第1章「塔からの脱走」【1】
ここは《フェリノアと周辺12ケ国》という世界。
文字通り、フェリノアという巨大な王国と、その周りにある12の国々。
歴史の中で幾つもの国が興り、滅びた。
フェリノアも元からあった訳ではなく、国の数もその都度変わっていた。
つまりは世界の名称も常に変化を繰り返してきたという訳である。
おかしな世界なのだ。
世界の北側は果てしなく深い崖になっており、その下がどうなっているかなどは誰も知らない。
世界の東、西、南は高く険しい山脈に囲まれており、これまた山脈を越えた先がどうなっているかなどは誰も知らない。
フェリノア王国はこの世界の北に位置する。断崖絶壁の大半はフェリノアのものである。
そのフェリノアの南東側の国の1つにバドニアがある。国名は、「新しいバド」を意味する。
バドという国が別にあり、そこからの移民で造られた国なのだ。
歴史は最も浅く、お世辞にも裕福とは言えない。
建国の父はキーネイ・リオ。バド国での内乱の首謀者でもある。
現国王はスカリエチ・ゼジゼイ。身内の不祥事から国の内外で苦しい立場にある。
バドニアの首都ケトケタム。市の中央から、やや北西に本城ユカンテ・セニアがある。予算が回せない為か、修復のままならない外壁は所々が剥がれ落ちている。
それとは別に、1つの塔が建っている。建てられたのは数年前の事なので、本城の中では最も新しい。
ただこの塔は、とある大罪人を幽閉する為のものなのだ。
その大罪人とは、国王スカリエチの実弟ガーディエフである。
彼はこの塔から出る事なく、生涯を終える。
最近ガーディエフは悩んでいた。怯えている、と言った方が正しいかも知れない。
きっかけは1通の手紙。
ちなみに、この塔にいるガーディエフには手紙を送る事は禁じられており、仮に彼宛に手紙が送られて来ようとも、彼に届けられる事はない。
だが、彼の元に手紙が届けられた。塔のてっぺんに1つだけある部屋に彼は閉じ込められている。日頃、彼と接触があるのは見張りの兵ぐらいのもの。
彼らとて、ガーディエフが外部との連絡を禁じられている事は重々承知している。
だが、手紙は届けられた。
テネリミという自称呪術師の女からの手紙には、ガーディエフを解放し、自由にするという内容が記されていた。
この「解放」という言葉が引っ掛かった。
殺されるのではないかと。
死ねば、流石に塔から降ろされる。
気が気ではない。
兄スカリエチが邪魔な弟の自然死を待ちきれず、処刑するつもりではないか?
睡眠時間は極端に減り、食欲も落ちた。日に日にげっそりとやつれていく。
そんなある日、再び手紙が届けられた。前回同様部屋の扉は開けられない為、誰が持ってきたかは不明である。ガーディエフが外に呼びかけても返事はない。
封筒には何も記されていない。これも前回と同じ。
ガーディエフは恐る恐る中身を取り出す。
もしや、処刑の日付が決まったとか何とかではないかと思いながら、文面に目を通す。
【ガーディエフ様、大変遅くなりました。
テネリミでございます。
さぞや待ち侘びていらっしゃった事でしょう。
お待たせ致しました事、お詫び致します。
ガーディエフ様の解放の準備が整いました事、ここにご報告致します。
近日中にお伺い致します。
ガーディエフ様におかれましては、後しばらくお待ち下さいますようお願い致します。
テネリミ】
「近日中…」
目の前が真っ暗になったような気がした。
年齢的に残された時間が僅かであることは自覚している。しかし死にたいと思ったことなど1度もないし、ましてや突然命を終わらされるというのは納得しかねる。
とはいえ、今の自分に出来る事は何もない。抵抗する術はこの部屋にないのだ。
とうとう来たかと真っ白な頭を抱えるくらいである。
それから5日が過ぎた。
ここで殺されるのか、それとも処刑台か。睡眠不足でベッドから起き上がる気にもなれないが、眠る事も出来ない。
食事として運ばれたパンが幾つも残っている。あれか最後の晩餐の残骸かと思うと悲しくなってくる。