81話 次なる覇権国
「移民が多く流入しているのも、差別を助長している。移民と下級層とでは仕事や住宅、食料の奪い合いなっている。
働き手が何時でも集まるから賃金は高くならない。皆が求めるから住宅も物価も高まるばかりだ。
これにアメリカの医療制度が事態を悪化させている。」
「アメリカの医療は発達していますが?」
「上流階級だけが受けられる高級医療だ。アメリカはG7先進国で一番国民の平均寿命が短い。特定の都市と都市を比べると10年の差があるとも言われる。
医療保険が貧弱すぎて貧乏人は保険に加入してないからだ。当然、貧乏人は病院に行けないし、そもそも受付で保険に入ってないと治療を断られてしまう。
アメリカには落ちこぼれてしまうと、這い上がることは難しいし、生きるだけでやっとなんだ。それで生きるために犯罪に走る者も出るし、犯罪率も上がる。
さらに悪いのは思想対立の激化だ。保守とリベラルが、自分の主張を声高く言うばかりで、相手のことを聞こうとしない。
今のアメリカは、20世紀にゲーリーの町で起きたことの再現だ。」
「私もアメリカの繁栄がいつまでも続くとは思いませんが、しかしアメリカがすぐに衰退するとは思えません」
「ああ、私も今すぐ、母国がどうなるかと心配していない。私の生きている間に母国の衰退を見なくても良いだろうとは思っている。しかし、ショーンは母国の衰えを知ることにはなるかもしれないね。」
スミスの母国への悲観論は増すばかり。そこで話を変えようと思った。
「アメリカが、覇権国でなくなるとして次にどこが覇権国になると思いますか?」
「今はどこも覇権国になれない。もしかするとインドとかブラジルなどが成長するかもしれないが、それは50年後のことだろう。」
「C国はどうですか?」
「あそこの産業は安く大量につくることは出来るが、あそこでしか作れない製品はない。C国に頭を下げてまで、譲ってくれと思う品物はない。
そんな産業力では覇権国など遠い夢物語だ。共産党が支配している限り、新しい発想で優れたものを生み出すことはできない。
何よりもあそこは人口が減少している。人口減少国では生産力があがらない。
C国は経済がいずれ衰退する。その時、政治も必ず混乱する。
治安を維持できてもアメリカ同様の分裂が起きてもおかしくない。」
「それは共産党の支配が崩れるということですね。独裁国ではいずれ行き詰まるように思えます。
やはり民主制度のほうが優れていると考えられます?」
「独裁国と民主国のどちらかがよいか。永遠のテーマだ。私もどちらがよいか分からない。民主制度にも議論が纏まらずなかなか出ないいう欠点がある。
しかも今のアメリカのように互いに主張ばかり言って、歩み寄ろうとしない。
だが、希望があるとすれば私は日本にあるように思っている。」
「日本ですか?日本も人口減少し随分永く経済が成長しておりませんが。」
「確かに日本は多くの弱点、問題を抱えている。しかし、それはどこの国も言えることだ。
日本は人口も減少し30年経済が停滞したと言われているが、それでも混乱も分裂もしなかった。
それどころか社会インフラは整えた。電気ガス水道は途絶えることはなく、交通網・情報網は充実した。世界を見渡しても最も充実している。
更に治安が良い。財布を落としても戻ってくるような国は他にないだろう。
それを支えているのが、制度が変わらないことなんだ。
制度が変わらないから人々は安心して暮らせるし、企業は長期の投資が行える。
だから、失業者は増えないし、ホームレスもほとんど見ない。
日本社会は民主制とか独裁とか関係なく存在しているように思うのだ。」
「でも、日本が覇権国になるとは思えません。」
「そうだ、日本は軍事力が足りない。だから覇権国になる条件を持ってない。
ただ、いくつかの国と共同して世界を指導する国になるのではないのかね。」
「世界の指導国ですか?」そう言われてもピンとこない。
「老人の戯言と笑われても構わない。しかし、私は日本に住み始めて、日本の良さに気付いたんだ。
物価が上がらず、賃金が上がらなくても生活に困らない。
一方、アメリカは賃金が上がっても、それ以上に物価が上がる。だから生活に困る人が多くなるんだ。
それが貧富の格差を作り、貧困層の不満を招き、社会不安になっている。サンフランシスコでは万引きが横行し、警察は取り締まれないほどだ。だから少額の万引きなら犯人を見逃す法律までできた。無法地帯に陥っていると言ってよい。実はこれ、最近になって起きたことではない。
いつの時代もアメリカはこのような犯罪を野放しにしてきた。禁酒法制定時のギャングが横行した時代、恐慌時に失業者が町に溢れた時代、ヒッピーが流行した時代、ベトナム戦争時の兵役拒否が広まった時代などいくつもの問題を抱えてきた。それがアメリカだ。」
また再びスミスは母国に嘆きだし始めた。
スミスが母国に悲観している時、アメリカの国防省の深部で一つの動きが始まっていた。
「アメリカの国防安全に問題ある人物を洗い出せ。その人物を排除せよ。」数人の幹部だけに知らされた。
巨大な歯車が動き出して、それが勇次の身に降りかかるのはしばらく時間がかかる。
一方その頃、勇次に直接、問題が起きていた。
「有名な医者が、何人もの女性と関係を持ち、多くの子供を作っている。その医師は大きな病院の院長をしており、有名な女優との間にも子供を作っている。」
明らかに勇次を指していることだった。
それがネットで出回り出していた。