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魔女と少女のありふれた物語  作者: アユの塩焼き
2/2

2話 春風


「そんなわけで君の願いを教えてくれないかな?」


 魔女は続ける。こちらの動揺など欠片も意に介してはくれないようだ。


 だが当の倉科の思考は置き去りになったままだった。

 コスプレではなく本物の魔女だと、そんなことをおいそれと信じられるはずがない。


 現実から目を背け続けたせいで、妄想との区別もつかなくなってしまったのだろうか。笑えない想像が頭をよぎる。


「あれ、信じてくれてないみたいだね。ちょっとだけ揶揄ったのが悪かったのかな?」


 ごめんね。

 そう嘯く彼女に悪びれる様子はまるで見られない。うわべだけの謝罪であることは、底の見えぬ笑みを崩していないことからも明らかである。


「え、え~っと......すいません。ちょっと待ってもらっていいですか?」


 しかしながら倉科は目の回る展開に手一杯で、わずかに残った思考力は脳内を片付けることだけに費やしていた。必然相対する少女の様子を気に留めることはできず、そう答えるのが精いっぱいであった。


「おーけい、僕は寛大だからね。あんまり時間は無いのだけれど、少しくらいなら問題ないよ。」


 息を吐き、お言葉に甘えて倉科は現状を整理することにする。遠回しに急かされていることにも当然気付いてはいない。


 ・・・いったん落ち着こう。一気に理解しようとするから混乱するんだ。私は頭が悪いのだから一つ一つ瞬番に並べていかないと。


 はじめに。彼女は魔女であるらしい。

 次に。彼女は願いを叶えることができるらしい。

 最後に。なぜだか私の願いを叶えてくれるらしい。


 うん、なるほど・・・

 何言ってんだこいつ。そんな都合いいことあるわけねえだろ。



「とりあえず魔法...ですか?簡単なやつでもいので見せてもらったら、信じられる…かもしれないです。」


 そうはいっても期待してしまうのが人の心である。混ざり合った背反な感情がそのまま言の葉に乗って流れていく。


 そんな倉科の心境を理解できたのかは定かではないが、


「そっかそっか、わかったよ。一回きりなのにそんな簡単なことを願うなんて贅沢だね」


 そう呟きながら魔女はひらりと体を翻し、朽ちかけたフェンスへと歩みを進めていく。


「でも夏休みの宿題を終わらせたいとか言った子もいたから、案外高校生の願いなんてそんなものなのかなぁ」


「ん?」


「ま、いいか。考え方は人それぞれだし。僕の勝手な価値観で縛り付けるべきではないね。よし、それじゃあ...」


「いや、ちょ、ちょっと待ってください!今のはそういう意味じゃなくてですね!えっと、ただの確認みたいな感じで、その...あの、とりあえず待ってください!っていうか一回きりなんですか?!そういうことは先に言ってくださいよ!!」


「・・・」


 息を切らす倉科とは対照的に、魔女は悠然と支柱に背中を預けている。

 ぎしぎしと格子を揺らす風が落ち着くまでたっぷりの時間を空け、倉科が痺れを切らすとそれを待っていたかのように口を開く。


「あの」


「あはは、冗談だよ、冗談。そんなに焦らなくてもいいのに。いやあ、そこまであたふたしてくれるとこっちも揶揄いがいがあるね、あははは。」


「いや、もう何なんですか、ほんとに...」


 外面では呆れを、実際には安堵を押し固めた溜め息が虚空に漏れる。

 ...まともに取り合っても心が削られるだけだ。言ってやめてくれるものでもないだろうし、万が一機嫌を損ねて逃げられてしまうのは最悪だ。


「まあ気を取り直して、一つだけっていうのはほんとだね。とはいえ一応僕の名誉のためにも、最初から別に秘密にするつもりじゃなかったとは言わせてほしいね。それにこういうのは大体一回きりっていうのが相場じゃないかなと僕は思うんだけど。」


 私の住んでいる世界にはそんな常識は存在しない。というか価値観を押し付けるべきではないって、さっき自分で言ってなかっただろうか。

 

 しかしチラチラとこちらを窺いながら正当化に走る少女は置いといて、目下の問題は何を願うべきかということであった。

 真っ先に頭をよぎるのは今朝の失態だが、一回きりの機会をそんなくだらないことに使うのはさすがにもったいなく感じる。ただやりたいことも、なりたいものも無い私に必要なものなどあるのだろうか。おそらく何をもらっても結局もて余してしまうだろう。



「ついでに言うと代償と条件もある」


 底の見えない思索の淵に足をかけたところで、聞き捨てのならない台詞に倉科は我に返る。


 うまい話には裏がある、という常識だけは通用しているようだった。

 先に言って欲しかったのは勿論だが、後付けでないだけマシとも言える。既にそう思えるくらいに倉科の自称魔女への信用は落ちていた。


「まず最初に言っておくと、僕が使うのは簡単に言えば人の能力の振り分けを変えるっていう魔法だね。より具体的話をすると、要らないと感じている能力を欲しいところに注ぎ直すっていうイメージかな。...つまりこれが代償になるわけだね。今までは出来ていたことが急に出来なくなるかもしれない。」


 それでも倉科が立ち去ろうとしないのは、魔法という非科学的な誘惑を振り切れないためである。胡散臭い魔女の言葉に絆され思考を乱されている時点で、彼女の術中に嵌っているといえるかもしれない。今も頭の隅で不要なものを有意なものに変換できるなら損失など些細なものだ、なんて真面目に考えてしまっている。


「いよっ、と」


 空気以上の圧力を受けたのは久方ぶりだろう、重苦しく軋んだ柱から魔女は勢いよく体を起こす。一歩間違えれば耐え切れなかった支柱の文字通りの金切り声とともに、そのまま宙に投げ出されていただろう。


 だがそんな心配をよそに魔女は平然と続ける。

 十数メートル下の花壇を脳漿で潤す情景が目に浮かんでしまう倉科には到底真似できないが、自然の摂理から外れた少女にとっては造作もないことなのだろう。そもそも恐怖という感情を持ち合わせていないのかもしれない。


「次に条件について。これも単純な話だけど人間の能力を超えることは実現できないね。」


「はあ」


「例えば不老不死。病気に強くするとかだったらできなくもないけど、永遠に死なないっていうのは絶対に無理だね。生物である限り老いていつかは力尽きるから。」


 能力を移動させるという仕様上、そこに上限があるのは理解できる。

 それでも何でも叶えられますよ、みたいな顔をして現れたくせによくよく聞けば範囲が狭く代償付きとは尻すぼみ感が否めない。


「ほかには...お金持ちになりたいっていうのも直接的には叶えることはできないね」


 個人の能力値の話ではなく、物質的な問題ということか。


「そういうこと。理解が速くて助かるよ。」


 馬鹿にされていると感じるのは多分倉科の性根が曲がっているからだろう。


「ただお金を稼ぐための能力、例えば話術だったり思考力、もしくは追っ手から逃げるための走力とかかな、そういうのを叶えることはできるよ。さっき言った夏休みの子もこれに近いね。」


 なるほど...

 願いは1つだけ。身に余るものは無理。代償つき。

 まとめるとこんな感じか。


「...なんとなくはわかったと思います」


「それはよかった」


 そう笑う黒衣の少女の目は、食事を待ちきれない幼子のように爛々と輝いている。続く言葉もそれに違わない。


「じゃあ親睦も深まってきたところで、そろそろ願いを打ち明けてくれてもいいんじゃないかな?いくら僕がおしゃべりだからって、一人で壁当てするよりもキャッチボールに勤しみたいときのほうが多いんだよ?」


 回りくどい言い方だが、会話をしてくれということだろう。

 そして彼女の放つ言葉は最初の質問へと、彼女自身もいつの間にか元いた座標まで帰ってきていた。


「えー・・・」


 多弁な魔女とは対照的に倉科の答えは判然としない。それは別に親睦は深まってないとか、例えが理解しにくいとかそういったことに気を取られていたからではない。


 単に即決できるほどの大胆さを倉科が持っていないからだ。

 欠けているものが無数にあってどこから手を付けるべきかもわからない。さらにその選択が未来を変えるかもしれないとあっては、落ち着いて考えを纏めるなんてことができるはずもなかった。


 私はどうなりたいのだろうか。

 改めて自分に問うてみると霧がかかったように視界がぼやけていく。どこかを目指していたはずなのに、道程も景色も全てが白で塗りつぶされる。


 

「ま、いいさ。気が向いたときにでも教えてくれたら。」


 倉科の沈黙から膠着していた状況は、魔女のその言葉によって終わりを告げる。


 軽薄な表情の中に静かな集中を孕ませ、彼女は指揮棒のように箒を振り仰ぐ。

 何事かと視線を向けた倉科が、宙に設計図を描いているかのような魔女の手捌きに見とれているうちに、穂先は緩やかな曲線美を描きながらもいつしか寸分違わず始点へと戻っている。


「ごめんね、お別れの時間が来ちゃったみたいだ。ほんとはもっと話していたかったんだけど、こればっかりはどうしようもないからね。」


 時間切れだったのだ。


 何を勝手に答えが出るまで待ってくれると考えていたのだろうか。傲慢にもほどがあるだろう。

 彼女が必要な人間はたくさん居るのだ。私だけに構っている理由はない。そんな当たり前のことすら考えられないのか。


 でも、だとしても、もう少しだけ...


「待っ」


「―――」


 最後まで言い切らぬうちに、魔女は口を開く。


 その瞬間、倉科は吹き付けた風に視界を奪われる。前方から押し付けられる柔らかな質量が薄暗い砂埃を巻き上げ、咄嗟に覆い隠した腕のすぐ横で長い髪を乱していく。


 そして風が止み倉科が目を開けたときには、存在していたはずのもう一人の影はすっかり消え去ってしまっていた。


 突然に現れた魔女は、去り際もまた突然であった。

 倉科が取り残された屋上には普段と何ら変わらないであろう寂れた風景が広がっており、不可思議な少女がいたという形跡は何一つとして残っていない。


 肌を突き刺す日差しに空を見ると、夜明けから目指していた頂上の感慨にも浸ることなく、太陽は既に明日の準備のため下山を始めている。

 そのまま下に目を向ければ校庭に見えていた制服群は疎らに散っており、人口の大半を遠くバックネット裏で昼食を摂る野球部の集団が占めるようになっていた。

 

「何だったの...?」


 また今度。

 彼女は去り際にそう言っていた。額面通りに受け取れば再度会いに来るということだろうが、どこまで信じていいものかはわからない。とはいえ倉科からのアプローチは不可能なのでそれに頼るほかないというのも事実であった。


「とりあえず、帰ろうかな...」


 時間を潰すという目的は達成できた。何かを失ったわけでもない。

 だが気分は優れない。


 そもそも...彼女は本当に魔法が使えるのだろうか。

 わざわざ屋上まで来て、私に話しかけにくる変人だ。一般人には理解不能な動機で行動しているかもしれない。途中の頼みははぐらかされてしまったし、最後に姿を消したのも妙なトリックを使って新入生で遊びたかっただけではないだろうか。


 色々なことがあり過ぎて、何が正しいのか訳がわからない。非科学的な妄想を信じたいだけ、自分に都合の良いことを見ているだけという疑念が頭から離れない。


 結論の見えない堂々巡りの中で、少女は独り帰宅の途に就くこととなった。



*********


 翌日は雨だった。

 前日の予報では朝方には止むと自信満々に言っていたにもかかわらず、通学の時間になっても上がる気配はない。それどころか灰色に汚れた雲たちが我が物顔で空を占拠し、その包囲から逃れるように時折雷が地上に飛び込んできていた。

 不都合な記憶を消去したのか、部屋の中には画面から無責任に傘を押し付けてくる女性キャスターの声が明るく響いていた。


 倉科は窓に叩きつけられ形を変える水滴をぼんやりと見つめながら、無感情にパンを頬張っていた。代わり映えのない刺激に舌の神経が飽きてしまい、脳まで信号を届けるという己の職務を怠っている。


 ゆううつ、と無駄に入り組んだ字面を思い浮かべるのも面倒なくらいには憂鬱だ。

 なぜこんな日に学校に行って、さらに居心地の悪い思いをしなければならないのだろうか。できることなら体調不良だとかなんとか言って一日中部屋に籠っていたいのに。気分が優れないのは事実なのだから言い訳くらいはできるし。


 そう駄々をこねる気持ちを引きずりつつも、今以上の疎外感と親の厳しい視線に耐え切れず倉科は家を後にする。



 通学路を進んでいくうちに、沈んだ感情に引っ張られるように雨が一層激しさを増していく。先ほどまでは潰れながらも輪郭を保っていた水滴が、流れに取り込まれ消滅し滝となって傘から落ちていく。


 踵までぐっしょりと濡れた靴下や、雨を吸って足に張り付くスカートが気持ち悪い。

 靴下は替えがあるからいいとはいえ、スカートはどうしようか。中学みたいに体操服に着替えたいんだけど大丈夫なんだろうか。


 小さな不安がのしかかり倉科の足取りをいっそう重くする。職員室の入り方だったり、購買の使い方だったり。校則に入らない細かな部分もこれから知っていくのだろう。


「いや、どうかな...」


 高校で生活している自分がうまく想像できない。知るにしても、教えてもらうというよりも恥をかいて覚えている場面のほうが先に浮かんでしまう。

 これからどうなるんだろう。というかどうしよう。

 とりあえず一言も喋らずに帰宅する毎日に戻るのは嫌だな。


 そして思い出されるのは昨日の自称魔女である。

 彼女の言葉を真に受けるかどうかは別として、目標や夢といったものは今までまともに向き合ってこなかったことではあった。

 考えれば考えるほどに足元が崩れ、そこに潜んでいた不安や恐怖が溢れ出る。おぼろげに目指していた普通の高校生という目先の目標も、霞のままで掴めないままだ。


『何がしたいの?何になりたいの?何ができるの?』


 一見簡単な問いかけが、露わになった柔い胸の内をぐちゃぐちゃに傷つけてくる。


「・・・わかんないよ。私なんかに言われても。」


 考える度に泣き言でかさぶたを作って、答えを先送りにしてきた。そうやって何度も剝がれた傷跡は、赤く痣となってより鮮明に弱さを映し出す。


 『今度』がいつになるかは不明だが、魔女との再会までには考えておかなければならない。

 そんな僅かな可能性に縋ろうとしている時点で心の弱さは治っていないんだろうけど。


*********


 今日も午前のみの授業というのは変わらなかったが、午後からは部活紹介がおこなわれていた。一応帰宅は自由であるといえ、ほとんどの人が教室に残っている。

 昨日の失態を取り返すならここが正念場である。ふとした拍子に沈んでいきそうになる感情を、まだ始まったばかりだから、私のことなんか誰も気にしちゃいないからと無理にでも持ち上げて押し留める。

 まだどうにかなるはずだ。魔法になど頼らずとも、部活内でのコミュニティに参加することができれば...


 そうはいっても運動部なんぞに入る気はなかった。スポーツが苦手なのに加えて、常に上を目指さなければならないという独特の空気が倉科の肌には合わない。『チームで』『一緒に』といった言葉に意志の押し付けを感じてしまうのはさすがに偏見が混じっているかもしれないが。


 そうなると選択肢的には小規模で活動している文化部が筆頭になってくる。さらに言えばだらだらと会話しながら時間を過ごせるところが良いのだが、5分の紹介でそこまでわかるとは思えないのでハードルは低めに設定しておく。


 小さな部活を合わせると20個ほどもあるらしく、最低でも一時間半はかかるので各々が雑談や勉強などをしながら聞くことになった。名目上では自由時間という扱いなので、迷惑にならないなら何をしても良いということらしい。


 聞き流すことのできない運動部たちの激しく耳障りなbgmの中で宿題に手を止めているうちに、ようやくのことで文化部の順番が回ってくる。


 ...手芸部はテンションの高いギャルが異常にうるさい。自然科学部はのんびりした雰囲気が良いが、現状で女子部員がいないのはさすがに厳しい。パソコン部はさらに男の匂いがきついので論外。

 現在発表中の茶華道部は女子のみではあるが、顧問が外部の人間らしくかなり厳格そうだ。


「もっと良いとこないかなぁ...」


 何様だとしかいえないが、そんなことを思ってしまう。

 自分は何もできないくせに人に文句は言う。こういうところも変えていかないといけない部分だろう。


 そしてそんな性格の人間に運が回ってくることはない。



 綺麗な人だ。

 茶華道部の生真面目な数人と入れ違う少女の姿を見て、はじめは呑気にもそんなことを思っていた。

 深い紺色のブレザーに身を包んだ彼女が口を開くその時までは、水の上を漂うような不安定な足取りも、左手に抱えた怪しげな教本も、彼女の魅惑的な美しさを形どる特徴の一つとしか捉えていなかった。


「おほん、では紹介させてもらおうかな。僕はオカルト研究部部長の打良木悠里(うつらぎゆうり)。幽霊だったり魔法だったり、そういう超常現象の研究をしているから、興味がある人はぜひ入部してくれると嬉しいね。今のところ部員は僕と入部予定のもう一人だけだから、僕を口説きたいっていう子も歓迎するよ?」


 聞き覚えのある口調が倉科を淡い微睡みから引き戻す。

 長ったらしく鼓膜に引っかかるその言い回しを忘れることはない。それがつい昨夕に聞いたものならなおさらである。


 困惑に静まり返った教室の中、急に暴れ始めた心臓の音だけがやけにうるさく響く。

 

「あらら、反応が良くないね。さっきは少しウケたんだけどなぁ。まあ主な活動はそんな感じかな。といっても一年に一度部誌を作る以外、基本的には部室でゆっくりしているだけだね。」


 そう言った彼女は数十人の奇異の視線にも全く怯えることなく、むしろじっとそれぞれの視線を辿るように端から端へ教室を見渡していく。


 そして口を半開きにして呆けている倉科と視線がぶつかると、ピクリと眉を動かし魔女改めオカルト研究部部長は邪な笑みを深める。


 あ。

 倉科が嫌な予感にその場を立ち去ろうとした時にはすでに手遅れであった。


「おっと良かった良かった、やっと見つけたよ。クラスを聞き忘れてたのは失敗だったかな。でもこうしてクラスを回ってれば、君の方から気付いてくれるだろうとは思っていたから予定通りともいえるね。」


 彼女につられ教室の視線が倉科に集中する。体が硬直し、重力が何倍に増したかのように首より下が張り付けられる。


「それじゃあ紹介するよ。彼女がさっき話した入部予定の倉科さんだね。僕が言うのもおかしな話だけれど、これからもどうぞよろしくお願いするよ。そんなわけだから、もし彼女に好意を寄せている子がいるんだったら、その子もオカルト研究部に入部することを強くお勧めするね。例えば、ふむ......そこの君とか、どうかな?入部してみないかい?この紙に名前を書いてくれるだけでいいからさ。」


 不運にも話を振られた男子は曖昧な笑みを浮かべて言葉を探し、控えめにこちらを窺っている。他の生徒も同様に、驚きまたは好奇の感情を無防備に曝け出して倉科を見つめていた。


 何言ってんだこの人?というかここの生徒だったの...?


「さて、冗談は置いといて本題に戻ろうか。部室は地理準備室、教室棟三階だね。倉科さんにはこの後そこに来てもらうとして、他の子も興味があったら気軽に来てくれていいよ。言わなければいけないことはここまでなんだけど...そうだね、まだ時間があるしちょっとだけ魔法というものについて僕なりの考えでも聞いてもらおうかな。」


 そうして何事もなかったかのように、魔法陣の構造だとか効果の固定化といった小難しい講義が始められる。理解不能な単語の羅列に面食らっている受講生からの視線が気になるが、そちらに目をやるとすぐに目を逸らされる。


 やめて。あんな人知らないって。私は普通だから。みんなと何も変わらないから。

 だからそんな目で私を見ないで。


 心の中の自分は誰にも憚られずに声をあげている。だが物質世界の私には縋るように目で訴えるのが限界だった。


 ほんとに何がしたいんだ、この人は。無性に腹が立ってきた。

 行動を好意的に捉えようとか思っていた私が馬鹿みたいだ。頑張っているのに飄々とした顔で踏みつけていきやがって。これでクラスメイトとの会話のきっかけができたね、よかったね、じゃねぇんだよ。


 私はみんなと同じような生活がしたかっただけだ。流行りの動画について話したり、ラインで教師の愚痴を言いあったり、そんな普通の学園生活を送りたかった。


 でもそれすら私には難しいって分かっていた。鈍い私は重荷になって、誰かに引っ張ってもらわなきゃ付いていけないから。


 昨日の自己紹介で失敗したときは落ち込んだ。そりゃそうだ。誰でもできるはずのことが練習してもできないんだから。

 それでも私だからしょうがないかなって無理矢理切り替えることができた。まだ明日は頑張ってどうにかしようって、そう思えた。


 でも外の人間が邪魔してくるのは違うじゃんか。いくら私のやっていることが無駄でさ、何の意味もないことだったとしても、可能性を信じて積み上げていったものを横から蹴っ飛ばしていくのはおかしいじゃんか。


 あなたと違って私はそんなに強くないんだよ。悪目立ちしたら逃げ出したくなるし、陰口を聞いたら心が折れる。魔法を使ってみんなを幸せにすることだってできないし。


 弱者の気持ちを考えようともしないくせに、何が優しい魔女だよ。ふざけんじゃねぇよ。



**********


「昨日からなんなんですか、なんで私に絡んでくるんですか?!私が哀れだからですか?おもちゃにしやすいからですか?」


 場所はオカルト研究部部室、地理準備室。時刻は14時過ぎ。


 年季を感じさせる埃臭い部屋の中で、倉科は抑え切れなくなった感情をぶつけていた。


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