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私の中の怪物  作者: 寿和丸
4部 今日の花を摘め
71/89

71話 新薬開発と海釣りと小料理屋

スミスとの会談の後で勇次は伸二に伝えた。

「来週、新薬開発の状況を見るために富山に行ってみるよ」

「新薬の状況を確認するとか言って、本当は釣りが目的だろう」でも伸二がからかう。

勇次は晶子の父親から釣りの手ほどきを受けてから、すっかりはまっていた。医者になろうと大学に行っていた間は、伸二と中村が新規事業を展開していてくれ、二人に任せきりだったこともあり、卒業後はそれを挽回しようと仕事中心にしていた。家庭サービス以外には仕事だけに専念していたと言える。幸いに事業は順調に発展して、勇次も仕事の他にも目を向けるゆとりができるようになった。そうなると、昔、嵌っていた釣りに俄然、関心が向く。近場の渓流や川は勿論のこと、伊豆、房総の海は毎週のように行った。日帰りで楽しめる所は全て行ったと言って良い。1年近く釣り三昧して、ようやく落ち着き、他の分野に目を向けだしたのだ。


丁度そのころ、大学時代に佐竹と見つけた代謝作用を制御する物質を使って、新薬を開発する計画が持ち上がった。新薬の開発には長い期間と多額の資金が必要だ。新薬の効能を確かめ、副作用を見ないといけないからだ。薬は試験管内で良い結果が得られても、動物などによって効果を確かめないといけない。そして最終的には人体での効能と副作用の有無の確認が必要だ。それをするのには長期間の試験と多額の資金が必要となる。勇次の見つけた新物質を取り入れて、新薬開発に名乗りだす企業がなかなか現れなかったのもそのためだった。

この新薬開発に富山のベンチャー企業が名乗り出てくれた。新薬の開発はベンチャー企業の研究室で行われ、勇次は何度も出かけて試験データーの解析を行うようになったのだが、釣り好きには富山の海は魅力的すぎた。

ある時企業との打ち合わせが短時間で終わり、丸々一日分のスケジュールが空いたこともあって、海釣りに足を延ばすことにした。漁師町から船を出してもらい海釣りに楽しんだのだが、思わぬ豊漁になった。これで、また再び釣り魂に火が点いてしまった。

伸二にからかわれるくらい、今では月一度のペースでベンチャー企業に赴くとともに、釣りに興じていたのだ。

「打ち合わせのために富山に行くのか、海釣りのために富山に行くのか」と問われれば、答えに窮す。


新薬が無事に開発されたなら、企業に莫大な利益をもたらし、勇次たちにも大変なお金が入る。それだけに伸二も新薬開発の状況は気になるところだ。しかも動物実験で薬の効能が確かめられたうえ、問題となるような副作用は今の所、出現してなかった。いやが上でも新薬開発に期待が行く。勇次の富山への出張は当然の行為なのだが、それでも月一のペースは多すぎる。伸二などに揶揄されるのも仕方ないことだった。

今の伸二は結婚して、2児の子を持つ父親になっている。「俺の所に魚を送って来なくてもいいぞ。どうせなら刺身か切り身を釣りあげてくれ。鱒寿司でもいいな」海から刺身のまま釣り上げられるはずもないのだが、伸二の軽口は容赦ない。

父親が釣り好きで、少し家庭サービスを疎かにされた反動からか、晶子も伸二も魚があまり好きでない。

そのため勇次が大量の魚を釣り上げ、意気揚々と土産に持ち帰った時も、晶子も伸二も苦い顔をしたものだ。

「こんな大量の魚を、どうやってさばくのよ」不平を言われる始末だった。

勇次も見よう見まねで、三枚に卸すことは出来るが、本職に比べ見劣りする。とても他人の口に入れて貰えるはずもない。晶子や伸二に魚を持って帰ることはなくなっていた。


勇次は富山の初めての海で、大漁となったが、魚をどうするかで悩むことになった。

「折角、吊り上げたのに、手放すのは面白くない」と持ち帰ることにしたのだが、このまま飛行機に搭乗するのは、魚臭さが気になる所だ。

そこで「どこかで、魚の下処理をして、氷漬けにしてもらって、療養所に送ろう」と考えた。

伸二と違って、中村や小林は大の魚好きで、勇次の魚を心待ちにしてくれた。他にも療養所の職員には魚好きがいるので、きちんとした処理すれば喜んでくれる。なんとか魚の下処理を行いたかった。最悪ホテルに持ち帰って、ホテルの厨房で下処理をしようとまで考えた。

そんな時に、漁師町で、たまたま入った小料理屋の女主人が「私が魚をさばいてあげます」と言ってくれた。

そこは、女店主が一人で切り盛りする小さな飲み屋で、カウンターとテーブルが二つあるだけの店だ。昔は夫婦でやっていたようだったが、今は女将の幸恵が一人で切り盛りしている。

ただ、料理の腕は確かで、勇次が見ている前で、幸恵は見事な腕で、綺麗に魚をさばいてくれた。

「はい、これをどうぞ。召し上がっている間に、他の魚も処理します」と言って、刺身と差し出したのだ。

短時間に、綺麗に盛り付けられた刺身を見ただけで、店主の腕前が分かる。

勇次は女の手さばきに見とれながら、刺身をつまに酒を飲むのだった。


そんなこともあって、勇次は新薬開発の会議と海釣りと幸恵の店がセットとなっていた。


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