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私の中の怪物  作者: 寿和丸
4部 今日の花を摘め
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74話 事件の真相

幸恵との情欲を交わした後、勇次は幸恵から朝食などのもてなしを受けた。

1階の居間は掃除が行き届きどこにもごみはおろか塵ひとつなかった。日用品などのこまごましたものも整理されている。

2階の寝室もそうだったが、物珍しそうに室内を見た勇次の感想は「つつましい生活ぶりだが、どこか温かみのある、昭和の香りの家」だった。

娘の恵美ともその時、始めて顔を合わせた。母娘揃って、切れ長の目をした日本風の顔立ちだ。

もう高校生になる娘は、少し恥ずかし気に挨拶をしてくれ、口数はほとんどないままだが、勇次を嫌う素振りは何一つ見えなかった。

食事は白い飯に小魚と卵、海苔とお新香に味噌汁だけだが、実に美味しかった。

「御馳走様でした。こんなおいしいご飯を食べられたのは久しぶりでした。」勇次は心から、お礼を言った。


その後、伸二と連絡を取り合った。

「怪我はないのか。体調は大丈夫か?金はあるのか?」伸二は矢継ぎ早に聞いてくる。

「分かった。すぐ小林さんに富山へ行ってもらおう。お前は余り外に出歩くなよ。」

確かに、まだ怪しい男たちが外をうろついているかもわからない状態では迂闊に出られない。

「井上さんから警察に連絡してもらう。どう考えてもこの襲撃は計画的に行われたと思われる。その裏を掴まないとならないな。」

こういう時の伸二は実に頭がよく回る。

伸二の手配のおかげもあって、昼前には幸恵の店に小林が勇次の身の回りの服などを持って現れ無事に帰宅できた。

帰り際に、幸恵に「随分お世話になりました。このお礼はいずれいたします。また何か困ったことがあれば私にご相談ください。」と言って名刺を渡しておいた。

また、井上からの話が効いたのか、漁師町は警官の姿がいつになく目立ち、不審な者達が影を潜めていた。


昨夜幸恵は男たちを怖れて、救急車を呼ばず、警察にも連絡しなかった。結果的には過剰に警戒した形となったが、襲撃の話は全く広まらないことになった。

それにより、襲撃した者達は勇次があのまま海で亡くなったと思い、後始末をほとんど考えなかったようだ。

「あんな冷たい海で、岸に泳ぎ着くなんて、達者なものでもできねえ。」

「いずれ死体が浮かび上がっても、俺達を疑う奴なんていねえ」

彼らはそう思い込んでいた。

密かに警察が捜査を始めた時、襲撃に関与した者も誰一人、町を離れることもなく、身を隠すことをしなかった。

襲撃に関与した人物で、身元が分かっていた船長はすぐに取り調べられ、関係者が芋づる式に分かり、全員、逮捕されることになる。


3週間ほどして勇次はスミスと会談をしていた。

「成功した、あるいは勝ち組と考えている者に限って、自己評価を過大にする。成功したことを自分に実力があるあったからだと思い込むものだ。だが、殆どは実力などではなく、たまたまの幸運に恵まれた結果だ。そして実力の無い者は、世間がまだ自分の実力を高く評価してくれないと不満を持つようになる。

スポーツ選手のように結果で評価される世界なら、概ね実力も自分自身で掴める。しかし、殆どの職業は実力以外の要素で判断される。時々政治家などに、不祥事を起こすようなものが出るのも、自己の力を過信し、正当に評価されないと思い込んでいるからだ。そんな奴は政治家に成るべきではないのだが、周りからちやほやされて、政治家の責任を忘れ、何をしても許されると思い不祥事に走る。

そんな馬鹿どもに比べ、ドクターは君自身の実力を過少に評価する珍しいタイプだ。そう言う人物に私はほとんどあったことがない。

どうしてこのようなことを言い出すかと言うと、ドクターは余りに身の危険に無頓着だからだ。治安のいい日本で暮らしているからそう思っているのかもしれないが、ドクターは危うい立場にいることをもっと自覚すべきだ。ドクターの評価は君が思っている以上に高く思われているし、C国から危険人物と見られている。」

「私が危険人物ですか?」

「そうだ。今度のドクターへの襲撃事件はC国の公安部によるものだった。日本の警察もある程度は調べたようだが、日本はスパイに甘すぎる。C国が絡んでいることまで掴んでない。襲撃した者達は地元のヤクザだったが、C国からの金が流れていた。更には新薬の開発担当者、技術部長にも金が渡されている。」

「え、まさか」

「新薬が上手く開発されれば莫大な金が転がり込む。当然C国も新薬の情報は掴みたいし、技術部長は買収するにはうってつけの地位でもある。今度の事件はドクターが夜釣りに行くことを知って、計画されたものだ。ドクターが漁師町に行くことをあらかじめ知り、船長を始めヤクザに金が渡され、実行された。」しかし、勇次はにわかにこの話を信じられるものでなかった。

「でも、私がC国に恨みを買う理由が分かりません。」

「ドクターは北京で拘置されたのにも関わらず、不思議な能力で脱出している。公安部にとって、これは屈辱そのものだ。ドクターを脅して言いなりにしようとしたのに、逆に拘留の施設や手口迄を外部にばらされてしまった。その為ドクターは不思議な能力の持ち主と考えられた。ダクターを危険人物と思わない方がおかしい。言っておくが、ドクターを拘置して取り調べた係官は左遷させられている。」

おそらくアメリカ側は日本国内でのスパイ活動に神経を尖らせ、日本人にC国から金が渡っていることも掴んでいるのだろう。全面的に信じるには他の情報も調べないといけないが、ただ、次からの行動は慎重になるしかなかった。


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