第1章「塔からの脱走」【4】
塔からは実際に出る事が出来た。だからあの手紙は処刑予告ではなかったという事になる。しかし腑に落ちない点は幾つもある。
「そもそも、どうしてテネリミの手紙が私の元に届いたのだ? しかもあんな内容だ。検閲されて没収されるはずだ。いや、どのみち私に手紙が届く事自体驚きだった」
さもありなんといった表情でテネリミは頷く。
「それについては私からご説明致しましょう」
ビルトモスが手を上げた。
「テネリミが呪術師としての能力を発揮したのです。彼女には人を自在に操るという事が出来るのです」
呪術師の力というのは曖昧なものである。全く信じないという者も少なくない。
その力が目に見えないからというのも理由の1つである。力を使う時に手から光でも発すれば分かりやすいのだが、そんな事はない。
だから本当に操られているのかどうか、証明出来ないのだ。操られたのではなく、たまたま呪術師の思った通りに動いただけという可能性も大いにある。
「テネリミはまず城門前にいる衛兵に術をかけ、城内に侵入します。それから塔の見張りの兵にも同じく術をかけて、手紙をガーディエフ様の部屋に届けるよう命じたのです」
それが事実なら、若しくは信じるなら、届くはずのない手紙が届いた事にも納得がいく。
幽閉生活が長かったガーディエフは少々疑り深くなっていたので、別の可能性も考えていた。ビルトモスやテネリミの知らない所でガーディエフの味方がいた、というものだ。
ならば城門の衛兵は、どういう心理でテネリミを通したのか? 彼もテネリミがガーディエフを助けようとしているなどとは知る由もないはずなのに。これは操られていたと考える方が自然なのか。
塔の見張り兵はどうだろうか? こちらは手紙を渡されている。術がかかっていなくてもガーディエフを応援する者だったなら、手紙を届けてくれるだろう。つまりどちらとも言えない。
「とはいえ手紙は私の手に届いた」
「そういう事です、ガーディエフ様」
次は今日の話。正規兵の鎧を纏った者が2人、現れた。その内1人はビルトモスなのだが。こんな事も今まで1度も無かったのだ。
「手紙の時と同じです。少し違ったのは、テネリミは城外から術をかけていた点です」
「離れていても操る事が出来るのか?」
驚くガーディエフにテネリミは謙虚な笑みを返した。
「力が届く範囲としてはギリギリでした。術がすぐに解けてしまう恐れがありました」
「だから急かしたのか」
「焦らせてしまい、申し訳ありません」
手紙を届けるより難易度は高かった。当然だ、ガーディエフを塔の外へ連れ出すのだから。万が一途中で見張り兵や衛兵の術が解けてしまった場合、逃げる人数は少ない方が良い。その為テネリミは別の場所にいた。
ガーディエフたちが石橋を渡り終えた頃を見計らい、彼女も城から離れたのだ。
「ずいぶん早かったのだな」
ガーディエフがこの山小屋に到着した時、既にテネリミは中で待っていた。
「私は、その、近道を」
ビルトモスはガーディエフに睨まれた。ただ、言い訳は聞いてもらえた。
「これも万が一ですが、尾行の有無を確かめたかったので。グネグネと遠回りをしました」
しかし最大の謎は、もう1人の男である。
「あの男は目が虚ろだった。アレにも術をかけていたのか?」
「その通りです。ガーディエフ様の身代わりとして、あの部屋で大人しくしているようにという命令をしました」
「そんなの、すぐに解けてしまうのではないのか?」
「そうならないよう、彼には時間をかけて何度も術を施したのです。私から離れていても、しばらくは術が解けないように」
「しばらく、とは?」
「ガーディエフ様が世に出て脚光を浴びるまで、で御座います」
ビルトモスがやや強めの口調で言った。
「私が…脚光を浴びるだと?」
「兄上のスカリエチ王より、もっと眩い光の元にガーディエフ様が立たれるのです。世界中から注目されるのです」
これが最も信じ難かった。そんな事が可能なのか? ビルトモスは長く自分に仕えてくれていたから、多少大袈裟にでもそう言ってくれる事には合点がいく。