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私の中の怪物  作者: 寿和丸
4部 今日の花を摘め
70/89

70話 スミスの世界感

スミスはすっかり保養リゾートに溶け込み、日本での生活になじんでいた。そして勇次と何度も会話をするようにもなっていた。

勇次はスミスと話すことで、彼の経験から得ることが多くあり、今後に生かせると考えた。一方のスミスも勇次に二重人格者のような不思議さを感じており、勇次と会うのが面白かった。

「ドクターはソフト会社を経営していたのに、それを捨てて、医者になった。何故なのかね?」ある時スミスが聞いてきた。

「私はコンピューター業界の将来に悲観していました。」

「ほう?」

「コンピューターは出来たばかりでこの業界で一番になるのは不可能でないかもしれません。ですが、それは極めて幸運と特殊な人材に恵まれないと不可能です。ほとんどの会社は人材も運も得られずに、消えゆくと思っています。何よりも私には資本が少なすぎました。これからのコンピューター、ソフト業界は大資本でないと生き残れないと見ています。資本がないと絶好な機会を生かすことも優秀な人材を集めることも無理だからです。」

「それで医者になった。ならどうして医者を選んだ?」

「売春業は世界最古の商売だとも比喩されています。それだけ古いと言うことはこれからも存続できる証です。私は売春など出来ませんから、古くからあって今後も長く続くだろう職業を考えた時、医者を目指したのです」

スミスはこの答えを面白いと思う。普通医者を目指すなら、お金が稼げるから、人助けになるからと答えるのだが、古くて、将来存続できそうな職業だと言われたのは初めてだった。

「ユウジは純粋な若者のようでありながら、どこか年老いたもののような考え方をするね。それで、今日私に聞きたいのはなんだい?」

「最近の世界情勢です。このところアメリカとC国との関係は険悪な様相を帯びています。私は医者を目指したのは、こういった政治に振り回されたくない思いもありましたが、やはり無関係であるのは不可能だと思います。私が懸念するのは両国の争いがますます先鋭化して、軍事的な衝突にならないかと言うことです。」

勇次の頭には半年前に起きた、北京での連行事件がある。あの時は上手く切り抜けられたが、次は難しいだろう。勇次はこれまで政治には無関心だった。確かに染谷や井上のような政治家を応援をしてきたが、それはあくまで事業展開を容易にしたいためだった。染谷は応援したくれた見返りに、病院の開設、保養リゾートの拡張などにもアドバイスをくれ、後を継いだ井上も同様に勇次の事業に理解をしてくれている。だが、それ以上に政治との関りを持たなかった。まして、国際政治などに無頓着と言って良かった。それだから、余り警戒もせずに北京に出かけたのだ。

ただ、北京での出来事は勇次の考えを一変させるものだった。

これまで、政治に関わりを持たなければ、私に何の影響もないはずと考えていた。それが田村に指摘されたように、勇次はアメリカとC国双方から目を付けられたのだ。

(国際政治の緊張は私個人にも影響を与えようとしている)そう認識を変えるしかなかった。

そして、今、スミスと言う絶好の人物に教えを貰える機会が出来た。勇次はスミスの考え、見通しを聞きたかった。


「私は軍事専門家だし、国際政治には疎いのだがね」

「スミスさんが閣下とも呼ばれ、大統領などにも相談を持ち掛けられるほどの人だと聞いております。」

「それは買い被りと言うものだ。しかし私の知っていることは教えるよ。

君はアメリカとC国が軍事衝突しないか懸念しているが、このことに正確に言える者はいない。いるとしたなら、李成桂C国国家主席だけだろう。」

「アメリカ大統領も見通しは出来ないのですか?」

「アメリカ大統領には任期がある。一人が戦争をやりたがっても、周囲が反対すればできない。それが民主主義という物で、独裁政治と違うことだ。

アメリカはC国にこれまで、多くの経済援助をしてきたし、独立の手助けもしてきた。それはアメリカにも有益なことでもあった。アメリカC国は互いに利害が一致していた。今でも一部の政治家や経済人はC国との結ぶ付きで、巨額の金を受けてもいる。だがね、ここに来て両国の利害は相反するようになってきた。C国は覇権を得たいと考えるようになったし、アメリカはこれを絶対認めない。」

「もう両国の関係改善は望めないと言うことですか?」

「まず、無理だね。C国はニューシルクロード計画を持ちだした。アメリカはこれを絶対、容認できないし、C国は取り下げない。C国が計画を取り下げるとしたら、それは李成桂の失脚か、死去を意味する。」

ニューシルクロード計画はかつて唐や元の時代、中国の北京とイタリアのローマが交流し、商人によって多くの品物が流入したように、新たなシルクロード、高速道路や高速鉄道でC国とヨーロッパを結ぼうとするものだ。それ自体は世界の経済の発展に繋がり歓迎されるものだったが、問題はC国が他国の内政にまで口出しをするようになってきたからだ。仮にニューシルクロードが建設されたなら、C国とヨーロッパの間の国々は経済的にも軍事的にもC国に呑み込まれてしまうことが目に見えていた。

「C国の少数民族への虐待政策は問題ないのですか?」

「それも問題にはなっているが、シルクロード計画ほどではない。」

「アメリカは計画を容認できないなら、それが軍事衝突には繋がりませんか?アメリカから軍事行動にでることはないのですか?」

「さっきも言ったように、アメリカ国内にはC国同調派もいる。大統領だけの権限で戦争を始めるのはまず無理だ。その上、大統領には任期がある。近年になって、アメリカ国民は戦争で自国の兵士が死亡することを極端に嫌うようになってきた。C国との戦争はアメリカの若者が必ず死ぬことを意味する。アメリカ国民はこれを許容する気持ちになれない。大統領が任期中にこれを覆して、アメリカ国民の自国兵士の犠牲をいとわない気持ちにするのはまず不可能だ。」

「それでは、李成桂国家主席の考え次第と言うことですか?」

「そう言うことになるな。彼もアメリカと戦争すれば、必ず勝てるとは考えていない。ただ、彼の脳裏には戦争で犠牲になる国民のことはない。彼にとっては、国民の犠牲などどうでも良いことだ。

彼はC国がアメリカと戦争をしないでも、覇権を握る道を探り続けるはずだ。そして、戦争しか覇権を握れない、あるいはアメリカに勝てると判断した時は、実行するだろう。」

スミスの考えは一方から見ただけとも言えたが、勇次は納得した。


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