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私の中の怪物  作者: 寿和丸
4部 今日の花を摘め
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72話 船上での暴行

会議は試験結果の解析を巡って、勇次や担当者たちとの見解が違って、長引いた。

実験マウスで発生した副作用が新薬の影響であるかの検討であった。今後の新薬開発に左右しかねないことだけにそれぞれの見解が分かれたのだ。

お陰で会議が終わった時は午後6時を大きく回っていた。もうこの時間になると11月の富山はもう肌寒くなる。

「これから、釣りに行かれるのですか?今からだと船も借りられないでしょう。」会議が終わり雑談に移ると、担当者から呆れるように言われてしまった。

勇次の釣り好きはとっくに、ベンチャー企業内にも知れ渡っていた。これから釣りに行くとなれば、夜釣りになる。しかも、厳冬期ではないにしても、季節は相当肌寒くなり、釣りをする条件は良くない。

この担当者も釣りが好きで、何度か勇次と一緒に行くことがあるのだが、今回は同行を断られた。

それでも、勇次は釣りを諦めきれない。

「今回の機会を逃すと、またいつ釣りができるか分からない」勇次は保養センターや病院を抱えている他、他の病院からも手術の依頼を受けている。晶子や由香の家に行かなくてはならない。とても釣りをして、羽を伸ばせる状況ではなかった。

「夜釣りが出来なくても、せめて海だけを見て、磯の香りを楽しむか」程度のつもりで、いつもの漁師町に行くことにした。


案の定、いつもの船長は「今日は、もう上がりだ。明日来なよ」と取り合ってくれなかった。

仕方ないので、馴染みでない船主に、駄目もとのつもりで「船を出してもらえるか?」聞いてみた。

すると、「ああいいよ。丁度夜釣りをしたいと言う客がいて、お前さん一人なら乗せてやるのは構わん。」と言ってくれた。

それから10数分後に、3人の男たちがやって来た。彼らのおかげで釣りに行けることになったので、軽く挨拶をするが、全く無視される。

ちょっと嫌な気分であったが、そのまま船に乗り込んだ。


冬の海は暮れるのが早い。

船に乗り込む時にはすっかり外は真っ暗になっていた。

船上の灯だけが唯一のもので、この灯に誘われて魚が寄って来て、釣りあげる算段だ。

港を出てから20分ほど過ぎた頃になると、勇次は仕掛けを作り終え、灯に照らされる海をぼんやりと見ているしかなかった。

ようやく船も釣り場に着いたようで、速度が落ち始める。

勇次は釣りを楽しめると、釣竿の準備をしようかと思っている時だった。

「あぶない!」コーツの警告が発した。

咄嗟に身をかがめると、頭の上を何かがかすめ、髪の毛が何本か飛んだ。

コーツの警告がなかったら、危うかった。

それでも反射的に低い姿勢から相手に蹴りを入れるが、距離が遠く浅くしか入らない。

身を翻すと、釣り客と思っていた者達が手にバットを持って取り囲んでいる。

一番近くに居た者が、バットを空振りして、勇次の蹴りを躱すため少しバランスを崩していた。それでも、慌てた様子もなく間合いを取っている。

明らかに勇次に襲い掛かる気配だった。

(こいつら、只ものじゃない)男たちはじりじりと間合いを詰めてくる。

普通は襲い掛かるなら一斉に踏み込んでくるものだが、こいつらは最初の一人の攻撃がかわされると、勇次を侮れないと知り、じっくりと攻めてきた。

(しまった。罠に嵌った)何者か分からないが、勇次が夜釣りに出かけると知って、船の上で襲うことを企んだに違いない。

勇次は素人同士の喧嘩なら負けない自信はある。しかし、相手は武器を持ち、身構えからも喧嘩なれをしている。おまけに船の上では足場が悪すぎた。

三人からバットを持って襲われたなら、逃げ場はない。

どうやっても攻撃を回避しながらの、反撃は無理だ。圧倒的に不利だった。

「飛び込め!」コーツが叫ぶ。

言うまでもなく、勇次もその忠告に素直に従った。何のためらいもなく海に飛び込んだ。

「ざぶん」勇次は海の中に消えた。

「あ!野郎」「待ちやがれ!」男たちは慌てて、船から覗き込むが、暗がりの海は何も見えない。

男たちの狙いは、船の上で勇次を殴り、気絶させ、海から突き落とすつもりだった。

こうすれば、勝手に溺れ死ぬ。「勇次が足を滑らせ、船から落ちた。」と証言すれば、後から死体が浮かんでも、溺死と処理されるはずと考えていた。

冷たい海にまさか自分から飛び込もうとするとは考えてもいなかった。

「早く、照らせ!」と叫ぶ。ただ、勇次の姿をなかなか見附けられない。

「おい。あそこだ」そこには勇次の釣り服が浮かんでいた。

しかし、中はもぬけの殻で、勇次は見当たらない。

船は何度も周回して、勇次を探し回っていた。だが、30分もして「こんな遠くからじゃあ、陸に泳ぎ着けねえ」と船長に言われ、ようやく港に帰って行った。


勇次は海に飛び込むと、すぐに泳ぎに邪魔な、服と靴を脱ぎ捨てた。

船の上から狙われるのを怖れたのだが、灯から外れると暗闇となり、見つかる心配はなかった。

却って、船の灯がどこにいるかわかり、船から遠く離れるにしたがって、安心して泳ぐことが出来た。

だが、冬の海は体温を見る間に奪っていく。船長が言った通り港まで泳ぎつけるか大いに疑問だった。

目指す漁師町ははるかに遠い。

コーツの示す方向に従って、泳ぐしかなかった。


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