7話 読書
「儂の体のことが分かった?そしてどんな提案だ」
「お前の余命が少ないと聞いて、俺はお前の体を調べた。確かに、お前の体は衰えている。お前たちの体は本当に脆いな。」
「何百万年生きられる化け物などこの世界にいない。お前が異常なだけだ」
「お前たちの体は死ぬように出来ている。それがお前たちの体の仕組みだとよく分かった。」
「何だ、死ぬことが普通ではないような言い方だな」
「お前たちは、代替わりをして、種を存続しているようだ。おそらくだが、代替わりすることで種の存続が出来たのだろう。しかし俺の居た世界では、俺よりもずっと永く生き続けられる物もいる。代替わりしなくても種を存続できている。だから死ぬ必要もないのだ」
「随分難しい話をしてきたが、それで儂にどんな相談なんだ?」
「お前と共存していけば、やがてお前との記憶も全て共有できる。お前の知識が俺の物になる。だが、それだけでは足りない。もっと知識が欲しい。この世界の知識を全て知りたい」
「儂の知識では足りないと言うのか?」
「そうだ。この世界の全てを知りたい。特に今は生物の仕組みを知りたい。その方面の情報を得たい。」
「生物の仕組みを知ってどうするのだ?」
「当り前だろう。お前の命を少しでも長くしたい。あと数年しか生きられないなど知れば、何とかしたい。」
その話は勇策にも魅力的だ。いくら残りの人生は少ないと諦めていても、人間はいつまでも行きたいと思うものだ。
「分かった。家の蔵書を読むがいい。
それから、このまま、“お前”では呼びにくいから、呼び名を決めよう。」
「名前なんてどうでもいいぞ」
「いや、頭の中で互いに“お前”と言い合うのは、どうもこんがらがる。」
それから、勇策を“ユーサ”、怪物を“コーツ”と呼び合うことになった。コーツとは勇策が“こいつ”と呼びたかったが、蔑称の意味もあって、“コーツ”に落ち浮く。
その後、次々と本が机に並べられていく。
「旦那様。こんなにたくさんの本をお読みなのですか」佐藤が聞いてしまうほどだ。
「ああ、急に体のことを知りたくなってな。病院で寝ている時に、もっと健康に気を付けないといけないと思ったのよ」
「そうでしたか。身体のことや健康の本を図書館からでも借りて来ましょうか?」
「ああそうしてくれ」
勇策の読書ペースは1ページに1秒と言うスピードでとんでもなく、早かった。コーツは見ただけで、一項の全てを記憶し、理解できた。
勿論勇策自身は瞬時に理解できてないが、怪物から知識がもたらされる形となり頭の中に入っていく。
数日間で読んだ本はすぐに100冊に達する。
だが、勇策自身の目と手がそのペースに悲鳴を上げた。瞬間で本を把握しようとして目は充血し、ページをめくる手も疲れ切った。
「だめだ、もう儂の目はおかしくなる。少し休ませろ」一週間も経たずに勇策が音を上げる。
「どうしようもないな。ユーサの体は弱すぎる」コーツは不平を漏らしながらも、勇策の体が読書ペースに追いつかないことは分かっていた。
そして次のようなことを言い出す。
「本を見なくても、パソコンと頭を繋げれば情報は得られる。そうなれば目や体を動かさずに勝手に情報が入る。パソコンを買え」
既に日本ではパソコンが普及し始めていたが、勇策の家には置いてない。
「儂はパソコンなど触ったこともないぞ。そして、パソコンと頭脳が繋げられるのか?」
パソコンのことを知らなくても、頭とパソコンが繋がることなど聞いたこともない。
「パソコンのことならある程度のことなら知った。俺の考えが間違いなければ、パソコンと俺とは繋がるはずだ。ユーサの頭とではない。とりあえずパソコンに詳しい者を呼んでくれ」
勇策は佐藤夫婦の一人息子、良夫に来てもらうことにした。
良夫は子供の時から、「おじさん、おじさん」と勇策に近寄って甘えていた。同じ年代の実の孫たちが、勇策を怖がってなかなか寄って来ない中、幼いころからものおじもせず、「おじいちゃん」と言って寄って来た。それがいつしか「おじさん」になった。今も勇策を「おじさん」と呼ぶのは良夫だけだ。
その良夫を勇策は孫以上に可愛がり、おもちゃなどを与えていた。
「孫には碌な奴がだれもいない。そこにいくと良夫は頭がいい」と高く評価し、良い家庭教師なども付けて後押しをした。
そのかいあってか、一流大学の法学部を卒業し、今は弁護士になっている。事実上の勇策の顧問弁護士だ。
勇策の身近で、パソコンを扱うようなものは良夫しかいない。
「おじさんがパソコンに興味を持つなんて、どういう風の吹き回しですか?」
「儂も世間のことをもっと知りたいと思ってな、流行り出しているパソコンを触りだしたくなった。とりあえずこんなものを用意してくれ」
コーツが出してきたリストはパソコン関係の他に、どう見ても関係のない、医療機器などがあった。
「小父さん。これってパソコンを使うには不必要ですが?」
「いや、もう少し健康に気を付けようと思ってな」
「そうですか」少し首をかしげながらも、良夫はリストの品を集め、パソコンをセットしてくれた。
「ここが電源です。プリンターなども繋いでますので、簡単に操作できますよ。ただ、この医療機器はどうしてよいか分かりません」
この頃はまだ、パソコンが規格化されておらず、プリンターなどを短時間で設定できたのは良夫が腕前だった。素人ながらもここまでやれるのは趣味の域を越えているのだが、勇策はよく分かってなかった。ただ、手際のよいやり方に良夫がパソコンに慣れていると感じた。
「儂の道楽に突き合わせて骨をおらせた。すまんかったな。」と言うだけだった。
後はコーツが少しずつパソコンを触りだした。
心電図を計測するように、頭の数か所に吸着パッドを取り付ける。薄くなった頭が都合よく、簡単に装着できる。
新たに電気回路を作らないとパソコンと計測器は接続できなかったので、ここは専門の大学生に手伝わせて行った。
そんな作業に10日もかかったが、それでもなんとかパソコンからの情報を入手できるようにしたのはコーツの知識と体質のおかげだった。