73話 幸恵の介抱
73話 幸恵の介抱
冷たい海に体温を奪われながら、勇次は懸命に泳いだ。身体はしびれ、感覚はなくなる。
ただ機械的に手と足を動かしていくだけだ。船は見えなくなり、只一人、真っ暗な海を泳ぐ。
遠くの陸の灯がはるか遠く感じる。遅々としてしか進まない速度から考えれば、気の遠くなるような距離だ。
コーツの励ましと生きたいと言う本能が彼を支えてくれたと言って良い。
一時間以上経って、ようやく砂浜に辿り着いた。浅い海の底に足が届くがもうほとんど意識はなかった。
ふらふらと足をもつれさせながら砂浜を歩いた。目の前に街灯だけが狭い範囲を明るくしている。
漁師町と言っても、商店などはほとんどなく、民家が軒を並べているだけだ。
漁師の朝は早いので、寝る時間も早い。夜9時になるとほとんどの家は灯を消す。
勇次が泳ぎ着いた時は、通りに誰もいなかった。
人の気配が全くしない、路地に足を踏み入れた。目指すは幸恵の小料理屋だ。
勇次は大漁でも坊主でも必ず、幸恵の店に行った。そこで、常連の客と世間話をしながら、魚をツマにして飲むのが楽しみだった。
既に幸恵も常連も勇次が東京から来ている有名な医者だと知られている。
馴染み客からは先生と呼ばれるようにもなっていた。
常連の殆どが夕方5時ごろから飲み始め、8時になるとお開きになる。他愛のないことを話しながら、酒を飲みかわすのが常だった。
勇次は地元の漁師に混じって、その話を聞くのが楽しかった。
また勇次は勘定の時、おつりを貰わないことにしていた。
勇次にとって、幸恵の店の値段はあまりに安く、東京での値段の半分もしない感覚だった。
何処の店でもチップの代わりにおつりを貰わないようにしていたから、始めて幸恵の店に来た時も、その習慣が出た。
「こんな大金、受け取れません」初めて幸恵の店で飲みお勘定の時に、びっくりして幸恵がおつりを出そうとした。
「これは魚をさばいてくれたお礼だ。今後も魚が釣れた時はさばいてください。」
そう言って、釣りを受け取らなかった。いまではそれが常態化して、勇次は何も言わず万札を渡すのだった。
幸恵にとって、勇次は金回りが良く、酒を飲んでも問題を起さない上客となった。
「先生ならいつ来ていただいても大歓迎です」幸恵は商売気満点の笑顔で言ったものだ。
それもあって、勇次は釣りをして遅くなり、閉店時間を過ぎた時でも、裏口前に、釣れた魚を置くようにするようになった。
翌朝には幸恵が綺麗に魚をさばき、氷詰めにして用意してくれていた。
だから、どんなに遅くなっても幸恵の所に行けば何とかなると言う思いがあった。
もう幸恵の店は灯が消えていた。
裏口の鍵も教えて貰ってもいた。
「もし、遅くなったら、先生なら入ってもらって構いませんよ」と言ってくれている。
ただ、今夜は店の中が静かすぎた。大抵、後片付けして、店内の灯が消えるには早すぎた。
「何かおかしい。」普通ならそう思うはずだった、意識が朦朧としていた勇次はそこまで考えることはできなかった。
裏口の引き戸に手を掛けると、すんなりと開く。すると、その物音に気付いて幸恵が二階から降りてきた。
「先生どうしたんです。」勇次のただならぬ姿に驚いた。
その言葉に上の空に聞き、安心してしまい、勇次は彼女に倒れ掛かる。
「先生。しっかりして!恵美、来なさい」幸恵が娘を呼ぶ声が遠くで聞こえ、そのまま気を失った。
翌朝、目覚めると幸恵の顔がすぐ傍にあった。
「先生大丈夫ですか?」そう言って聞いてくる彼女は下着以外、身に着けてなかった。
「私はどうなった?」ぼんやりとした頭で昨夜の記憶をたどる。
「先生はずぶぬれで入って来て、顔は青ざめて意識がはっきりしていませんでした。身体を拭いて、布団に入ってもらったのですが、先生の身体が冷え切っていたので、私が体で温めました。救急車を呼ぶことも考えたのですが、昨夜は怪しい男たちが店に来て、先生を探していました。救急車を呼んだら、男たちに先生の居ることが分かると思い、119番できませんでした。それで昨日から先生を温めていました。」
その説明を聞きながら、生き返った思いがする。
「助かった」その安ど感で気が緩む。その隙にコーツが体を支配してきた。
「この女に俺の子を宿す」コーツは地球上に“種を撒く”のが本性だ。一人でも多くの子孫を残すのが使命と考える。
目の前の無防備な女がいるとのに、「手を出さないでどうする?」
触れ合っている生身の柔肌はあまりに魅力的だ。コーツの性欲が爆発した。
幸恵を強く抱きしめ、強引に肌を重ねようとする。
彼女は、驚き、抵抗する。が、それは必死のものではなかった。
男から発するフェロモンに女の体も応えていく。
男の手がパンティに伸びると、女は自ら脱ぎ去った。
女体は火照り、愛蜜が溢れ始め、貝が開いていく。
雄亀は首をねじ込み、雌貝は受け入れ包み込む。
「ああ」喘ぎ声が漏れ、いつしか男と女は愛欲であふれ、深く強く体を合わせていった。