69話 ショーン、頑張れ!
ショーンは夏休み中、祖父母に連れられ、日本旅行をしていた。アメリカとの全く違う景色や雰囲気に興味を示したが、最も興奮したのは秋葉原に行った時だ。
「おじいちゃん、凄いよ。ワ○ピースやポ△モンのフィギュアがこんなに並んでいる」
「そんなに気に入ったか。どれか一つを選びなさい。買ってあげよう」
「本当!うーん、どれにしようかな」
こうして老夫婦と孫の外人家族は日本の夏を満喫していた。
休みが明けて、ショーンは学校に行きだした。
初めての登校日を控えてのショーンの緊張は傍目でも分かる。やはり学校でいじめられないか心配なのだろう。まして、アメリカから来た子供を素直に受け入れてくれるのか、スミスにとっても気が気でなかった。
ところが、学校から帰って来た孫は、意外と目を輝かせていた。
「おじいちゃん、学校で友達が出来たよ。漫画やアニメを良く見ていて、本やDVDもいっぱい持っているらしい。今度、僕にも貸してくれるって」
嬉し気に話す孫に、スミスの心配は消えていった。
更に10日ほど経つと、ショーンが張り切って学校に行くようになる。
何でも、来月に運動会と言うイベントがあるらしく、孫は用具係になったようだ。運動会で使う用具が壊れてないか、無くなってないか確認する役目だそうだ。
「全ての児童が何らかの役目に就いているそうよ。子供の自立や責任感を持たせるのに良い考えだわ。」妻のサラも感心しながら言っていた。
運動会の当日は、空が晴れ上がり絶好の日となった。朝から花火の音が響き、学校周辺は近所の住民の車が止められている。また校庭に入ると万国旗が飾られ、トラックが白線できちんと描かれている。
「なんだい、これは。ただの小学生の運動会だろ?まるで祭りじゃないか。」スミスが驚きの声を上げる。
「これが、日本人と言うものさ。小学校のイベントを町あげての祭りにしてしまうのさ。スミスも長く日本に暮らしていけば、毎月のようにこうしたイベントがあるのが分かるよ。」と可笑しそうに言った。
「ここが儂たちの席だよ。」ジョージが案内してくれたのはブルーシートが敷かれている一角だった。
「ほう、誰もがこうやって見物するのか」アメリカにいたなら必ずVIP席に招待されていたが、日本では一般人と変らない扱いに、スミスは感動を覚えた。
「ここでは、誰もが平等か」
そうやって話していると、子供たちが入場して来る。
「これは見事だ。アメリカの兵隊よりもよっぽど上手く整列している。」行進だけでこんなに感心したのは初めてだった。
「ショーン!」妻のサラが孫を見附けて声を上げる。黒い髪の生徒の中で金髪はすぐ分かる。なんだか照れてもいるようだ。
「今日はご来場有難うございます。一月かけて僕たちは練習してきました。どうか最後までお楽しみください」生徒会長が開会の宣言をし、万雷の拍手が起こった。
それに引き続いて、次々と競技が繰り広げられていく。低学年の子から、高学年まで、それぞれに応じて、徒競走や玉転がし、くす玉割、ムカデ競争など工夫の凝らしたものばかりだった。
そしてショーンと言えば、他の生徒と協力して用具の準備や後片付けをこなしていた。
「これが甘えん坊の孫かい?」家では、妻に何でもしてもらっている孫が、ここでは自発的に動いていた。それを見ただけでスミスは涙が出そうになる。
次にショーンは二人三脚に登場する。
組み合わせの為か、孫の相手は小さな女の子だった。ショーンよりも歩幅が小さい。女の子は懸命に頑張ろうとするが、ショーンとの差はあり過ぎる。それを見て、孫はいつもよりもピッチを短くして、女の子に併せているのだ。
「ショーンもこんな気遣いが出来るようになったのか?」感心しどうしだった。
その後は、昼休みの弁当タイム。ここでもスミスを驚かせるものがあった。サラとエリー、それに料理教室の先生までが加わって、朝から弁当作りをしていたのだ。その中身が凄かった。
厚焼き玉子に始まり、蛸さんウィンナ、可愛くくりぬかれた煮野菜、カツフライ、海苔巻き寿司、稲荷寿司。見た目もかっこよく、色とりどりの出来栄えで、口に入れるのが持ったいないほどだ。
何でも、料理学校の先生が「日本の主婦はイベントなどでは、腕によりをかけてお弁当を作るの。アメリカから来てくれたのに、お孫さんに寂しい思いをさせられないでしょう。」と言って先生直々に作ってくれたのだとか。確かに回りを見れば、どこの家でも、お弁当を広げて、楽し気に囲んでいた。
「これが日本の風物と言うものか。各家庭で、手作りの弁当を持ちより、皆で楽しめる。」
勿論、ショーンも大喜びだ。「うわー!綺麗だ。これ、おばあちゃんが作ってくれたんだ」海苔巻きや稲荷をぺろりと平らげる。
その上、ショーンは少し偏食で、ニンジンやピーマンが苦手だった。だが、綺麗に盛り付けられた野菜にも思わず手を付けていた。
「本当に、朝から弁当作りに励んだ甲斐があった。」サラとエリーは顔をほころばせていた。
それから、午後の最大のメインイベントがクラス対抗のリレーだった。当然ショーンも登場する。
もう、爺さん連中はもとより、おばあさん達もそわそわ、ドキドキして見守っている。
孫の出番はまだかと思いながらも、「皆も見ている前で、転んだり、バトンを落としたり、失敗するかも」と不安も入り混じる。
そしていよいよショーンの登場。声援は一段と上がる。
「ショーンの奴、意外と冷静でないか」
「でも、転んだりしないか心配だわ」
ショーンがバトンを受け取り、元気に駆け出す。少しもたもたしているように見えたが、しっかりと前を走る子に食らいついていた。
コーナーを曲がってから最後の直線で、孫は見事に前の子を捉え、追い抜いた。
その瞬間、スミス一族は大歓声を上げた。
「よくやった!ショーンが勝った」スミスは力が抜けてしまい、腰を落としていた。現役時代、勇士と謳われた者が不覚にも、シートに座り込んだ。
もうしわがれて声も出なかった。
その後無事、運動会も終わり、それぞれの家族が家路に向かう。
ショーンも祖父母と一緒に帰り、運動会の話で夕食は盛りあがる。が、急に静かになった。
「もう休みなさい」孫は張り切り過ぎて疲れ切ったのか、いつもよりも早く眠くなったようだ。
「ここに来てよかったわね」ベッドに寝かせた後、サラの言った事には実感がこもっていた。