77話 幸恵の暮らし
久しぶりにこの話を再開します。正直、長らく休んでいたので、すっかり登場人物や筋書きを忘れています。話の辻褄が合わないときは、私の能力不足と笑ってご寛容ください。
自慢げに“ジンギスカン”“進化”など、口にするコーツ。
勇次は呆れながら、そんなことに構わず次の行動を考えることにした。
「幸恵は私を助けようと懸命だった。それで私も思わず、彼女を抱いてしまった。あの時、コーツに感情を支配されたのは確かだが、私自身彼女に好意をもっていた。それで、あんなことをやってしまった。コーツのことを言い訳にできない。自分の行動を恥ずるべきだ。
何よりも今は、自分が行ったことの責任を行うのが先決だ。幸恵家族と、これから生まれる子供をしっかりと支えよう。」
まず幸恵家族たちのために家を探さなければならない。彼女の話を聞くと、お腹も大きくなると、店を続けられなくなるし、田舎で可笑しな噂も立つとのことだった。それに勇次はあんなこともあって、遠くに行くのは危険になっている。彼女家族を呼び寄せたいと思った。
アパートやマンションも考えたが、やはり一軒家に決める。「共同住宅では改築などできないから、将来住み続けられない。」と言う判断だ。
立地は繁華街から少し外れた人通りの多い所を候補にする。
「私、子供に手がかからなくなれば、また小料理屋を開きたいです。会社勤めなどしたことがありませんから、水商売しかできないんです。」彼女の希望に沿ったものだ。
繁華街近くの人通りがあって、商売も兼ねられる一軒家。そんな理想的なものが見つかるかと思ったが、伝手を頼って探してみると、案外良い家があった。
しかも築10年も経ってない。
「家主が住み始めてすぐに、不幸が続き手放されたようです。立地とこれだけの物件ですから、お値段は高いですがそれだけの価値はあります。」と不動産屋は自信ありげに勧めてくる。多少価格で渋ったがほぼ即決だった。
始めて家を見た彼女は目を見開く。「こんな立派な家に住めるんですか。」
中を見て回ると、幸恵は思わず涙ぐんだ。
訳を聞くと、「私、今度、夫の残してくれた店を売り払って出てきます。夫と二人で一生懸命頑張って続けてきた店です。その店を建てた時などの借金をすべて清算したら、私の手元に残ったお金はほんの少しだけだったんです。この家の10分の1もないでしょう。店をやって来て20年です。その間一生懸命働いて、私のやって来たのは何だったのでしょう。」やるせなさ、悲しみともつかない気持ちであろう。
「いや、あなたは娘さんを立派に育て上げた。それだけで誇れますよ。」そうやって慰めるしかなかった。
やがて幸恵家族は引っ越してきて、女児も産まれ、新しい家は一気に賑やかになった。
勇次は何度も我が子の顔を見に行くが、小さな顔と手、泣きじゃくる姿に愛おしさがあふれるものだ。
「子供は何人できても可愛い。」コーツへの反感はあるが、ついそう思ってしまう。
家の中の様子は、お手伝いもおかないのに、乱雑さはどこにもなく、小奇麗に整頓されている。
「ここではやることがないから掃除をするだけなんです。」幸恵は笑って言う。生まれたばかりの子もいるのに、それを気にも留めない口ぶりだ。
夕食をもてなされるが、手作りの料理は家庭的で温かみのあるものばかりで心が休まる。ただ泊まることは躊躇した。
「泊って行ってくれないのですか?」
「僕は女性にだらしないから、また誰かに手を出してしまうからね。」そう言って断るしかない。気を許して彼女の家に泊ってしまうと、またコーツに支配され、彼女ばかりか娘にも手を出してしまうかもしれない。それだけ勇次は自分の行動に自信がなかった。
そして越してきた彼女は実に逞しかった。一人で家事を行い、出産、子育てをしながら娘を成人に育て上げたのだ。しかも言葉通りに小料理屋を開いて勤め帰りのサラリーマンを相手に商売まで始めた。
「子供から手が離れると、何か手にしてないとじっとしてられないんです。」子供が通園するようになると手持無沙汰になったようだ。
勇次も店の様子を覗いてみるが、なかなかの盛況ぶりだ。
「駅の近くでもあり、勤め帰りのお客さんが来てくれるんです。」とにっこりする。
立地条件も良かったかもしれないが、第一は幸恵の客あしらいの上手さだろう。新装開店にありがちなきらびやかさだけの浮ついた所もない、家庭的な雰囲気を保ちながら、決して古臭さを感じがしなかった。なにより堅苦しくなく気軽に入れる店構えもよかった。
「閑古鳥が鳴くようなことが無くて良かったよ。」
「ええ、この調子ならなんとかやっていけると思います。」
そんな会話をしながら、盃を傾けながらつまみをつつく。大根や蕪などの煮つけ、ゴボウのきんぴら。手間暇をかけてないが、つまみのどれも味が染みており、口当たりも良かった。それでいて手ごろな価格だから流行るのも無理はない。
「居心地が良すぎてつい長居をしてしまった。」しばらくして他のお客さんが楽しめなくなると思い、帰ることにする。
「もう、帰られるんですか?」
「また、来るよ。」
「きっとですよ。」念を押すように見送ってくれた。