87話 コーツの追跡
勇次は翌日も筋肉痛に悩まされ、ベッドで大半を過ごすことになる。
家に戻ると痛みを和らげる薬を服用し、足のあちこちに貼り薬を付ける。じっとしていると何とか我慢できたが、痛みで昨夜は十分睡眠をとれなかった。
おかげで、頭がぼんやりしている。
そんな中、天井見上げながら昨日のことを振り返ると何か奇妙なことに気付いた。
「昨日、私を襲った男たちは、富山の船の者達を似通ってないか。確かに昨日の男たちは日本人離れした体格だったし、富山での奴らはやくざその者だった。だが、私の命だけを狙って、襲って来た。昨日の者達の素性は分からないが、やくざはC国から金が流れていたと聞いている。背後の関係は分からないが、それにしても、私をどうして執拗に付け狙う?」
「なんかおかしいんだよな。勇次は医者でそんなに人から恨まれることはないはずだ。」
「当たり前だ。私は医者だ。人に恨まれる筋合いはない。コーツが悪さしなかったら私は平穏な生活を送れたはずだ。」
そしてハッとする。
「考えてみれば、コーツがアメリカの国防省にハッキングしてから私は揉め事に巻き込まれている。」
「いや、アメリカ国防省とは話が付いているじゃないか。俺が降参の印をわざわざ書いたくらいだからな。」
「だが、裏で諦めてない者たちがいるとしたら。私たちは知らない間に誰かの恨みを買っていたのかもしれない。おい、お前が国防省で覗き見した資料を思い出せるか?」
「そんなこと、雑作もない。パソコンに落とし込んでみる。」
コーツの記憶を勇次に移すことは可能だが、それだと頭の容量がパンクして頭痛を招くし、なにより記憶量が膨大で肝心なものを見落とす可能性が高い。
少し時間はかかるが、資料をPC画面に映し出し、一つずつチェックする方が確実だった。
ノートPCをチェックして2時間、流石に疲れを感じていたころ、どこか違和感のあるデータに目を停める。
「これっておかしくないか?」
「何が?」
「今までは、秘密会議の概要や兵器の機密情報だらけだったのに、これは明らかに個人情報だろ。なんかおかしくないか?」
「そう言えばそうだな。これはこの人物にとって触れられたくない情報だった?」
「この人物たちを特定できないか?」
「お前たちのおかしな取り決めで国防省に入れないが、別のルートで探してみるか。」
ただ、コーツをもってしてもこの人物たちの素性を見つけるのは難航する。
「この人物たちは巧みに身元を隠している。これは半日仕事では終わらない。しばらく専門でこの人物たちを追う。」コーツにしては珍しく一つの作業だけに専念するようだ。
1日休んでどうにか歩けるようになるが、まだ痛みは残っている。病院には行ったがほとんどを事務仕事だけをして、後は帰宅した。
「まだ痛いの?」晶子が心配そうに言う。
「若い時には1夜寝れば、痛みはなくなったが、まだ続いている。私も歳だね。」と苦笑するしかなかった。
その後、2,3日で少しずつ痛みは和らいで、通常の生活に戻れた。
ただ、コーツは自分の仕事に専念している。彼にしては珍しく何一つ言って来ない、よほど今度の作業は面倒なことなのだろう。
コーツから作業が終わったと言ってきたのは1月もしてからだ。
「謎の人物たちが分かったのか。」
「ああ、ばっちりだ。分子レベルまで奴らを分析した。」
コーツがこんな大袈裟な言い方をするのも珍しい。よほど自信があるのだろう。
「あいつらは、情報と資本を握った者が世界を牛耳ると分かっている者達だ。昔、お前がIT業界から逃げ出したのとは対照的だ。」
かつて、勇次はパソコンに夢中になりソフト開発に熱中していたものだ。しかし先行者の有利さと資本力の差を痛感し、このままでは将来の見通しがないとIT業界から身を引いた。
今は医者となり、病院を経営する立場になっている。かつての判断は正しいと思っており、悔やむ気持ちは全くない。
「情報と資金を握る者達だと。その者達が私を狙っていると言うのか?」
「奴らは自分の身元を秘密にしておきたい様だ。自分たちに関わる情報を徹底的に遮断している。どうやらアメリカ国防省の情報まで消し去っていた。」
「お前また、国防省に忍び込んだのか。」
「ああ、奴らの足取りがどうしても見つからず、もう一度入るしかなかった。」
「おまえったら!」
“二度と国防省には関わらない”その約束など全く気にしてない。
「大丈夫だ。今度は記録に残るような侵入はしてない。俺みたいな存在でなければ絶対見つかるはずはない。」
バレなければ、何をしてもよい。コーツの考えそうなことだ。
(駄目だ。コーツに約束の必要性を説いても不毛だ。)それ以上コーツと議論しあっても無駄と考え、分かったことを聞くことにする。
「それで、謎の者達の情報が国防省にあったのか。」
「いや、なかった。」
「それでは、謎の人物の足取りは掴めなかったのか?」
「いや、資料を消した、その人物がいたのさ。」
勇次にはコーツがにんまり笑ったように思えた。