9話 面談
一度は断りながらも勇策は怪物からの提案を受け入れることにした。
「まだ、記憶が白紙状態の子供なら、儂の記憶に書き換えてもよいのではないか」と踏ん切りをつけたのだ。
良夫に頼んで、人工授精に応じてくれる女性を探してもらった。
「なるべく、血液型が同じで、遺伝子の型も同じ方が良い」コーツは新たな要求を言い出す。
「ユーサと同じ遺伝子の型を持つ者であればそれだけ、乗り移りが楽な子が生まれる。
地球の生物はほとんどが、性別を持ち、2倍体の遺伝子を持つ。父親と母親から半分ずつ遺伝子を受け継ぐ。だから、ユーサの子供であっても半分しかユーサの遺伝子を受け継がない。母親もなるべくユーサと遺伝子が近ければ、それだけユーサに似た子供が生まれる」
そうは言っても、遺伝子の型を簡単には調べられない。
また“借り腹”という扱いにするにしても、どんな女性でも良いはずはない。生まれる子供の血の半分は母親から由来だ。若く健康で頭も良い方がいい。
そのなかで、良夫が20代後半の女性を見附けてきた。
屋敷にやってきた女性はにこやかな笑顔で自己紹介をする。
「初めまして、丸山妙子と申します。」
簡単な自己紹介の後、勇策は早速本題に入った。
「ここに来たのは、私の子供を産むことを承知していると思うのだが、よいのだな?」
「梶谷さんの子供が産めるのなら、人工授精をします」妙子はにこやかに言った。
「なら、私に異存はない。丸山さんから何か条件はないのか?」
「梶谷さんと結婚したいです」ときっぱり言う。
「丸山さん何を言い出すんです」慌てて、良夫が割って入る。どうやら、事前に謝礼金などについては話がついていたようだったが、入籍についてはなかったようだ。
「良夫、まあこの方の言い分を聞こう。儂と結婚しても、全く形だけでメリットなどないと思うがどうしてかな?」
「確かに十分な謝礼金をいただくので金銭的には、結婚してもしなくても同じです。却って結婚歴があれば、将来負担になるかもしれません。でも、梶谷さんの妻と言うのは全く別のことです。梶谷さんの妻を名乗ることは世間には大きな重みがあります」と勇策の目を見ながら、しっかりと言った。
OL経験もあり、女性が日本社会でどのような地位であるか自覚している。彼女は女性が日本で高い地位や名誉を獲得するには、相当な実力や努力だけでなく幸運に恵まれない限り得られるものでないと考えていた。
引退したとは言え、梶谷の名声は今もある。いや、内政外交に手詰まり感の見える現状では「梶谷さんの頃なら、こんな不手際はなかった」と却って評価を高めているくらいだ。
丸山妙子は“梶谷の妻”になれば、名誉と地位が保証されると考えたのだ。
物おじせず、はっきりと言い切る女性に勇策は眼を開いた。
コーツの計画は誰にも話してない。この計画が上手くいってもいくつかの問題点がある。
その一つが、生まれたばかりの赤ん坊に憑依できても、全く力がないことだった。これを誰が保護して、育てていくかについては、現状良夫に頼るしかなかった。
勿論良夫は信頼できるので、立派に育て上げてくれるだろう。
だが、もっと他にも保護者がいて欲しかった。
当初の計画では、赤ん坊が生まれたなら引き取り、産みの女性とは縁を切ることにしていた。
「梶谷家に新たな者を入れると、面倒ごとになる。だから、儂の子供を生んでくれたからと言って、入籍させるのはまずい」勇策はそう考えていた。
女性はあくまでも借り腹と言う考えだった。
ところがこの丸山と言う女性は、はっきりと妻にしてくれと言った。
勇策は良夫からあらかじめ彼女の経歴書を受け取っており、今その中身に目を落とした。
現役で私立の一流大学を卒業して、大手広告代理店に就職し、現役OLとして活躍している。
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妙子は「女が日本では重要な地位を占められない」ことを社会に踏み出す前に自覚はしていた。
でも新卒時にはまだ、「努力して頑張ればきっと大きな事がやれる」と希望を持っていた。
広告会社を選んだのも、収入が多いこともあるが、有名人もよく出入りしており、付き合いを持てると考えたからだ。この会社なら、多くの有名人とも接触できるし、やりがいのある仕事ができそうだ。そう胸を膨らませて入社したのだ。
だが、その会社は民間でありながら、酷い役人体質だった。
妙子は入社して営業に回され、新規の顧客獲得を目指した。そしていくつかの顧客を獲得したのだが、社内で高く評価されなかった。「大きな取引を掴むよりもミスの無い者が優遇される」と言うことを肌身で思い知らされる。
またこの会社には役所と同様に昇進試験がある。
身近な上司が昇進してくれれば、その引きで昇進も可能だ。なにしろ昇進試験を受けさせてもらえるかは上司の判断まかせだ。出世コースから外れた上司では部下を昇進試験にも送り込めない。
残念ながら妙子の上司は試験とは縁がなかった人だ。
よく見れば重役はオーナー一族と官庁からの天下り、そして幸運にも出世の紐を握れたものだけだった。仕事が出来るか出来ないかより、評価されるのは出身大学や出身地だ。社長と同郷で出身大学まで同じだと、昇進の階段を上っていくが、そうでない者は明らかに出世コースから外されていた。そしてオーナー一族以外の女性役人は一人もいない。
「いくら仕事で頑張っても、社長と母校が違い出身地も違う私にはまず昇進の糸口が掴めない、まして女ではこの会社で重要な役割を持てない」と経験を積み、仕事が出来るようになるにつれ思うようになる。
男性に負けない仕事をしてきたと自負しているだけに悔しい思いだ。
そして転職するかを考えるようになる。「思い切って、起業しても良いかもしれない。今なら顧客との折衝で多くの経験を積んだし、コネもできた」そのように思うようになっていく。