人が集まってきた時の音やら匂いやらを敏感に感じ取っているのだ。
自分に彼らを幸せにする力など無い。それなのに、四方八方から期待の波が押し寄せてくる。
ウンザリである。
叔父のタドも心配していた。
元々はこの辺りの村々がまとまって力を合わせるようにする為、その象徴としてヌウラは借り出されたのだ。
しかし、どこかそれ以上の存在になってしまうのではないかと、帰ってくると寝てばかりの幼き呪術師を眺めていた。
「タド、いるかい?」
ミジャルとヨモジが現れた。この2人こそがヌウラの代弁者を務め、近隣の村人たちに熱い話を語っている。
タドはやや顔色を変えて、2人を家の外に出した。
「今日は休みのはずだぞ。そんな時まであの子に顔を見せるな。ちっとも休まらんじゃないか」
「そりゃあ、俺たちも分かってる。ヌウラは疲れてる。働かせ過ぎたと俺たちも反省してるんだ。だから今日はあんたに相談があって来たんだ」
いつもと違い、上目遣いで控えめなミジャルたちに、タドは嫌な予感しかしなかった。
「どっちみちヌウラの関わることだろう? あの子に声が聞こえたら意味がない。向こうへ行くぞ」
タドは2人を連れて物置の方までやって来た。家の方からは見えないように死角に入る。
「それで、何の悪だくみだ?」
「悪だくみは酷いな。これでも色々ヨモジと話し合って、より良い方法を考えてきたんだ」
「そうなんだよ。まずはヌウラをもうしばらく休ませようと思ってるのさ」
「ふむ。それは願ったりだが…」
タドは2人の顔に何度も視線を向けた。愛想笑いのミジャルとヨモジに違和感を覚える。
「問題はあの子を休ませた後だな。一体どうするつもりだ?」
ミジャルは少々汗をかいていた。
「いよいよさ…いよいよ周りの村全部で集まろうと思うんだ」
「集まる?」
「そうなんだよ。これまで各々の村に何度か足を運んで、人もたくさん来てくれるようになった。まあ、ほとんどヌウラ目当てだけどな」
そりゃそうだろ、とタドは思った。
「だけどそれは村単位での話だ。例えばコテズラ村の者はコテズラ村の中でまとまっているだけだ。今のままの活動では、それが限界だ。そろそろ次の段階へ進むべきなんだ」
ヨモジの目にも力が入ってきた。
「だから今こそ、ヌウラを中心に皆んなの意思を1つにまとめる時なんだよ。今ならそれが出来るはずなんだ」
だからどうするのか、とはあまり聞きたくなかった。
「広い場所で集会を開こうと思う。今まで俺たちが周った全ての村の人に集まってもらって、力を合わせる事の重要さを分かってもらうんだ」
「ずいぶんと話が大きくなってきたな」
「そうさ、大きな話さ。大きな力を手に入れる絶好の機会なんだ。俺たちのような後から来た移民が、この国で存在感を得るには大きな力を示すしかない」
ラーキン村に暮らす人々がバド国から移ってきたのはほんの4、5年前の事。周辺の村々の住民もそれより数年先に来た程度である。
元からバドニアに住む人々からすれば、まだまだ余所者という存在でしかない。悪い言葉を使えば、無視である。国からの援助は後回しにされ、彼らの声はなかなか聞いてもらえないのが実情なのだ。
時間をかけて分かってもらうのも1つの手段ではあるが、それまで待っていられないというのが本音である。
「それをあの子1人に背負わせるのか? 冗談じゃないぞ。あの子だって戸惑うに決まってる」
「分かってる、もちろん分かってるさ。別にヌウラに長になってくれなんて言う訳じゃない。ヌウラには皆んなが集まる為のきっかけになってくれればそれで良いんだ。後は俺たちがやるよ」